泡沫の夢~夢の中で武蔵ちゃんになっていた藤丸くんの話~ 作:武蔵野牛乳
トレーニングルームでフェルグスとの筋トレを終えた藤丸は、帰り際にマシュと佐々木小次郎と出会い和気あいあいと談笑をしながら帰っていた。
「でさ~、そうしたらフェルグスがさあ俺の腹を押さえたんだよ。そしたらもう痛くて痛くて。フェルグスは筋肉がついた証って言ってたけど…。」
「ふふっ、そんなことがあったんですね。」
藤丸はマシュにフェルグスとの筋トレであったことを話していた。
その話をマシュと小次郎は興味深そうに聞いている。
「では、今のマスターは脇腹をつつけば崩れ落ちるのだろうか?」
小次郎は、刀の柄で藤丸の腰をツンツンと叩く。
「ちょっ…やめてよ小次郎!!いった…!!っっつう~!!!」
「はは、これで値を上げているようではフェルグス殿に笑われてしまうぞ。」
腹をつつかれ悶絶する藤丸を見て、笑みをこぼすマシュと小次郎。
「ちょ、マシュも笑ってないで小次郎を止めて…」
「おっと、そういえばマスター。下総で女の宮本武蔵と出会ったという話の続きだが…」
「一度でいいから、私も手合わせしてみたいものだ。なんと聞けばカルデアの召喚式で召喚されて一度こちらに来ていたという話だろう。」
「えっと、その話なんだけど…、あっやばい、もうこんな時間だ。」
ふと廊下の壁掛け時計が目に入り、時間を確認する。
気付けば時刻は午後10時を回っていた。
普段ならば寝るのは12時以降になってからだが、今日は早く寝床につかなければならない理由があった。
明日は朝早くからカルデアの定例会議がある。最近頻発している亜種特異点に関する情報交換会だ。
大事な会議なので、特異点を攻略していた当事者である藤丸は必ず出席しなければならない。
話しているうちに、藤丸とマシュは自分のマイルームの目の前にたどり着いていた。
「それでは、おやすみなさい先輩。もっとお話をお聞きしたかったのですけど…。」
マシュがにこやかにほほ笑む。すると藤丸も笑顔でマシュにほほ笑み返した。
「そうか、マスターから女の宮本武蔵の話を聞きたかったのだが…残念だ。」
「では、マスター、マシュ殿。また明日の朝餉で会おう。下総の土産話は明日の朝餉で頼むぞ。」
「うん、おやすみ。マシュ。小次郎。それじゃあまた明日。」
廊下でいつものように挨拶をし、マシュと小次郎と別れる。
マシュが部屋に入るのを見届け、小次郎が廊下の向こうに行くのを見届けると生体認証キーで鍵を開け、藤丸は自分のマイルームへと入っていった。
「ふ~、疲れたあ~!」
自室に帰宅すると、藤丸はすぐさまベットにダイブする。
筋トレの疲れが、ベットを通じどっと一気に抜けていった。
「おっといけないいけない。シャワーを浴びないとベットも汚れちゃうよな。」
ベットが汗で汚れることを恐れ、藤丸はそのまま体を洗いにシャワールームへと向かった。
シャワールームに入ると、藤丸は服を脱ぎシャワーを浴び始める。
汗をかいているためいつも以上に、体を念入りに洗った。
以前エミヤからもらった手作りシャンプーと手作り石鹸のセットを使い、髪を泡立たせる。
「すごいなあエミヤは、料理や掃除や洗濯だけじゃなくてこういうのもハンドメイドで作っちゃうなんて」
その話をエミヤに聞くと、どうやらエミヤは生前中東で活動をしていた際、手元に洗剤がなかった時に動物を狩ってその動物から採れた油で石鹸を作ったことがあるようだった。
それ以外にも、エミヤは過去にハンドメイドで色んなものを作った経験があるらしい。
エミヤの万能っぷりに、藤丸は何度も驚かされてばかりだった。
風呂から上がり、体をふくと藤丸は着替え目覚まし時計のタイマーをセットする。
「よし、明日は6時34分くらいに起床するかな。」
明日の会議は7時30分から行われる予定だ。
しかし藤丸は一時間前起床を心がけている。
そのため藤丸は、6時34分にタイマーをセットした。
34分という微妙な時間は、少しでもベットで寝ていたいという藤丸のせめてもの悪あがきだった。
「よ、4分くらいなら大丈夫だよな…。はは…。」
目覚まし時計を枕元のちょうど耳の位置に置き、藤丸はベットに身を投げる。
ふかふかのベットと枕が藤丸を受け止めた。一日の疲れがどっと解放され体の力が抜ける。
(それにしても6時34分って、武蔵ちゃんの語呂合わせみたいだな…。)
6時34分という時間の語呂合わせで、藤丸はふと下総国で出会った武蔵を思い出す。
藤丸の脳裏に、下総での武蔵との冒険の記憶が蘇る。
下総国で、藤丸は女の宮本武蔵と出会った。
下総国で経験した様々な冒険、英霊剣豪達との戦い。
村正との出会い。おぬいや田助との生活。
大変なこともかなりあったが、そのどれもが藤丸にとって、
あの下総での冒険はかけがえのない思い出の一つだった。
(武蔵ちゃん、また会えたらいいのになあ。)
武蔵との再会を頭に思い描く藤丸。
再び、どこかの特異点や夢の中で出会えるのだろうか。
藤丸は、あるかも分からない武蔵との再開に胸を弾ませていた。
(そういえば、まだ小次郎には武蔵ちゃんのこと詳しく紹介してなかったっけ。)
(明日の朝食で小次郎で下総国であったことを話してみよう。)
明日の朝に小次郎に下総でのことを話そうと考え、睡眠に入ろうとしていたのも束の間。武蔵のことを考えているうちに眠気が醒め藤丸は眠れなくなってしまっていた。
「ど、どうしよう、明日早いのに…」
すると、藤丸の脳内にあるアイデアが思い浮かんだ。
(そうだ、羊を数えるみたいに武蔵ちゃんを数えたら眠れるかも知れない。)
頭の中でイメージした武蔵を一つずつ数え始める。
(武蔵ちゃんが一人、武蔵ちゃんが二人…。)
頭の中で様々な武蔵のイメージをする藤丸。
おにぎりを食べる武蔵。うどんを食べる武蔵。刀の稽古をする武蔵、少年を愛でる武蔵。様々な種類の武蔵が藤丸の脳内を駆け巡っていった。
(そういえば、今武蔵ちゃんは何をしてるんだろうか。)
ふと藤丸は武蔵の旅路に思いを馳せる。
今頃彼女はどこにいるのだろうか。
以前、武蔵ちゃんからメッセージを貰った時のこと。
あの時はカルデアの召喚式で武蔵ちゃんは召喚されていたらしい。
カルデアの召喚式の縁で再び呼べないだろうか。
武蔵との再開に期待を胸に弾ませていた、その時だった。
(あれ、なんだか急に眠気が…)
藤丸の身に、途端に眠気が襲ってくる。
先程までは全く眠たくなかったのに、急激に眠気に襲われてきた。
元より筋力トレーニングでかなり疲れていた藤丸は、全く疑問を抱くことなくそのまま眠りに落ちていった。
しかし、この時の藤丸は思いもしなかった。
このあと宮本武蔵と『思わぬ形』で再開することになるということを。
─────────────────────────────
夢を見ていた。
山に籠り、ひたすら剣術の稽古をする夢だ。
全ては父を見返してやるため。
女という理由で私のことを見捨てた父を目にモノを見せてやるため。
『女が剣を持って何になるというのだ。お前は武家にでも嫁いで世継ぎを産めばよい』
「女身空で男の真似事をし、剣の稽古をするなど」と、後ろ指を刺されることもあった。
父は私を、優秀な武家の息子に嫁がせるつもりらしい。
けれど、そうはさせない。必ず父の剣を超えてやる。
新免に生まれた意味を、この手で証明してやる。
私は、それでも剣を振るい続けた。
鍛錬の末、二天一流という我流の兵法を編み出した。
私は、ただひたすら強くなるため。
この剣は男にも負けないと証明するため。
私のしていることは間違いではないと。
いつか見返してやると、心に誓った。
この剣はいずれ無空に至ると信じ私はひたすら剣の稽古を続けた。
そう…、私は…
─────────────────────────────
風が肌に触れ、服の隙間を通り抜け体を撫でる。
なんだかとても肌寒い。
太ももに何かが草のような何かがチクチク刺さるような感覚を覚える。
寝巻に着替え寝たはずなのに、まるでふとももを出したまま寝ているような感覚だった。
葉と葉が擦れる音が聞こえ、鼻の奥にスンと草木の匂いが通り抜けた。
(んん…なんだか変な夢を見ていたような…。それにしても寒いな…。)
肌寒く感じ、毛布を手繰りとせようとした。
しかし、いくら手をかいても足を動かしても毛布が見つからない。
「…!?」
はっとした藤丸は、思わず寝ている姿勢から飛び起きる。
あたりを見渡すと、そこは知らない場所だった。
(あれ…?ここは…どこだ…?)
先程まで、藤丸はマイルームで寝ていたはずだった。
しかし目の前に映るその光景には、マイルームの影も形もない。
ひたすら向こうまで、森林が続いている。ここは森の中なのだろうか。
いつからここで自分は寝ていたのか。ふと頭に疑問が浮かぶ。
このような無防備な状態で寝ていたのにも関わらず、幸い誰にも襲われていない。
(あ、危な…、よく魔物に襲われなかったよな…。)
今までの特異点の経験を経て、藤丸は何度も命の危険に巡り合ってきた。
野営や野宿の危険性も十分承知している。
何事もなく無事でいる今の現状に、藤丸はぞっとしていた。
(それにしても、ここはどこなんだろうか。)
目が覚めたら、全く違う場所にいる。
この不可解な現象に、藤丸は心当たりがあった。
それは、ついこの間の時のこと。
目が覚めると、藤丸は下総国にいた。あの時に起こった現象と同じだったのだ。
何故、またこのようなことが起こっているのだろうか。
また何か身体に異変はないか、カルデアに連絡する方法をを確認しようとした。
その時のことだった。
立ち上がろうとした瞬間、藤丸は自身の肉体に違和感を覚える。それは「男」である彼の体にあるはずのない感覚だったからだ。立ち上がろうとした時、ある部位に謎の重力を感じたのだ。
「えっ…?」
違和感の正体を確かめるため、藤丸は下方向に目線を向けた。
するとそこには、たわわに実る大きな乳房が二つあったのだ。
煌びやかな赤と青の装飾が施された着物の間からは、男にあるはずのない「谷間」が顔を覗かせている。
「…なんだこれ!?」
驚きのあまり声を挙げた藤丸。
そして藤丸はもう一つの違和感に気付く。
自分の声が、別人のように変わっていたのだ。
喉から放たれたその声は、聞き馴染んだ自分の声とは似ても似つかない女性のような声だった。
しかし、藤丸はこの声に聞き馴染みがあった。
『五輪の神髄、お見せしましょう!!』
藤丸の頭に、一人の少女が浮かぶ。
それは下総で出会った、あの可憐な少女剣士の声。
しかし何故、自分から「彼女」の声がしているのか。
違和感の正体はそれだけではなかった。
視界の向こうに見える自分の肉体は、おおよそ自分の見慣れた体格ではない。
大きな乳房、くびれた腰つき。着物の向こうから覗かせるその姿は、まるで女性のもののようだった。
「まさかな…。」
藤丸の脳内で、ある仮説が浮かんだ。
その仮説は下を向いた時に同時に見えた自分の服装や姿で、おおよそ検討がついていた。
一体自分の身に何が起こっているのかを。
「この刀…」
その刀は、下総であの少女が腰に差していたものだった。
何故、自分がこの刀を持っているのか。
既にもう答えは出ているようなものだったが、実際に自分の目で見るまで確信に至ることは出来ない。
そう思い藤丸は、自分の姿を実際に見て確認しようと試みた。
刀身を鏡代わりにしようと思い、刀を鞘から抜く。
その刀も、記憶にある「彼女」が持っていたものと瓜二つだ。
あたりは満月で、月明かりがまるで照明のように明るかった。
その刀を月明かりに照らし、自分の容姿を確認することにした。
刀身に自分の姿が映る。
そして、藤丸の抱いていた疑念は確信に変わっていった。
「…嘘だろ、こんなことが…。」
藤丸の姿は、下総国で出会ったあの「女」の宮本武蔵と瓜二つになっていたのだ。