トレーニングコースに立つ彼には注目が私よりも集まっている。
「次、坂路」
「わかりました」
「こっちは」
「パワートレーニング」
指示していたトレーニングを終えた二人に新しいトレーニングとドリンクを渡す。自分は二人が見える位置に立ったままだ。
周りの皆はあの二人…正確には三人を妬んでいる。彼女…エアグルーヴが彼と契約した次の日に出された逆スカウト禁止令。エアグルーヴが彼と契約できたのはいいことだが私の入る隙は無くなってしまった。尤も既に私はトレーナーと契約しているが。それでもエアグルーヴに優秀と言わせ契約のために執念を見せさせたロイトレーナーには私も興味がある。
「こんにちは、ロイトレーナー」
「シンボリルドルフか、お前さんのトレーナーはいないぞ」
「今日はトレーニング休みさ。それよりも、少し話さないかい?」
「構わんぞ」
よし。
「それでは…君はトレーナーになる前は何をやっていたんだい?男の人がこうも表に出てくるのはモデルや俳優しかいないと思っていたからね」
「学生。そんなこと聞いてどうするのさ」
「いや、君からは何かこう…言葉にできない重みを感じるから」
「重み?まだ若いよ俺」
「誤解したなら謝ろう。色々と経験しているように感じたから、以前は何をやっていたのかと」
ロイトレーナーはこんなといってはなんだがこんな異性ばかりのトレセン学園に来てのんびりとしている。普通の男性ならストレスなどで既に倒れているだろう。そんなロイトレーナーの精神力、あるいは違う何かは皇帝である私も得たいものだ。
「船で遠い海に行くといいぞ。あの死が隣り合わせの環境で仲間と協力して生きるとそこいらの割と大きめのピンチにも落ち着いて対処できる」
「ありがとう、参考になるよ。ところでアグネスタキオンは?」
「実験室。俺がどうしたら実験に付き合うかを考えているよ」
まったく、彼女にも困ったものだ。
「それは…」
「なに、いつものことさ。そっちの方は大丈夫か?クラシックに挑んでいると聞いているが」
「なに、日々の修練とトレーナーの指示、そして闘争心があれば問題はないさ」
「強いな…無敗の三冠ウマ娘、皇帝にとっては一歩に過ぎないと」
「ふふ、それほどでもないさ。そういえば、二日前から取材の予約が入っていたな」
「人気者は大変だな」
「なに、君も分かるようになるさ」
「ああ、俺…も?」
たづなさんから預かっていた彼宛の封筒を渡す。
「取材予定…俺が?」
「正確には『無敗の三冠バを目指す皇帝』と『男性トレーナー』への取材さ」
「情報量の差が」
「学園の外の人にとっては両方とも重大さ。君も男性という言葉の持つイメージは重々承知しているのだろう?」
「都会のホタルが皇帝に並ぶか普通」
中身を見る彼だが表情は取材をあまり歓迎したものではない。注目を浴びるのが好きではないのかマスコミが嫌いなのだろう。
「あくまで予定だから時間の変更はきく。それに今回は君に許可を取っていないから断ってくれても構わないと」
「大丈夫だ、こういうことも何度かあった。変更はなしでいいと自分で伝えるよ」
「ありがとう。ところで二人のトレーニングの様子はどうだい?」
話題の転換。取材の経験があるのは気になるが彼の事だ、あってもおかしくはない。
「マンハッタンカフェは坂路で基礎を。エアグルーヴは彼女の走りに不可欠な前に出る力を培わせている」
「何か特別な指示は?」
「企業秘密と言いたいが、説明するのには現物があった方が楽だ。というわけでこれを」
差し出されたのは両面刷りのプリント。プールでのスタミナトレーニングに関することが書いてある。
いや待て、これはスタミナトレーニングか?何やら『水と動きを合わせる』と書いてある。他にも『呼吸時は水面を荒らさない』だの『波間を観察する』だの理解しにくいものが散らばっている。
「これは一体?」
「プールの波は利用者の動きによって出来てるだろ?つまりその波、水の動きに合わせて動けば消耗は少ない。特に呼吸のときは水面に顔を出さなければならない。これは流れを大きく乱す。つまりは体力の消耗につながる。この書いてあることが出来れば体力の消費が抑えられるからより長い時間トレーニングができるしレースでも活かせれると説明したが理解は得れなかった」
「まあ…そうだろうな。だがレースでも活かせれるとは?」
「え、いや、まー…そういうもんだから」
「ムゥ…得れるものがあると思ったんだがな」
トレーナーならここから何かヒントを得ることが出来るのだろうか。私にはさっぱり分からない。
「兎に角、俺のトレーニングは必要なものを最大限得れるように消耗を抑えて長時間のトレーニングが出来るよう作っている」
「そう聞けば分からなくも無いが二人はできているのか?」
「勿論と言いたいが、あんまりかな。マンハッタンカフェは出来ている時もあるがエアグルーヴはあまりだ」
確かにマンハッタンカフェはプリントを最初に見て後は時々だがエアグルーヴは一度始めたと思ったらすぐに見返している。かなりの個人差がありそうだ。
「最近はもうこの方向は諦めるしかないかなぁと。出来ればかなりのアドバンテージなのに」
「君は出来るのかい?」
「勿論。特に潜水はやろうと思えば15分はいける」
「15分!?それは死の領域ではないかい?」
「元々肺活量には自信あるし流れに乗って酸素の消費量を減らせば死に片足どころか皮一枚触れることなくできるよ」
えら呼吸か?確か人の限界は5分と聞く。肺活量や消耗の問題ではない気がするがエアグルーヴが彼は潜水が得意と言っていたから間違いではないのか。
「いずれレースで戦うのが楽しみだよ。君も出走するかい?」
「御冗談を…」
そうこう無駄話を続けているとそろそろ生徒会室に戻らなければならない時間になってしまった。
「名残惜しいが時間の都合上、今日はもう戻らなければな。ありがとう、色々と参考になったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあな、頑張れよー」
トレーニングコースから離れるが、視線はやはり私ではなく彼に集まっている。それを証明するように、私の視線も進むべき前ではなく後ろの彼に引き寄せられていた。
あほ書き ルドルフ1人の生徒会室にて
「ルナ、ロイトレーナーさんといっぱいお喋りできたもんねー。これできっと、ルナの評価も上がったよね?ルナ、ロイトレーナーさんと仲良くなって色々とお話ししたり遊びたいなー」