ありふれた職業は零でも世界最強   作:うぇいうぇい

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13巻、誠に満足でした。


ユエとミレディが出会ったら

 

 この日、戦況は一変した。

 

「何が起きている!?」

 

 森人族のとある弓兵は、樹の上からその異常な光景を目の当たりにしていた。

 

「くそっ、この野郎!」

「離れやがれ!」

 

 昨日までの士気も生気のない連邦兵の姿は失せ、代わりに、狂気的な目をした、獣のような兵達。無鉄砲に突っ込んできては、獣人族戦士に掴みかかろうとしている。

 

 その戦士とて、武人であるので、剣を用いて脚を斬り、腹に突き刺し、連邦兵相手に立ち向かうが……如何せん、数が多かった。

 

 ──連邦兵及び教会の残存戦力、全投入による一斉攻勢

 

 それが、今回起きた異常事態の一つである。人数の差は十倍以上に膨れ上がった。しかもそれだけでは無い。ハジメや解放者達が講じてきた裏工作が意味を成さなかったと思えるほど、彼らの士気が高かったのだ。

 

「待てっ、やめろぉぉ!!」

「エヒト様ぁぁぁ万歳ぃぃぃぃ!!」

「ちょっ、あぶねぇっ!?」

 

 その近くでは、戦士が三人の連邦兵に掴みかかられて、身動きが取れていなかった。そこへ、連邦の槍兵が、味方ごと戦士を殺そうと突貫し……

 

「させるか!」

「掠った! 掠ったよ矢が!」

 

 弓兵は、得意の早撃ちで三本の矢を同時につがえ、両足、頭を射抜く。

 

 掴みかかられた戦士も、気が狂っている連邦兵を押し退けて、一刀で斬り伏せる。

 

「助かった!」

「それより、早く聖女様*1に回復をしてもらってこい!」

「ああ、すまない!」

「俺も受けらんないかなぁ……巻き添え食らって痛いんだよ、マジ」

 

 矢を再びつがえ、正確に頭を射る中、弓兵はこの状況に大きな疑問を抱いていた。

 

(おかしい、もう相手は食糧もままならないし、負け戦となっていることも理解している筈だ……しかも、全員自分の命なんて考えていない)

 

 一体、彼らに何が……と、その時。

 

「くっ、一旦戦線から引け! ある程度の人数で密集陣形だ! 槍持ちは盾持ちと二人組で行動しろ! 敵の自爆攻撃に気を取られるな!」

「自爆とか物騒過ぎるだろこの戦争……昔の日本じゃあるまいし。いや、そもそもなんでコイツら戦争してんの? ここハルツィナ樹海だろ? どうなってんだ……」

 

 歩兵戦士団の部隊長の声が響き、戦士達が退いていく。ここでの戦闘継続は難しいと考えたようだ。

 

 弓兵も戦線から退きつつ、目の前の連邦兵から目を逸らさないよう注意した。

 

 連邦兵に起こった異常を、確かめるために……

 

 

「どっちに味方すればいいのか分かんないけど……死人が出ないように頑張るか」

 

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

(まさか、味方全体に魅了を掛けるとはな……)

 

 今回もポイポイと敵を投げる仕事をしていたハジメが、気絶させた連邦兵のうち一人を魔眼石で視たところ、判った事実はそれのみ。

 

 だが、〝魅了〟系統の魔法を使う敵は、大迷宮の魔物以外ではそうはいない。

 

 ハジメの脳裏には、あの姿が過ぎっていた。

 

(存在がチラつくにせよ、間違いなく戦場には居ない……兵士を無理やり駒にしたのは、陽動か? 解らないな……)

 

「神よぉぉぉ!! 見ておられますかぁぁぁ!!」

「うるせぇよ、少しは黙っとけ」

 

 ゴム弾で狂った兵士の眉間を狙い撃って、気絶させる。

 

「面倒だな……スイ」

「はぁ〜い、ここに居ますよっと」

 

 樹海の深い霧、ぴょいと現れる一対のウサ耳。クロスボウを片手で肩に担ぎ持つ姿は、まるで歴戦の狙撃手……

 

 だが、明らかに〝ハウリア〟には見えない物言いに、あの兎人族を知る現代トータスの人々なら首を傾げるだろう。

 

「……今さっき、連邦に潜入してた部隊から連絡がありましてね〜。やはり、異常の原因はジョーカー――神の使徒でした。魔眼の類いっぽいそうですぅ」

「やっぱりな。本腰を上げて落としに掛かってきてやがる」

 

 だが、神の使徒がどう出るのかという点において、ハジメは想像がつかないのが正直な話だった。樹海の霧が通用しない事を踏まえれば、真正面からやって来るのも想定出来る。だが、そんな愚直な手で本当に来るのか。

 

 取り敢えず、魔力探知系のアーティファクトの設置を一応しておくべきかと検討しておき、目の前で気だるそうにした兎人族……スイを見やる。

 

「しかし、お前だけは変わんないのは、なんというか不思議な気分だな」

「いや、十分変わらさせられましたよぅ……うぇぇん、働きたくないのに、身体が戦いを求めて動くんですぅ……くやじぃよぅ……働きたくなぁいっ!」

「いや、うん……お前はそのままでいろよ」

 

 スイという兎人族は、それはもう多くの同胞にその性格が周知されている。そう、そのクズさ故に。

 

「ふひ、ふひひ……い、今だけはいいし……この戦争で功績を上げたら、ちょ〜っぴり怪我して、即引退してやるう……!」

 

 弱冠16歳にして隠密戦士団戦士長の座を預かっておきながら、お仕事は頑張らないという信条を胸に、家でゴロゴロニートするのが大好きな人種である。

 

 見た目は兎人族なのでそこそこに可愛いし、16歳ならよく居るくらいの小さな身長で、ともすればアイドル的存在にもなったろうに、本人の性格がこれであるので、慕ってくれる存在など微塵にも居ない。

 

 そういった面で真面目な戦士達からの評価は最低なのだが、同時に戦績は誰にも文句が言えない程に活躍しており……本当に手に負えないウサギなのだ。

 

 そんな生来の性格は、ハジメのブートキャンプでも完全な矯正には至らず、他の兎人族がハウリア化していく中、ただ一人変わらずにいた。

 

「いやしかし、我こそは〝虚現のスィクラフィア〟……全てを混乱と虚無の内に閉ざすその日まで、仮初の姿から退くことは……ハッ、また頭に何かが……!?」

 

 ……影響は、かなり受けているらしいが。

 

 頭を抱えてガクブル震えるスイ。そっちに堕ちかけているという事実が彼女をさらに蝕む。

 

 それを見たハジメは、スイの肩をポンポンと叩いて……

 

「……強く生きろよ、スイ」

「Sir, yes, sir!! ――ハッ、ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

 ハジメの温情にスイが反射的に敬礼で返すと、顔を青ざめさせて、大きくバク転して霧に消えた。

 

 いや、別にそれくらい良いんだけど……と手を伸ばすも遅く、やるせなさを感じて、肩を落とした。

 

 と、その時。

 

 ハジメの背筋に、ぞわりと何かが走った。

 

「……!? チッ、まさか……」

 

 ドンナー・シュラークに装填されたゴム弾全てを排出し、実弾を込める。直後に背後に振り向き、引き金を引いた。

 

 普段よりも激しい銃声がドパンッと木霊して、甲高い金属音が響いたと思えば、鈍い音が響いた。

 

「……丁度六発で落ちたか。名前付きか?」

 

 銃を撃ったほう方向へ歩いていくと、鬱蒼と生い茂る緑の中に、純白の翼を生やした人形の様な女性──神の使徒が、息を絶やして転がっていた。すぐ傍には、双大剣、それも片方は真っ二つに折られており、それがハジメの行動を如実に表している。

 

 ──銃技 精密射撃(ピンポイントショット)

 

 一発にも聞こえた銃声だが、それはコンマ一秒も掛けず、ほぼ同時に六発の弾丸が射出されている上、寸分違わず同じ位置を撃ち抜き、武器破壊と同時に仕留めたのだ。

 

「防御する能力はあったしなぁ……一応拾っとくか」

 

 ちゃっかり〝宝物庫〟に仕舞いつつ、連邦軍の鬨の声が響いてくる方向を見据える。

 

 そして、ポケットのスマホ型のアーティファクトを取り出した。勿論ただのスマホではない。

 

 ──SCC(サウス・クラウド・カンパニー)製 yuePon(ユエポン) 5N

 

 大手企業からちょこっと技術を拝借して、〝真匠〟*2を持った錬成師であるハジメの粋を凝らして作り上げた、正にマスターピースとも言えるスマホだ。

 

 魔力と電力の融合により、既存のスマホの機能は勿論、異世界を跨いで通信が可能となっており、〝魔力探知〟や〝空間魔法〟といった便利な魔法まで付与されている。

 

 ハジメがアプリを立ち上げると、マップが表示され、多数の緑点と赤点がマップ上に重ねて表示された。

 

 この光点を見る限り、主戦場は大きく三つに分かれているようだが……

 

(ん……? こりゃあ、バッド達のいる辺か? かなり押されてるな)

 

 敵兵が多いという程でもないが、バッド達は見るからに劣勢を強いられ、戦線を下げている。何か強力な敵が居るか、もしくは先程のように、神の使徒が現れたか。

 

『ハーちゃん、今ちょっといい!?』

 

 ミレディの声がスマホから聞こえたのは、そんな時だった。

 

「どうした? バッドらの事か?」

『流石ハーちゃん、察しがいいね! ちょっと救援に向かってくれないかな! こっちもこっちで神の使徒が現れたり、かなりまずいことになってるけど、ともかく、そっちはお願い!』

「あいよ。言われたからには、守りきってみせるさ」

『ひゅ〜、頼もしい! それじゃ、また後でね!』

 

 通信が切られると、ハジメは深く溜息を吐いた。

 

「……ったく。普段からああしてればいいもんを」

 

 ウザい面があまりに強過ぎて隠れがちだが、ミレディという人間には絶大なカリスマがある。それこそ、人を信じて動かせる力は、この傍若無人の権化──本人は否定するだろうが──であるハジメを動かしているという時点で、認めざるを得ないと言える。

 

 守りきってみせると啖呵を切った以上、ハジメとしては有言実行しなくてはならなくなった。チラと目を動かし、虚空に呼びかける。

 

「……アルファ隊、いるか」

「──は、こちらに」

 

 ハジメの後ろに、ウサミミが十対。

 

 ヌルッと、気配感知が割と機能しないレベルでいきなり現れた奴らに、内心冷や汗を掻く。

 

「ベータ隊」

「──はっ」

「ガンマ隊」

「──只今」

「デルタ隊」

「──ここに」

 

 ギリシャ文字の名を冠する、総勢五十人の五個分隊。

 

 彼らは、隠密戦士団の中でも選りすぐりの精鋭であり、ハジメの特別試験を潜り抜けた猛者である。

 

 その強さは、あのハウリアと遜色がない。……いや、寧ろ戦争さえ経験していなかったにも関わらず、あの強さを手にしたハウリアが恐ろしいと言うべきか。

 

 兎も角も、ハジメは、ミレディの命令を完遂するために、彼らを投じなくてはならないと考えたらしい。

 

「全部隊、作戦通り、今から援護に向かう。物資の用意はいいな?」

「「「「Yes, sir!」」」」

 

 〝クリスタルキー〟を取り出し、ゲートが開かれる。

 

 そして聞こえてくるは、戦場の雄叫び。ハジメはニィと嗤い、教官としての口調で呼び掛けた。

 

「行くぞ、お前ら……蹂躙される恐怖を味わわせてやれ」

 

 そして、絶望が始まる。

 

 

 

 

 その内の一隊、ベータ隊に与えられた役割は、バッドの近くにいる神殿騎士の殲滅だった。

 

 神殿騎士団は、三光騎士団*3に数えられない、教会でももっとも下部の騎士団であり、一般に、教会の騎士と言えば彼らの事を指す。

 

 しかし、だからと言って侮れない。神殿騎士となる為の条件の一つに、光属性上位魔法の〝天翔閃〟修得が要求されており、騎士一人一人の質はかなり高い。

 

 その殲滅という任務を与えられたベータ隊だが、彼らはハジメが選んだ中でも、暗殺に特化した部隊だった。

 

 当然、樹海という環境は彼らにとって庭のようなもの。ベータ隊の一人が神殿騎士を見つけると、兎人族の柔軟な脚力で加速。そのまま気配を悟られる事無く首を一閃し、次の標的を見つけるべく霧に紛れた。

 

 だが、神殿騎士のいるこの戦場には、彼ら以外に三人、異質な存在がいた。

 

「くっ……どうにかならねぇのか、この数は!」

「そう言われましてもねぇ。スイは主に、ヴァルフさんのサポートをしてるので手が一杯なんですよぉ」

「俺が足手まといってか、アァン!?」

「その通りですぅ。まぁ、居てくれた方が便利ではあるんですけど」

「便利ってなんだよ、便利って!」

 

 ヴァルフが固有魔法〝浮身〟で騎士の一人のバランスを崩すと、すかさずクローで引き裂き、致命傷を与えた。一方でスイも、固有魔法の〝曲光〟と得意の気配操作で、集団に紛れながら騎士の首を狩っていた。

 

「そうはさせん」

「邪魔だこの野郎!!」

 

 ヴァルフの目の前に現れた男の剣を弾き、その首にクローを突き立てようとして──その体がたちまち水となり、ヴァルフのクローは、ただ水を掻き分けるのみとなった。

 

 最後の異質な存在こそ、固有魔法〝液化〟の使い手──神殿騎士団第三軍軍団長のゼバール。近接戦を得意とするヴァルフにとって、物理無効の水になれる固有魔法を持つゼバールは、正に天敵だった。

 

 だが、液化したタイミングで現れたスイが、ナイフを投げ付けた。普段のゼバールなら液化で乗り切るだろうが、スイの場合のみ、対応を変える。

 

「面倒なっ」

 

 〝液化〟を解いて騎士剣でナイフを弾くと、今度は神殿騎士達を蹴り上げながらヴァルフが横から跳んでくる。

 

 このように、ゼバールを防戦一方に追い込んでいるのが幸いではあるが、どちらにせよヴァルフとスイも、魔力や道具が切れれば、今までと同じようにとはいかないだろう。お互いがジリ貧の中、どちらが早く力尽きるかの勝負となっていた。

 

 ……故に、その為のベータ隊である。

 

「ギィャーーッ!!」

「なんだっ!?」

 

 ウサ耳が駆け巡る。影が通りかかって、なんだと不思議がったと同時に、首が滑り落ち、即死した。

 

「姿が見え────」

「ひいっ、いきなりダルスが死にやがった!? どうなっ──」

 

 迷彩服のウサ耳共は、端からじわじわと首を狩る。有無を言わさず、一瞬で。

 

「……ふぅ。温いな」

「フッ……油断しないでよ、ロイゼルスト?」

「馬鹿を言えヒオンベリファ。俺達がそんな柔な訓練を受けてきたか?」

「そうね……違いないわ」

 

 ロイ──ではなくロイゼルストとヒオンベリファは、軽く言葉を交わすと、それが合間の小休止代わりだったようで、 神殿騎士の首に手を添えて、ナイフで一撫で。血飛沫を浴びることなく、次の目標に向かっていく。

 

「なっ、兎人ぞ──」

 

 首を狩る。駆られた騎士の隣にいた者の悲鳴が、樹海に響き渡り、騎士達の間に恐怖と焦燥感が伝染していく。

 

 バタり、バタり。

 

 気が付けば、隣の仲間が倒れている。気が付けば、自分の頭が空を向いている。

 

 ──次は、お前の後ろかな?

 

 そんな声を聞いた騎士達が後ろを振り向けば、そちらではなく、元々の方向にいた兎人族に背後から殺され、

 

「う、うおおおおっ!!」

 

 と錯乱した騎士が、仲間の騎士の気配を兎人族の気配だと思い込んで、霧の前後不覚な状態のまま仲間を斬り付け、

 

 ──それはお前の仲間だぞ?

 

 と囁かれて剣を取り落とし、何も分からないまま首を掻き斬られ、

 

「集団の陣形を取れ! 固まれば対応出来るはずだ!」

 

 混乱の渦中で多少判断ができる者がそう命令を下すも、突然頭上から降ってきた球体から、霧状の何かが散布され、

 

 ──固まってくれると、毒が撒きやすくて助かる

 

 その言葉で瞬く間にパニックに陥り、更にバタバタと死んでいき……

 

 気が付けば、たった十人の兎人族に、何百と居た神殿騎士は、ほんの十人に満たない人数にまで追いやられていた。

 

 その一連の様子を把握していたゼバールは、般若の形相で言い放った。

 

「くそっ、共和国の兎人族は化け物かっ」

「凄いですよねぇ〜。皆、無駄に暗殺が上手くなっちゃって……まぁ、全部教官のクソッタレのせいなんですけど」

「おいバカ、やめろ! あいつに殺されてもいいのか!?」

 

 サラッと、ハジメに毒を吐いた。ヴァルフが異様なまでに怯えつつ注意したが、心から教官を敬愛しているベータ隊には聞こえていたようだ。十人から殺気の眼差しが飛んでいるが、それにも関わらず、本人は何処吹く風と無視している。今にも下克上が始まりそうであった。

 

 ヴァルフもそんなスイの態度に、もう何も言うまいと説得を諦めた。

 

「……後でハジメにコテンパンにされても、俺は知らねぇぞ」

「それは無理ですよ。何としても、ヴァルフさんだけは一緒に巻き込みますぅ」

「ケッ、この屑ウサギが……」

 

 仲は最悪だが、決して悪いコンビではない。

 

 ベータ隊の援護を受けながら、二人は徐々に、ゼバールを追い詰めていくのだった。

 

 

 

 

 場所はスイ達の所から少し離れて、連邦軍本隊から少し離れた場所に位置するハルツィナ樹海北西部の外縁部でも、狂ったように突撃を繰り返す連邦兵と、共和国軍の兵士による攻防が繰り広げられていた。

 

 いや、実際は共和国軍の防戦一方と言える。仲間すら巻き込む連邦兵の攻撃に、こちらも着実に仲間を減らされていたからだ。

 

「さて……」

 

 そんな混沌とした戦場の中に、ハジメの姿はあった。

 

 ──こちらアルファ隊、連邦兵をH地点に誘導中。全ポイントの結界装置準備完了。

 

 イヤリングから響く声を聴きながら、目の前の戦いを注視していた。バッドと連邦兵達の戦いだ。

 

「くそったれ!」

 

 バッドが身体強化をして踏み出すが、その瞬間、雷が迸った。

 

 ギィンッ!! と耳を塞ぎたくなる金属音が響く。ハジメは、義手で受け止めた剣を一瞥すると、目の前の、短い金髪の女性騎士──固有魔法〝雷公〟を持つ聖光教会神殿騎士長、リリス・アーカンドに目を向けた。

 

「……速いな」

「くっ……──〝断雷〟!」

 

 リリスの体から、雷もかくやという電力の雷撃が放たれる。しかし、それすらものともしなかったハジメは、義手に力を加えて、刀身を粉々に砕いた。

 

 ──こちらベータ隊、神殿騎士の殲滅を完了。連邦兵の誘導を開始

 

 武器が砕かれ、その場から飛び退いたリリスは、砕かれた剣を捨て、新たに腰から騎士剣を抜いた。

 

「そぉらっ!!」

「っ────」

 

 振り抜きざまに、大鎌を騎士剣で打ち合い、雷速でバッドの首を狙う。

 それを、大鎌をグルリと一回転させ、背後斜め上に現れたリリスの剣に絡める。しかし、再度雷となったリリスは、周囲で戦う獣人戦士団を、仲間の連邦兵ごと斬り飛ばした。

 

 霧によって方向感覚が狂わされている影響で、リリスの擬似瞬間移動は、自分自身でさえも想定していない方へ向かっている。だが、敵味方関係なく殺しており、逆に厄介な事態を生んでいた。

 

 その都度、ハジメが衛星軌道上の〝ベル・アガルタ〟を用いて復活させているが、流石に限度というものがある。

 

「──〝断雷〟」

「刈り取れ──エグゼスッ」

 

 敵味方関係なしの、広範囲への雷撃。バッドはどうにかエグゼスで魔力を吸い、ハジメはリリスを中心に、クロスヴェルトによる結界を貼ることで無差別攻撃を防ぎきった。

 

 ──こちらガンマ隊、K地点にて散開。所定の位置に移動

 

 ──こちらデルタ隊、AからNまでの間引きを完了、第二次掃討に移る

 

「ハジメ、代わりに守って貰ってすまねぇっ」

「いや、構わんが……なんなら、相手を変わろうか?」

「個人的にはアレだが……この際、意地を張ってもいられなくてな。相手を頼めるか?」

 

 すると、ハジメはおどけたようにバッドの肩を叩いた。接し方が、まるで親しい友人のようである。バッドの顔が、親しげに微笑むハジメという、あまりに気味の悪い光景を見せられて醜く歪んだ。

 

「おいおい、俺とお前の仲だろ? 遠慮するな。後は任せろ」

「どんな仲だよっ! つうか嫁何人も侍らせやがる時点で、お前は俺の永遠の敵だわ、こん畜生がっ」

 

 ──こちらアルファ隊、指定地点の連邦兵の結界拘束に成功。監視フェーズ及び、散開フェーズに移行

 

 ハジメへの恨みを全開にバシッとハジメの手を振り払うと、バッドは、イヤリング型の通信用アーティファクトに手を当てた。

 

「リュー、リリス周辺の霧を解除してくれ。──ああ、構わねぇ。敵は無差別攻撃をしてくる上に、ハジメが出るからな……霧がある方が危ねぇってもんだぜ」

 

 ──ガンマ隊、対空戦闘配置完了

 

 ──ベータ隊、F地点の連邦兵の誘導成功。結界装置動作確認。監視フェーズ及び散開フェーズに移行

 

 何やらリューティリスに呼び掛け、そしてリリスを中心にして、直径二百メートルの範囲の霧が、ドーム状になって晴れた。霧に包まれていた獣人戦士が驚きのあまり動きを止める中、バッドは彼らに怒鳴った。

 

「退避しろ! ここは俺達の戦場だっ。他の騎士を寄せ付けるなぁっ」

 

 戦士達はバッドの意を察すると、連邦兵を相手取るのを止め、各々ドームの外へ向かおうとした──が、戦士達が弾き飛ばされ、苦悶の声を上げながら内側に転がった。加えて外から、一人の兎人族──スイが背中を向けたままバク宙し、ドームの中で手を付き、ハンドスプリングの要領で着地した。

 

「チッ……誘導されましたね」

 

 悪態を付きつつ、苦い顔をした。同時に、

 

「うぐはぁっ!? ──ふぐおっ!?」

 

 体をくの字に曲げながらドームに吹き飛ばされたヴァルフを、サッカーボールを止めるかのように足で踏みつけて受け止めた。

 

「ぐっ──おい、スイてめぇ! もっと止め方ってもんがあるだろうが!」

「ヴァルフさんがあんまりにも不甲斐ないからですぅ。はぁ……勝手に野垂れ死なれたら困りますよぉ。ピンチの時にスイの肉壁になってくれなかったらどうしてくれるんですかぁ」

「悪かったなっ!! クソッ、こいつハジメに鍛えられてから、屑力が上がりやがった……!」

 

 少なくとも、昔のスイなら、『どうせやられるならスイの肉壁になってくださいよぉ!』くらい喚き立てたものだが、ブートキャンプの影響か、呆れたように、そして怠そうに、淡々と毒を吐くようになった。しかもその実力は、今や戦士団最強クラス。近接戦最強のヴァルフとて、真正面で斬り合っても敗色濃厚であった。

 

 その相手に今まで助けられているのも事実であるので、強く出れない。スイという人物だけに、非常に忸怩たる思いだが。

 

 ──デルタ隊、連邦兵の第二次掃討完了。O地点にて散開を開始

 

「霧を晴らしたか、馬鹿め」

 

 スイがナイフを構えると、ドームとなっている濃霧から、人型がせりだした。霧の人型は次第に水へと姿を変え、そして人に戻った。先程までスイとヴァルフを相手取っていた神殿騎士の軍団長、ゼバールだ。

 

「総長! 率いていた神殿騎士が全員……やられましたっ。囮の連邦兵の大勢も結界内に囚われ、用意できません!」

「チッ……例の兎人族共か。構わん、無差別攻撃は続行する」

「っ、しかし、このままでは」

「問題は無い。そろそろ、奴が来るはずだ────っ!?」

 

 迫り来る一条の紅。雷速を以て回避したが、その到達地点にも、先読みしたかのように迫り来る弾丸。咄嗟に身を仰け反らせても、頬を僅かに掠めて、鋭い痛みが走る。

 

「……貴様」

「お喋りを待っていられるほど、俺はお人好しじゃないんでな。──死ね」

 

 電磁加速された銃弾が、コンマ一秒のうちに計十二発発砲される。それぞれ足や腕、頭などを狙ったものであったが、彼女は二、三発だけ剣で叩き落すと、全身に銃弾を掠めさせながら、無理矢理に空けた隙間を通り、ハジメへ一直線に踏み込んだ。

 

 しかし、その程度で動揺するほど、伊達に修羅場を潜り抜けてはいない。ハジメが銃身を傾けてガードしたのと、リリスが目の前で剣を叩きつけたタイミングは同時だった。

 

「なっ──」

 

 呆気に取られた所にハジメが、腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。間髪入れず、宝物庫から銃弾が装填されたドンナーから、六発の弾丸が迫る。

 

(まずいっ!)

 

 吹き飛ばされたまま、リリスは雷の力で瞬間的に体勢を変え、体を捻りながら剣を薙ぐ。その内で、勢いを殺しきれなかった三発が右腕と腹に着弾した。

 

 地面に叩きつけられる。身体がバウンドするが、激痛の走る右腕で剣を突き立て、よろよろと両足で立ち上がった。

 

 それだけで、リリスは致命的な隙を作っていた。彼女がハッと気配を感じて後ろに振り返った時には、額に突き付けられたドンナーの銃口が紅くスパークを発していた。

 

 雷速の移動の連続が祟っていたのだろうか。体は自分の意に反して動かず、どうやっても、この魔弾からは逃れられないと悟った。

 

(これが……神がお定めになった私の最期か)

 

 目を閉じた。異端者に殺されるというのに、リリスの心は何故か穏やかで……

 

 破裂音が木霊する。どさっ、と音を立てて芝生に倒れ込んだ。

 

 この戦争で、散々バッドに苦戦を強いた神殿騎士団総長。それも、ハジメと相手をすれば、一分と経たなかった。最初に宣言していた通り、ただの蹂躙劇と化したのみだった。

 

「そ、総長ぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 その一部始終を見ていたらしい。ゼバールが絶叫し、リリスのもとへ駆けつけようとするも、それもまた、その相手をしていた三人には、皮肉にも好機となった。

 

「刈り取れ──エグゼス」

 

 バッドのエグゼスが静かに脈動し、固有魔法、〝液化〟の状態にある水となったゼバールを切り裂く。

 

 〝液化〟が解除され、腹を大きく裂かれると吐血した。息付く暇もなく、ヴァルフが鉄爪で斬りかかり、それを剣で防ごうとして、背後に気配もなく回りこんだスイの毒剣が決まる。

 

「あがぁっ──!!」

 

 スイが与えた毒は、彼女特製の劇薬である。大型の魔物が一滴でも体に取り込めば死に至る、間違えても人間に使ってはいけない代物だ。それを多量に受け、生きていられる余裕も無い。

 

「……あばよ」

 

 バッドが、地上に転がったゼバールにエグゼスを振り上げ、ゼバールの首が断たれる。

 

 その、寸前だった。

 

 

 

 ──〝静止せよ〟

 

 

 

 どこからだろう。耳から聞こえたとは思えない響きで発せられた言葉が、バッドら三人の身体をピタリとも動かなくさせた。

 

「なん、だ……こいつは……っ!!」

 

 バッドが苦悶の声を上げたが、鎌を振り下ろした姿勢のままで、どうすることも出来ない。

 

「ちょっ、なんですかこれ!? ヴァルフさぁ〜ん! なんとかして下さいよぉ〜!」

「動かねぇのはてめぇだけじゃねぇっての! くそっ、何がどうなってやがるっ」

 

 必死に動かそうとして、声が漏れるばかり。その一方で、ハジメは身体を動かせていた。

 

 だが、思考は三人と変わらない、疑問に満ちたものだった。

 

「おいおい──〝神言〟だと?」

 

 そう、それは〝神言〟。魂魄魔法などの神代魔法により、言霊に実際的拘束力を齎す、単純にして最高峰の魔法である。

 

 だからこそ、それが使える人間は、ハジメやユエ、エヒトなど、ごく限られた者にしか使うことが出来ない。

 

 となれば……とハジメが推測立てる。

 

 この時代にそんなものを使えるのは、一人だけだと。

 

「ご名答だよ。僕のイレギュラー」

 

 パチパチと手を叩く音。濃霧に人の影が濃く映っており、遂に、このドームへと侵入してきた。

 

 絢爛な赤金のローブに、黒い長髪。髪から垣間見える薄暗い紺の瞳が、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 

 その女は、指でゼバールを示すと、ひょいと曲げた。途端にゼバールの体が浮んで、鎌を避けて女の足下に移動した。

 

 彼女は徐にゼバールの体をまさぐり、腰に付けられていた小瓶を空けて、ゼバールに飲ませた。すると、たちまちゼバールの傷が癒え、戦う前だったみたく健康そのものになった。

 

「あーあ。そっちは手遅れだったかぁ。う〜、また皇帝くんに説教される……」

 

 ハジメのすぐ傍で倒れているリリスを見て、わざとらしく溜息を付くと、よいしょっとと立ち上がり、手を大仰に広げ……たと思いきや、手をぐっと引いてダブルピース。

 

「初めまして、〝解放者〟の皆さん。僕はクラニィアスリア。これでもグランダート帝国魔法師団の特別顧問をしてるんだ。気軽にアスリアって呼んでいいよ!」

 

 そして、にこやかな笑顔と共に自己紹介した。謎めいたダブルピースが、クールそうな見た目に反して妙にシュールである。

 

 ハジメは思った。絶対、この空気読めない系僕っ子が、あのエヒトな訳は無いと。自信を持ってそう思った。

 

「……あれ、駄目だったか。僕的には、ちょっとした交流を図りたかったんだけどな」

「……今ので反応出来るのは、それこそミレディくらいなもんだろ」

 

 つまり、頭がおかしいと。ハジメはそう言ったつもりなのだが、クラニィアスリアと名乗るその女は、ぽけ〜っと首を傾げながら、これが普通だよねとでも言うようにハジメ達に訊いた。

 

「そのミレディちゃんを意識してみたんだけど、駄目だった?」

「「いや、どうしてそうなった」」

 

 よりにもよって、である。思わずバッドとハジメの声が重なった。空気が読めない上、ウザさの塊みたいな存在を意識したのは絶対的に間違っている。ハジメ達からすれば、目の前の女の感性がぶっ飛んでいるという証左でもあった。

 

「え、え? 駄目なの? 僕、怪しまれないと思って真似したのに」

「「「余計だろっ!!」」」

 

 更に、正気に戻ったヴァルフのツッコミも重なる。段々とカオスの様相を呈してきた霧のドームで、ハジメが気を取り直す。

 

「で、お前は何しに来たんだ?」

「何って、教会の応援?」

 

 即答した。

 

 ハジメの容赦が消えた。

 

「──死ね」

「わーっ、わーっ!! 待ってよ、その銃仕舞って! 別に直接戦う訳じゃないし! この子回収するだけだから!」

 

 ドパンッ、と銃声が鳴る。直進する弾丸は、アスリアの額を貫通せんと突き進むが、目の前でピタッと止まると、カランと地面に落下した。

 

 どうやら、魔法的な何かで防いだらしい。アスリアが俯いて、ぷるぷると震え出す。

 

「……あの、僕、待ってって、仕舞ってって言ったよね?」

「そう言われてもなぁ……邪魔するんなら、そりゃ敵だろ。自然の摂理だ。古事記にもそう書いてある」

「そんな事書いてないし、そもそも常識がなってないよ! それでもキミは日本人かっ!」

 

 ゼェハァと息を切らすと、呼吸を落ち着けて、ふぅーと息を吐いた。

 

「取り敢えず、僕はもう帰るから。キミ達にどうこうしようとは思ってないし、安心して」

 

 気絶したままのゼバールの体を浮かばせて、ハジメの横を通り過ぎていく。

 

「……ああ、そうだ。リリスちゃんだけど、せめて大事にしてあげてよ?」

 

 ハジメは反応しない。ずっと、疑り深い目をしたまま、ジッとアスリアを見つめるのみ。

 

 アスリアも、意味深な笑みを浮かべながら、ハジメの耳にこそっと囁いた。

 

「それじゃ、今度はキミとふたりだけで、ね?」

 

 黒色の魔法陣が煌めくと、アスリアはゼバールを連れたまま、姿を消した。

 

 ハジメもそれに合わせて、張り詰めていた気を散らした。

 

(……最初から最後まで、怪しさ満点だったな)

 

 色々と問い詰めたい事はあるが、あの様子ならまたどこかで会うことになるのだろう。

 

 アスリアが消えた為か、バッド達に掛けられていた〝神言〟の効力が消える。三人とも、どうにか動かそうと変に力を掛けていたので、同時に地面に倒れ込んだ。

 

「ふきゃっ!? いたた……もう、何だったんですかあれぇ……」

 

 スイはそのままへたりこんで、上半身をだらりと地面に垂らした。体が止まってたまま何も出来ない状態は、打たれ弱い兎人族には実に恐ろしい時間であったに違いない。

 

「あ、嵐みてぇな奴だったな……クソ、何も出来なかったのが腹立たしいぜ」

「まぁ、よく分かんねぇのは俺も同じ気分だ。それより……」

 

 バッドがスイに目を向けると、ぐでぇっと体をだらけさせながらも、耳のイヤリングに手を当てていた。

 

「えぇ、そうなんですよ陛下ぁ……やっぱり、帝国が来ますよぉ。もうめんどくさいですぅ。……はい。皆さんにもお知らせくだしぃ……それではまたぁ」

 

 そう。何より、あのアスリアの肩書きと、彼女が行った行動が問題であった。

 

 ──グランダート帝国魔法師団特別顧問

 

 かの魔法大国にして、魔人族との防衛の要であるグランダート帝国からやってきた者が、この戦争の最中に教会の人物を助けにやってきた、という事実。

 

 つまり、この戦いにグランダート帝国が参入するという事になるのだ。

 

 意外にも、その事を真っ先に連絡をしていたのはスイであった。

 

「グランダート帝国……まさか、本当にここまで来やがるのか」

 

 バッドがそう言った、直後。

 

 轟音が響き、その余波がハジメ達まで届いた。その一回を皮切りに、数々の轟音、爆発音が木々や地面を揺らし始めた。

 

「畜生ッ、もう来てやがったか! ハジメッ、急いで飛空船を墜としに行かねぇと────」

「あ〜、それには及ばないと思うぞ?」

「……は?」

 

 バッドの叫びに暢気そうに返したハジメは、徐にイヤリングを指差した。そう言えば切っていたなと、バッドはイヤリングをオンにする。

 

「ナイズ*4、どうだ、問題無いか?」

『……どうにか凌いだ。だが、これが二、三回続けば、俺の魔力も持たん』

「そりゃ重畳だ。なんたって、もう二発目は撃たせないからな?」

『……本当に頼もしい限りだ』

 

 先程の轟音は、樹海中央の大樹を守るナイズの結界に衝突した時のものだったようだ。ハジメも何やら策があるのか、余裕ありげに断言した。

 

「ですですぅ。ウチの兵士は優秀なんですぅ。まあ、一部の道具は教官ありきですけどぉ……それでも今回のMVPは私達で決まりですからぁ、私がお家に帰っても文句言われませんよね?」

「いやおい、俺ら遊撃戦士団の仕事を取っておいてそれか!! 帝国の迎撃だって、お前らに任されやがるし……暗殺集団が主戦力とか、国としてどうなんだよ……」

「吠えますねぇ〜、ヴァルフさん。いいですよぉ、嫉妬してもらってもぉ。陛下に賞賛して貰えるのは私達だけですからぁ」

「このっ……このぉっ!!」

 

 紛れもない事実を叩きつけられているので、ヴァルフは反論できず、雄叫びを上げながら力なく地面に拳を叩きつけた。スイはスイで、ぴょんぴょんとスイがウザったくヴァルフの周りを跳ねており、完全に煽っていた。

 

 ヴァルフもスイも、帝国が来ることを知っていたようだ。全く何も分からないと呆然とした顔を晒すバッドだが、次の瞬間、それは聞こえてきた。

 

 ──テトラ・ラビッツ(アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ)、第二斉射準備……ファイアッ

 

 爆発音が同時多発的に広がり、そして更に爆発音。明らかに、先程何かが着弾した音よりも低く重い音だ。

 

 しかし、イヤリングからの情報を聞く限りでは、最早誰もが示し合わせレベルで、周到な用意がなされていた。

 

 バッドはその事に気がつくと、ハジメの事を睨みつけて……

 

「なぁ、ハジメさんよぉ?」

「どうした? そんな不貞腐れた顔して」

「それが分かってんなら余計だろうが! なぁ、なんで俺だけ帝国の事教えてくれねぇの? ナイズもヴァルフ達も知ってるじゃねぇかよぉ、ええ? 俺だけ仲間外れとか、酷くねえ?」

 

 良い歳こいたおっさんなのに、唇をつーんとして不貞腐れているという、誰得なのかも分からないし、そもそも絵面が気持ち悪いのでさしものハジメとて一歩後ずさる。

 

 しかし、ハジメが放った次の言葉で、バッドもそんな気味悪い態度を覆さざるを得なくなった。

 

「……あのなぁ。少し前の定例会議で俺が言ったろ。隠れ里に避難してるアングリフ支部からの報告で、帝国が戦争の準備を始めてるって。……まぁその時、お前はコクコク船漕いでたから聞いてなかったと思うが」

「……あっ」

 

 心当たりは、あるらしい。

 

 その時の会議では、久々に隠れ里を訪れたハジメが、オスカー達と共に共有した情報をこちらでも共有し合った。その時の報告の一つに、アングリフ支部のメンバーが潜入した、グランダート帝国の近況が示されたのだが……その時のバッドは、半醒半睡の状態で、辛うじて受け答えはしていた。

 

 今となっては、その記憶すら無いようだが。

 

 再三言うようだが、バッドはこんなでも〝解放者〟の副リーダーである。ミレディの次に偉い立場で、更に言えばミレディよりも古参の、成立初期のメンバーなのだ。

 

 それがたとえ、嫁探しで放浪しても、リア充への嫉妬でみっともない姿を見せるマダオであったとしても、皆の副リーダーなのだ!!

 

「で? 仲間外れが何だって?」

「ホントごめんなさい」

 

 普通に土下座した。落ち度が自分にしかない事に気付いたバッドの、潔い敗北宣言だった。

 

 スイが、うわぁ……と軽く引いており、ヴァルフは堪え切れずに、くつくつと笑っている。申し訳ない気持ちになりながらも、取り敢えず、あの二人はこの後処すと心に決めた。

 

 

 

「……っと、危ない危ない。忘れずに回収しとかないとな」

 

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

 時間は遡って、ハジメ達とはまた違う主戦場の一つに居たミレディとユエは、激しい戦闘を繰り返していた。その相手には、ラウスは勿論のこと、獣光騎士団長のムルム&聖竜王アドラ、加えて白光騎士団と聖竜部隊が背後で援護し、そして……

 

「そろそろ諦めては? ミレディ・ライセン」

 

 ミレディに大剣の連撃と、翼の分解砲撃が襲ってくると、ミレディは辛くも重力魔法で一部を飲み込んで、ひらりと躱す。

 

 ──〝神の使徒〟

 

 今回の戦いから急に現れ、そしてミレディ達を手こずらせている要因だ。ハジメの言っていたように、神の使徒はそれこそ、無尽蔵に降って湧いてくる存在であるが、そのスペックは一体一体が神代魔法使い級の強さを持つ。

 

 これがミレディだけであれば、簡単に死んでしまっていたかもしれないが、ミレディの後ろには、最強のパートナーが付いていた。

 

「やだもんね〜! ゴ○ブリみたいに湧いて出てくるからついつい叩き落としちゃうけど、所詮その程度の木偶だし〜? 正直居てもいなくても変わんないんだよねぇ〜────ユエちゃんのお蔭で!」

 

 刹那、ミレディの目の前に居た神の使徒が地面に堕ち、そして正反対の重力を下からも喰らい、圧殺された。

 

「むぅ……これは、いっそ纏めて蹴散らした方が早い?」

「ユ、ユエちゃん……? 頼むから、無差別〝黒天窮〟だけは止めてよ……?」

 

 消しても消しても湧いてくる敵達に痺れを切らしたか、ユエが気怠そうに呟いた。なお、ミレディの言う様に前科アリだ。数日前の戦いで、三つの〝黒天窮〟が聖光教会の全騎士団を襲い、騎士団が半壊したはいいのだが樹海が数キロ四方に渡って消失したという事件が起きている。流石のミレディも、やり過ぎだとお説教をかましたぐらいの被害だった。

 

 それでも、こうして士気を失う事無く攻めてくる教会が如何に異常か……それもまた、教会について判明した事実である。

 

「「「我が主の命に従い、貴女を排除します」」」

 

 これでもう何度目なのか……神の使徒が新たに現れると、ミレディも「うへぇっ」と辟易していた。

 

 ユエの手を借りず、既に何体も〝神の使徒〟を下しているミレディだが、その疲労も限界に近い。ユエが宝物庫から使い捨て魔力貯蔵庫である黒水晶をミレディにも供給している為、幸い魔力には困らないのだが……

 

(数が多すぎるってぇ! そろそろ休ませてよぉ!!)

 

 大半の神の使徒はユエが操る半自立式の〝五天龍〟が相手取ってくれているが、常に引き付けられる訳ではない。その神の使徒の攻撃の合間を縫って、ラウスやムルムが攻撃を畳み掛けてくるので、気も抜けず、心身共に疲弊し切っていた。

 

 ミレディが汗水垂らし対応に追われる最中、ユエは従魔化した〝五天龍〟を操りながら、何かを手に持っていた。ミレディがユエの方をチラリと見て、そして思わず二度見すると、ユエの手に握られていたのは、緑の爪痕が描かれた円筒状の物体。それをプシュッと開き、口に当てて飲み始めた。

 

 最近、ミレディを恐怖させている狂気の飲料である。まさか戦場で飲むとは思わず、

 

「あ、あの、ユエちゃん……それ、そんな飲んでいいの?」

「ん……ゴクッゴクッ……ぷはっ……やはり、エナドリは最強。寿命の無い私にはうってつけのアイテム。ミレディも一本どう?」

「寿命縮むの前提の飲み物じゃん!? やめてぇ〜! ミレディさん、ブラック労働で死ぬのだけはやだよぉ!」

 

 気怠そうにしていたユエの目がカッ!!と見開かれて、手の内に青い炎を灯した。

 

「──〝選定〟」

「くっ……!! やらせるかっ!!」

 

 ラウスが、ユエの魔法の正体を看破して、樹海の樹を蹴って加速し、本体を叩くべく〝聖槌〟を上段から叩きつけに行く。

 

 しかし、そこに挟まる蒼穹の魔力。

 

「ざ〜んね〜ん、ミレディちゃんでぇす‪☆ ──〝流星・黒玉〟」

 

 マシンガンの如くラウスに放たれていく重力球。ラウスは〝魂魄魔法〟によって擬似的な〝限界突破〟状態にあるが、ミレディの精密な魔力操作により偏差射撃が行われ、〝聖槌〟で跳ね返せなかった分の直撃を貰って地面に落下した。

 

 すると、ミレディに向かって白い影が突進し、ミレディの頭上に光の矢が雨あられと降り注いでくる。

 

「いけ、アドラ!! 今こそ神の威を示せ!」

「──〝絶禍〟〝壊劫〟」

 

 〝聖弓〟の矢とブレスを重力の衛星が吸い込み、アドラの巨躯を敵軍の只中に墜落させた。 つい一か月前までは、アドラを地面に墜とすどころか、ブレスはとても重力球一つでは吸い込めなかった筈だが、それも当然の帰結。

 

 ミレディは、ただこの一ヶ月の間に鍛錬を積んでいた。特に、あの鬼畜極まりないユエ先生の魔法教室*5を通して、重力魔法について熱心に議論を交わしていた事が、魔法への理解と術式の最適化に繋がった。

 

 更に言えば、ユエに対する理解さえも深まっていた。

 

 ミレディはニヤリと嗤う。もうとっくに、時間稼ぎは終わったのだと。

 

「──〝神罰之焔〟」

「くっ、〝蔽啓(へいけい)〟!」

 

 神罰の光が樹海を満たそうとする正に寸前、ラウスを中心に巨大な結界が展開された。

 

 神懸かったタイミングで発動された、ラウスの魂魄魔法の範囲内に居た者たち──ムルムや神の使徒、多数の騎士は、魂魄の〝選定〟から間一髪遁れられた。

 

 だが、範囲内に居なかった者は、容赦なく灰塵となり、文字通り跡形もなく消え去る。すんでのところでラウスの守護に入った者たちは、目の前で仲間が呆気なく消え去る瞬間を目にして、悲鳴を上げて戦いた。

 

 ラウスは認識可能な魂魄の数を確認したが、その被害は語るべくもない。

 

 獣光騎士団精鋭、聖竜部隊壊滅。神の使徒は五体を残し、全て消滅。白光騎士団員は、今回の戦いで率いていた全体の三割を失った。

 

「化け物か」

「……今更気付いた?」

 

 ゾッとする妖艶な微笑みで、フィンガースナップを一つ。黒水晶がヒビ割れ、減少した魔力がまたしても回復する。

 

「ん。……じゃあ、第二ラウンド──」

「そうはさせんッ!」

 

 足場を割って空中に飛び上がったラウスの聖槌を食らって、半身が吹き飛んだが、即座に再生が働き、何も無かったように元通りになる。ラウスも、最初は驚きこそすれども、見飽きる程見ている。

 

(……だからこそ、おかしい)

 

 ただ愚直に、一直線に殴り掛かるというシンプルな攻撃にどこか疑念を抱きながら、通り過ぎたラウスに視線を集中させる。

 

 ラウスが通り去った先にはミレディが居る。残った神の使徒の相手をさせているから、ラウスを向かわせるのは愚策と言えた。

 

 ラウスの邪魔立てをしようと、重力魔法を行使して……

 

『──〝浄祓(じょうばつ)〟』

「──んなっ」

 

 聞こえたその声は、零距離からのもので。

 

 胸に衝撃が走った。身体が大きく弾け飛ばされて、多少よろめきながら、体勢を直すと、ユエは自分の背中を視認していた。

 

 次に、自分の身体をちらと見る。黄金色の奔流が輪郭を形成していて、ガラスなどと同様に透過している。明らかに普通の身体ではなかった。

 

『……魂魄を、抜き取られた』

『その通りだ』

 

 声が聞こえて、ラウスが眼前に現れる。そして避ける術もなく、腹に拳の突きを受けた。

 

『うっ!?』

 

 物理的な衝撃とも違う、魂魄への直接攻撃。しかも、魔力の盾となるべき生身の肉体が存在しないが為に、硬直してしまうと、下段からの足払いによって体勢を崩されて、前後不覚に陥った。

 

『魂魄状態での戦闘には慣れていないようだな』

 

 まるで、慣れていて当然とでも言うような口振りにイラッとするも、たちまちユエの魂魄が夜闇色の鎖で縛られ、魂魄なき身体は、魂魄を身体に戻したラウスに奪われた。

 

 最早身動きも取れなくなったユエは、苦い顔を浮かべてミレディの方に目を動かした

 

「な──ユエちゃん!?」

 

 その異常事態にいち早く気が付いたミレディだが、神の使徒を相手取る事に精一杯であった。

 

「動きが乱れましたね」

「やばっ」

 

 踏み込むように、壱の大剣が振りかざされる。それをどうにか避けるも、別の使徒達が分解砲撃を実行。そうして避けていく度に、ユエから遠ざかっていく。

 

 ユエの救出に、自分だけでは手をこまねくだけだろうと歯噛みすると、通信機に口を当てる。

 

「メル姉ぇっ! ユエちゃんが捕まっちゃった!!」

『えっ!? そんな……わ、分かったわ、今からそっちに一人送るから、今だけ持ち堪えて頂戴!』

 

 複数体の神の使徒を雨あられの如き〝黒玉〟の制圧射撃で圧倒し、与えられていた最後の黒水晶を割る。

 

 しかし、ミレディの背後にも、翼を広げて双大剣で斬りかからんとする神の使徒達が。

 

「無駄な事です、ミレディ・ライセン」

「このっ──私の邪魔をするなぁああああああ!!」

 

 

 

 その頃、ラウスによって縛られたユエは、幽体のままラウスと対面していた。

 

「……こうして話すのは初めてだな、新たな神代魔法の使い手よ」

『……それで、要件は何?』

 

 ユエが面倒くさそうに、前置きを捨て置いて、いきなり本題の方を突いてきた。ラウスは口を一旦閉ざすと、ユエの目を見ながら、言った。

 

「お前は、一体何者だ。あの青年も、黒の竜人もそうだ。突然現れ、一国さえ滅ぼしかねない力を備えながら、〝解放者〟に味方している」

『……事故ってタイムスリップした未来人ですが何か』

 

 その時だけ、ぴゅうと空っ風が吹いた。ユエとラウスの間に長い沈黙が流れる。

 

 ラウスは、特に眉間のしわを深くさせていた。そして、軽く自分でしわを揉み、ユエを睨む。

 

「……魂は嘘を言っていない、か。さてはそう信じ込まされたな?」

『……あの、人をまるで狂人みたいに言わないで?』

 

 現実味を帯びていないのは確かではあるものの、はなから信じようとしないのはなんとも腹立たしい。

 

 そんなユエの内心はいざ知らず、ラウスは立て続けに問う。

 

「お前たちが〝解放者〟に付いたのは何故だ?」

『……エヒト君がウザいから、キツいお仕置きをしようと思って』

 

 キツいお仕置きどころか、殺しにかかる予定です、とは言えないので、少しオブラートに包んだつもりでいたが、ラウスにはダイレクトに伝わってしまったらしい。ただでさえ険しい眉間に、もう一つ山が出来上がっていた。

 

「…………嘘は、言ってないな。嘘は」

『……何その、「はいはい知ってた、知ってましたよー」みたいなタメは』

 

 ラウスが向ける非難がましい視線が物語る。自分で分かってるなら変な事を喋るなと。

 

 ユエが大変お気楽な調子である一方、ラウスは内心、とても戸惑っていた。ユエの魂を見ながら、先の言葉が如何ほどの自信を持って言ったのか、分かっていたからだ。

 

 自分が諦めた道を、強い光で照らす少女。一度目は教会で。二度目は海上の街で、その後継者と。

 

 三度目は、今この時。

 

「……神殺し、か。出来ると思っているのか?」

『……当然』

 

 自由な意思の下に。その為なら、神殺しさえもやってのけると。それが当たり前だと言う、圧倒的なまでの自信。

 

 かつて自分が蘇生させて、逃がした異端者である巫女、ベルタ・リエーブルの意思は、脈々と受け継がれていた。

 

 ベルタの意思を継ぐ者がミレディならば、目の前の少女は、ミレディの意思を継いだ者。ラウスからすれば、新たにユエが加わった事は、戦場にミレディが二人いるようなものだった。

 

 一人であんなにも眩しいのだ。二人も居れば、どんなに心強いだろうか。

 

「帝国が来たぞ!」

「勝ったぞ、この戦い!」

 

 ふと、霧の晴れた空を見上げると、炎属性最上級、〝蒼天〟を数十発束ねた青い炎が、凄まじい大きさを保ったまま風属性魔法の誘導を受けて、巨大な砲弾となっていた。

 

 それが複数、空に流れる。魔法大国、グランダート帝国が誇る飛空船部隊による、世界最高峰の対城兵器だった。

 

 今回、帝国の援軍が来る事は事前に知らされており、帝国がやって来た時点で、この戦いの勝利は確実なものとなる。

 

 そんな圧倒的な戦略魔法を見ても……ユエは、驚いた様子も、不安も見せず、ただ無表情に、ラウスを見ていた。

 

 そんな姿など見えないだろうムルムがラウスの側までやって来ると、狂気的な歓喜を露わにして、ラウスを褒め讃える。

 

「ラウス! 流石だっ、あのライセンの落胤を捕らえるとは! 忌々しき魔人風情に神罰をくだしてやれ!」

 

 ムルムにとっては、反逆者の頭目に近い者を捕らえたという事実が見えていた。ラウスには、ユエを捕らえようと、霊体の彼女が見せる謎めいた余裕に、何か嫌な予感を感じていた。

 

 それが、気になった。そこまでの自信と余裕を、この状況でも持ち続けられるその理由が。

 

「負けないとは思わないのか?」

『……どうして?』

 

 質問で返された事に、ラウスは、その意図を問おうとして……目を見開いた。

 

 ユエはこう言いたかったのだ──〝私達が負ける道理は無い〟と。

 

 教会は、これまでユエとミレディとしか戦った事がない。この二人が倒れれば、後は勝ち戦だとでも思っているのだ。

 

 だが、それは真実ではない。ある意味では、単に最強の魔法使いである二人よりも厄介な存在が居ることを、忘れてはならない。

 

 勝利の雰囲気に酔いしれる仲間の中で、一人、ラウスは諦めたように笑った。

 

『……どうして、ハジメ達が居るのに、負けると思ったの?』

 

 刹那、空に幾筋もの紅い軌跡が走った。遅れて、耳を劈く爆発が連続して鳴り響いた。初めは騎士達が我を忘れて空を見上げるのみだったが、目の前を、木を薙ぎ倒しながら墜落する飛空船を見て、ようやく現実を直視した。

 

 ──ガンマ隊、飛空船部隊に攻撃を開始

 

 ──デルタ隊、飛空船部隊に攻撃を開始

 

 そんな連絡が、ユエの体に着いているイヤリングに流れていた。

 

「そんな……馬鹿な、帝国の飛空船部隊だぞ!?」

「連邦軍の本隊は一体何をしている!?」

 

 ──第一斉射用意……ファイアッ

 

 更に、悪夢は続く。樹海の木が不気味な音を立てて軋み出すと、飛空船のある高度まで枝が急成長。船体を槍のように突き刺し、魔法陣の描かれたメインマストを引き裂き、磔にされていた。そうなった飛空船は、数え切れない程並んでいるのだから、まるで一種のオブジェと化していた。

 

『あ、あの……勝手に操っちゃいましたけど、問題ないですか?』

『え、ええ。委細問題ありません。それよりも、大樹の権能に干渉できる方が驚きですわ……』

 

 次に、磔にされたものや木の攻撃から辛うじて逃れた飛空船も含めた全船団の半分が、予兆もなく機関部から花火を咲かせた。

 

 かと思えば、中隊規模の船団が、上空から吹き荒れた吹雪らしき白い風に当てられ、攻撃の要であるマストが凍てつく。

 

 最早ここまで来れば死体蹴りも同然。剣の雨が船団に降り注ぎ、それらが発光して、大爆発を引き起こした。所謂、魔剣の類いであったそれらは、凍らされていた攻撃手段のメインマストと移動手段の機関部を一様に粉砕。そのまま、船団は樹海の中へと落ちていった。

 

 ──テトラ・ラビッツ、第二斉射準備……ファイアッ

 

 どうにか、その死線とも言うべき攻撃の嵐を掻い潜った残りの船もあったが、彼らにも安寧など微塵も存在しなかった。どこからか、噴射炎が尾を引きながら飛んできたミサイル群によってエンジンをやられ、海……もとい、樹海の藻屑になろうとしている。

 

 時間にして、たった一分の蹂躙劇。騎士団、連邦軍、共和国軍……この場の殆どの人間は、ぽかんと口を開けて、何が起きたのか一切理解できないまま、帝国飛空船部隊が壊滅していく様から目を離せなかった。

 

 それは、ラウスやムルムとて例外にあらず──二人の背後に出現した〝ゲート〟から飛び出した竜人に、即座の反応など求められるはずも無かった。

 

「油断大敵じゃのう?」

「なっ──」

 

 手に携えた〝黒隷鞭〟を振るうと、ラウスの腕を絡めとった。鞭を引っ張れば、あまりの膂力に腕を取られ、担ぎ込んでいたユエを取り落とした。

 

「くそっ、アドラ!!」

 

 側に居たムルムは誰よりも早く反応すると、聖弓をつがえながら、己の相棒の名を呼んだ。

 

 降り注ぐ極光のブレスと光の矢。それを、ティオは特に躱す様子も見せずに、姿が掻き消える。

 

 やったか、と安堵したのも束の間、土煙の中に影が一つ。何事も無かったかのように土煙からティオが姿を現すと、何故だか物足りなさそうな顔で所感を述べた。

 

「……ふぅむ。これでは、まだフリードの白竜の方が強かったのう。お主の竜、まだ若いようじゃな?」

「お、お前……まさか、竜人族の〝黒い彗星〟────」

 

 ティオが妖艶に笑うと、その背中から、超スピードで何かが飛び出してくる。

 

 敵陣の真ん中、ラウスのいる辺までやってくると、それは教会騎士の体を踏み台にして華麗に上に飛び上がって……

 

「──〝禍天〟」

 

 凄まじい過重力がミレディを中心に、ラウス、ムルム含め全騎士の体が押さえつけられる。ラウスのいる騎士達のど真ん中に降り立ち、バチコンっとピース&ウィンク。

 

「ども〜、通りすがりのミレディちゃんでっす! ねぇねぇ、今どんな気持ち〜? 異端者のリーダーが居るのに、地面に這い蹲って見下ろされて、何にも出来ないってどんな気持ちなのぉ〜? プギャーッ!!」

 

 重力で地面に縫い付けられて身動きの取れない状況だからか、ミレディは敵の目と鼻の先で煽る。煽りまくる。ぴょんぴょんしながら指をさして大笑いする。騎士達の怒りのボルテージはMAXだった。しかし、やはり何もできなくて悔しい。しかも、ウザいのが尚腹立たしい。

 

 そんな無限ループに騎士を陥らせつつも、ちゃっかりユエを奪取していたミレディが、ティオの所まで戻ってきた。

 

「ティオ姉……ユエちゃんは大丈夫?」

「大丈夫じゃ。霊体はすぐそこに来ておる」

 

 さっきまでのウザさは何だったのかと思いたくなるくらい不安がるのを、ティオが苦笑しつつ宥めた。

 

 どうやら、魂魄のユエを縛っていた鎖は、ミレディがラウスを地面のスタンプにした時点で解除されていたようだ。導かれるようにして肉体に入り込んだユエは、パチッと目を開き、重力魔法でティオの腕から浮かび上がり、着地した。

 

「……不覚だった」

「じゃな。ユエは回避もしないからの。相手が悪かったとは言え、偏に己の慢心のせいじゃろうなぁ」

 

 まぁ、ユエは普通に強いから、仕方ないがのう……と、うむうむ頷くティオに、ユエはぶすっと、不機嫌そうな表情で反論した。

 

「……でも、ティオも回避しない。寧ろ攻撃を受けに行ってる。私と変わらない」

「──エッ!?」

 

 確かに、ブーメランだった。自分も真正面から攻撃を受けに行くタイプ(ドM)なので、あんまり説得力が無い。

 

 慌ててティオが否定しにかかる。

 

「そ、それは、だって、妾の力ってそういうものじゃし……そもそも、そういう非物理的な攻撃は避けてるのじゃ」

「そんな訳あるか、このドM駄竜め」

「んんッ、唐突の罵倒感謝ッ!」

 

 非物理的な()撃を受けたことで、説得力は完全に消失した。

 

 因みに、シアは攻撃を潰しにかかるタイプで、香織は攻撃をブンカイッするタイプで、雫は攻撃を斬るタイプと、全員真正面から対抗しにかかるので、何をどうやってもユエを説得することは出来ない。

 

 唯一の例外はハジメくらいなものだが、あれはあれで反則的なアーティファクトで封殺してくる為、こちらも参考にし難い。

 

「……む? という事は、攻撃を受け止めるユエは、妾と同じくドMという事に……」

「黙れ」

「アッハイ」

 

 ティオさんはお口をチャックした。

 

 そんな下のコメディムードの一方、南の空に目を向けると、未だに縦横無尽と氷竜が駆け巡っていた。後続と思われる新たな船団を、氷のブレスと大量の魔剣が墜落させていく。しかも、その最中に現れた巨大ゴーレム達が、墜落していく飛空船を順次地上に降ろしていき、中の船員を殺してしまわないよう配慮していた。

 

「あっははは!! やっちゃえー! オーくん!! ヴァンちゃん!!」

 

 ミレディがはしゃぎながら、救援に来てくれたオスカーとヴァンドゥルに、声を精一杯張り上げて声援を送った。

 

 だが、ここは戦場である。ミレディはチラッと森の奥に目をやると、その方向から白い羽根の嵐が吹き荒れた。

 

「おおっとー! 危ないね〜……折角人が応援してたのに、邪魔しないで欲しかったなぁ〜」

「全ては、主の御心のままに」

 

 一人現れたと思えば、ニ、三、四と集結していく神の使徒。先程の分解攻撃で重力魔法を破壊され、漸く自由の身となったラウス達が立ち上がる。

 

「オスカー・オルクスに……新たな神代魔法使い、か。最初から樹海にいなかったのか」

 

 周りの騎士が憤怒のあまり顔を赤くしている一方で、ラウスは表情を変えず、淡々と事実を告げるように呟いた。だが、それを面白く思わない者が一人いたようだ。

 

「……要の援軍が一瞬で壊されて、どんな気持ち? ん? ほら、聞かせて? どんな気持ちなの? ん? ん〜?」

 

 ユエだった。ミレディ並に煽りに煽る。首を傾げながら、ニヤリとした笑みで何度も尋ねる様は、表現のできない、凄まじいウザさを感じる。

 

「何気に、してやられた事を根に持っておったのじゃな……」

「うんうん! 意趣返しは大事だよね〜♪ ──やーいやーい教会め、いつでも掛かってこいやー! 今のミレディちゃんは無敵だから、いくらでも相手になるぜぇ?」

 

 外野がうるさいのを無視していると、突然、神の使徒の一人がラウスの隣に降り立った。それだけで、ラウスは何かを察したのか、聖槌を背中に仕舞った。

 

「ラウス・バーン。時間です」

「……分かった」

 

 そして、息を吸い、騎士達に一つだけ、命令を下した。

 

「撤退する」

 

 

 

 

 ラウス達の突然の撤退から、数刻。

 

 様々な処理やら治療やら戦線立て直しに追われ……夕方、玉座の間にて。

 

「よく来た! 会いたかったぞっ、オスカー! ヴァン!」

 

 目に涙を貯めた長身の男が、両手を広げながら二人を抱き締めた。ナイズである。女王様が口を開きかけていたのを無視して、正に辛抱たまらんというご様子。

 

「ナ、ナイズ? いったいどうしたんだい?」

「おい、ナイズ。貴様、そんなキャラだったか?」

 

 戸惑うオスカーに、訝しむ様子のヴァンドゥルから一歩離れると、哀愁を漂わせながら、透徹した笑みで語る。

 

「ミレディとメイルに、ハジメとユエの相手は、俺には無理だった」

「「……」」

「……あのー、誰かー?」

 

 オスカーとヴァンドゥルは思わず顔を見合わせた。そして、先程までの喧嘩ぎ嘘のよあに頷き合うと、そっとナイズの肩に手を置いた?共に、優しい微笑付きで。

 

「よく頑張ったね、ナイズ」

「偉いぞ、ナイズ。お前は勇者だ」

「二人共……ありがとう。胃の痛みが和らいでいくようだ」

「……っていうか、南雲ー? ユエさーん? ……あれぇ?」

 

 男三人、肩を抱き合い分かり合う美しい光景(?)がそこにあった。

 

 男の友情よ、永遠なれ。

 

「ちょっと聞いた? ハジメくん、ミレディちゃん。失礼な話よね?」

「全くだよ。ミレディさん、基本的に一人で三光騎士団の最精鋭を抑えてたんだよ! ハーくんが手伝ってくれたりしたけどさ! ちゃんと褒めて! よくやったねミレディ、流石は僕達の大天使! いや、むしろ女神様だね!って称賛しながら甘やかして!」

「俺なんか〝白い悪魔〟って風評被害受けながら、しかも解放者の新参なのに前線で戦ってたんだぞ? しかも、男の友情から爪弾きにするとは、良い度胸じゃねえか?」

「ん……私の活躍も忘れてる。とんだ恩知らず共め。後で成敗してくれる」

「そうよそうよ! お姉さんだって、さっきまで負傷者を癒やしていたのよ! 頭が爆発しちゃいそうなくらい頑張って、あっちにこっちにって、治療しまくっていたのよ! もっと敬いなさい! 崇め奉りなさい! 跪いて頭を垂れるのよ!」

「……いやうん、めっちゃ頑張ってたのは俺も居たから知ってるけどさ。そろそろ気付いてくんね?」

 

 なぜか、女性三人男性一人から非難囂々。オスカー達はチラッとミレディとメイルをみやり、一拍。再びガシッと力強く肩を組んだ。

 

 男子の絆よ! より強固たれ!

 

「あはは……ナイズさん、苦労してたんですね」

 

 そして、この場には愛子も居た。隠れ里での仕事も一段落したということで、オスカーやヴァンドゥルと共に、劣化版クリスタルキーでここまでやって来ると、ナイズの案内により一足先にリューティリスと会っていたりする。

 

 今は、ナイズにシンパシーを感じている所のようだ。かく言う愛子も、オスカーとヴァンドゥルの仲裁に追われていたので、かなり苦労していたから、この問題児の集まりの中にいたナイズを思えば……

 

「おい、なんでこっち見るんだ、先生」

「個人的には、一番の問題児ですからね。いつも、何をしでかすか分かったものじゃなくて、ヒヤヒヤしてるんですよ?」

「そうじゃのう……妾だって、プライベート以外は大人しくしておるし、全然手が掛かっておらんじゃろう?」

「ん……でも、そんなハジメも可愛い」

 

 ハジメは開けかけた口を閉じて、スンと無表情になった。そして、所在なげに、そこにあった小石を蹴った。

 

「子供かよ! つうか痛てぇよ! 蹴った小石が俺に当たってるのに気付け!」

「あーあ……解放者は解放者で仲良いんだよなぁ。ユエ達は俺を問題児扱いするしなぁ……こんな時、遠藤の奴が居ればなぁ」

「……そう言って貰えるのは嬉しいんだけどさ。ここにいるからね? しまいには泣くよ?」

 

 残念だが、遠藤くんは不在である。ますますムスッとするハジメに、ヤケクソ気味に何かが飛び掛ってきて、思わず仰け反った。

 

「もう気付いてもらっていいですかねぇ!?」

「おわっ!? ……ってなんだ、遠藤か。居たのか」

「居たのか、じゃねぇよ! お前ならいっつも気付いてくれるだろ、真っ先に!」

 

 改めて、浩介である。後になってハジメが聞いた所によると、ハルツィナ樹海を歩いているうちに、何故か霧が深まり、戦闘音が聞こえきたので向かったら、タイムスリップしていたようだ。

 

 とまあ、そうしてハジメが浩介を認識して話し掛ければ、勿論周りを気付くというもの。

 

「……遠藤、居たの?」

「ほう、主も巻き込まれておったとは。これは心強いのう」

「遠藤くんじゃないですか! いつの間に……ひとまず、見つかって良かったです」

 

 いつの間にかいるが、それも全く気付かれない。その反応は飽きる程見てきたので、浩介もそろそろ慣れてきたのだが、一人だけそういう反応を示さない者もいた。

 

「……なんか、ティオさんだけまともじゃない気がしてならない」

「何でじゃ!?」

 

 ああいった反応を想定していたからこそ、いきなり変化球で来られると、逆に困るというもの。パーフェクト対応をしたつもりだったティオさんは悲しくなったが、それ以上に浩介の不憫さを憐れむしかなかった。

 

 そうして騒ぎ合っていたからだろう。男子の友情を強固にする三人も、男子の友情を嫉妬心に変えて、解放者の援軍として来たマーシャルに襲いかかったバッドも、やんややんやと騒ぐ女子二人組も、無視されまくって若干頬を赤らめていた女王様も、ハジメと、その隣に突如として現れた黒衣の青年に、視線を向けた。

 

「え、誰?」

 

 ミレディがそう言う。空間探知に長けたナイズや、空気中の水分で姿を探知するメイルさえ浩介を認知出来なかったらしく、非常に驚いた様子。

 

 ハジメの隣にいる以上、敵では無いのだろうとは分かったが……

 

 なんだ、と、先の戦いで興奮冷めやらけ騒ぎ立ち始める獣人族を、リューティリスが腕で制した。

 

 静まったタイミングで、宰相のパーシャが前に出る。

 

「何やら、積もる話もあるご様子。時間も有限ゆえ、まずは彼らをご紹介願いたい」

 

 そして、ここに来たばかりの四人を紹介する事となった。

 

 オスカー、ヴァンドゥル、そしてサラッと来ていた愛子と、嫉妬に狂うバッドに追いかけ回されていた援軍のマーシャル、そしてミカエラ。

 

 最後に、非常に影の薄い浩介を忘れそうになって……ハジメの指摘でようやく全員が存在を思い出し……いつものように浩介がキラリと涙を拭きながら、軽く自己紹介した。

 

「ええと、俺は遠藤浩──」

「こいつの名前はコウスケ・E・アビスゲートだ。俺の右腕なんだが、中々優秀でな。是非とも、アビスゲート卿と呼んでやってくれ」

「南雲ぉ!? て、てめぇ裏切りやがったなっ」

 

 自己紹介に被せるようにして、ハジメがえげつない仕打ちを行った。浩介も素でてめぇ呼ばわりしちゃうくらいには、明かしたくなかったらしい。

 

「なるほど……では、アビィちゃんさんですわね?」

「いやおい、どうしてそうなった」

 

 きりりとした美貌でそんな事を言うものだから、浩介も思わず遠慮なしに突っ込んだ。さっきもオスカーやヴァンドゥルで似たようなやり取りが繰り広げられたので、予想はしていたものの、斜め上の方向に飛躍してしまっていた。

 

「いいと思うよぉ〜! これから私もアビィちゃんって呼ぶね〜」

「普通に浩介って呼んでくれよぉっ、頼むからぁっ!」

 

 キィッ、と元凶を睨むが、見境なく嫁〜ズとイチャイチャしている。リア充爆発しろ、と浩介は切実に思った。なおそう思った本人も相当のリア充である。

 

 全員の紹介を終えた所で、被害報告など、今回の戦いの事が話し合われた。浩介も戦いには参加していたので、戦場を練り歩いて気が付いた点などを報告し、纏められた。

 

「やはり……神の使徒の影響力が絶対的ですわね」

「それが、数え切れない程居るのよ? 自爆攻撃されると、お姉さんの苦労が増えるだけなのよねぇ。どうにかできないかしら?」

「それは、なかなか難しいだろうね」

 

 オスカーは眉間に皺を寄せながら、現在のオディオン連邦の状況を語った。

 

 そもそもオスカーやヴァンドゥルは、以前のハジメに情報共有した後で、自ら帝国に潜入し、あれこれと工作を行っていたらしく、陸上の部隊の足止めや飛空船機関部の爆弾といった準備に時間を費やしていた。

 

 その途中で連邦に立ち寄った際、市街は外出禁止令が出されており、大人数の兵士が睨みを利かせる危険地帯となっており、手出しするのは難しいとのこと。

 

「連中は軍隊に強力な魅了を掛けている。まあ、こっちで五割弱の連邦兵を捕まえて、昏睡状態のまま時間停止させているから、前よりは多少マシになるな」

「あら。そういう気が利くところ、お姉さん大好きよ?」

 

 きっと、冗談のつもりだったのだろう。しかし、ハジメにぱちんとウィンクしたメイルは、ユエの絶対零度の視線を浴びて、「うっ」と呻き目を逸らした。正妻を甘く見てはいけないのである。

 

 そんなユエの相変わらずっぷりに苦笑いを浮かべつつ、ハジメは帝国の魔導師団特別顧問と名乗った女についても話を広げた。

 

「コイツなんだが……いまいち掴めなくてな。俺の〝魔眼石〟でも、奴がどれ程の魔力を持っているのかも分からないが、〝神言〟を使いやがった」

 

 現代トータス組の誰かが、ハッと息を吸い込んだ。ユエが心配そうにハジメを見上げる。

 

 バッドやヴァルフが、あの事かと頷き、そして〝神言〟について語られた。

 

「言葉で強制させる魔法、か。……恐ろしいな」

「俺も受けたが、まるでビクともしなくてな。体が命令を受け付けねぇ……あん時に敵が居なくて良かったぜ」

 

 特に、接近戦を得意とするヴァンドゥルにとっては天敵だ。ヴァンドゥルの視線がハジメが向く。

 

「〝神言〟はどうにかできないのか?」

「明確な対策アーティファクトもあるし、後でそれは支給する。問題は〝神言〟そのものと言うより、それが使える程度の強さがあるって事だ。まぁ、おおよそ俺とユエと同等の力があると思っておいた方がいい」

 

 〝神言〟が使えるということは、幾つもの神代魔法を極めているということ。強さが未知数だからといって、侮ってかかれる相手ではないのだ。

 

 しかも強さがハジメやユエと同列な以上、神の使徒よりも倒し難い存在と言える。それが敵側にいるとなれば、決して安心できない要素だ。

 

(唯一の懸念は、あいつの方が俺の事を知ってやがった事だがな……無視できない言葉も口走ってやがったのも気になる)

 

 何はともあれ、危険な事に変わりは無い。ハジメの言葉を受けて、ミレディは一つの対応を定めた。

 

「そのローブ女を見掛かけたら逃走を最優先って事だね、ハーちゃん?」

「ああ。それに戦うとなったら絶対に、俺もしくはユエ、ティオ、んで遠藤の誰かを呼んでくれ。少なくとも、追い払う事くらいはできるだろ」

「え? 俺入れる意味無くね?」

 

 ハジメが怪訝そうに浩介を見た。浩介の実力はハジメも知るところであるので、十分に対応できると太鼓判を押したのだが……浩介は、どんよりしたまま三角座りで顔を埋めた。

 

「連絡取るってなった時に、誰も俺の事頭に浮かばないぞ、間違いなく」

「…………涙拭けよ」

 

 そもそも、浮かばないなら選択肢になり得ないと、そう言いたいらしい。なるほど、実に浩介らしいネガティブ思想だ。渾身の自虐ネタは、浩介の哀愁を一層深め、同情的な視線を頂戴するのみとなった。

 

 そして、議題は移り……もうこれで解散という時になって、またもハジメが声を上げた。

 

「あ〜、あともう一ついいか?」

「まだ何かあるの?」

「まぁな。最初に、コイツを見てくれ」

 

 宝物庫が光ると、玉座の間に、簀巻きの人物が横になって落とされた。

 

 それは、会議でバッド達によって死亡したとされていた、神殿騎士総長リリス・アーカンドだった。

 

「お、おいおい……俺ぁてっきり、そいつの息の根を止めたのかと思ったぞ? 生け捕りにしていたのか」

 

 その場で撃ち殺す場面を目撃していたヴァルフは驚きつつも、何故? と首を傾げていた。わざわざ捕虜にした事を不思議に思ったのだろう。

 

 それは皆も同様の疑問のようで、視線がハジメに向く。集まる視線に、どこか居心地悪そうに肩を竦める。

 

「いやほら、な? 殺してもいいが、捕まえられそうならそれに越したことは無いと思わないか?」

「うーん、その通りではあるんだけど……ただ、扱いに困るんだよね」

 

 〝解放者〟という組織であるから、神の名のもとに人を縛る教会は敵であり、神を打倒する為に容赦はできない。それは共通の理念だ。

 

「捕まえちゃったからって、処刑って言うのも違う気がするんだよね。それだと教会と何も変わらないしさ」

「気持ちは分かるよ。でも、どうすればいいんだい? このまま放置って訳にもいかないだろうし」

 

 そういう理念に立っている以上、自分達からは解決できるものではない。しかし、その立場に無い者からすれば、こんな提案もできる。

 

「でしたら、こちらに引き渡す……というのも、手ではありますけれど」

 

 共和国なら、その問題もクリアできると。しかし、それはあくまでも前置き。一旦話を区切ると、黙り込んでいるハジメに、リューティリスが微笑みながら確認を取った。

 

「お兄様は、何か考えあっての行動だったのでしょう?」

 

 腐っても、一国の女王様ということだ。「バレてたか……」とわざとらしく言うと、ハジメはここで顔つきを変えて、ここから本題だと言わんばかりに話を展開する。

 

「まぁ、話がこうなるのは予想してた。そこで一つ聞いておきたいんだが……確か、教会の騎士ってのは、大概洗脳されてるって認識でいいよな?」

「……殆どがそうだと思う。教育っていう思想面での洗脳もあるけど、何らかの魔法的要因も絡んでる。じゃないと、教会の活動に疑念を抱く人達とか現れて、反逆とかするはずだし」

 

 ミレディが言いたいのは、そこまでにグレーな部分や、人道的におかしいと思える事もやっているということ。

 

 聖光教会という組織は、そんな危うい人材の上に立っている。

 

「そいつは……いい事を聞いたな」

「へ? なんで?」

 

 ハジメは仄暗く嗤うと、そこに転がされていたリリスを拾い上げ、ここに集まるメンバーに尋ねる。

 

「コイツなんだが、しばらく俺に預けてもらってもいいか?」

「……洗脳を解いて、仲間に引き入れるという訳か」

 

 共和国戦士団を束ねる戦団長のシムが意図を察したようだが、とてつもなく微妙な表情だ。他の戦士長も、似たような感じだ。

 

「仲間になる保証は無いけどな。固有魔法も便利そうだから、ワンチャンあればって事だ」

「いや……共に戦う仲間となれば話は別だが、それ以外であれば、我々としても問題ない。だが、どちらにせよこの戦争中に完結する話では無いだろう」

「ふむ……それならば、異論はありませんな?」

 

 主に〝解放者〟が預かる案件である為か、パーシャが戦士団長や重鎮を見渡しても、多少の困惑はあれど異を唱える者はいなかった。

 

 ただ、嫁〜ズ達はハジメの様子に、何かに勘づいていたようだが……それを敢えて口に出す真似はしなかったらしい。三人のじぃっとした視線に、ハジメは冷や汗を掻くばかりだった。

 

 

 

 

 その後は、もうすぐ最終決戦になるということで、ミレディ達と共に、改めて共和国の力になると誓いを結び、各々、明朝までの休憩時間が与えられることになった。

 

 その部屋までの道中、ハジメは浩介と歩いていた。

 

「活躍してるなぁ、南雲。なんかもう、皆集まってきたら普通に〝解放者〟が勝つ未来しか見えないんだけど」

「一応、そのつもりでいるからな。このタイムスリップがどういうものにしろ、〝解放者〟の時代である以上は、それにまつわる何かが原因の筈だろ? 今のところ、何も分かってないけどな」

 

 浩介もタイムスリップものに造詣が深いので、ハジメの意見には概ね賛成ではある。しかし……

 

「お前、タイムパラドックスになったらどうするんだ?」

「そこが、どうしてもネックになるんだよな……」

 

 どこぞのデロ◯アンみたいに戻る手段が無い以上、一番厄介になるのは、歴史が改変されることで、自分達の存在が失われる事だ。

 

「いやまあ、ここまでやって体が薄くなってないし……大丈夫だろ」

「全部フィクションで考えるなよ……まぁ、時間遡行自体がフィクションみたいなもんだけどさ」

 

 そう話している間に、ハジメが部屋に着き、浩介と別れて一人になる。

 

 リューティリスがお茶会をしたいと言い始めた為、この後は直ぐに樹海でも素晴らしい景色と評判の泉に向かう事になっているのだが、ハジメはその前に何やらアーティファクトを作り出していた。

 

「……ふぅ。これでいいか」

 

 ハジメの掌に乗った二つの御守り。見た目は、日本の神社に売っているそれであり、青色とオレンジ色である。

 

 それを、二つのオルニスに咥えさせ、それぞれを目的地へと運ぶ。

 

『あれ? これは……ハジメのオルニスか』

『うわっ!? ハーちゃんの鴉だ! ビックリしたぁ……』

 

 二人の下に届くと、ハジメはくつくつと笑う。効果も、単純に再生魔法や昇華魔法の類いとなっており、さっきの〝神言〟対策の〝魂殼〟機能も含んだ立派なものだが、それは表面上。超強力な隠蔽の裏に、それは隠れている。

 

「さて……ミレディの弱味を握るとするか」

 

 今、正にミレディとオスカーの手に握られた御守りには──二人は永遠に気付くことは無いだろうが──漢字でこう書いてある。

 

 ……恋愛成就、と。

 

 

 

 

*1
メイルのこと。ドSな面は重鎮方しか知らないので、にこやかに治してくれるメイルはもっぱら聖女扱いである。かつて、西の海に居た頃も聖女と呼ばれていた。

*2
ハジメが、かつて魔王城でのアルヴヘイト戦を乗り越えた事で身に付けた、〝限界突破〟の特殊派生にして、最終派生。錬成師としての才能が人の域を超え、ハジメでさえ確実にオスカー・オルクスを超えたと言わせしめた技能。

*3
教会最大戦力である白光騎士団、獣光騎士団、護光騎士団の三つの総称

*4
なんとも影が薄いが、この戦争での役割は、重傷兵の転送と、メイルの再生魔法をゲートを介して味方に届ける事であり、十倍以上の連邦兵に少ない人数で押し負けていないのは、この力による事が大きい。間違っても、あいつ仕事してないとか言わないで欲しい。

*5
ユエの教え方は非常に感覚的であり、常人には全く理解不能。理詰めで説明も出来るが、専門的過ぎて常人には全く理解不能。よってユエ並の天才しか理解できない魔法教室のことである。




まさかほんへで幸せになるとは思わなんだ……

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