タキ「トレーナー君まだかな(わくわく)」
ラモ「面白そうなのまだかな(わくわく)」
テール「やぁ」
タキ「えっ? …えっ?」
ラモ(この人どれだけ面白いんだろ)
保健室のベットに寝かされたテールを観察する。呼吸は周期的。脈も安定している。トレーナー君と同じでかなりの高さから落ちてきて、加えて雷に打たれても命に別状は無い。強いて言えば私がその命を狙っているから危ないが、保健室にはテールを殺せる道具や薬品は無い。力不足だ。
「彼の力さえ使えればなぁ」
深海棲艦に毒が通用するとは思えない。深海棲艦は文字通りの『艦』ではない。しかし素の身体能力が高いとあれば私たちウマ娘より毒耐性は高いはず。私の実験室にある物の中にも毒物はあるが、深海棲艦。さらにその中でも最強個体と言えるテールを殺す毒となると、生成できるかすら怪しい。
「どうしたものかな~」
もうすぐでラモーヌ君が呼びに行った理事長とたづなさんが来るだろう。目を覚ますのがいつになるのかは分からないが、病院に移されれば面会は難しいだろうし、そこで殺せば確実に足が付く。
本当にどうしたものかと悩んでいた時、眠っていたテール君がうめき声をあげた。
「ッ!?」
「あ…わたし…は?」
絶体絶命の危機。テールが意識を取り戻したと分かった瞬間はそう思ったが、発せられた第一声を聞いて事態はそれほど深刻ではないと察した。
「ここは府中、トレセン学園だ。君は今から12分前に落雷とともに学園のトレーニングコースに落下。私とあとメジロラモーヌという生徒によって学園の保健室に運び込まれた。外傷はなく、処置の必要は焼け焦げた服を脱がせたこと以外はない。質問は?」
「えっと、それじゃあ、私は、誰です?」
やっぱりか。意識を取り戻してすぐとはいえ暴れて脱走しないことに加えて妙な優しい雰囲気。テールが記憶を失っていると推察できる要素はあった。そしてそれが当たっていた。だからといって知らない誰かと放っておくことはできない。ラモーヌ君には既にテールだと紹介してしまった。
「君の名前はテール。そうだろ?」
「私は…テール? 変な名前ですね」
「どうだい? 何か思い出せるかい?」
「いいえ、ほかには何か知りませんか?」
「そうだな…確か君は依然会ったとき、何かを求めていたね」
「何かを求めて?」
「うむ。確か…アンティーク品の収集が趣味だと言っていた気がする。詳しくは教えてくれなかったがね」
「そうなんですか…」
テールに記憶を蘇らせるようなヒントを与えることはかなり危険だ。もし本来の自分を取り戻したなら、トレーナー君以外にテールを止めれる存在はこの世界にはない。記憶を失って身体の使い方を忘れている今なら私にも勝てるかもしれないが、咄嗟の行動は身体が覚えていることもある。下手な攻撃はできない。
「それよりも、君は今からどうするんだい? 名前以外は自分のことが分からない。免許証などの身元を保証する物も当然のことだが無い。今の君は空から落ちてきても無傷だった記憶を失った謎の人物。警察に保護してもらって病院に行くとしても、日本人であるかすらも怪しい以上安心してはいられない」
「そうなんですか…でもどうすれば…」
「提案!!」
幼い声が本来であれば静かにすることを求められる図書館内に響く。
「秋川理事長」
「話は聞かせてもらった。記憶を失い身元もわからない、ゆえにテール君をトレセン学園のトレーナーとして特例採用する!!」
「えっ…えっ…」
トレーナー君のことを考えれば別に不思議ではない。あのときは確か理事長の勘だと噂されていたが、今回は理事長が人情に厚いこともあり、そう決定したのだろう。何が何だか理解できていないテールは私と理事長に視線を交互に送って説明を求めている様子だが、外野の私からは特にどうこうはない。
「担当はアグネスタキオン、君だ」
「えーッ!?」
「メジロラモーヌから聞いた。彼女は君の待ち人なのだろう? 私たちも面倒を見るが、君には担当ウマ娘としてテールトレーナーを見守っていて欲しい」
「し、しかし私はトレーナー業なんて…」
トレーナー業自体は彼亡き後の『スパルタン』を率いていたので問題ないのだが、それを理由にしてでも私はテールと一緒にいたくない。いくら記憶を失って牙が抜けているとはいえ、いつ目覚めるかわからないライオンのすぐ傍は気が引ける。
「大丈夫だ。メジロラモーヌは現在、トレーナー或いはコーチの資格を取るため勉学に励んでいる。そんな彼女がサブトレーナーとして君を補助する」
「一度乗った船だもの。最後までご一緒するわ」
保健室の扉から顔を覗かせたラモーヌ君が楽しそうな様子でこちらを見ている。おそらく私とその待ち人(とラモーヌ君は思っている)がどのような関係なのか気になっているのだろう。どうにか時間を一時間でもいいから遡って訂正できないものか。
「ええっと、アグネスタキオンさん?」
「なんだい…」
「よくわからないんですけど、これからよろしくお願いします」
差し出された右手を嫌々ではあるが一応取る。握手なのだろう。こちらと良い関係を築こうという純粋な意思がそこにある。
「…ッ!! 痛い痛い痛い痛い!!」
テールが力を込めた瞬間、私の右手が粉砕骨折でもするかのような感覚を神経がかなり危険な信号として受け取る。
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい!!」
悪気はないのだろう。間違いない。おそらくテールにとって、今のは私があまりにも弱すぎただけ。攻撃の意思はない。
「大丈夫、大丈夫だ…くッ、油断していた」
その弱気な姿勢に少しだけ警戒が薄れていたが、その肉体に宿った力は深海棲艦最強。記憶を失ったことで力のコントロールができていないほうが、カワカミ君と同じで危険かもしれない。
「とりあえず君、後で身体測定だ」
「わ、わかりました…」
トレーナー君は自身の最大出力を計測できる環境下で見せたことはなかった。知的好奇心が刺激される。
「面白いことになりそうだ」
時刻は夕暮れ時、そろそろトレーニングも終える頃だろう。
「実験といこうか、モルモット君」
久々に言った私の十八番を、小動物のようなテールは恐ろしそうな様子で見ていた。