「権限があります。隔壁のロックを解除…」
様々な物品が保管されているトレセン学園地下を訪れるのは
「地響きがする」
「何ィ!?」
ジェローム君の発言を聞いて直ぐに私も壁に耳を当てて音を聞いてみる。確かに何台もの車が地上を通っているみたいだ。
「こんな夜中ではトレセンの整備車も出ない。つまるところこの音は…」
「新生、ということだね。エアグルーヴ君」
グラス君の告げ口を聞いて三時間早く行動を起こしたのだが、府中郊外の拠点がもぬけの殻だったことで新生は行動を早めたのかもしれない。
「隔壁を再度ロックします。全てを破壊して目的の部屋に行こうとすれば、かなりの時間が稼げるはずです」
「それならば尚更急ごう」
迫る新生に背中を押されて彼が安置されているはずの部屋へと向かう。
「この扉の先に…」
「はい。…隔壁を開けます」
重苦しい巨大な金庫のような扉が開き、中に守っていた『それ』を外の世界へと開示する。
「なっ…!?」
「これは…」
「この日が来ることを、楽しみにしていた」
そこに居たのは、膝を地に着いた男だった。
「よく来たな、我を継し者たちよ」
手枷足枷を嵌められ、身体の自由を失っていた。
「護衛の機械人形もいるのか」
髭や髪は長い間手入れされていなかったようで、地面に届いていた。
「改めて言おう。よくここへ来た、我を継し者たちよ」
「「トレーナー!?」くん!?」
「ほう、癖毛のある方は精神だけでなく肉体も継いでいるのか」
「どうしたんだトレーナー!! 何故そんなことに…」
「アリス君、ダグラス君、ジェローム君!! 説明を…私たちに説明をしてくれ!! なぜトレーナー君が罪人のように鎖に繋がれている!? なぜトレーナー君は私たちのことを忘れたように振舞っている!?」
「それは…」
「それはお前たちが知るロイが本来の我ではないからだ」
「私たちの知るトレーナーが本来のトレーナーでない?」
「そうだ。あれは我が人格を汚染し、そして我が肉体を乗っ取った紛い物に過ぎぬ。今の我が…長き眠りの中で目覚めたこの我こそが、真の神に足る器。あの紛い物ではない、我こそが!!」
トレーナー君の豹変ぶりに呆然とする。記憶の中にある彼は一度としてあんな傲慢なふるまいをしたことはなかった。一人称も変化してしまっている。唯一変わっていないのは私たちを呼ぶときのお前呼びだが、あれも呆れたとき位のレアな呼び方だった。
「さあ、今こそ儀式を済まし過ぎ去った時を再生しよう。まずは我を枷から解き放て!!」
「分かった。どうやれb…」
「ダメだエアグルーヴ君」
一歩進もうとしたエアグルーヴ君を止める。なぜだと私を驚きの目で見てくるが、私からしてみれば逆になぜ君は一歩前に出ようとしたのかが分からない。
「今の彼は私たちの知る彼じゃない。そんな彼を過去へ送っても、意味は…」
「心配する必要はない。我は紛い物よりも力がある。紛い物では勝てぬ戦も、我であれば勝利することができる。それが必然というものだ」
「…」
「タキオン、どちらにせよトレーナーが戻ってこないことは分かっていた。悲しいことだが、それでも彼を過去に…」
「させるかよ!!」
扉側の壁の隅に備え付けられていた二つ通気口が小さな爆発を起こして地面に落下すると、ボトボトとまるで大雨の日に水漏れした天井のように武装した兵士たちが次々と落ちて来た。
「天井を掘っていたのか」
「再度ロックするだけ無駄だったみたいだね」
最後に落ちて来たのは他の兵士と違い、ヘルメットや防弾チョッキなどの安全策を講じていなかった。だからこそ、それが誰なのかはすぐに分かった。
「肉体の継承率は100%…そうか、お前が我か」
「ルイ・フォンス・ヒドルフ…」
「裏切り者のアグネスタキオン博士とその御一行の始末は後だ。全員構えろ、まずはこの腐った木偶の坊を殺す」
戦列歩兵が戦争の主役だったころのような三段撃ちの構えを取った新生の部隊は、この部屋に到着した全員分の火力を彼にぶつけた。途中マガジン交換を挟みながらも絶えず続いた銃撃で土煙が巻き起こり、最後の何十秒は彼がどこにいるかも分からない状態だった。
「所詮は模造品、我に届く刃はなかったようだな」
迫り出した壁が喋っていた。
煙がまだ完全に晴れ切っていない状況ではそう思えるほど、近くに迫っていた壁から彼の声がした。だが視界が確保される頃には、新生の攻撃が完全に無駄だったことを理解する。
「これは、肉の壁!?」
「この野郎、まじの全盛期かよ。だが撃つのを止めるな、撃ち続ければそのうち通る」
新生と彼の間に形成されていた彼自身の肉体を元手に形成して構築された壁は、銃弾全てを食い止めていた。いくら撃ってもただ銃弾が壁にめり込んでいくだけの現状に終止符を打ったのは、他ならない彼だった。
「ただの肉塊を得たところで得はなし。しかしこの騒々しさは目に余る。故に、吸わせてもらう」
大航海時代、船乗りたちを恐怖させた伝説のクラーケンを思わせるような一本の巨大な触手が壁から飛び出すと、その一振りで私たちよりも前にいたルイ・フォンス・ヒドルフは勿論、新生の兵士たち全員が消えた。打撃音も何も無く消えた彼女たちは、まるで最初からいなかったとすら思えるほどの消失だった。
「正に鎧袖一触、力なき者たちよ」
彼を守っていた壁が床へと染みて消えていく。その向こうにいた彼は、まるで不愉快とでも言いたげな表情で自身に繋がれた鎖を見ていた。それらはこの部屋に入って来たときは枷に繋がれていたが、今は文字通り彼自身と繋がっていた。
「約束しよう、我を継し者よ。我はお前たちを決して害しはしない。ただ撃ち滅ぼすはその内に潜む病魔のみ!!」
彼の瞳が妖しく赤く輝くと、その体表から細長い触手が出現し、私たちに襲い掛かった。
「二人は部屋の外に!! ここは、私たちで食い止めます!!」
ハンドメイドの銃火器に加えて新生の兵士が落とした銃火器で彼の触手たちを破壊していく三人に急かされて私たちは開いたままの扉から部屋を出る。
「逃がしはせんぞ、紛い物!!」
部屋そのものが彼自身であるかのように部屋の内壁にはいくつもの巨大な目と触手が析出し、扉の外側にいる私たちに向けて猪突猛進に向かってくる。
「私の中にだって、トレーナー君がいるんだ!!」
先端が槍の矛先のように尖っているその触手たちを、私の左腕に宿ったトレーナー君の力が厚さ0.001㎜黒い盾、というよりはもはやカーテンとか布地だとかの薄紙となって弾く。
「お前の中の我は眠っている。だが、他の何者かが目覚めている。知りたいぞ、お前の内に秘められた者たちが!!」
一度弾かれた触手たちが、大きく弧を描いて再び私に向かってくる。部屋からの増援分にも対処しなければならないため更に盾を広げなければならないのだが、最初のあれが全力だったみたいだ。
「終わりだ、模造品!!」
「お伏せなさい!!アグネスタキオン、エアグルーヴ先輩!!」
体の芯が揺れるほどの振動を伴う重火器をその手で操りながら登場したのは、私を売ったメジロマックイーンだった。
それ相応の改造を施しているはずのメジロ家の当主用の車のフロントがかなり凹んでいるのは、それだけ強引にここまで来たからだろうか、ともかくマックイーン君が車内後部座席の左扉から発射したガトリング砲によって触手を打ち払うことができた。
「エアグルーヴ先輩は、早く車の中に!!」
「す、すまない。タキオン、お前も…」
「いや、私はここに立つ。トレーナー君から貰ったものを、腐らせたくないから」
「次から次へと部外者共が、我に勝てると思って…」
「そう思ったから、来たのです。お願いします、グラスワンダー先輩!!」
「ハアアアァ、お覚悟を!!」
車の上を飛び越えて現れたグラスワンダー君が、新たに作られた触手たちを薙刀で一刀両断していく。その動きはかなり洗練されていて、触手が順序良く切断されていく様も相まってプログラム化した舞踊を見ているようだった。
「馬耳を付けた人間どもが、こんなにも強いわけが…」
「知らないんですか? 想い人を刺すとき、女性はこの世で最も強い存在になるんですよ」
「だが、この壁が破れるわけが…」
スパルタンたちすら吸収し、更にその層の厚みを増していった肉壁は、今や入り口から30㎝のところまで迫り出していた。しかしグラス君は立ち止まらず、その薙刀を一振りすると肉の壁が開けて彼のところへ至る一筋の道が完成する。
「終わりですッ!!」
最後の一撃。その言葉を体現したかのようにグラス君は薙刀を全力で投げ、彼に突き刺さる。
「この刃はッ!? そうか、故に我を断つのか」
胸を貫通して床面に届いたその薙刀を抜こうとするも、一瞬で彼は分解されて緑色の光る粒子になってしまった。
「さようなら、ロイさん。私の愛した人」
粒子が完全に光を失ったのを見届けたグラス君は、踵を返して走って来たであろうトレセン学園の地下を引き返す。
「待ってくれ!! グラス君。君は…」
「いいんです。ただ、辛いというだけで」
「…」
「それでは、失礼します」
振り返りながらも笑顔を保つ彼女に、かける言葉が見当たらない。マックイーン君もエアグルーヴ君も、悔しさを顔に滲ませながら見送るだけだ。
彼 きっとどこかの世界では海洋学校の講師として世界を救っていた男。それの残滓。