ありふれた職業は零でも世界最強   作:うぇいうぇい

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年が明けても小説執筆


ハジメとリューティリスが出会ったら

 

 アングリフ支部から出発して数秒後、ハジメ達は〝天在〟で樹海にやって来ていた。

 

 樹海の中は、噂に違わない濃密な霧で満ちている。現代のトータスでも、ここまで霧は濃くなかったなと、ハジメが改めて大樹の力に感心を覚える。

 

 しかし、ハジメ達は霧に入った時点で違和感に気付く。かつてハルツィナ樹海に立ち入った際に感じた、方向感覚の狂いが見られなかったのだ。

 

「ナイズ、感覚に違和感あるか?」

「特に無い。正常に思える」

 

 空間の把握で方向感覚を調整しようとしていたナイズが答えると、ミレディもそれに頷いた。

 

「多分、これが〝話を通しておく〟ってことかな?」

「でもお姉さん、何だか寒気を感じるわぁ」

「うん。結構な視線だね。これは、人……なのかなぁ?」

「分からん。だが、拒絶してない事は確かだ」

 

 中でも、ハジメとユエは、その視線……いや、全ての気配に覚えがあった。

 

『……ハルツィナの迷宮で似た様な気配を知っている。まさか、アイツら(・・・・)が居るんじゃ無いだろうな)』

『でも、ハジメ……あの、リューティリスが女王なら』

『……』

 

 何かを危惧するハジメだが、遠くから微かな声が聞こえて思考が遮られた。 

 

「! みんな、今のっ」

「悲鳴が聞こえたわね。行きましょう」

 

 高速で移動すると、程なくして霧が晴れた。ドーム状で、霧の侵入を遮られているのだろうか。その中で、獣人族が背後の子供を守りながら光を纏う虎の魔物と戦っていた。少々劣勢に見える。

 

「あれは……獣光騎士団*1の聖獣!? なんでこんな所に!」

 

 その聖獣のうち一体が、纏う光を爆発させて獣人達を吹き飛ばした。

 

 一人が耐えて突進する聖獣を受け、他の二体は迂回するように、獣人の幼子達目掛けて駆け出していた。

 

 ミレディがナイズとメイルに指示を出そうと声を出す、その寸前。

 

 三つの紅き閃光が背後から走り、それぞれの聖獣の脳天を穿った。

 

 いざ尋常に……と構えていたミレディ達の目が点になる。そして、後ろのハジメとユエを見遣った。

 

 ハジメは宝物庫から弾丸を空中リロードして、こちらを見る三人に、「え? 何お前ら」という胡乱げな視線を向けている。ユエはユエで、足元の石を蹴りながら「……出番、欲しい」と呟いていた。

 

「……お姉さん、改めて思うけど、ハジメくんは好きになれないわぁ」

「……まあ、性格は似ているからな」

「あら、まるでオスカーくんとヴァンくんみたいだって言いたいの?」

「通ずるものはあるだろう」

 

 通ずるもの……つまり、同族嫌悪という奴だった。

 

「それを言ったら、なんかあれだよね……私とユエちゃんも、アイデンティティーが丸被りみたいな?」

「いや、それは無い」

「なんでぇ!?」

 

 即答するナイズに、ミレディが叫ぶ。

 

 しかし、言う事は出来ない……ミレディのアイデンティティーは魔法ではなく、ウザさにある事を。

 

 そして、まだナイズは知らない……ユエは既に、未来のミレディからそのウザさを受け継いでしまっている事を。

 

「ま、まあ、それはさておき……大丈夫? 痛いところはない?」

 

 ミレディが穏やかな微笑を浮かべ、すぐそこにいた犬耳獣人の女の子にそう尋ねる。

 

 ……その子の顔がサァッと青ざめた。

 

「に、人間……お、お母さぁぁん!」

「エッ!?」

 

 幼女が母親に向かって一目散に逃げた。今は母親の後ろでぷるぷる震えて、自分を指差している。

 

 幼女に微笑んで逃げられた上に指をさされ、ぷるぷるされてミレディは盛大に狼狽えた。

 

 それで村人達も我に返ったらしい。

 

「き、貴様っ! 何しにここに来た!」

「人間がどうやってこの深部まで侵入したんだ!?」

「くそっ、他の戦士はまだか!?」

 

 一人の獣人の剣士がガクブル震えながら剣を構えている。いつ斬り掛かってくるか分からない緊張状態だ。

 

「ね、ねぇ……誰が行くの?」

「勿論ここはメイルだろう。同じ獣人族なら、説得はできる」

「えー、お姉さん働きたくないわぁ」

 

 メイルの目線がハジメとユエに向く。

 

「いや、俺達にどうしろと……」

「……ん。そういうの得意じゃない」

 

 頼みの綱は使えなかった。ナイズが呆れたように溜息を吐く。

 

「早く誤解を解くぞ。メイル、お前の口から説明しろ」

「なんでわた──」

「……二度は言わん。──いいな?」

「そ、そうね。誤解を解きましょうね。お布団の心地よさが忘れられなくて働きたくなかっただけなのよ。ね? だから、その、ナイズ君? お姉さんに虫けらを見るような目を向けるのは……あ、いえ、なんでもないわ」

 

 普段、あまり怒らない人が怒ると凄く恐い&静かにキレる人が一番恐いのダブルを見せるナイズに、ほぉ、とハジメが感嘆の声を漏らす。あれで怒られるのはハジメでも勘弁願いたいと思うほど。

 

「っ!? おいおい……まさかこっちに来やがるのか!」

 

 しかし、ハジメが悪寒と共に恐ろしい気配が接近してくるのを感じ取った。

 

 チッ、と一つ舌打ち。メイルは既にミレディとナイズの前に出ており、かの暴威を諸に受けるだろう。

 

 ユエも気付いたのか、ハジメのコートの裾をちょいちょいと引っ張る。

 

『……気配を隠して逃げた方がいい』

『あいつら、置いてっていいのか?』

『……ん、ん〜。た、多分この時代の人なら、奴らくらいどうって事ない……はず!』

『……そうだな! ミレディ達なら大丈夫だな!』

 

 正に外道だ。奴らが来るからと、平然と仲間を見捨てている。

 

 二人とて、ミレディ達が自分たちとそういった感覚は変わらないのは分かっているので、あくまでそういう体で話を進めるらしい。雑にも程があるというもの。

 

 ハジメの技能やアーティファクトも併用し、兎人族もビックリの隠密で木の上に避難した。ミレディ達はハジメとユエが居なくなった事に気付いていない。

 

 ようやくやる気を出したメイルが二人を庇うように両手を広げ、いつになくキリッとした顔で口を開き、

 

「メイルお姉さんの話を聞いてちょうだい──」

 

 その直後だった。

 

 ──カサカサカサカカサカサカサカカサカサカサッ

 

 という、なんとも背筋をぞわっとさせる音が響いてきたのは。

 

「あ、メル姉、足元」

「え?」

 

 見てみれば、そこには黒い物体が一つ。とてもカサカサしているそれは、地球でも、そしてこのトータスでも無類の生命力を持つ、漆黒のG。

 

 それが、たくさん居る。見るのもおぞましいほど、たくさん。

 

「ってアレ!? ハーちゃんとユエちゃんがいない!?」

「今は二人の事より、ナイズくん──」

 

 転移を! という前に、ビタビタッとメイルの顔面に張り付くG。

 

 その顔に付いた一匹を手に取り、掌でカサカサ動くそれを見て……

 

「ふっ」

 

 何故か笑ってぶっ倒れた。

 

「メル姉ぇ〜〜〜〜っ!! 畜生ッ! ハーちゃん達絶対許さねぇ!!」

「ミレディ、慌てすぎだ」

「ナっちゃん!?」

「黒ごまだと思えばいい。ハジメがこの楽園に居なくて残念に思うが、自分は、黒ごまのパンが好きだ。黒ごまのパンはとても美味い。そう、黒ごまの楽園だ」

「ダメだこの人っ、既に正気を失ってる!」

 

 ナイズの目が死んで居た。遥か遠くを見つめて居る。

 

 残るはミレディだが、当然あのリーダーが仲間外れになる筈もなく。

 

「ま、待って! 来ないで待ってお願いやめてぇ、ハーちゃんユエちゃん助けて私死んじゃういやぁああああああっ」

 

 遂に、三人が羽音と漆黒に包まれた。

 

 因みに、人間を倒すぞ! なんて意気揚々とやって来ていた獣人族の戦士は黒の影を見た瞬間、スタタタっと逃げ出している。

 

 自然を愛する獣人族も、Gは無理なのだ。

 

「ん……危機は去った」

「犠牲はあったがな」

 

 見れば、もう既にG達は黒い煙となってどこかへ飛び去り、死屍累々の様相が残った。気絶しているメイル、そして立ったままブツブツと呟くナイズと、目が虚ろなミレディ……なんとも哀れである。

 

 回収しに行くか、と木の上を降りたハジメにユエが追従しようとして……目が合った。

 

 思わずユエの動きが止まる。そして、枝の上で仁王立ちし、「やや、これは失礼したであります!」と綺麗に一礼するGを見て……

 

「……ふっ」

 

 ユエもノックアウト。そのまま体が落下していくユエに気付いたハジメがラ◯ュタの如く受け止めてやった。

 

「お、おい、ユエ? どうした、しっかりしろ!」

「ん……んぅ……」

 

 ユエが気絶するという異常事態に、何を思ったかハジメ、エミリー印の薬剤を飲ませて回復を図ろうとしている。

 

 しかし、単なる気絶であるので効果は無く……

 

「お〜い、リーダー。迎えに来てやったぞ……って、え、何この状況」

 

 このカオスな状況に、迎えに来たらしいバッドは盛大に頰を引き攣らせた。

 

 それから数十分後。

 

 ハジメはユエを横抱きに抱えながら、目が虚ろなミレディを連れたバッド、そして正気に戻り、気を失ったままのメイルを抱えるナイズと歩いていた。

 

「ほ〜ん、なるほどねぇ。道理でこんな到着が早まったのか。まさか、神代魔法使いが一気に二人も増えるとは思いもしなかったぜ」

「それで、戦況は?」

「あ〜、そいつは着いたら話すだろうから、少し待っとけ」

 

 と言っていると、不意にミレディ目に光が灯る。

 

「ハッ!? ここはどこ!? 私は美少女!?」

 

 目覚めた時のお約束は、ミレディが無駄に自信を発露した事によって破られた。ハジメもこれにはブフッと噴き出す。

 

「おい、美少女(笑)リーダー。そろそろ正気に戻れ」

「え? あれ? バッド?」

 

 ミレディは、いつの間にか合流していた事に気が付いた。後ろには、獣人族の戦士達が胡乱な目つきで追随している。

 

「あれ? にしても記憶がなんだか曖昧……何か悪い夢を見ていたような?」

「あ〜、覚えてねぇならそのまま忘れとけ。世の中、その方がいいこともあるもんだ」

 

 それに続き、ユエがぱちぱちと目を開いて起きた。ハジメに横抱きにされてる事に気付いて、思わずはにかんで身を預けている。

 

 その様子を、いかめしい目付きで見る者が一人。

 

「……てめぇ、ハジメよぉ。その嬢ちゃんとどんな関係だ?」

「……嫁だが、何か文句あるか?」

「大アリだこの野郎っ! 言うに事欠いて嫁だぁ!? 処すぞ!」

 

 絶賛婚活中のバッドに、ダイレクトなダメージ。更にそこへ、ミレディがステップ気味にバッドに駆け寄り、一枚の写真をバッドに手渡した。

 

「因みに、八人のお嫁さんがいるらしいよ!」

 

 バッドがまじまじと、手渡された写真を見た。ハジメの片腕にギュッと抱き着くユエと、反対側には兎人族の美少女。そして片腕で頭を抑えられ足蹴にされている竜人族の美女に、ハジメの背中に手を回して抱き着く、ちょっと神の使徒っぽい黒髪の美少女、もじもじしながらハジメに寄りかかるポニテ美少女etc……

 

 計八人もの美女美少女が、寄って集ってハジメの傍を奪い合っていた。ちなみに、ユエがミレディにあげたものである。

 

 そんな物を見せられて、あのバッドが黙っているはずもなく。

 

 プルプルと肩を震わせて、写真を握り締めた。そして、背にかかる大鎌に手を掛ける。

 

「鏖殺の、時間だぁっ!! ──エグゼスッ!!」

「えっ、ちょっ!?」

 

 ミレディが制止しようとするも、無差別に、かつ全方位に振り撒かれる藍色の魔力刃を躱すのに精一杯で、近づけさえしない。

 

 至近距離に居たハジメは、ユエを地面に下ろしながら咄嗟にクロスヴェルトで結界を敷くが、それもものの数秒で弾け飛び、アイディオンを展開してどうにか防ぎ切る。そんなハジメの顔は驚愕に満ちていた。

 

「……魔喰大鎌、エグゼスだと?」

「おうさ。俺が〝騎士狩り〟たる所以よ。そして……今からお前の首を狩る鎌の名前だぁ!」

 

 大振りの一撃を躱しながら、ハジメは思考していた。

 

 ──魔喰大鎌エグゼス

 

 それは、ハジメの時代において、メイド集団、フルールナイツ序列第七位トレニア……もとい、トレイシー・D・ヘルシャーが所有しているアーティファクト。

 

 ウル湖の湖底から発見されたそのアーティファクトは、ヘルシャー帝国初代皇帝時代から担い手が居なかったのを、神話大戦に参戦すべく宝物庫に入ったトレイシーの手に馴染んでしまったそう。

 

 つまり、エグゼスが初代皇帝に回収される前……〝解放者〟の時代の担い手が、解放者副リーダーこと、バッド・ヴァーチャーズということらしい。

 

 しかも、振るわれる鎌の威力、速度そして技量も、改造されたエグゼスを持つトレイシーより別格。

 

 紙一重で身を様々な方向に翻すも、段々と身体を掠め始める。

 

「……ハジメ、どうする?」

「いや、ユエは何もしなくていい。エグゼスは魔法を吸収するからな。下手に強い魔法を使うのもアレだろ」

「……残念」

「おいコラァ! イチャイチャしてんじゃねえ!」

 

 チッ、と舌打ちを一つすると、太腿のホルスターに手を掛け、電磁加速されたシュラークの弾丸がバッドの脳天に迫る。

 

 しかし……

 

「うおっ……おいおい、嫌な殺気がしたと思ったら、なんだよ今のは」

「おいおいって言いたいのは、寧ろこっちの方だけどな!」

 

 バッドはうへぇという表情をしていながら、傷一つ負っていなかった。

 

 ハジメが撃った弾丸はゴム弾だった。だがゴム弾と言えど炸薬量は実弾そのままで電磁加速が加わり、その速度はどこぞの武神ウサギでもなければ躱せるはずもない。

 

 それを、バッドは初見で躱してみせた。魔眼石には、何か魔法を使用した形跡も視えなかったので、エグゼスで強化されただけの身体能力でレールガンを躱したという事。

 

 仕方なく、実弾の入ったドンナーを抜き、二丁拳銃スタイルで四発──なお二発分の音しか鳴っていない──が放たれると、バッドはエグゼスで一発目の弾道をずらし、二発目を鎌の刃で受け、その反動で回転した刃で三、四発目を叩き切った。

 

「マジかよ……」

 

 全てが見えていたハジメだからこそ分かる、バッドの異常なまでの技術。

 

 シアが力を体現する武人ならば、バッドは技を体現する武人。

 

 それ程までの、隔絶した大鎌術。

 

 因みに、バッドとハジメの戦いを見ているミレディ達は、何が起きているのかさえも分かっていない。

 

「その、なんか飛ばす奴の軌道は見切ったぜ。チェックメイトか?」

 

 ニタァと、まるで処刑人の様な気味の悪い笑みを浮かべてくる。

 

 ハジメもこれ以上の戦闘は吝かでは無い。ここまで追い詰められるのも久々だった。

 

「まだ他にもあるにはあるんだが……それよりも、一ついいか?」

「あぁん?」

 

 にも関わらず、こうして戦闘を中断した。その理由とは……

 

「お前に紹介したい女性が居るんだが」

「乗った」

 

 ハジメが宝物庫から写真を見せると、バッドは途端に鎌を下ろし、笑顔でハジメと握手した。凄まじい変わり身の速さだった。

 

 その写真に何が映っているかは……金髪ドリルなメイドという点で推して知るべし。

 

 こうして、バッドの嫉妬から始まった少しの戦いは和解と相成った。

 

「……え、何これ」

 

 そしてミレディの呟きは、華麗にスルーされるのだった。

 

 

 

 

 先の戦いのせいか、後ろの獣人族達に、より一層の警戒でもって監視されつつ歩いていくと、程なくしてハジメ達は巨大な壁に遭遇した。

 

 濃霧で詳しくは分からないが、何本もの巨木がぴったりと隣り合ってそびえ立ち、それが延々と横に続いている。

 

 共和国首都の外壁なのだろう。明らかに人工的な並びだ。だが正直な話、ミレディの重力魔法でもないかぎり、とても人が設置できる大きさには見えず、また全ての巨木が奇妙なほど似通っていて、実に不可思議な光景だった。

 

 その樹木で作られた巨大な外壁の下。ミレディ達の正面にはアーチ状の門があった。

 

 ただし、その出入り口は何百何千という太い枝が重なり合っていて完全に閉ざされている。

 

 バッドが合図すると、枝の門が淡く発光した。そして枝が解けるように引っ込み、道が開く。

 

 おぉ〜と驚くのも束の間、門をくぐった先で飛び込んできた光景に、ミレディ達は圧倒されることになった。

 

「……すごい……これが共和国」

「あらあら……」

「……」

 

 実は、バッドとハジメの戦いの最中にさり気なく起きていたメイルを含め〝解放者〟組三人が感嘆の声を漏らして、ただただその幻想的な景色に見入っていた。

 

「フェアベルゲン以上だな、これは……」

「……すごい」

 

 フェアベルゲンにもあった、樹木の空中回廊や木の洞の中の住居、ツリーハウスが木の幹を囲うように並んでいる。

 

 そして、フェアベルゲンには無かったものが、この都市の中心部に屹立していた。

 

「あれが大樹ウーア・アルトだ。感動もんだろ?」

 

 現代では霧で隠れてしまったその圧倒的な偉容の全体像を、ハジメとユエは初めて知る事となった。

 

 首を真上まで上げなければ幹の終わりは見えず、更にそこから天を覆うように枝葉が伸びていて、それが首都を覆う巨大なドームを形成している。

 

「獣人達は〝母なる樹〟なんて呼んだりもしてるぜ。この都はな、なんと大樹の枝葉に全て覆われているんだ。いや、枝葉の真下の範囲に都を作ったというべきか」

 

 バッドの説明にミレディ達が我を取り戻すと、周りには案内役か、もしくは監視役か、獣人族の戦士達に囲まれているのに気が付く。

 

 「まあ、無理はないわな」と、ハジメが肩を竦めると、ユエを伴ってどこか誇らしげな獣人達に付いて行く。

 

「あっ、ちょっと待ってってばハーちゃん!」

 

 恥ずかしさを紛らわすようにミレディ達が小走りで追いかけ……

 

 そうしてやってきた大樹の根元の中。

 

 ハルツィナ大迷宮となる前の大樹の中は、自然を活かした非常に凝った造りとなっており、迷宮に出来るだけの広さは、居住区としても使われている。

 

 ガイドのように説明していくバッドの話に聞き入りながら、強靭な蔦を使っているのだという滑車の昇降機で移動する。

 

 かなり上まで来ると、やがてテラスで停止して、待ち受けていた戦士達に自分の武器を預けて、囲まれるようにして正面の通路を進んでいく。

 

 扉型の大きなアーチを抜けると、中央に道を開ける形でずらりと獣人達が並んでいて、その奥には、数段上に作られた祭壇のような場所の上には、枝葉が絡み合ってできた豪奢な玉座と、そこに座す純白のドレスの、森人族の女性。

 

 見るからに、玉座の間であった。

 

 ゲームでは、世界樹の中にとか、エルフの国とかはこんな感じの玉座が多いが、生の樹木の玉座は、それらとは比べ物にならない程幻想な雰囲気を醸し出している。

 

 ここ、ゲームで見たことある!と、すっかり南雲家に染まってしまったユエを何とはなしに撫でてやり、事の趨勢を見守るハジメ。

 

 リューティリスの翡翠の瞳がミレディを捉える。ミレディは所定の位置までやって来て、片膝を突き女王への敬意を示した。それに続き、ミレディの斜め後ろで、バッド達も。

 

 当然だが、ハジメとユエも片膝を突いた。この場では二人は共に〝解放者〟のメンバーであり、リーダーが片膝を突いたのならば、それに倣うものだと理解していた為である。決して、ハジメがやってみたかったからでは無い……と思いたい。

 

 ミレディとリューティリスの視線が交錯する。

 

 やがて、無言の女王に周囲がざわめき始めた頃、何かに納得したように表情を和らげた女王は静かに口を開いた。

 

「ようこそ、世界に抗う者。わたくしが共和国女王、リューティリス・ハルツィナですわ」

「はい、女王陛下。〝解放者〟リーダー、ミレディ・ライセンと申します、この聖域に訪れる許可をくださったこと、心より感謝申し上げます」

 

 ハジメとユエが目を見開きミレディの後ろ姿を観察する。誰だお前、偽物? みたいな目だ。ナイズとメイルも同じようにギョッと目を剝いていた。

 

『ミレディが……敬語だと? これは何かの間違い……いや夢なのか? ミレディがこんな丁寧口調? いや有り得ねぇだろ』

『ウザくないミレディ……アイデンティティーの消失?』

 

 いやハーちゃんもユエちゃんもかよ!? と、何となく背後から漂う気配を感じ取ったミレディの口元が僅かに引き攣る。

 

 斯く言うハジメも、敬語を使う際のギャップは凄まじいが。

 

「ふふふ。どうやらバッド殿の言う通り、普段は〝お転婆娘〟なようですわね?」

 

 ギンっとミレディアイが肩越しに飛ぶ。バッドはそっぽを向いた。

 

 ミレディは溜息を吐きつつ、リューティリスに向き直る。

 

「陛下、オブラートに包む必要はございません。どうせ〝クソガキ〟とか〝ウザいリーダー〟とか口にしていたのではありませんか?」

「ええ、実は。ついでに複数の殿方に求愛されている人気ぶりが妬ましいとも」

「じょ、女王陛下を相手に何を言って……うちのバッドがとんだご無礼を。組織を代表してお詫び申し上げます! あと、それ誤解なので! モテないおっさんの情けない僻みですから!」

「んだとゴラァッ。毎回毎回きゃっきゃうふふな報告書送ってきたのは事実だろうが!」

「楽しい報告書の何が悪いか! それで僻むとかああやだやだ! そんなんだから未だ独身なんだって、どうして分からないかなぁ〜」

 

 バッドの青筋がピキピキっと数を増していく。

 

「処すっ」

「やってみろゴラァッ」

 

 そして、あわや喧嘩かとなった直後、

 

 ──ドパンドパンッ!

 

「「あふんっ」」

 

 綺麗に額を撃ち抜かれ、後ろに仰け反って転倒した。

 

 ハジメが〝宝物庫〟からさりげなくゴム弾取り出して、指で弾き飛ばしただけだが、それによってミレディとバッドが正気に戻る。一瞬で片膝体勢に移行した。

 

 リューティリスはおかしそうに笑い、しかし直ぐに厳格な雰囲気を纏って尋ねた。

 

「バッド殿から、〝解放者〟の事は聞いておりますわ。その理念も、貴女方がわたくしと同じ神代の魔法の使い手であることも、我等の力になりたいと考えていることも、そして、貴女方でなければ抗えない〝敵〟がいることも……それは〝信じ難いこと〟ですわ。包み隠さず言うなら、この場の誰も納得などしておりませんの」

 

 現に、歯向かえば負けたも同然と畏怖される教会と戦争をしながら、共和国の被害は限りなく抑えられている。

 

 そして何より、共和国には……

 

「同じ〝使い手〟として、告白いたしましょう。わたくしの力は────」

「〝昇華〟。全ての力を最低限一段階は進化させる魔法。そうだろ?」

 

 ミレディ達四人と獣人達が、目をギョッと見開いてハジメを見た。さながら、〝こいつ何やっちゃってんの!?〟と言っているようである。

 

 リューティリスも、耳をぴくぴくさせ、面食らっているらしい。何故か頬がうっすらと赤らんでいる気がしないでもない。

 

「……はい。その通りですわ。ですが、何故それを?」

「俺も、そしてユエも〝昇華魔法〟を使えるからな」

 

 ハジメの場合、かなり限定的ではあるが。

 

「大方、大樹の権能や戦士達と併せて使っているんだろうが……それで教会に勝とうなんざ、百年早い。ここにいる精鋭じゃ、いくら昇華して能力を上げようとも……どう足掻いても勝てない」

 

 それは、力量差を正確に測った、驕りも何もない、ハジメの純粋な所見。

 

 だが、当然ながら共和国側は激昂した。

 

「貴様っ、俺達を侮るかっ」

「所詮は人間だっ。こちらを見下しているっ」

 

 ここの精鋭ではどう足掻いても勝てない、という言葉に、ヴァルフ*2やリューティリスの近衛らしい豹人族の男を筆頭にハジメに食ってかかる。

 

 しかし、そんな中で、ハジメの視線を受けたミレディが、直前のハジメの言葉を背負って、静かに続けた。

 

「私は、一人で白光騎士団のラウス・バーンと互角に戦えます」

「それがどうしたっ。その程度──」

「その私が、いえ、神代魔法使いが三人がかりで戦って、生き延びることで精一杯だった相手がいる。魂のない、生きているけど生きていない、人のふりをしている存在」

 

 何か、得体の知れないプレッシャーを感じて、ヴァルフ達が口を噤む。

 

「銀色の修道女。教会のジョーカー──神の使徒」

「神の……使徒」

 

 呟きを返したのはリューティリス。

 

 そして、ハジメは〝宝物庫〟から、神の使徒を取り出した。

 

「──っ!?」

 

 クリスタルの中で眠るように保存されている神の使徒。かつてハジメが、マザーとの戦いの最中で神の使徒ノイントの肉体は消し炭にされてしまったので、これはまた別の遺骸だったりする。

 

 それを見て、リューティリスが息を飲んだ。既に死んでいると分かっていても、その押し潰されるような気配を感じ取ったからだ。

 

 ミレディとハジメが、してやったりという顔……になるのをどうにか抑えて、リューティリスの二の句を待つ。

 

 というのも、これは共和国に来る前から考えていた作戦なのだ。ハジメがミレディの作戦を聞いて、提案したものである。最初にこれを見たミレディ達も、このクリスタルに包まれた神の使徒に愕然していたりする。

 

 その神の使徒の気配に、他の獣人達も気付いたのだろう。死してなお、これほどの気配とは……と。

 

 更に、ミレディが魔王に憑依し、魔王国を裏から操っていた〝神域の存在〟も口にした。その厄災が、リューティリスに降りかからないとは言い切れないと。

 

 ミレディの、とても少女とは思えない重みのある眼差し、雰囲気、声音。そして、実際に〝神の使徒〟は存在するという証拠まで出され、激昂する者は誰も居なかった。

 

 しんと静まり返る玉座の間。未だ不満と怒りはあれど、確かに、彼らは敵を甘く見ていたと思わざるを得なかった。

 

「見返りは? 命を懸ける代償に何を望みますの?」

「──何も。貴女が、この先もずっと貴方で居続けてくれればそれでいい」

 

 数瞬の間を置いて、ミレディは即答した。口調が崩れ素が出ていたが、咎める者は居ない。飾り立てていない心からの言葉だと、その蒼穹の瞳を見れば分かったのだ。

 

「本当は、仲間になってほしくてずっと貴女のような人を探していたんだけど……流石に獣人さん達の大切な女王様を勧誘するなんてできないしね。だから、貴女が教会に奪われることなく、自由な意志の下にいてくれるなら、それでいい」

 

 だから、そのために、

 

「貴女を守らせて。私の、私達の、全てを懸けて貴女を守るから」

 

 ああ、でも……と、ミレディは少し肩越しに振り返った。ナイズ、メイル、バッド……そして、ハジメ、ユエ。

 

 特に、ハジメと目が合った。「貰えるもんは貰っておけよ、勿体ない」という、何か戒めの混じった感情が見え隠れしている目線に苦笑しつつ、

 

「もし、望んでいいのなら一つだけ」

「……聞かせていただきますわ」

 

 再び、リューティリスとミレディの目線が交錯する。

 

 数秒、見つめ合い、ミレディは穏やかに望んだ。

 

「私達は世界を変える。人と人がもっと認め合える、そんな世界に。疑ってもいい、警戒してもいい。けれど、その未来が訪れたら、どうか最初から〝拒絶〟だけはしないでほしい。貴女達に寄り添いたいと願う人の声を、聞いてあげてほしいんだ」

 

(……まあ、何事も要求してみるのが一番だってことだな)

 

 そう、ライセン大迷宮を攻略した時のように。

 

 ハジメにとっても、大迷宮から流された時のことは今でも根に持っているから、当時の記憶は鮮明に思い出せる。

 

 その時、身ぐるみ置いてけとミレディに迫り、結局流されてしまった訳だが……

 

「もちろん、直ぐに信じろなんて無理な話だと思いますし、〝騎士狩り〟に加え同じ神代魔法使いが五人も傍にいるなんてリスクが高すぎると判断するのも自然だと思うので、どうしても滞在が許可できないというのなら出ていきます。奴が現れたり、陛下に異変が起きたりした時に私達に分かる合図をくれれば飛んでいきますから!」

 

 ハジメの意思を、少し曲解して受け取ったミレディの言葉に、リューティリスが少し微笑みを返しつつひとつ頷き、視線を隣の猫人族の老女と、熊人族の戦士、戦団長のシム*3へ転じる。

 

 老女は同じく頷くが、シムは少し悩ましげな表情を浮かべると、この場の戦士達に視線を巡らせ、最後にミレディを見た。やがて、「ふむ」と頷き口を開く。

 

「陛下。〝解放者〟の言う脅威については、おおよそ把握できたつもりです」 

「では、滞在を許可することに異論はないと?」

「いいえ、陛下。前提を確認する必要があると申し上げます」

「前提……なるほど。力を示せと言いたいのですわね?」

「しかり」

 

 シムはミレディ達を見やると、一歩前に出た。

 

「御前試合を提案する。我等護国の戦士達を凌駕するというその言葉、大言壮語でないと証明してみせろ」

 

 なるほど、とミレディは頷いた。使徒の脅威も、守るという言葉も、力無き者の言葉ではただの笑い話だ。

 

「受けて立ちます」

 

 ミレディの躊躇いのない言葉に、戦団長のシムは僅かに口の端を吊り上げつつ、覇気と共に前に出ようとして──

 

「ちょいと待ってくれ、戦団長。その役目、俺に譲ってくれねぇか?」

「ふむ? なぜだヴァルフ」

 

 シムを遮るようにして前に出たのはヴァルフだった。

 

「白兵戦最強は俺だろ? それに──」

「それに?」

「気にくわねぇんだよ」

 

 そう言って、ヴァルフが睨んだのは──メイルだった、メイルがきょとんとした顔で小首を傾げる。

 

「てめぇ、なんで人間なんかといやがるっ。なんでそのガキ如きに従ってやがる! 陛下と同じすげぇ力を持って生まれたんだろ!? だったら祖国に尽くすのが当然じゃねぇのか!?」

 

 ヴァルフは、メイルが〝解放者〟にいることが気にくわないらしい。

 

 そしてヴァルフは、メイルと自分が戦い、もし自分が勝ったらメイルが組織を抜けて共和国で暮らし、自身の従者になるという条件を突きつけたのだ。

 

「ワンワンとよく吠えること。お口ではなく手を動かしたらどうかしら? ねぇ、ワンちゃん?」

「いいぜ。その思い上がり、ぶっ潰してやるよ」

「うふふ、いいわねぇ。久しぶりだわ、こういうの。最近は跳ねっ返りが少なくて、お姉さん欲求不満だったのよ」

 

 ミレディがあわあわし、ナイズとシムがそっくりな仕草で眉間を揉みほぐし、それにリューティリスが瞳をキラキラさせているのを見たハジメとユエが、何だか嫌な予感を感じ取る。

 

「あ、あのあの! 私が戦うから! ね? ね? メル姉と戦うのはやめてとこう?」

「自分からも頼む。ミレディで不満なら、自分が相手をするからメイルはやめてくれ」

 

 ミレディとナイズが懇願する。それを見てかヴァルフは、〝神代魔法使いであっても近接戦闘は不得意だから焦っている〟と捉えたらしい。

 

 そして出ちゃったのだ。悲劇の舞台に。

 

「は、ハーちゃん! メル姉を止めて!」

「オスカーの居ない今、お前だけが頼りなんだっ、ハジメ!」

 

 懇願の対象がハジメに向く。しかし、ここの所頼られ過ぎている気がして、不満を爆発させる。

 

「だぁーっ畜生! お前らは新人の俺に頼り過ぎだ! ……んで? つまりこんな時はオスカーを頼ってるんだな?」

「「ぎくっ」」

「錬成師を便利屋と勘違いしてんなら、やめとけよ? 俺とオスカーでストライキ起こすからな?」

「「勘弁して下さい」」

 

 その二つの視線に、頭をガシガシと掻いて結局やるハジメ。これがハジメがツンデレと言われる所以であることをに、ハジメは気づいていない。

 

「おい、ヴァルフとか言ったかお前」

「……なんだ? お前も手を出すなとか言うクチか?」

 

 部外者はすっこんでろ! と言わんばかりの殺意の篭った視線をするヴァルフに、ハジメが首を振った。

 

「いや、こう言っちゃなんだが、俺はある所じゃ魔王って呼ばれていてな。お前ら白兵戦最強なんだろう? どうだ? メイルとやりあう前に俺とやりあってみないか? 戦いが終わったら回復させてやる」

「自称魔王とかいう奴と前哨戦か。……良いじゃねぇか、受けてたってやる。だがそうだなぁ……俺が勝ったら、お前達は総じて弱いって事だろ? 直ぐにこの樹海から去れ。いいな?」

「決まりだな」

 

 お互いが向き合うと、ハジメは獣人から返された二丁拳銃をホルスターに仕舞い込み、無手のまま挑発した。

 

「……来ないのか? 〝ワン公〟」

「舐めやがってっ!」

 

 ヴァルフが勢いに任せて突っ込む。すると、その姿は失せ、既にハジメの背後に居た。

 

「ハッ、所詮人間、口ほどにも──え?」

 

 と言ったヴァルフの目の前に、ハジメの姿は無かった。

 

 慌てて周りを見渡すと、ハジメはヴァルフの後方で欠伸していた。

 

「て、てめぇ、どうやって後ろに……」

「どうやっても何も、単に後ろに跳んだだけだが?」

「そんな訳あるかっ! 畜生、どんなからくりで……」

 

 からくりも何もない。ハジメは自身の身体能力に任せて、ヴァルフが回り込む前に回り込んだだけなのだ。

 

「遅いな。それがお前の本気か?」

「〜〜っ! うおお、これはどうだっ!」

 

 ヴァルフが、固有魔法の〝浮身〟を発動。半径1メートル以内の重力を操作する魔法で、両脚で立っていた筈のハジメのバランスが崩れた。

 

「貰ったぁぁぁっ!!」

 

 ヴァルフ必殺の一撃が、ハジメの背後から迫り……

 

「……は?」

 

 ……ヴァルフは、そのまま壁に激突した。

 

 何が、とヴァルフが正面に視界を向けると、ハジメは何事もなく平然と立っている。

 

「て、てめぇ……今のをどうやって躱した」

「躱してなんか無いぞ? 受け流したんだよ。更に加速させて、壁にぶつかるようにな」

 

 いわゆる、合気道。

 

 これは、ハジメが雫に会う為八重樫家に訪れる度に襲撃を受けていたら、自然と身に付いてしまった技術の一つである。これを、バランスを崩しながらハジメはやってのけたのだ。

 

「く、くそっ、逃げるんじゃねぇ! 正々堂々と戦えっ」

 

 逃げてはいない。が、つい悪態が口を衝いて出ると、壁から身を引き抜き、飛び出してきた。

 

 それを聞いたハジメは、少しばかりキョトンとした表情を浮かべると、途端に凶悪な笑みに変えて、

 

「え、マジで? んじゃ正々堂々とやるわ」

 

 ──ドガッ、グキッ、バコンッ アーッ

 

 ハジメが大きく踏み込むと、ヴァルフはそれに反応出来ず腹に突き刺さると、次に軽く拳で昇◯拳をかまして天井にぶつけ、力なく落ちてきた所を回し蹴りで蹴り飛ばした。

 

 そして、ハジメとヴァルフの周囲にドーム状の水壁が張られた。

 

 ハジメの攻撃に唖然としていたミレディ達が、メイルを見た。うふふと笑っている。ストレスが発散出来なかったからか、ヴァルフに嫌がらせをしたらしい。〝あ、十中八九こいつだな〟とジト目を向けた。

 

 そして再度試合に目を向けると、そこには黒い鞭をバチンと床に叩きつけてニヤリと笑うハジメと、ヒッと怯えるヴァルフの姿が──

 

「って待て待てぇいハーちゃん! これじゃあメル姉とまるで変わんないじゃん!? え、マジ何やってんの!?」

 

 ミレディがハジメにそう突っ込むも、水壁に遮られて聞こえていない。しかもヴァルフの口が、必死で〝参った!〟とか〝降参だ!〟と言ってる気がしなくもない。

 

「ち、ちっくしょぉぉがぁああああ!!」

「ハッ、吠える吠える。これじゃ犬コロだな」

「俺はぁっ、犬コロじゃなくて狼だよクソォオオオオ!!」

 

 従来より衝撃の強いゴム弾や鞭による乱打、果てにはアラクネ達にジワジワと呑み込まれようにとしており、雄叫びは次第に「キャインッ」という悲しみと嘆きの混じった悲鳴となり……

 

 最終的には、

 

「なぁ、確か、もう俺達に喧嘩売らないと約束したよな?」

「ハイハジメサンノイウトオリデス」

「おい、誰がそんな事言っていいと言った? Yes,Sirで答えろと言っただろうが、この〝ピッー〟め!」

「Yes,Sir! ──ハッ!? 俺は何を!?」

 

 自分の醜態に気が付いたヴァルフの目が死に、我に返ったシムが「頼む! もうやめてくれ!」と懇願したのと、ミレディが「ハーちゃんやり過ぎだってば!」と重力魔法したことで、どうにか試合終了となった。

 

「……なぁ、ナイズよ。ありゃどういうことだよ」

「実を言うと、あんなハジメは初めて見た……まさか、本当にメイルと同類だとは思わなかったんだ」

「メイルもかよっ!?」

「あら、悪いかしら?」

「……前にも同じこと言ったが、よくもまあこんなの仲間にしようと思ったな」

「ミレディに言ってくれ」

「……ひどい、まるでハジメを鬼畜外道みたいに」

「「その通りだよ!!」」

 

 ユエがヨヨヨ……と仲間の酷い言い草に悲嘆するが、すぐにナイズとバッドの突っ込みが飛ぶ。

 

 シムが深い溜息と共に、ハジメの勝利が宣言された。

 

 キャー、ハジメカッコイイー! ダイテー! と全力で喜ぶユエに、ミレディ達が少し、いやかなりドン引きしている。

 

 というわけで、一応、目的は達した。

 

 解放者の実力はこれ以上にないほど証明された。

 

 とはいえ、だ。あの魔王引き入れちゃうの? 俺達殺されない? という空気が流れるわけで。今度は違う意味で受け入れるか否か迷う。人柄的に。

 

 獣人側にも、そして解放者側にも微妙な空気が流れる中、ミレディはおずおずとした様子でリューティリスに声をかけた。

 

「あ、あの、女王陛下。うちのハーちゃんがやり過ぎたようで申し訳ありません。ただ、〝解放者〟のメンバーとして、仲間を思い故にということですので、えっと、どうかご寛恕いただければと──」

「認めますわ」

 

 その場の全員が「えっ!?」と、驚きをあらわにした。

 

「えっと、それは滞在していいという……」

「認めますわ。これは決定事項です。ごしゅ──ごほんっ。ハジメ殿は存分に力を示されましたわ。ならば異論などあるはずがありません。ええ、あるはずがないのですわ」

 

 ハジメの背筋に、悪寒が走った。

 

 

*1
聖獣と呼ばれる、人にも扱える魔物を使役する騎士団。三光騎士団の中でも最弱と言われているが、多種多様な聖獣部隊を用いた撹乱、殲滅で、敵をじわじわと追い込む。団長はムルム・オールリッジ。

*2
共和国の遊撃戦士団戦士長。狼人族。クローと固有魔法〝浮身〟を使った戦法で、相手のバランスを崩し、首を獲るという必殺の攻撃を持つ。長髪と顎髭が特徴的で、ワイルドなナイスミドル。

*3
歩兵戦士団の戦士長で、共和国五戦士団をまとめる戦団長。固有魔法〝伝震〟により、受けたり与えたりした衝撃や振動を自在に操る。やはり苦労人。




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