ありふれた職業は零でも世界最強   作:うぇいうぇい

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ハジメと解放者が出会ったら 3

 

 それから数時間後……

 

 ハジメ、ユエ、ミレディ、ナイズ、メイルの五人は、【オディオン連邦・アングリフ総長国・首都アグリス】のとある建物の屋上にいた。

 

「有り得ないほど規格外だな……この転移の力は」

「だって一発なんでしょう? 森から一瞬で街なんて、楽で助かっちゃうわぁ」

「……これくらい、朝飯前」

 

 という訳で……と、ユエがハジメに抱き着いてカプチューを炸裂させた。

 

「あらあらミレディちゃん、顔真っ赤じゃない」

「ちょっ!? あ、あれは仕方ないじゃん! その……ええっと」

 

 チラっと見れば、ペロペロチュパチュパと、艶めかしいというか、妙なエロスというか……

 

「うぎゃあああ……!」

「ミレディちゃんには少し早過ぎたわねぇ……」

 

 最近、やたらとオスカーとのラブコメイベントを加速させているミレディだが、元々は箱入りの伯爵令嬢。加え未だ14歳となれば、そこら辺の耐性が皆無に等しいのは当然か。

 

 そんなミレディはさて置き、ナイズが建物の下を覗き、一つ頷いた。

 

「……下の路地に人はいないな。行くなら今だ」

「……ユエちゃん、終わった?」

「ああ、もうそこに居るぞ」

 

 つやつやしたユエが、唇をペロリと舐めながらミレディの隣に現れた。

 

「……フッ」

「なんで!? なんでミレディちゃんを見て笑ったの今!?」

 

 やれやれ、とでも言いたげな顔でミレディを鼻で笑った。

 

 む、ムカつくなぁ……ミレディちゃんはまだ14だし! 別にいいし! と言い訳気味にぶつくさ言いつつも、一斉に着地する寸前で重力場を発生させ、音を消した。

 

 しばらく、衛兵やら神殿騎士が飛んでこないか息を潜め、特に何も起こらないことを確認してから、ミレディが四人に目を向けた。

 

「ナっちゃんとハーちゃんは帯剣しておいて。アングリフ支部は武具屋だから、持ってた方が自然になるし。……あれ? そういえばハーちゃんって剣使うっけ?」

 

 ナイズは空間魔法を忌み嫌っていた過去があったので、剣を使う時が往々にしてあったが、ハジメに関しては銃という遠距離武器である。

 

 しかし、ハジメはそれに肩を竦める。ついでに、おいおい、何言ってんだよと言わんばかりの苦笑顔で、

 

「使わないが、こちとら錬成師なんでな。剣の一つや二つは持ってる」

 

 〝宝物庫〟から取り出したのは、雫やハウリアが使っているようなあの黒刀。専用のベルトを腰に着けると、そこからコートの後ろに刀を装備した。

 

「よしっ。じゃあこっちだよ!」

 

 何食わぬ顔で大通りに入って先行するミレディに、一行が続く。

 

「人通りが少ないわね……」

「意外だな。神国主導の戦争なら、拠点とされた時点でもっと沸き立っていると思っていたが……」

「……神国主導だと、戦時中でも街は活気付くもんなのか?」

「普通はそうだ。何せ、神の威光があるからな。負けるとは塵ほどにも思わず、それに際して祭りさえ行われると聞く」

 

 見れば、一国の首都にしては人通りが疎らで、通行人達の様子は疲れ切っているとしか思えない。現に、彼らは少し目立っているだろうミレディ一行には目もくれず、俯きがちに歩いている。

 

 確かに、ナイズがそう言う割には、どうも街の様子が変だった。

 

 そんな鬱屈とした首都の姿に、ミレディがポツリと漏らす。

 

「……連邦は、かなり無理のある戦いを強いられているのかもね。思っていたより、共和国の戦士団が強いのかも」

 

 バッドからの手紙は、ティム・ロケット*1が使役するクリームによって届けられたものの、万一の盗難を考えてか仔細は書かれていなかった。

 

 ただ、共和国と教会との戦争が始まり、助けが必要という二点のみが記されていただけだったのだ。

 

 とはいえ、合流地点も明記されておらず、そこには少し当惑せざるを得なかった。その為、取り敢えず最寄りの解放者の拠点である〝アングリフ支部〟にやって来たのだ。

 

 バッドがクリームを使って手紙を寄越した以上、必ず支部を訪れているのは間違いない。ならば伝言を残しているのではないか……そう考えての行動である。

 

 街を歩き、ほどなくして、三階建ての大きな建物が見えてきた。まるで、ちょっとした貴族の屋敷のようだ。鉄細工の大きな看板が取り付けられていて、鎧の上で交差する剣の意匠と〝アルメイダ武具店〟という文字が確認できる。

 

 ハジメもこれには思わず感嘆した。ファンタジー世界の〝THE・武器屋〟である。トータスを旅していた際は、そもそも自前の武器がある以上、こういった武具屋に立ち寄ろうとさえ思わなかったが……心の中の厨二なミニハジメが「呼んだ?」とひょっこり顔を出し始める。

 

「随分な人だかりだな……」

「……戦時中って事は、こいつらは冒険者じゃないか。戦争に参加する傭兵か何かだな?」

「多分、ハーちゃんの言う通りだと思う。冒険者はもうこの国から逃げちゃってるんじゃないかな」

「野盗とかならともかく、戦争なんて専門外だものね」

 

 それはさて置いて、ここが〝解放者〟の拠点である訳だが、入ろうにもあの人だかりだ。それに、ミレディにメイル、そしてユエがいる中であの荒くれ者達の蔓延るあそこに並ぼうものなら、どうなるかは想像に難くない。

 

 なので、裏路地へと身を隠しつつ、

 

「困った時の〜、オーくん眼鏡〜」

 

 あ、ついでに布教用の眼鏡あげる〜、とハジメに黒縁の、ユエに赤縁の眼鏡が手渡される。

 

 そしてミレディ用の赤縁眼鏡をスチャッと装着。〝魂の眼〟による透視機能で店内を覗く。

 

 その間に、ハジメは眼鏡を鑑定して、その機能の多さに目を見開いた。

 

「おいユエ、名探偵もびっくりの機能だぞ」

「ん……どこぞの青タヌキレベルの代物」

 

 おのおの日本を代表するアニメを引っ張り出しつつ、眼鏡で遊び始めた。

 

「ほんと、オスカー君の眼鏡、どんどん進化してるわよねぇ」

「でも、ミレディさん的に、この透視能力はどうかと思う。オーくんってば、絶対欲望に負けて、ミレディさんのあられもない姿を覗いてるに決まってるもんね!」

「そうねぇ。オスカー君、割とむっつりだものねぇ」

 

 ナイズは南へ遠い目を向けた。便利機能を付けてあげたのに好き勝手言われている友に、同じ男として同情の念を送らざるを得ない。

 

「……ふふ、これでハジメのあられもない姿が」

「ユエ!?」

 

 そして、ここに強者が一人。赤縁眼鏡を掛け、妖艶に舌なめずりするユエによって、ハジメの顔は真っ青に。そしてミレディのお顔は真っ赤に。

 

「ミレディちゃん、本当に耐性低いわねぇ……」

「う、うるさいってばぁ!」

 

 そして話題から逃げるように眼鏡に意識を向ける。

 

「……え、ええと、建物内にはハウザー──ここの支部長はいないみたいだね。ということは隠れ家の方が方かな。じゃあユエちゃんも確認して。地下の隠れ家には直接転移するしか……」

「少し待って欲しい。それは自分がやろう」

 

 いつの間にか眼鏡を掛けていたナイズが、そうミレディの言葉を制した。

 

 え? と不思議そうにするミレディに、ナイズが少し顔を逸らし、少しむくれながら呟いた。

 

「……偶には、自分も役に立たせてくれ」

「ナイズ君、ここの所ユエちゃんに出番取られっぱなしだったものねぇ」

「……言うな」

 

 どうやら、そういう事らしい。

 

 それならば断る理由も無いとユエはこくりと頷いた。

 

「うふふ。ナイズ君も遂にスケスケ眼鏡デビューね。こっち見ちゃダメよ?」

「見るわけないだろう。スーシャに知られたらどうする。恐ろしい……」

「……ナイズ君。なんて自然に情けないことを」

 

 あの生粋のヤンデ──恋する乙女たるスーシャちゃん(12歳)に、隠しもせず敗北宣言をするナイズに、ああ、うん……と心中お察ししたハジメとメイル。完全に2倍も差のある年下の尻に敷かれていた。

 

「あ、いた! ほら、あの隻眼隻腕のマフィアのボスみたいな強面のおじさん! どう? 見える?」

「ああ、顔に三本傷のあるワインレッドのシャツを着た男だな。……強そうだな。実行部隊ではなく支援者という話だったが」

「まぁ、元々名の通った傭兵団のリーダーだった人だからね。教会に雇われて戦った時に捨て駒にされて……団の仲間が皆、ね?」

「……なるほど」

 

 どうやら察するに余りある境遇の持ち主のようだ。

 

 ハジメもそれに追従してその場所を透視すると、確かにこれはマフィアのボスだな……と納得しながら、ナイズの肩を掴む。ナイズもミレディとメイルの肩を掴み、ユエはハジメの手を握れば、瞬間視界が切り替わって、石造りで出来た地下の会議室の様な場所に移る。

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 ミレディ達が立っていたのは、地図を敷いた長テーブルの上。それを囲うようにハウザー支部長やアングリフ支部のメンバー数十人がおり、突然目の前に現れた五人にギョッと目を剥く。

 

「てめぇ、なにもん──って、リーダーじゃねぇか!」

「やほ〜、ハウザー! それに皆! 久しぶり! ミレディちゃんが来たぜ!」

 

 いつも通り片足をくいっと上げて、左手を腰に、右手を横ピースで目元に添えてバチンッとウインク! どうだ、嬉しいでしょう? 皆が愛してやまないリーダーに会えて、狂喜乱舞でしょぉ! と言葉にせずとも分かるウザいドヤ顔。

 

 それに気づいたらしいアングリフ支部メンバーの表情が一転、歓喜に満ち溢れた。

 

「このウザさは! 支部長! 俺達のリーダー以外に有り得ません!」

「ええ、神殿騎士が擬態できるレベルを遥かに超えたウザさだわ! 私達のミレディちゃんに間違いないわ!」

「久々に見たぜ、ウザリーダー!」

「いきなり現れるとか、マジでウザイな! 心臓が縮んだわ! 流石リーダーだぜ!」

 

 うぜぇな! うぜぇうぜぇ! と支部のメンバーは、咄嗟に構えた臨戦態勢を解いて嬉しそうにうぜぇを連呼する。

 

 ミレディの判断基準はウザいかどうからしい。分かりやすい指標ではある。

 

「流石だな。ウザいのが取り柄なだけある。本人確認が楽で済んだな?」

「……いや、うん、そうなんだけどそうじゃない。ミレディちゃんはもっとこう、普通の歓迎をして欲しかったっ」

「……こんな登場の仕方で、それは強欲過ぎ」

 

 ミレディちゃんの願望は、ユエの冷静なツッコミで粉々に砕け散った。どこへ行こうとウザさしか求められていないような気がして、あまりの悲しみに四つん這いになる。

 

「……悪い。場所が無かった」

「うふふ、でも良いんじゃない? この方がミレディちゃんらしいわぁ」

 

 バツが悪そうにするナイズ、そして何のフォローにもなっていないメイル。

 

「あ〜、なんだ。取り敢えずテーブルから降りろ、リーダー。それと他の奴らもな」

「あ、あはは〜、ごめんねぇ〜」

 

 テーブルから降りて、ミレディは四人を軽く自己紹介した。

 

「なるほど。空間魔法って奴の転移の力か。流石はリーダーと方を並べるだけある。……それは良いとして、そっちの二人の紹介がなんか曖昧じゃなかったか? まあ、魔法使いと錬成師ってのは分かったが」

「あ〜っと、二人はちょっと出来ることが多すぎて、一言で言い尽くせないんだ。しかも、まだ拾ったばっかりの新人だしね!」

「おいおい、大丈夫かよ……特に、そこの黒髪のは、目付きがヤクザのそれだぞ?」

「……あ?」

「……お?」

 

 メンチを切り始めるヤクザとマフィア……お互いに物騒な顔付きなので、すわっ、何かの抗争か!?と思えるような迫力満点の絵面になっている。

 

 ……数秒間睨み合った後、ハジメが唐突にコートを脱いだ。

 

「え、いきなりどうしたの?」

「……理解した」

「理解出来ちゃうの!?」

 

 公衆の面前でいきなり脱ぎ始めたハジメに、ミレディが「え、え?」と少しタジタジになる。

 

 シャツまで脱ぎ、肌着姿になってから……人の腕に偽装した左手を取り外し、機械的な戦闘用の義手を取り付けた。

 

「「「「えっ」」」」

 

 そして、左右の眼球のレンズを取り外すと、左眼は赤い瞳で青白い光が漏れだした。魔眼石の光だ。それを覆う眼帯も装着する。

 

 そして、髪にスプレーを一吹きすれば、変成魔法で変えられていた黒髪が元の白髪に戻り、数年前から引っ張り出していない、義手用に左袖を無くしたシャツとコートを着込む。

 

 生き残る為に、そして故郷に帰るべく、邪魔な存在は排除するような合理性を取り込んで〝錬成〟された、かつての自分の姿だった。

 

「……てめぇ、今までどんな道を歩いてきやがった」

「……まぁ、生半可なもんじゃないさ」

 

 フッ、と両者がニヒルな笑みを浮かべて握手した。隻眼隻腕と、似た境遇にお互い思うところがあったのだろう。ユエは最初から理解していたようで、ハジメにジト目を向けている。ハジメは冷や汗を流しつつ、テンプレに湧く心の中の厨二なミニハジメを右ストレートで吹き飛ばした。

 

「えーっと、仲良くしてるとこ悪いけど……バッドは今どうしてるの?」

 

 旧交を温めたいところではあるが、事が事なのでそうも言っていられない。ミレディもちゃっかりリーダーモードになり、場の雰囲気も落ち着きを取り戻した。

 

「あの馬鹿は今、共和国にいる。女王の相談役をしてやがるよ」

「は? はぁっ!? 女王の相談役ぅ!? どういうこと!?」

 

 伝言を残してきたバッド曰く、『俺は運命の人を見つけたんだぁっ、止めてくれるなっ』との事で、女王がめちゃくちゃ好みのタイプだったからと、支部メンバー達の制止も聞かずに樹海に残ったらしい。

 

 それを語っている時のハウザーの表情は憤怒に満ち、元より悪人顔であるから泣く子も黙る様な悪鬼の形相だ。

 

「……これが、神代の〝解放者〟の実態」

「いや、まあ……中心メンバーがメンバーだし、そんなもんだろ」

 

 主にミレディとかミレディとかである。

 

 ハジメは端から〝解放者〟をまともだとは考えていない。しかし、最後には〝反逆者〟と後世で呼ばれるようになり、吸血鬼の王国でも語り継がれてきた伝承の真相に、ユエは透徹して無表情になった。もう考えるのをやめたらしい。

 

 取り敢えず、樹海へ婚活に向かったその馬鹿はさて置くとして……

 

「それで? 戦争の目的は?」

 

 ハウザーは溜息を一つ。気を取り直し、ミレディ、メイル、ナイズ、ハジメ、ユエと視線を巡らせ──答えた。

 

「共和国の女王は、リーダー達の同類だ」

「っ……神代魔法使い、なんだね?」

 

 ハウザーが無言で肯定した。

 

「……神代魔法使いってのは、そこまでして欲しいもんなんだな」

「ハーちゃん達は幾つも持ってるから例外として……本来なら一つの世代で七人しか現れない最強の魔法使い、それが神代魔法使いだよ。しかも、全員死んでも直ぐに次の世代で神代魔法使いが現れる訳じゃないからね」

 

 ハジメらの時代では、神代魔法使いはミレディ達の世代から新しく生まれていないのか、単に属性魔法の大元になった魔法としか記述がされていない。恐らく、当時の〝解放者〟達が新たに神代魔法使いが現れない様、何らかの策を講じたのだろう。

 

「だから、教会としては何としても手に入れたい訳だけど……固有魔法使いみたいに、神代魔法使いは特別な〝神の子〟だって教会が流布してるから、その大義名分で攻め入ってるのが現状……そうだよね、ハウザー?」

「まぁな。状況が分かってんなら話は早い。そこの地図を見てくれ」

 

 ハウザーから、現時点での戦局、双方の戦力差と戦力分布、そして以前の戦争で無かった異状──霧の結界と共和国戦士団の想像以上の精強さが説明された。

 

 教会は、主戦力たる神殿騎士団を、騎士団総長含め多数動員。その上最高戦力たる三光騎士団のうち、獣光騎士団、白光騎士団のほぼ全軍を駆り出している。今の所は、神代魔法使いの存在を調査しているからか、本気ではない様子も見受けられるという。

 

 連邦からも軍を派遣されており、こちらも圧倒的な物量を誇るが、霧の結界を前に攻め切れていないらしい。

 

「バッドから伝言だ。〝話は通してある。樹海に入れ。迎えに行く〟だそうだ」

「樹海のどこ?」

「どこでもいいってよ。踏み込めば女王が必ず探知するそうだ」

 

 などと会話する二人に、ハジメがんん? と首を傾げた。

 

 現在、新天地で農業と魂魄治療に勤しんでいるであろう愛子だが、全く戦闘能力が無い訳ではない。

 

 王樹──地球にある世界樹の枝葉──の素材をベースにハジメが開発した〝守護杖〟を使う事により、愛子は一人軍隊を形成出来るようにまで強くなっていた。

 

 その〝守護杖〟が持つ能力の一つに、〝樹海顕界〟というのがある。限定的な樹海を形成し、認識阻害効果のある白霧を発生させるのだ。しかも、これは王樹の力を借りれば更に強力になる。

 

 それと能力が酷似しているという事は、間違いなく大樹に干渉できる存在がいるということ。

 

 この頃の大樹ウーア・アルトは枯れていない筈なので、〝ルトリアの宝珠〟よりも高位の権限が付与されたアーティファクトを操れる存在というのが、ハジメ的に少し気になるところではある。

 

「……帝国、かなぁ」

「……報告にあった魔王の件か。報告を受けちゃあいるが……魔王の背後にいた存在が教会の神と繋がっているってのは本当か?」

 

 ピクリと、更なる情報が舞い込んだ。ユエもこれには渋い顔をする。

 

 この時代でも、神は人族と魔人族を争わせる遊戯がエヒトのお気に入りらしい。

 

「……盤上の駒で争わせる遊戯が好きな、あのクソ野郎らしいやり口。この世界を作っては壊す遊び道具としか考えてない」

「……となれば、帝国だけじゃねぇな。例の〝神の使徒〟ってのもやって来る可能性もあるか」

「うん。真に危惧すべきは、帝国の飛空挺よりも〝神の使徒〟だね。二回も撃退してるけど、ずっと追ってくる。今回もやって来るよ、絶対に」

 

 ミレディが静かに怒りを秘めながら、決意の篭った目でそう断言した。

 

 すると、メイルが少し驚いたふうにユエに目を向けた。

 

「あら、ユエちゃん、意外とよく知ってるのね?」

「……あのクソの、受肉用の肉体、〝神子〟に選ばれた者……それが私」

 

 全員の視線が、衝撃の発言をしたユエの方へ向く。ミレディも驚きを禁じ得ないという様子で、口をポカンと開いている。

 

「……〝神託の巫女〟とかじゃなくて、〝神子〟?」

「……多分、そっち。忌々しい事に、神の子で、〝神子〟……魂魄のみで存在している奴の、依代になり得る存在」

「って事は、神代魔法使いは、全員が神の依代候補……教会が異様なまでに神代魔法使いに固執する訳が分かったよ。そうなると、神は本当に、こっちに直接の手出しは出来ないんだね」

 

 ミレディがそう断言した事に、今度はユエが目を丸くする番だった。

 

 整合性もあり、話として纏まっている……しかし、入ったばかりで信頼も無いようなユエの言葉を既に信じているのだ。ユエも不思議に思い、ミレディに疑問を呈した。

 

「……簡単に信じていいの?」

「え? うん。だってユエちゃんがそう言うんだから、間違いないよ。それに、私のミレディアイは何でもお見通しだからね」

 

 にへらと微笑みながら、なんの疑いも無くユエの言う事が正しいと断じた。

 

 ユエが目をパチクリとして、本当に目の前の存在がミレディなのか確認し始めた。隣のハジメも目をこすって、瞼を細めて目の前の素晴らしい金髪美少女がミレディかどうかを確認している。アーティファクトまで取り出した。

 

 この反応に、ミレディも流石に眉と口角がピクついた。今にも「ミレディさんを何だと思ってるのさ!」と言わんばかり。

 

 段々と崩れてきた雰囲気に、ハウザーがゴホンと強く咳払いをした。

 

「……話を戻すぞ。神の使徒ってのは俺達にはどうしようもないのは分かっている。そこはミレディ、お前らに期待する」

「うん、そこは任せて」

「で、件の帝国もどう出るか分からんからな。一応、裏工作が得意な少数部隊を潜らせてある。杞憂で済むと良いがな」

「なんだ、さっすがハウザー! ちゃんと手を打ってんじゃん!」

「他ならぬお前からの報告だしな」

「んもぉ〜、信頼が厚すぎてミレディちゃん困っちゃう!」

「はいはい、うぜぇうぜぇ」

 

 ミレディのいつもの反応に、ハジメとユエがホッと安心した。あのままだと、いつかミレディという人物像を見失って、別の誰かと認識してしまいそうになってしまいそうだった。その様子に気が付いたミレディの眉がまたもピクつく。

 

 その後、情報共有などを手早く済ませ、臨時会議は一先ずお開きとなると、今日は暫くここに待機する事になった。

 

 理由としてはこの支部を放棄して移転するための準備をするため。加えて、できれば戦場を避けて上空から樹海に入りたかったので、目立つ昼間は行動は控えたい。なので、休息がてら夜まで待つ事になったのだが……

 

 支部メンバーが用意してくれた飯を食べ終わったハジメは、会議室でアーティファクトの錬成をしていた。休息は特に必要無いので、樹海に入る前に手持ちの装備を調えておこうと思っていたので、ハジメには丁度いいタイミングとなっている。

 

 そしてもう一人、ハジメの隣には、隻眼隻腕の強面、ハウザーが手紙をしたためている。

 

「……なぁ、お前よ」

「……何か用か?」

 

 ぶっきらぼうにハウザーが話し掛けると、ハジメもぶっきらぼうに返した。傍から見れば険悪な雰囲気が立ち込めていそうに見えるが、当人達はそんなつもりはないらしい。

 

「……ハジメとか、言ったな。お前はどうして〝解放者〟に入った?」

「……なんだ? 新手の入団試験か?」

「そんなんじゃねぇ。個人的な興味だ。……そんな経験をお前みたいな歳の奴が背負ってるのが気になってな」

 

 言われてみれば、ハジメはもう大学生とは言え、同年代からすればあまりに濃い経験を積みすぎている。既に大学中の他のキャンパスでさえ知らぬ者はいない超有名人になったのも、ひとえにそ経験が生み出すある種の覇気からだろう。

 

「……そんな大したもんじゃない。裏切られて、奈落の底で一人生き延びて、這い上がって、その途中で教会が邪魔になっただけだ」

「それを〝だけ〟で片付けられるお前は、正真正銘バケモンだ。……俺もお前みたく、目も腕も無くしちまってるが、コイツは護りたい仲間を護れずに、のうのうと生き延びた結果なもんでな……」

 

 ハウザーの筆は止まっていた。虚空に向けられた目は、過去の傭兵時代の仲間たちを見ているのか……

 

 すると、ミレディが会議室に顔を出した。

 

「ハウザー。ちょっと外に出てくるよ」

「あ? なんでだ?」

「自分の目で連邦軍の様子とか見ておきたくて」

 

 フード付きローブを羽織りながらそう言うミレディに、ハウザーは僅かに眼を細めた。

 

「らしくねぇな。何をうじうじ悩んでやがる?」

「べ、別に悩んでませんけど?」

 

 誰の目から見ても分かるくらい目があちらこちらに泳いでいる。いきなり一人で戦時中の街へ繰り出そうとしているのだから、連邦軍の様子だという理由が通じるはずも無かった。

 

 ハジメは沈黙する二人をチラリと見てから、何事も無かったかのように錬成を再開する。

 

 錬成の紅い光がベカーッと二人を照らす。ゴトンと余った金属が床に置かれ、新しく完成したらしい銃の出来栄えをチェックしている。

 

 ミレディとハウザーの額がピクピクと揺れる。

 

「ね、ねぇハーちゃん。どうしてそこで錬成してるの?」

「場所が無くてな。俺の事は気にせず話していてくれ」

「いや出来ねぇよ! さっきからベカーッて光が眩しいよ! 結構鬱陶しいんですけど! 魔力光くらい抑えようよ!」

 

 ミレディの激情に満ちたツッコミが炸裂するが、当のハジメは何処吹く風。自動拳銃らしきレールガンの空砲を放った。

 

 そんな様子に、肩を落としながらミレディも諦める。

 

「と、とにかく! ちょっと行ってくるから!」

「……ミレディ」

 

 会議室から出ていこうとするミレディに、ハウザーが〝リーダー〟ではなく名前を呼んで引き留めた。ミレディはきょとんと首を傾げて振り返った。

 

「世界が動き出した。俺は、そう思う」

「ハウザー?」

 

 話の雰囲気が変わったのをハジメも感じ取って、思わず銃を弄る手が止まる。

 

「ずっと耐えてきた。ずっと息を潜めてきた。捨てられる命を、救えたはずの誰か取り零しながら、それでも少しずつ力をつけてきた。いつか、理不尽の鎖から〝人〟を〝解放〟するために」

「……うん」

「表舞台に出る時が来たんだ。俺たちのこれまでに意味があったのか、それを試される時が」

 

 大事な話のようだが、そろりと抜け出すのも位置的に難しく……仕方ないので、ハジメは魔力を極限まで抑えて気配を隠すことにした。

 

「俺達に遠慮するな。守ろうとするな。俺達は〝ミレディ・ライセンと共に行く者〟だ。容赦なく命じろ。世界のために。未来のために。人々の、自由な意思のために」

 

 ──たとえこの先、何が起ころうとも

 

 ハウザーの言葉には、〝解放者〟という組織の真髄の一片が現れていた。

 

 それは、覚悟だ。

 

 狂気的なまでに神を信じるこの世界で、教会に歯向かう事がどんなに恐ろしいか、そしてどんなに難しいことなのか……全く違う時代にいたハジメは、それを認識させられた。

 

「うん。分かってるよ、ハウザー。ミレディちゃんをなめんなよぉ!」

 

 ……尋常じゃない速度の切り替わりだった。きりりとした顔で頷いた後、一秒と置かずにウザったい笑みになっていた。

 

 それに、ハウザーは「ふん」と鼻を鳴らして重い雰囲気を散らし、

 

「上に行ったら五番試着室に入れ。つい最近作った裏路地への隠し扉がある」

 

 そう言って、手紙を書く作業に戻った。

 

 ミレディはその様子を少し眺めてから、こそばゆそうに頬を掻き、困ったような表情で出ていった。

 

 そして、また会議室に沈黙が流れる。

 

「……どうせ、まだそこにいるんだろう?」

「……まあな」

 

 魔力を極限まで抑えて隠密じみたことをしようと、ハウザーはハジメの存在をずっと知覚していたらしい。

 

「……ミレディは、今何歳なんだ?」

「……今年で十五だ。あいつが〝解放者〟自体に入ったのが十歳の頃だから、かれこれ五年だな」

 

 十五歳。

 

 人族であるから、見た目相応の年齢だとは思っていたものの、実際に言われてみるのとでは実感が違った。

 

 しかも、十歳の頃から教会との戦いに身を投じていたのならば、多感な年頃だろうミレディの目に、狂信者達の姿はどう映っただろうか。

 

「あいつはウチに入ったばかりの頃、ベル……先代のリーダーが、自分が原因で殺された事を強く悔やんでいてな。組織を守ろうと、あちこちに無理して救援しに行って、怪我ばっかしやがった。それに、ライセンの娘だからと、あんまり快く思わない奴もいたからな」

「……快く思わない、だと?」

「そりゃあ、グランダート帝国の処刑人一族、〝ライセン伯爵家〟の跡継ぎだったからな。言うまでもねぇが、〝解放者〟のメンバーも処刑されている」

 

 ハジメの脳裏に、かつて親達を連れてトータスを旅行した時、ライセン大迷宮の中で見た青い装丁の本が浮かび上がった。

 

 ベル……そしてライセン伯爵家。

 

 〝解放者〟の創設者にして元神託の巫女、ベルタ・リエーブル*2と、神代魔法使いとして期待が掛けられていた、ライセン伯爵家次期当主の淑女、ミレディ・ライセンの出会い。

 

「まあ、その心配ももう要らねぇが……問題なのは、あいつは何かと甘やかされるタチでな。偶には俺が叱ってやんねぇと、何しでかすか分かったもんじゃねえ」

 

 そう言うハウザーの姿は、どこか娘を心配する父親の様にも見える。

 

 ミレディも、或いは義理の父親と思っているのではないか。先程の二人の会話から、そういう気安さみたいなものがあった。

 

 そして、自分の父親を思い出し……

 

『笑えば良いと思うぞ?』

『ハジメ。お前ちょっと疲れてるんだ。父さんも、そう思う日は有ったんだしな』

『童顔低身長教師……さてはお前ロリコンだな? ハジメ』

『おいおい、菫。生エルフを忘れるな! トンガリミミがピクピクするところは死んでも見ておかないと!』

 

 圧倒的な格の差を思い知った。

 

 いやまあ、うん。外は外、内は内だし……逸般家庭だし……という意味の無い心の弁明をしつつ、ハウザーに目を向ける。

 

「……リーダーを頼む。今回の戦い……何か嫌な予感がする」

「……頼む相手、間違ってないか?」

「そうでもねぇと思うがな。お前とあの吸血鬼の嬢ちゃんは、どうも他人な気がしない。昔からの戦友みたく、な」

 

 戦友みたく、というのはともかくとしても、ハジメは見透かされた気分になった。

 

 旅の最中、何度も教会や魔人族と対峙してきたが、それらは全て神の差し金だった。

 

 ハジメは意図せずして教会に反逆し、異端認定され、そして行く手を阻む神を、最愛の女性を救うため、そして己が目的のために殺した。

 

 その道程を考えれば、戦友のように考えられるのも無理もない……のだろうか。

 

「その妙な信頼はよく分からんが……俺が居るからには、敗北は無い。安心しろ、最小限の消耗で済ませる」

「ハッ、頼もしい限りだ」

 

 そうして、時は過ぎ去り……あまりに遅い時間に帰ってきたミレディにハウザーが拳骨で叱り飛ばしたり、ミレディが泣いたり……色々あったが、夜の帳が降りた。

 

 樹海へ向かう時が来たのだ。

 

「それじゃハウザー、皆。そろそろ行くね」

 

 準備を整え、閉店後の武具店に集まった支部メンバーを前に、ミレディ達は出立する。

 

 しかし、一人足りないような……?

 

「……メイルは?」

「うーんと、布団で寝てる!」

 

 もうジト目するのも疲れた……とぐったりした様子のユエが〝天在〟で消えると、少しして、布団にくるまったままのメイルと共に現れた。

 

「おいこら、メル姉」

「……戦局は拮抗しているのでしょう? ならまだ大丈夫よ、ミレディちゃん。出発は明日にしましょう?」

「いいから布団から出なさい」

「いや」

 

 駄々を捏ねる駄メイル。メイルがいるとミレディがまともになるので、いつもはオスカーは助かっているが、今回はナイズとハジメのみ。ナイズは胃痛が酷くなるだけであり、ハジメは壁に寄りかかってどうにかなるのを待っている。

 

 メイルを起こそうすると、正確無比な水鉄砲の魔法を喰らわされているため、今の所勝機が見つからないのだ。

 

 うん? いや待てよ……と、ナイズとミレディの視線が同じ方向に向く。視線の先には、壁にカッコ良く寄り掛かる魔王様こと、ハジメ。

 

 その視線を感じ取ったハジメだが、ミレディとナイズを眇め、〝とっととどうにかしろ〟と目がそう言っている。

 

 しかし、ミレディに残された道はこれしかなかった。ズズズ、とハジメに手揉みしながら寄る。

 

「あの〜、すみません。これ、どうにかなりませんかね?」

「知らん」

「そこをなんとかぁ!」

 

 土下座までし始めたミレディ。ユエも、どうにかしてあげたら?と言いたげな目で見てくるので、ハジメもコホンと咳払いをしつつ、

 

「……貸し一つで手を打ってやる」

「お願いしますっ!」

 

 交渉が成立した。ハジメは手をバキバキと、首をボキボキと鳴らし、簀巻きになっているメイルの前でヤクザの様にしゃがんだ。

 

「おい、大雑把ドS海賊女帝。燃えたら摂氏3000℃のタールを喰らいたくなけりゃ、とっととそこから出な」

 

 完全にどこぞの悪党の様相だ。「ハーちゃんがヤクザになった!」と騒ぐミレディを放って、メイルに脅しをかける。

 

「いや。私水のバリア張れるもの」

 

 水蒸気爆発待ったなしである。そうとなっては元も子もないので、ハジメは顎に手を当てながら、一つの提案を持ち掛けた。

 

「んじゃあ、そうだな……俺の108あるお仕置きの一つは、どうだ?」

 

 魔王様の108あるそれは、108全て喰らえばまともに生きてはいられない。一つでも、相当な精神及び身体への深刻なダメージは必至だ。

 

 その一つ……カシャカシャと、ハジメからやたらと細かく機械的な音が発せられ、ハジメコートの内側がひらりとなる。

 

「え、え?」

 

 何かがコートからチラリと顔を見せた途端、黒い集団が蠢きだした。それは、一つ一つが蜘蛛の形をしている生体ゴーレムで、ハジメのアーティファクト、〝アラクネ〟共。エガリ・ノガリのコンビは居ない。

 

「こいつにはな、麻痺の薬が入ってる。まあ、身体を這い回られたくないなら、潔く出る事を勧めるが?」

「出る、出るわ。だからその蜘蛛さんを仕舞って、ね?」

 

 珍しく、メイルが気圧される。どうやら、現代と過去のドSでは、現代のドS魔王に軍配が上がったらしい。ミレディ達が「こいつ、真性の鬼畜かっ」と慄いた。

 

「聞き分けが良くて助かる。俺も、仲間にこんな事はしたく無いからなぁ」

「「「「それは嘘だろっ!!」」」」

 

 ハジメはニヤリと口角を上げて、これからヤベぇ事をするマッドな科学者の表情になっていた。それを見たミレディ達の頰が自然と引き攣る。

 

 こうして、不安マシマシの中、ミレディ達はアングリフ支部を後にしたのだった。

 

 

*1
解放者所属の伝達部隊隊長。キャスケット帽に皮の肩掛け鞄という、いかにも旅人っぽい見た目をした好青年。固有魔法〝鳥獣愛護〟で、通常の動物と心を通わせ、著しく能力を強化することにより、各地の支部に最速で手紙を飛ばせる。一番の相棒は、乳白色の鷲であるクリーム。

*2
ミレディがウザくなった原因、つまり現在のミレディを作った人物。教会の神託の巫女だったが、ある日エヒトに棄てられて殺される。その後、ラウス・バーンに命を救われ、解放者を組織した。ライセン伯爵家にミレディの専属の侍女となって潜り込み、処刑する機械として生きてきたミレディと、数ヶ月だけだったが友情を超えた家族のような関係を育んだ。

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