男がほとんどいない世界に来(てしまっ)たロイ   作:ロイ1世

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彼がいなくても

「ッ!?」

「どうしましたか、タキオンさん?」

 

 気づいたら、そこにいた。

 

「いや…何でもないよ」

 

 トレセン学園の空き教室。学生時代に私とカフェで共有していた一室にいた。周囲を見回しても360度全てが教室だし、天井も撮影所の吊り下げ式の照明ではなく蛍光灯だ。なによりカフェが学生服を何の恥ずかしげもなく着ている時点で確定だろう。彼女は卒業後も制服を着るようなコスプレイヤーではない。

 

「今日は…当日か」

「模擬レースは午後に開催の予定です。参加するんですか?」

「いや。そもそも今日の模擬レースは中止さ」

「どうしてです? こんなにも快晴の青空なんですよ」

「昼過ぎには土砂降りの大雨になる。君も部屋を空けるなら窓は閉めておきたまえよ」

 

 時刻はまだ朝方。当時の記憶が定かではないため断言はできないが、おそらく今日の私は昼まであの部屋で実験をしていたのだろう。しかし今回はそれをしない。私の体がどこまでトレーナー君であるためを確かめるためだ。そのためまずは人気のない学園裏の森林の奥深くへと足を踏み入れた。

――

「全くなっていないな。弱すぎる」

 

 目の前に聳え立つ傷跡一つない太い木の幹を見て今の私の無力さを痛感する。何度も腕を伸ばしてトレーナー君の力が顕現しないか試してみたが、これだ。

 

 やはりタイムリープ前に豊峰さんが予想していた通り、トレーナー君の力は全く扱えていなかった。それどころか身体能力も落ちており、走力も一般的なウマ娘程に落ちていた。唯一の違いと言えば肉体の強度で、トレーナー君のトレーニングを一切行っていないにも関わらず今出せる最高速度には耐えれることができた。痛みは全くない。

 

「昼前か。そろそろ迎えに行くとしよう」

 

 ウマホを取り出して雨雲レーダーが見れるアプリを起動する。ただの雲が後一時間もしない間に府中に来る予報だ。私の記憶が正しければこの雲が大雨と雷を降らす雲だ。トレーナー君の来訪は落雷が合図になるから、昇降口で待っているとしよう。

――

 昼前の授業が終わり、空腹を耐えきったウマ娘たちがカフェテリアに一目散に駆けていくのを尻目に、私たちは昇降口の壁にもたれかかっていた。そう、私たち。まだそのときが来ないものかと目を横にやってみたところ、魔性の葦毛と称されたトリプルティアラウマ娘のメジロラモーヌがこちらを見詰めながらいた。

 

「…メジロラモーヌ君」

「あら、何かしら?」

「君はなぜここにいるんだい? ここにいても昼食は出てこないよ」

「知っているわ。でもそれはあなたも同じでしょ」

 

 痛いところを突かれた。つい先日競争者を引退した彼女にとって、退屈潰しの一環として私をマークしているのかもしれない。お家戦争が面倒だったからメジロ家やシンボリ家といった名立たる家とは距離を置いていたというのに、向こう側からやってくるのは想定外だ。おそらくは、私が前回とは違って研究室に籠らず裏の森で実験をし、そして昇降口で待っていたことによる未来の変化。

 

「私は人を待っているのさ」

「へえ。そんなにも感情が揺さぶられる人なのね」

「?…!!」

 

 尻尾と耳を触ってみると、認知できていなかったが激しく動いていた。俗に言うウマ娘の感情表現、抑える術はメジロ家とのやりとりで培っていたはずだが、肉体が若返ったことで技術を失ったか、それともトレーナー君との再会が忘れさせたか。

 

「あなたにそこまでさせる人…私も会ってもよろしくて?」

「大丈夫だよ。…保健室に担ぎ込む人手が欲しいからね」

「何か仰って?」

「いや、なにも」

 

 そうこうして待っていると、窓に水滴が音なく付着した。

 

「そろそろか」

 

 靴を上履きから外用の普段使いの靴に履き替える。ラモーヌ君も私に倣って彼女の靴であるウマハに履き替えた。複数の重賞を勝ったことに加え、ラモーヌ君の醸し出す大人びた雰囲気も相まって高級ブランド品のそれが18にも満たない少女が装着しているにも関わらず浮いていない。むしろ馴染んでいた。

 

「ブルジョワジーめ、と言うのかな?」

「つまらない人と同じことを言うのね。私が何を身に着けていようと関係ないでしょ?」

「そうだが…と!!」

 

 黒い雲が青空を遮り光を通過させなくなったとき、一筋の青白い光が大地に突き刺さった。落雷だ。トレーナー君の到着を告げる合図。

 

「シービー以外にも雨の中散歩する子がいると聞いていたけど、あなたがそうなのね」

「それはゼファー君だ。こんなこと、後にも先にも一回きりだよ」

 

 合羽を着たら落雷で芝が焼け焦げたトレーニングコースの中央へと走る。引火と消火が同じ速度で行われているため火事にはならないが、煙で燻されてなんだが苦い。

 

「人?」

「そうだ。彼こそ私が待ち望んでいた人さ」

「彼?…取り敢えず保健室に運びましょう。私が左肩を持つから、あなたは右肩を」

「分かった。…髪が長い? まさかだが」

 

 ありえない。そんなこと、あってはいけない。

 

 そう思いながら、うつぶせになっていたその顔を見る。

 

「テール…」

「この方とお知り合い?」

「ああ。人伝で」

 

 目覚める様子が一向にないテール。始末するなら無防備に意識を失っている今しかないが、ラモーヌ君のいる手前やれない。取り敢えずは保健室に運び込み、機を窺うとしよう。

 

「彼がいなくても、やってみせるさ」

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