ありふれた職業は零でも世界最強 作:うぇいうぇい
ファイッ!
「チッ……どうなってやがる」
そう悪態をつくハジメは、悠々と、そして燦然と輝く太陽に汗を垂らし、砂漠を彷徨っていた。
懐かしい黒のコートの旅装に身を包み、大自然を歩く……ここ数年、そんな状況に陥ったことは無い。どこかの異世界に飛ばされたりした事は何回もあるが。
「……トータスの座標はここになってる。やっぱり、大砂漠?」
「否定できないが、そうだな……何かが限りなくズレてるんだろう」
隣には、ユエの姿もあった。こちらも白衣を着ていて、トータスでの旅装となっている。
もう二年以上も前になってしまったが、あのサンドワーム大きな砂嵐やら、アンカジ公国がある〝グリューエン大砂漠〟ではないかという議論を繰り広げていたが、仮にそうであるならばハジメ達はさっさと帰れている。
と言うのも何を隠そう、ハジメは現在遭難しているのだ。理由はクリスタルキーの使用による転移の失敗……と思われる。仔細が分かっていないのは、魔力をごっそり持っていかれ、そして当のクリスタルキーは消えてなくなってしまっているためだ。
転移失敗によって、ハジメ達の転移先は高い高い上空、まるで竜世界でのフリーフォールを想起させるほどの高度になっており、それを一頻り楽しんだと思ったら、クリスタルキーは既に手に無く……
一応替えのクリスタルキーを用意してあるが、それを使って日本、それも南雲家の座標に繋げど、渡った先に広がるのは紛うことなき青々とした森林。そこで家への直通を諦めて、日本のあらゆる座標へ飛んだ。しかし、そこには平原やら森やら、竪穴式住居やら謎の言語を話す民族やらが居るだけ。二人が唖然呆然とするにはそう時間がかからなかった。
飛行機が落下してどこかの島に流され、挙句バレーボールに名前を付けてを愛でる様な事態に陥っていないだけ幾分かマシではあるが、上記の原因不明の事故に加えて、いつの間にか見知らぬ砂漠に、しかも日本は大自然の中。
ハジメとユエに残された道は、このトータスと思わしき異世界を探索する事だけとなっていた。
「クソ暑い……アーティファクトでも浮かせておくか」
「ん……日本の蒸し暑さの方が、マシ」
〝エアゾーン改〟を浮かばせて涼しくなろうと、足取りは決して軽くは無い。一緒だったシア達とも連絡が取れないこの状況で、気が少し落ちているのだ。
(遠藤もこんな気分だったのか……)
修学旅行の時に、一人神隠しに遭って陰陽の何やらと格闘していた遠藤を思い出し、心の中でひっそりと謝罪する。神隠しってこんな気分なのか、と……
シアが居たならば、「ハジメさんの癖にしょげてるなんて見っともないです! 一度ドリュッケンで目を覚まさせてあげますぅ!」と力強い激励かハンマーの一撃でも貰えただろうが、それも無い。更に言えば、ツッコミどころ満載の変態も、病み気味の正統派ヒロインも、乙女力カンスト剣士も居ない。
ユエが居る事が心の支えになっているが……ハジメからすれば、こうも静かなのは何となく落ち着かない。最近では特に、ユエと二人っきりで居られる時間も前に比べて随分と減ってしまったので、オルクスの時の様に会話が無いのが、耐えられないようだった。
「チッ、また魔物か。やけに多いな」
「……なんか、少しだけ強い?」
「まあ、気持ち程度にはな」
気配遮断を持っているのか、気配感知に引っかからない赤サソリを見つけてはドンナーで仕留め、大きい山の方へ進む。
ここは、トータスと同種の魔物も出ているし、他にも見覚えのある魔物が何体か遭遇した。ハジメとしても、ここから遠くに見える、天辺の平たく大きな山を見て、ここがグリューエン大砂漠なのではないかと疑わざるを得ない。
「あの山、記憶が確かならグリューエン大火山だよな? 竜巻がない気がするが」
「……ん。間違いない。何故か竜巻で覆われてないけど」
ユエがキッパリと断定したので、となれば……と、思考を巡らせる。
「今の所、目印もあれしか無いしな……よし」
キラリと、右指に嵌っている赤い宝石のリング──〝宝物庫〟が煌めくと、魔法陣から一つのハマーが出現した。
──魔力四輪駆動アーティファクト ブリーゼ
言わずと知れた、ハジメ御用達の陸上の足である。運転席に乗り込み、助手席にユエが座ったのを確認すると、久々となる魔力操作でのアクセルを踏み込んだ。
そこから、特に何事もなく、雑魚を轢き殺しながら小一時間ほど。
10分もすれば大火山に着くだろうという所で、ハジメの気配感知が、真正面から迫り来る異様な反応を示していた。
「これは……俺を倒す為に、わざわざ雑魚が群れを成して襲ってきた、ってことか?」
砂ごとうごめいているのを見るに、大砂漠一帯に棲息するサンドワームの群れだろう。それを感知したハジメは、ブリーゼを降りると宝物庫から、異様な形をしたガトリングガンを装着した。
──電磁加速式機関砲 メツェライ・デザストル
一体一分間に幾つの弾丸が飛び出すのか想像もつかないガトリングガンで、気持ち良く一掃しようという魂胆だろう。
しかし、ユエがそれを片手で制止し、右手で指を指した。
「……違う。ハジメを追ってる訳じゃない。誰かいる」
「あ? ……マジかよ」
群れの中央部を指さし、誰かいるというユエの言葉を一瞬怪訝に思ったが、ハジメの左眼にある〝魔眼石〟が、その存在を明らかにした。
波のような形を成している砂煙とサンドワームから、猛スピードで逃げる莫大な魔力の塊。
そして肉眼でハッキリと見える、少女の姿が。
「うわ〜ん! オーくんどこ行ったの〜! ミレディちゃん反省してるから隠れてないで早く助け────ヒィギャァァァ!? お、オーくんのメイドスキー! 鬼畜! ロリコン! 美少女を死地に置いていくとかぁ! この紳士の風上にも置けない隠れヤクザの眼鏡めぇ〜!」
やたらと喚きながら、しかし余裕?を持ってサンドワームの群れから逃げおおせている少女が前方から到来していた。
なぜ砂漠のど真ん中に人が居るのか理解できなかったが、このまま真っ直ぐハジメの方に来ている。
「……待てよ。あの見た目、どこかで」
「……なんで、ここに?」
ハジメが「はて……」と記憶を探っている中、ユエは目を見開いていた。え、分かったん? とばかりにハジメはぽかんと口を開ける。
少女との距離は、いつの間にか五十メートルまで縮んでいた。少女も、こちらに目掛けてやって来る二人組を視認すると、手を精一杯振りながら声を張り上げた。
「あ、そこのお二人さーん! どうもすみませ〜ん、生き倒れの美少女だよぉ! ちょっと助けてくれないかなっ☆」
ウザく馴れ馴れしくて、しかも、どこかで聞いたような声音や口調。見た目こそ金髪のポニテで可愛らしい美少女だろうが、本能が囁いていた。アレは危険だと。ユエも嫌悪感を隠しもせず、すっごい不機嫌なジト目を向けていた。
ウザい奴にモンスタートレインに遭う傾向でもあるのだろうか。どうして俺なんだ……と内心悪態をつきながらブリーゼとメツェライを片付けると、少女の進行方向にぶつからないよう、左に逸れて進み始めた。
少女から見れば、それはもう90度の直角急カーブを決められて、折角の頼みの綱が切れた瞬間だった。
「ちょっ、ええっ!? 無視!? 砂漠のど真ん中の儚げな美少女を無視する普通!? レディの扱いがなってないって~!!」
だが、金髪の少女は空を飛んで、スピードでハジメに迫り、とうとう追いついてしまう。ハジメがあからさまに舌打ちすると、泣きそうな表情で迫ってきた。
「待ってよぉ〜! 本当に待って無視しないでぇっ」
「知るか。迷惑だ。こっちに来るな。そんで一人で勝手に野垂れ死んでろ」
「頑なに拒絶!? そもそもこの天才美少女魔法使いのミレディちゃんのお願いなのにぃ〜? それを無碍にするのって男としてどうな────」
瞬間、世界が凍った。
ハジメにウザく絡む彼女は解放者のリーダー、ミレディ・ライセン*1その本人だ。神の使徒と渡り合ったミレディが、二の句が継げない程の何か……それを、刹那の間にミレディは感じ取った。
これは、ラウス・バーン*2や神の使徒すら赤子の様に見える、最強の〝化け物〟だと。
ミレディが直に食らっている圧倒的な程の殺意、怒り、憎悪……そして冷徹なる無。
それは、かのハウリア一族ですら黙らせ、異世界組で次に強い遠藤がパシリにされ、ミュウが黙ってしまうプレッシャーの原因は、やはりみんなの魔王、ハジメとその正妻、ユエ。
一歩後退りたい。でも、身体が言う事を聞かない。
だが、それと共にミレディは俄然興味が湧いてしまった。何者なのか、目の前の青年は。どうしたら、そんな強さを得られるのか。そして、悍ましい程の負の感情を曝け出すのか……
……最後のに関してだけは、一度ミレディがハジメらに行った所業の数々を思い出してみれば、そうなるのも必然かもしれないが。
「え、何コレ……なんでミレディちゃんこんな目に遭ってるの?」
ミレディの笑顔も、あまりのプレッシャーにピクピクと頰を引攣らせながら凍らせながら、一礼する。
「今、お前ミレディとか言ったか」
「……え、え〜ハイ。どうも、〝解放者〟がリーダーをしております、ミレディ・ライセンというものですが……」
場に緊張が張り詰めた所で、ハジメが、「あ〜……」と掌にポンッと拳を置いた。ついに思い出したらしい。
「そういえば、こんなクソったれみたいな見た目だったな」
「ん……憎々しい程、美少女。神界の時も、隠れ家での写真でもこれだった。マジで頭おかしいと思う」
「なんか凄い貶されよう!? でも美少女でごめんねっ、テヘペロ☆」
この姿でも、ミレディはいつもの調子だった。
ああ、ウザイな……と、両者共に頷きあいつつミレディであることを再確認し、更に殺意を増したハジメとユエが一言。
「「死にやがれっ、このクソミレディーーーーーっ!!!」」」
と、裂帛の勢いと共に大きく跳躍し、ミレディに急接近する。
「ええぇぇぇぇ!?」
「こんの野郎がぁ!! 偽者だろうと俺は容赦しねぇぞぉぉぉぉぉ!!」
「……これまでの罪を贖って死ねっ、ミレディ!」
「何々なに!? 何でそんな恨まれてるの!? ぶるぶる、私悪い人間じゃないよぉ〜!」
圧倒的なプレッシャーが殺意に変わった瞬間、ミレディは重力魔法の高速展開を始めた。
因みに、目の前のミレディが偽者だと思った訳は、神界で見た時の美少女そのままだったのを認めたくなかったからである。察してほしい。
バヒュン!と、ミレディに向かってドンナーが火を噴くが、それをひょいひょいっと間一髪で躱しながら追いついてくる。
「……〝禍天〟」
「──ぇっ!? 〝黒禍〟!」
ユエによってもたらされた、ノータイムの無詠唱、かつ瞬時に出現した無数の黒球は、この世界でただ一人、ミレディのみが使える神代魔法、重力魔法の一つ。
見覚えしかない黒球に、僅かに反応が遅れたミレディは、地面に叩きつけられる寸前で対消滅を図った。
結果は……片方の魔法が維持できず、消滅した。
「うっそぉ……」
どちらの魔法が消滅したのか。驚愕を通り越し、頬をピクピクッとさせているミレディの呟きを聞けば言わずもがな。
(なんであの子が重力魔法を……しかも、私より魔法の精緻さも極まってる)
でなければ、自分の魔法が対消滅どころか、押し負けるはずが無いと。
「……フッ、所詮ミレディ。私に勝とうだなんて、一万年と二千年早い」
「く、くっそぉ、ミレディちゃんより上手いとか聞いてないよ〜!」
どうにか〝禍天〟の範囲外に逃げおおせたが、飛行状態を保てず地面に着地して、そう叫んでいた。自分の一番得意とする魔法が、同じ魔法で打ち負けたのだ。悔しさも一入だろう。
空中より睥睨してくるユエに注意が向いている間に、ハジメがニタリと口を裂いた。ミレディの背後に回り込んで宝物庫を輝かせると、緑のゴツゴツとした球体がミレディの足元に転がっていく。
「ハッ、これはどうかな?」
「え、何これ────うぎゃぁーーー!?」
出したのは、大量のピンの抜かれた手榴弾。それを一面にばら撒き、ミレディを牽制した。
しかし、ミレディもその攻撃に直撃してしまうほど甘くはない。重力を無視したジャンプで軽やかに躱していく。それがまた無駄に格好をつけているので、殊更ウザい。
ひっきりなしに出現する手榴弾群や銃弾だが、ミレディはそれの対処を、重力の力で吸い込む黒き球体を展開する重力魔法〝絶禍〟に任せていた。
注視していたのは、攻撃の手を緩めないハジメではない。その隣に宙を漂う、自分を上回る神代魔法の使い手……ユエ。
今度は何を放ってくるのか、属性魔法か、または重力魔法だろうか……と推測する中、ユエの唇は、神代魔法の名を口にした。
「──〝震天〟」
重力魔法? 否である。それはミレディにとっては完全に予想外だった。
咄嗟に重力魔法を用い、真後ろの方向に重力を向けさせる。すると、目の前で空間に歪みが生じ、それが元に戻る反動により、色も無い強力な衝撃波となってミレディに殺到する。
空間魔法。それが、ミレディが予想だにしなかった別種の神代魔法。
衝撃波の発生点から遠ざかろうとしたが、衝撃波は容易くミレディに追いつき、体の前面が一気に圧迫された。
手足など、一部の骨にヒビが入る。重力魔法による回避が功を奏したのと、もう一つ、事前に着けておいたあるオスカー謹製のアーティファクトが効力を発揮し、肉を抉られるほどの傷も無く、臓器も五体満足の状態となっていた。
──アーティファクト 護天羽衣
限度はあるが、衝撃などを吸収する羽衣だ。魔力操作によって自在に動かすことの出来るこれを防壁として展開すれば、至近距離であってもかなり衝撃が軽減される。
魔王ラスール*3戦の際に活躍した金属糸の羽衣は、神代魔法をも防いでくれたようだ。
しかし、ミレディの心情は穏やかではない。
(神代魔法を一人二役って、そんなのアリ……?)
神代魔法を複数所有しているならば、それは魔法戦においての常識を軽く覆してしまう。
重力魔法と空間魔法は、特に神代魔法の中でも攻防一体を体現する。重力によって遠距離攻撃を無効化し、一方的に範囲攻撃を浴びせられ、空間魔法により結界での防御と転移での回避、空間の歪みやズレを利用し相手を消し去れる。
魔力量が莫大ならば、厄介なことこの上ない。
「──〝流星・緋槍〟!」
ちょくちょく嫌らしい攻撃をするハジメに、百もの炎槍が降りかかる。
「チッ、面倒な」
舌打ちしたハジメは、宝物庫より8つの黒十字架が飛び上がらせると、ハジメを中心として空間魔法の結界による立方体が形成された。
──ファ◯ネル型アーティファクト クロス・ヴェルト
全弾を防御仕切れば、今度はお返しとばかりに、クロス・ヴェルトがミレディに向けて、電磁加速された弾丸による波状攻撃を仕掛けてきた。
かと思えば、ハジメ自身も何かを持っている。凶悪なフォルムと全三十六門の砲身を持つ〝メツェライ・デザストル〟だ。
全てがレールガンの砲身がグルグルと回転を始め、大口径の弾丸が吹き荒れる。
流石のミレディも、これは躱し切れないと判断し重力魔法での高速移動で弾丸の嵐から振り切る。
「ちょっと、何なのこのアーティファクト!? オーくんでもここまでヤバいのは無いのにっ」
「ハッ、オスカーなんかもう敵じゃないからな。錬成師の極致は俺だ」
「は、はぁ!? オーくんの方が最強だし〜? 何言っちゃってんの〜? ……あ、分かった! 暑さで頭おかしくなっちゃったんだね〜。プププッ、自分が最強だって勘違いしてる奴〜! ──〝絶禍〟」
追加の〝絶禍〟がミレディの周りに三つ形成され、計四つの衛星がダイ◯ン並の吸引力で、メツェライの弾丸を全て吸い込んでいった。
余裕の表情のミレディに、黙っていない者がもう一人。ユエだ。
先程の会話の遣り取りを聞いていて、〝オーくんの方が最強〟と言っていたミレディに怒り心頭のご様子。
ユエは滞空しながら、天に手を伸ばした。
「──〝五天龍〟」
太陽の光が遮られるものもなく降り注いでいた大砂漠に暗雲が垂れ込め始めた。
直後、五体の龍が顕現する。
「えっ」
「……喰らい尽くせ、天龍ども」
呆然とする暇もなく、ミレディに雷速で突撃する雷龍。
「やばっ」と咄嗟に〝絶禍〟を雷龍の顎門に放り込むが、呆気なく噛み砕かれる様に、ミレディも冷や汗がツーと吹き出た。
(重力魔法と属性魔法の複合を、このレベルで実現させてるなんて……悔しいけど、まるで太刀打ち出来ないっ)
正に次元が違っていた。自分たちと思えぬ人外の強さ……それでいて、使徒の様に造られた存在ではない、人であったのだ。
それでも、内心を悟らせまいと表面上は余裕を取り繕い、眼前の龍達の攻略法を探す。
「──〝流星・黒玉〟!」
ミレディの背後に現れた百もの〝黒玉〟が、後ろの雷龍と、接近する四体の龍に勢いよくばら撒かれる。
数多くの〝黒玉〟が龍に当たるが、龍達はそれをものともせず突き進む。
しかし、ミレディはその様子を見ると、悪戯っ子みたいに嫌らしい笑みを浮かべた。
「……やっぱり、重力魔法が魔法の形を作ってるんだ」
〝黒玉〟は、圧縮された重力場の塊。大したスピードが出なくとも、一般人なら触れるだけで身体を粉微塵にされてしまう。
普通の魔法とぶつかり合えば、その重力場によって相対した魔法は消滅する。しかし〝黒玉〟を食らってなお変化が無いこの龍の魔法は、何なのだろうかと、ミレディは殺到していく〝黒玉〟が龍に衝突し、突き抜けていく様子を観察していたのだ。
そして、ついに一つの答えを得た。
「耐えられるかなぁ?──〝壊劫〟」
目の前の雷龍は、重力魔法で制御されている。ならば、重力場に直接干渉さえすれば魔法を崩せるのではないかという予想に。
タネが解れば、後は自ずと導き出せるシンプルな予想は、自分を中心とした〝壊劫〟の魔法によって、最も接近していた氷龍、白龍、雷龍の三体が空気に消えるという結果をもって当たることになった。
「……むぅ、ミレディめ、やりおる」
一方、ユエは渋々ながらも、感嘆の声を漏らしていた。
これまで、ユエが自分と同じ重力魔法の使い手と直接勝負をした経験はごくわずか。
一人は、ミレディ・ライセン……ゴーレム体ではあったが、重力魔法を利用したギミックを仕掛けてきた。もう一人は、氷雪洞窟の試練に出てきた自分……こちらの方が、重力魔法同士での苛烈な戦いを繰り広げた。
だが、それ以外には敵で重力魔法を使った者は居ない。
だからこそ、ユエは度外視出来たのだ。五天龍最大の弱点である、龍を形成する重力場に干渉されれば、魔法を保てなくなる事を。
その他にも、シアがドリュッケンを振るう事で形成される圧倒的な衝撃波でも消えてしまう事もあるが、それはあくまで例外だ。
(……流石は神代の魔法の天才。特性を理解して、弱点を突いてきたか……でも、私はこんなもので終わらない)
ミレディの〝壊劫〟によって、蒼龍と嵐龍以外の龍が消えてしまう中、ユエは更に魔法を発動する。
〝宝物庫〟の魔物の素材を用いた、使徒創造の秘術の応用。変成魔法の、その本領を発揮する奥義にして、〝天在〟と同じくエヒトから盗んだ魔法。
「──〝魔龍化〟」
ユエの周りを漂っていた蒼龍と嵐龍の目が開かれる。
魔物の魔石を持つことで半魔物化し、自律的に行動できるようになった二体が、唸り声を上げながらミレディへと肉薄する。
「さっきのと違う……まさか、魔物に!?」
五天龍の魔物化。最終決戦の神界にて、エヒトが余興ついでに行使して、ハジメを苦しめた厄介な魔法だ。生物となることで、弱点である重力の干渉を克服し、魔石を壊されない限り動き続ける。
ミレディは〝壊劫〟戦法が通じなくなった事に歯噛みすると、それならと別の魔法を放つ。
「行けぇ!──〝黒玉〟」
純粋な一点の破壊力を持つこの魔法が、銃弾には及ばないが凄まじい速度で嵐龍ち放たれる。だが、嵐龍な自律的な行動が取れる魔物となっているので、本能で理解したのだ。アレは当たってはならないと。
体を捩らせて黒玉を回避すると、再度ミレディに向かって顎門を開き、喰らわんと迫る。
「っぐう……!? 反則だよアレ……」
暴風が、ミレディの横を突きぬけていく。しかし、嵐龍は全身が風の刃となっていて、付近にいるだけでも怪我を負ってしまう。どうにか直撃は免れていたが、全身を斬り付けられたミレディは、〝宝物庫〟から一つ、指輪を取り出した。
──アーティファクト 回帰の指輪
本来の用途は、状態の回復。体に異常をきたす攻撃などから身を守るため、再生魔法〝刻永〟が付与された指輪だ。かすり傷程度なら、状態を保つ程度の回復能力で十分足りる。
背後に嵐龍が周り込んだが、それだけにかまけてはいられない。別方向の蒼龍が、口腔に青い炎を溜めている。
一気にそれが吐き出された。球体の青い炎は〝蒼天〟そのものだが、速度も大きさも桁違い。ミレディは、それに臆することなく立ち向かう。
「──〝絶禍〟」
黒き衛星が一直線に炎へ入っていき、その尽くを呑み込み、大爆発を起こした。呑み込んだ時のエネルギー量に耐え切れなかったのだ。
「──〝禍天〟」
蒼龍が様子を窺っていると、突然自分の体が砂地に墜ち、動こうにも動けなくなってしまった。
煙の晴れた先には、いつもの姿からは考えられないほど無表情で、冷めた目をしたミレディ。彼女の瞳は、眼下の蒼龍に向けられている。
地面に落ちた蒼龍を見るなり、ミレディは顔を俯かせた。心なしか、肩もプルプルと震わせているような……
「プフッ、くひっ、やば、 笑 い が 止 ま ん な い ! ねぇねぇ、今どんな気持ち? 魔物になっても弱点が変わらなくて、呆気なく落とされるってどんな気持ち〜? 魔物になって逆に重力で落ちるようになってやんの〜! プギャーッ!! やっぱりミレディちゃんの重力魔法は最強だねっ♪」
さっきまでの無表情は何だったのか。宙を漂いながら、ジタバタともがく蒼龍を指差して、ゲラゲラ腹を抱えてて笑っていた。肩を震わせていたのはこのせいだろう。ユエの青筋がピキリッと一つ二つと立てられた。
まあ、考えてみれば本当に単純な話ではある。
「ヒィー、ヒィー、お腹痛い……〝極大・黒玉〟」
身体をくの字に曲げて笑いながら、クイッと降ろされた人差し指に合わせて、たちまち出現した重力球が魔石を貫く。蒼龍は地面に磔にされたまま、纏われていた炎が掻き消えて呆気なく敗れ去った。
ふと、ミレディがハジメとユエの方へ目をやると、二人は時折目配せしつつもこちらを見ている。
(龍の魔法から、一度も眼帯のヤクザくんと金髪ジト目ちゃんが攻撃してこないし、ずっと観察されてる……全力を出しているわけじゃなさそうだし、何か試されるのかな)
と、思われている当の本人達、ハジメとユエはというと。
『あのウザさ……完全にミレディだな』
『……でも、ミレディは私達を知らない。しかも、元の身体のまま』
『……つまり、これってアレか』
『ん……見せてもらったあの映画、B◯TF、みたい。デロ◯アンじゃなくて、鍵だけど』
『巻きもどった年数も尋常じゃないんだよなあ』
魂魄レベルでの念話により、傍からは、見つめ合っているようにしか見えていない。ミレディが「くっそ〜、あいつらイチャつきやがってぇ〜!」と怒りを露わにしながら、〝壊劫〟と〝黒玉〟コンボで龍を倒していく。
『ミレディの奴、もう嵐龍も倒してやがる……真面目にコミュニケーションぐらい取るか?』
『……積年の恨みは、これからじっくりと晴らさせてもらう』
『そんじゃあ、決まりだな』
『……ただ、勝ち越されるのもムカつく』
『……お、おう。まあ、殺すなよ?』
嵐龍を倒し終えたミレディのもとに、ユエが砂を踏み締めて向かう。
ギョッと跳ねるようにミレディが振り向く。腕を組み仁王立ちするユエ様に、言いようのないプレッシャーを感じつつ、ゆっくりと近づく。
風が二人の間に吹きすさび、二人の黄金の髪が横に棚引いた。
「……名前、聞いてもいいかな?」
「……私はユエ。尊敬する人が相手でも、親友の仇を優先する女。覚えておくがいい」
「親友の仇!? ミレディさん、ユエちゃんの親友に何かしちゃった……?」
「……便所に流した挙句、お漏らし兎の汚名を着せて永久保存した」
「ちょっと待って、ツッコミどころが多過ぎて理解できないよ……」
些か情報過多だったらしい。ストップ!と右手の掌を見せてから、そんなことあったっけなぁ、と首を傾げている。
「……なので、ミレディは一度叩きのめす。方法は簡単、〝黒天窮〟を放って、打ち勝った方の勝ち」
「……へぇ? このミレディちゃんに、重力魔法で挑もうだって?」
「……重力魔法は、私の十八番」
ユエは不敵に笑い宙に浮かび上がると、高高度まで上昇した。
その言葉は聞き捨てならなかったのか、ミレディの目がスゥッと細まった。ついでに、自分もユエと同じ高度に並び立つ。
辺り一体が、青々とした空に包まれている。より一層激しい風が体に吹き付けるなかで、
「言うねぇ、ユエちゃん。私よりも歳下でその力は凄いけど、ミレディちゃんも重力魔法には文字通り、心血を注いできた。簡単には負けないよ?」
ユエの頬が引き攣る。「ハハッ、こやつめ……」と言いたそうに、眉がピクピクっと跳ねる。
「……お子ちゃまが何を言う。吸血姫にして、永遠の18歳の私に勝てると思うたか」
「……えっ、吸血鬼族なの!?」
えっ、そこ? そこ気にするの? とユエがあからさまにげんなりした。
「……それが何か?」
「い、いやいや! その、教会のせいで竜人族くらい閉鎖的な種族だから、珍しくてつい……」
ミレディが会ったことのある吸血鬼族は、メイルのみ。
しかしメイルは海人族とのハーフであるため、純粋な吸血鬼族を見るのは初めてだったのだ。
わたわたと慌てて手を振るミレディの発言に、ふむとユエは顎に手を当てた。
少なくとも、ユエの時代では、自国から出ていく同胞は少ないものの、閉鎖的という程ではない。ユエという存在が世に広まった時なんかは、一番教会や他国との関わりが深かった。
神代にもなれば更に引き籠もりであったらしい。尤も、ユエとって関係の無い話だが……
「……もしかして、ユエちゃんと一緒にいた人も?」
「……ハジメは至って普通の人間。ひどい、そんな人外みたいに……」
「どこからどう見ても人外級ですけど──ヒッ!?」
謎のプレッシャーを自分の背中から感じて、ギギギ……と油の切れたロボットのように顔だけ後ろに向ける。
いつからそこに居たのか、ハジメが空中で腕を組み仁王立ちしている。
それとさっきから、この場の面子が仁王立ちばかりしているのは何故なのか……
「オレ、超模範的、超善良な日本人。ジンガイチガウ。イイネ?」
「アッハイ……」
紅い魔力の奔流がハジメを中心に揺らめいている。二年間の間、平和?な日常を過ごしてきた日本人としての矜持が許さなかったのか。
コクコクと機械的に頷いて、仕切り直す。
「……始めても?」
「ミレディさんは準備万端だよぉ〜」
確認を終えた瞬間、ブワッと膨大な量の魔力が吹き上がった。
ユエの黄金とミレディの蒼穹が、その間の中心部でせめぎ合う。
(私を本気にさせた事、あの世で悔いるがいい)
(私を本気にさせた事、後悔しないでね)
敢えて口に出さず、自らの魔力を循環させる。
「「──〝黒天窮〟」」
一言で放たれたのは、万物を無に帰す重力魔法の奥義。世界そのものの力の一端に触れた者の前にこそ現れ出るべき星が、この場に二つも齎された瞬間となった。
黒き禍星が指先に輝くと、それは瞬く間に3メートル近くまで膨れ上がって、一切の音も発さずに直往する。
その直後、球の端と端が触れ合った。
「……っ!?」
「おぐぅっ!?」
まるで、爆弾でも落ちたかのような……いや、それよりももっと被害が大きいだろう衝撃波が、ユエとミレディの体を吹き飛ばした。
衝突の衝撃波がここまでとは想像しなかったに違いない反応をしつつ、戦いの場から引き離されたものの、両者は魔法の制御をし続けていた。絶対に解除してたまるか、という根性からかもしれない。
なんにせよ、二人の中心では、未だに黒き星がお互いを喰らわんと鎬を削っていた。ぐにゃりと歪み、中に引き入れようとして反発し、元の形に戻るを繰り返している。
「くっそぉ……!」
空中で体勢を持ち直したミレディは、どうにか状態を保っていた〝黒天窮〟のあまりの御し難さに、悪態が口を衝いて出た。額には多くの脂汗が流れており、その必死さが窺える。
ミレディ自身、まだこの魔法を制御することは適わない。一度発動すれば、残りの魔力が尽きるまで〝黒天窮〟は止まることを知らない。
「ふっ……」
対するユエは、涼しげな表情だ。魔法に対しての理解や技術は、それこそ極致にある。〝黒天窮〟の複数展開さえ難なくこなすユエには、一つの制御程度で今更……という余裕の笑みでミレディを圧倒する。
(……勝ったな)
ハジメの魔眼石は、互いの魔法の精度さえも、構築されている陣から読み解くことが出来る。
同じ魔法による勝負なので、勝敗を決める要因になり得るものは限られてくる。総魔力量、魔法陣の精緻さと安定化、魔力の流入量、イメージの固定……
要するに、ステータスと魔法を上手く使いこなす能力。ここに集約される。
だが、二人の表情から見ても分かるように、
「あっ……」
気の抜けた声が一つ。
せめぎ合う二つの巨星は、統合された。その制御権を握るのは……
「……チェックメイトだ、ミレディ」
そこには、やたらと香ばしいジョ◯ョ立ちを披露しながら、〝黒天窮〟を自分の背後に移動させたユエがいた。
日本に来てからというものの、なぜかユエは何かとポーズを取りたがるようになってしまい、因縁の決着だと言うのに色々と台無しである。
「わぁ……まさか、純粋な魔法勝負で負けるなんて……天才美少女魔法使いミレディちゃんの名が泣いちゃうよ……」
完全な敗北に、へ、へへっ……と、どこぞのポンコツ聖女みたく乾いた笑いで空中三角座りを決め込んだようだ。まるで三徹したのかという空虚な瞳が、より一層の哀愁を漂わせている。
「ミ、ミレディ……?」
「所詮は井の中の蛙……しかも重力魔法すら負けるミレディちゃんって……なにそれ、ただのいらない子じゃん……いいもん、解放者のリーダーはユエちゃんに任せるもん……そしたら本当に私はいらない子……ああ鬱だ、死のう」
「……ミレディ!?」
心が折れてしまったミレディの落ち込み様が凄まじくて、ユエが思わず駆け寄り、宥めようと試みる。
「……だ、大丈夫! え、え〜と、そう! ウザさなら世界、いや九つの世界一!」
「……ウザさだけが取り柄の女って……ウザレディ選手権永年一位……女として終わってるよね、それ……」
「ど、どうしよう……」
だって、それくらいしか特徴無いし……と、不貞腐れながらユエが呟く。
ミレディからウザさを抜いたら、九割方何も残らなくなってしまうと、彼女に会った者であれば誰もがそう思うだろう。それほどに、ミレディの大部分はウザさが占めていた。ウザさのないミレディは、ただのきれいなミレディなのだ。
えぇ……? と本気でどうしようか考えていると、勝負の様子を見守っていたハジメまで、ミレディの酷い様子に駆け寄ってきた。
「……おいおい、どういう状況なんだ? ユエ」
「……勝負に勝ったら、勝手に落ち込んで、勝手に自虐し始めて、宥めたらまた落ち込んだだけ」
「ミレディが落ち込むって……マジか」
あまりの豹変ぶりに、ハジメも驚きを禁じ得ない。
そのままジッと動かないミレディに、ハジメは段々とイラッとし始めた。いつもならあれこれウザいことをしてくるミレディがこの調子というのは、さぞ気味が悪いだろう。
「おい、ミレディ。グズグズしてるとド頭に風穴ぶち開けるぞ」
「……はは、そんな死に方も悪くないかも……ふへっ」
「完全に壊れてやがる……」
すると、おもむろにユエの魂魄魔法がミレディに降り注いだ。魂ごと治そうとしている。
「……大丈夫?」
顔を覗けど、瞳は空虚なまま。
失敗か? と他の手段を試そうとすると、ミレディが呟いた。
「……ちょっとだけ、独りになりたいかな」
そう言われて、ハジメとユエは顔を見合せると、無言でミレディから離れるように地上に落ちていった。
(ズタボロな心の整理には、ミレディさんも時間が少し必要になっちゃうなぁ……それに、後でお礼を言っておかないと)
地上に降りたハジメ達は、そこで異様なものを見た。
「ミレディーーっ!! くそっ、あの馬鹿どこに行きやがった! 要らなくなったゴミはちゃんと処分してからにしやがれぇっ!!」
砂漠なのに厚手の黒コートを羽織り、黒い傘を手に持った眼鏡の青年が、サンドワームの群れから必死に逃げている。既視感しかない光景だ。
「ん……あれって」
「まあ、思っている通りの奴だろうな。ちゃんと生きてるのとは初ご対面だ」
ハジメとユエには、目の前の人物=畑の肥料にしてしまったという等式が根底に根付いているからか、何となく反応がおざなりである。
すると、青年の視界がようやくハジメ達を捉えたらしい。
「あっ、そこの君達! 危ないから逃げてくれ! この魔物達は僕でどうにかしておくから、早く!」
「いや、逃げろって、どう見てもお前が原因にしか見えないんだが」
「そうですよね! ごめんなさいっ」
腰を九十度に曲げて謝りながら必死の逃走を図る黒コートの青年はハジメとユエの前で立ち止まり、背後のサンドワームの群れと相対した。
「──〝九式・天灼〟」
巨大な雷球が出現し、その雷が瞬く間に砂漠の地を溶けたガラスに変化させていく。
サンドワーム達はその雷に身を灼かれ、金切り声を上げながらも数は減らず一向に進行を止めないようだ。
黒コートの青年も、これは参ったなと洩らしつつ、宝物庫から次なるアーティファクトを頭上に繰り出した。
魔法陣の穴から顔を覗かせる両刃の大剣群を見て、ハジメは口をあんぐりと開けた。
「んなっ……お前ギル◯メッシュかよ」
「え、ええと……そのギルガ◯ッシュってのはよく分からないけど、これはこうして使うんだ」
直後、魔法陣から剣が一斉射出された。まるで、〝宝物庫〟の使い方がこれだと言わんばかりに……
しかも、その剣がサンドワーム共に着弾すると、ハジメのミサイルもかくやという威力の大爆発が巻き起こった。
──アーティファクト 大きな魔剣
遅れて、砂埃の混じった爆風がビュウッと吹き付けるが、それは結界の局所展開によって守られる。
──アーティファクト 黒傘 十式〝聖絶〟
「……まだ残っているのか。存外凌ぐね」
よくよく見ると、明らかに進化している種類の巨大サンドワームが三体残っている。あれで殆どの雑魚が片付いたということだろう。
黒コートの青年が、次なる剣を召喚しようと手を掲げる。しかし、左肩に手が置かれて、思わずそっちに振り向いた。
「……お前だけにやらせるのも格好が付かないな。どれ、俺も一つ」
「!? き、君……それは〝宝物庫〟かい!?」
右指の指輪が煌めくと、魔法陣から出現した巨大な十字架を担ぎ、標的を定めた。
「こういうのを、芸術的な爆発と言うんだ」
ハジメがその引き金を引くと、内部機構がカシュカシュと音を立てて作動し、中のペンシルミサイルが一斉発射された。
白い煙が縦横無尽に駆け回ると、三体の巨大サンドワーム共にそれぞれ殺到していき、同時に三つの爆発を引き起こした。その光景は圧巻どころか、愕然レベルの迫力だ。
──ロケット&ミサイルランチャー アグニ・オルカン
このロケットランチャーが生み出した爆風は、先程の魔剣の比ではない。
「──〝聖絶〟」
ユエの結界によって、叩きつけるような砂の嵐は完全にシャットアウトされた。咄嗟の機転を利かせたユエの頭を、ハジメが撫でてやる。
「密封した燃焼石の爆発力を利用しているのか……! しかし、あれはフラム鉱石……フラム鉱石の燃焼で、一体どうやって飛ばしているんだ? いや、燃焼自体のエネルギーじゃなくて、あれは燃焼した際に発生する気体を噴出させて進んでいる!? 今までにないアプローチだ……」
普通の人ならば顎を開いてポカンとしているところを、この黒コートの青年は目をキラキラ輝かせてハジメのアーティファクトを見ている。
流石は神代の錬成師かと、ハジメが感嘆する。
「ほぉ、お前もこのミサイルの魅力が解るか、オスカー」
「解るどころの騒ぎじゃないさ! これを利用すれば、魔法以外で空を飛ぶ方法を確立できる!」
少年みたいにキラッキラしている黒コートの青年──オスカー・オルクス*4は、ふと横にいるハジメの言葉を回顧して……
「……ところで、どうして僕の名前を知っているんだい? それに、あのアーティファクト……君は一体、何者なんだ?」
自分と引けを取らない圧倒的な火力の武器。金属糸で作られたコートや、偽装しているが左手には義手と思われるアーティファクト。魔力の直接操作……オスカーには、聞きたいことが山ほどあった。
そのオスカーの追及を、ハジメは掌で制止した。
「まあ待て。その話をするのは、上にいる奴が来てからだ」
「上の? それって、もしかしてミレ────」
「オーーくぅーーん!!」
オスカーがその名前を言う前に、彼女は急降下して、オスカーの前に降り立った。
「うわっ!? ……って、ミレディじゃないか! どこをほっつき歩いてたんだ! 結構探したんだぞ!」
「ずっとサンドワームに追われてたら、そこの二人に喧嘩吹っ掛けられて、買ったら敢え無くボロボロに打ちのめされました……」
「……えっ、ミレディが!? ……いやでも、あの戦闘力じゃ仕方ないか」
「? オーくんも戦ったの?」
「いや、君が残してきたサンドワームの群れを一緒に始末してくれたんだよ。まったく、とんだ置き土産を置いてきてくれたな」
「あー……その節は本当に申し訳なく思っております……」
「はぁ。もう仕事は終わらせたから、早く樹海の方向に戻らないと」
と言うと、オスカーの背後からジトーっとした目線が二対。忘れてんじゃねぇよ的な目線だ。じんわりと冷や汗を掻き始めたオスカーが、わざとらしく「あ〜」と思い出したように、
「その前に、あの二人と話さないとね」
「……あ、忘れてた。テヘッ☆」
ドパンッ!
ウザったく舌をちょこんと出したミレディの鼻先すれすれに、ハジメの実弾が通り抜ける。
一歩間違えればミレディの鼻は南無三していた。その事実に、ミレディは顔を真っ青にした。そこに、ドンナーを肩にトントンしながら迫るチンピラ……ハジメ。
「次ふざけたら、鼻どころか頭ごと無くなると思え」
「ご、ごめんなさい……」
現代の発達したチンピラには、生身のミレディと言えども歯が立たないようだ。一体、これのどこが善良な日本人なのだろうか。普通の日本人に謝れという声も聞こえてきそうだ。
「まあ、立ち話もなんだ。ちょっと待ってろ」
ハジメの宝物庫から、主に地球で軍用の物品に使われる塗料の色……いわゆるオリーブドラブのテントが出現し、ハジメとユエが中に入ったのを見て、オスカーとミレディがそれに続く。
すると、そこは広々とした空間が広がっていた。
「……ザ・家だね」
「空間魔法で拡張されているみたいだね。しかし、こんなデザインがあるのか……建築様式からしても、これは初めて見るよ」
このハジメ謹製のテントは、空間魔法によって中身が拡張され、大体日本のマンションぐらい……3LDKの間取りがある。しかもライフラインや空調機能を完備、果てには自衛機能まで搭載した万能テントだ。そのうち、自走機能も付くかもしれない。
ミレディは中に入って手をグイッと広げて伸びた後、ブォォーンと風を送る扇風機に目を惹かれた。目の前に立って、ポニテをファサッと棚引かせる。
「ゔひゃ〜、ごれ涼じい……っで、な゛にごれっ!? ミ゛レディぢゃんボイズが変なごとに゛なっでる!!」
「あれも駆動部にしか魔力を使ってないのか……これは驚いたな」
扇風機という機械に興味の尽きないオスカーに対して、ミレディはその前に座って「あ゛〜〜〜」と声を出していた。
流石ミレディ、遊び方を分かってらっしゃるのか、と、何故だかハジメは感心していたが、早く話を進めたいのか、ユエがミレディを優しく「いててて、痛い痛いもっと優しく! ってまだ痛いよユエちゃん! ちょっとは遠慮して!?」……強制的に首根っこ掴んでテーブルに引きずり込む。
椅子に座らされたミレディの対面にユエが座り、ユエの隣にハジメが、ミレディの隣にオスカーが座る形となった。
「いやあ、うちのウザいのが悪いね」
「気にするなオスカー、俺達はウザいのの扱いは慣れててな」
「あのさ、幾らウザいって言ってもミレディさんを〝ウザいの〟って表現するのはやめて欲しいな」
「……ミレディにそんな自覚があるとは思わなかった」
「ありますけど!? 喧嘩売ってるならチップ付きで買ってやんぞコラァ!」
真正面に座っているユエの口撃に、「まったくぅ、ミレディさんを何だと思ってるんだ!」とプンスカする。
「……それで、本題に入ろうか。──〝解放者〟」
「今の流れでそこに持っていこうとする君の精神はおかしいよ……じゃあ、まず君達のことから教えてほしいかな」
少し溜息を漏らしながら頭を掻くと、テーブルに肘を突きつつ軽い自己紹介をした。
「俺の名前はハジメ。南雲ハジメだ。錬成師をしている」
「ん……私はユエ。色々魔法が使える」
「うんうん! じゃあ、ハーちゃんとユエちゃんだね! ちゃんと記憶した!」
頷くと、解放者のターンとなったからか、ミレディはシュパッと決めポーズを取った。
「ご存知みんなのアイドル☆ ミレディ・ライセンちゃんでぇす! 因みにぃ、教会をぶっ壊す組織のリーダーもしているんだよぉ? 凄いでしょぉ?」
凄まじいドヤ顔だった。取り敢えず、ドンナーで額に一発。
あふんっ!? と椅子ごと倒れ込んだ。非致死性のゴム弾だが、かなり痛いものであり、額を抑えながら、「グスッ、ひどいよぉ……」と倒れた椅子を直して座り込んだ。
「初めまして、ハジメ、ユエ。僕はオスカー・オルクス。見ての通り錬成師さ。ミレディの言う組織、〝解放者〟に所属している。宜しく頼むよ」
「ああ、こちらこそ宜しく頼んだ」
「ん……よろしく」
「ちょっ、なんでそこだけ普通に仲良さそうにしてるのさ!? ミレディさんの疎外感激しくないかな!?」
「そう思うなら、原因はたった一つ。ミレディ、君がウザいからだよ」
「それを言うのはあんまりだよ、オーくん……」
テーブルに突っ伏して、泣いた振りをしているミレディをはさて置き、ハジメはとある思い付きを口に出してみた。
「なあ、オスカー。俺達を〝解放者〟に入れてもらえないか?」
「……それは、本当かい?」
ハジメにとって、この時代で〝解放者〟に入ることが最も必要な選択だと考えていた。ハジメ達は、既に自分達が大昔、神代の時代に戻っていると気付いていた。
だが、解らない。何故、この時代に来てしまったのか……
『……〝解放者〟に入るの?』
念話からユエの疑問を呈する声が聞こえてきたので、ハジメは一旦思考を止めて、ひとまずの自分の考えを述べた。
『……この時代で何が中心に回っているかを考えてみれば、ミレディやオスカーがいる時点で、〝解放者〟一択だと決まる。まあ、何にしても、俺達が〝解放者〟に入らないことには、何も分からないと思うぞ? ミレディに対抗できる時点で、この時代の教会は聖教教会とは比べ物にならない規模と戦力は持ってるだろうし、異端認定されたとして、二人で敵を片っ端から殲滅するのも面倒だろ?』
『……それに、エヒトをもう一回ぶちのめせる』
『それしたら過去が変わっちまうだろ……』
未だ、ユエはエヒトに対して根に持っているらしい。ハジメが呆れたようにそう言うと、目の前のオスカーを見た。
「あのクソみたいな神には、それこそ一回殺しただけじゃ済まないくらいの怨みがあってな。そうだなぁ……一度受肉させた上で魔力を封じて、魔王流嫌がらせ百八式の全てを試して嘲笑った後、非力なままそこらへんのチンピラにボコボコにされて自尊心を壊してから、薬地獄で精神ごと狂わせる……ってところだな。いや、これじゃまだ足りないな……万国共通の恐怖、Gに体を這いずり回られるとか」
「「う、うわぁ……」」
なんか途中、魔王流とか聞こえた気もするが、オスカーは気にするのをやめた。ミレディも、ハジメの神絶許を聞いて跳ね起きたらしい。
「……ね、ねぇ、本当に仲間にしちゃうの?」
「いや……うん、まあ、かなり強いし、あれくらいエヒトに怨みあるんなら大丈夫だとは思うけど」
「……つ、強いなら大丈夫だよね! ほら、メル姉の例もあるし!」
「メイル*5、君サラッと妹分に貶されてるぞ……」
ドン引きも一周回って、なんかもう、そういう奴なんだな……と割り切りつつ悩んでいると、ユエがスゥと目を細めた。
「……ハジメは敵に容赦が無いだけ。ちゃんと話せる人とは交渉するし、仲良くする意思があれば向き合う善良な日本人。勘違いしないで」
敵に容赦が無い。
その一端をミレディは見ているので、あ〜と納得する。
しかし、目の前の人物は果たしてそんな優しい一面があるのかと疑問に思っていると、オスカーが「……そうかい」と微笑みながら頷いた。
「……その〝ニホンジン〟ってのはよく分からないけど、まあ、何となく分かったよ。……ミレディ、いいね?」
「そうだねぇ〜。神代魔法の使い手だし、元々私から勧誘する予定だったんだけど……ミレディちゃんはとことんツイてるねっ♪」
「へぇ、神代魔法を使う……神代魔法!?」
ミレディが、今更!? と驚いているが、生憎とオスカーには、ハジメが明らかにアーティファクトと思われる物を沢山所有している、としか分からず、ユエに至ってはオスカーの前で実力を発揮していない。
オスカーは堪らず、ハジメ達の方を向いて問う。
「君達は、神代魔法を使えるのか?」
ハジメが、ニヤリと口を裂き、ユエが誇らしげに口角を上げる。
「……俺は、主に生成魔法と、少しの変成魔法だな」
「……主に、重力魔法と空間魔法を使う。けど一応、生成魔法以外なら全部使える」
「「…………」」
二人に出来たのは、ひたすらな唖然だった。オスカーに至っては、ビックリし過ぎて眼鏡がずり落ちている。
それから数秒経ち、再起動したミレディが更に追及する。
「……それ、マジ?」
「マジマジ、超マジ……なんならステータスプレート見せてやろうか?」
「へ? ステータスプレート?」
ほらよ、とミレディに手渡されたハジメのステータスプレートの下部。
そこに書かれた、七つの魔法。
====================================
技能:生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・…………
====================================
「う、うん……確かに書いてあるけど、このステータスプレートってなに?」
「あん? ……まさか」
──この時代に存在しない。
そのまさかが脳裏を過った。
『これって、ユエの時代にはあったのか?』
『……少なくとも、人族の間では流通してたはず』
『やっぱ、昔過ぎるのか……困ったな』
神代のアーティファクトなのだから、てっきり存在すると思っていたが違うようだ。
アテが外れて、どうしよう……と悩むが、眼鏡を掛け直したオスカーが身を乗り出して、そのステータスプレートの性質を看破する。
「……これは、鑑定系の魔法が付与されているのか。でも、人物の鑑定なんて出来たかな?」
「それが出来てれば、〝解放者〟はこんなにも広く活動出来てないよ……」
ますます深まるステータスプレートの謎。メルド団長も、神代の時代のものだからよく分からんとか言い、ハジメも特に深く考えたことが無かったが、一体誰が作ったのだろうか。
「……でも、ハーちゃんもユエちゃんも嘘をついてない。ミレディアイは何でもお見通しだから、分かるよ」
声のトーンに、いつものウザさがない。ハジメの目を、ジーッと見つめている。
時折見せる、あの目をしているミレディに、オスカーが肩を竦めた。
「……ミレディがそう言うなら、僕も信じよう。でも、神代魔法って同じ時代の、一人につき一つって思ってたんだけど……」
「うーん……まあ、こういう事もあるんだよ、たぶん?」
「適当だなぁ……」
改めて、ミレディとオスカーが真っ直ぐと前を向いた。
「……神に抗い、人々が何にも縛られない世界へ変える。それが、私達〝解放者〟。私は、君を〝解放者〟に勧誘するよ。ねぇ、どうかな? 私と君が倒すべきは神。私達は、 きっと君にその神をも殺せる力を最後まで届けさせることが出来る。その為に──」
──悪魔と相乗りする勇気はあるかな?
神に抗う者を悪魔……言い得て妙だ。神を殺すために地獄から這い上がり、神界を侵す存在。人々を信仰に抗わせ、異端の道へと誘い込む。
そう言えば聞こえは悪いが、神が悪魔の様な存在なら話は別だ。邪悪な神から人々を解放する為に、悪魔達は戦う。
「どいつもこいつも、どうやってネタを知ったんだか……」
「……ミレディめ、上手いことを言いよる」
二人には聞き覚えのあるフレーズだったが、だったらと、ハジメが魔王じみた笑みを浮かべて、口を開いた。
かつて、クラス内で最弱の身から、化け物の跋扈する奈落を這い上がった時のように。
かつて、何度も絶望に叩き落とされようとも、神からユエを救い出した時のように。
「ああ……地獄の底まで悪魔と相乗りしてやるよ」
経験者は語る、という奴だった。地獄を二度見て、本当の地獄の底から這い上がった魔王の、言葉の重みがある。
「……この私と相乗りするとはいい度胸。でも、私の相乗りの相手はハジメだけに限る……覚えておくといい」
二人の決意に満ちた言葉を耳にしたミレディとオスカー。
その言葉を受けて、二人は……
「……お前、なんでプルプル震えてんの?」
「……ミレディも、様子がおかしい」
ミレディは固まり、オスカーは机に突っ伏して震えていた。流石のこの反応に、馬鹿にされてるとしか思えず、ハジメ達の青筋がピキピキッと浮き出る。
ハジメがドンナーに手を掛けたその瞬間、ミレディがプフッと笑った。しかしハジメにでは無い、隣のオスカーに向かってだった。
「ねぇねぇオーくん、今どんな気持ち? 同じ錬成師の人に黒歴史*6抉り返されるってどんな気持ち〜? プ~クスクス! 地獄の底って錬成師の間で流行ってるの? うっわ、錬成師の愛、重すぎ……? もしかして、ミレディちゃんってばヤンデレに好かれるタイプだったりするぅ〜? ──プギャーっ! 怖いわ〜、ミレディちゃんの美貌が恐ろしくて困っちゃうわ〜☆」
キュピーン! という効果音が出そうなポーズを取りながら、非常にウザったい笑みでオスカーにニヤニヤ。
シーンと静まり返るリビング。段々、ミレディの額から冷や汗がツーと流れ始める。
「……え、えっとぉ」
オスカーが立ちあがり、傍に立て掛けていた黒傘を手に取った。
眼鏡を、人差し指と中指を立てて静かにくいっとする。
ミレディは、一旦現実逃避しようと顔を前に向けた。
……バチバチッと言っている雷の槍を、徐に掲げた掌に形成しているユエと、シュラーゲンA・Aを突き付けるハジメが。
「……あ、これもしかしなくても、詰んだ?」
「「「死ね、ミレディッ!!!」」」
黒歴史を深く抉られた怨みと、サラッと馬鹿にされた上自分の天職を馬鹿にされた怨みと、ハジメを馬鹿にされてイラッとしたという直情によって、見事テントは消し飛んだ。
残ったのは、ボロボロになりながら熱砂の上で土下座するミレディと、武器で肩をトントンするチンピラ二人、後ろで〝神罰之焔〟を構える吸血姫だけだったという……