ありふれた職業は零でも世界最強 作:うぇいうぇい
「さて、集まったわね?」
「はい、お姉様。完璧ですわ」
そんな声が聞こえてきたのは、泉にほど近い場所。
そこでは、イベントで使われるような屋根だけのテントが幾つも設営されており、その中で、メイルやリューティリスの他、ハジメ達現代トータス組、ナイズ、ヴァンドゥルが待機していた。
「ハジメくん、準備は滞りなく終えたのね?」
「当たり前だ。失敗は許されないからな」
何やら、物々しい雰囲気がテント内に張り詰めている。めいめいの面付きも引き締まっているように見えるので、相当の何かが行われようとしているのかもしれない……
「遠藤、セットアップは順調か?」
『セットアップもクソもねぇじゃん……バリバリ人力だろうが。しかもずっと立たされて、カメラ撮らなくちゃいけないんだよ。ねぇ、そこんとこ分かってる?』
「おう、分かってる分かってる」
返事があまりに適当だ。ここに来てから、なんだか南雲が優しくない……
「……おい。何で俺がこんなものに巻き込まれなくてはならないんだ」
「ヴァン、どうか我慢してくれ。これは、ミレディのウザさ軽減に役立つ、極めて重要な作戦だ。やり遂げねば……」
「ナイズ……お前」
なお、先程男同士で友情を交わし合ったばかりの筈だ。ナイズがどれほどの苦労を背負ったか、分からないヴァンドゥルではない。オスカーは
また、この場に呼ばれている嫁〜ズ達はと言うと、念話で色々と語り合っているところだった。
『ミレディさんの恋路は……応援したいですね。何としても』
『同感じゃのう。妾達の時代のミレディを考えれば、尚更じゃ』
何せ、数千年以上も前から神を倒す者を待ち続けて、残った魂を賭して世界を守った立役者だ。ましてや〝解放者〟が敗北を喫し、〝反逆者〟と呼ばれた時に、恋だの愛だの考えている余裕は無かったに違いない。
だから、
『ん……ミレディにも、人並みの幸せを知って欲しい。これから先も、ずっと』
それは、単なるifの話に過ぎなかったもの。
ハジメ達の時代では、既に取り返しのつかなかった事だ。
『……ミレディも日本に来てくれたら、きっと退屈しないのに』
『それも、案外ご主人様がサラッと解決しそうな気がするのう』
『ハジメ君はいっつも、奇想天外な事しますからね……』
そんな理想も、きっとあるかもしれない。三人でフフッと笑って、目の前のモニターを見届ける。
濃霧に閉ざされた泉。そこがリューティリスに提示されたお茶会の会場だった。
猫人族の女性に案内されてそこに入ったのは、オスカーだ。濃霧が晴れ、幻想的な光景が広がっており、息を飲まずには居られない。
すると、視界の中央に、見慣れた蒼穹の双眸を見た。
「おや? ミレディ、早いね。一人かい?」
「むぅ、おっそいよ。ミレディちゃん、ハブられたかと思って、悲しみのあまり身投げするところだったよ」
一番乗りは、意外にもミレディである。ニーソを脱いで、素足を泉にちゃぷちゃぷと浸している。
こんな低さじゃ身投げはありえないだろとか、ただ涼んでるだけだろとか、色々とツッコミどころはあるが、オスカーは取り敢えず、ツッコミ待ちと思われるミレディに笑って返した。
「ハハッ、ウケる」
「おいこら、オスカー。それはどういう意味だ? お?」
冗談は通じなかったらしい。寧ろ、身投げするような繊細な心は持っていないだろうと馬鹿にされた気がして、ミレディちゃんはメンチを切る。
ジト目になって、不機嫌そうだが、無言でべしべしと隣の地面を叩き、座れと訴えかけている。リーダー権限でそう言われては断れないなと、オスカーはそこにあぐらをかいて座り込んだ。
中継される映像を見て、女性陣が丹念に評価し始める。
「ユエさん、この状況をどう見るのでして?」
「……うむ。平静そうに見せかけて、内心では少し距離感を測りかねているに違いない」
「微かな変化だけれど、顔も少し固いわ。ハジメくんのアーティファクトのお蔭ね」
──御守型魂魄自動調整アーティファクト ヘンゲブルック
先刻、ハジメがその場で作り上げ、オルニスを通して二人へと渡したアーティファクト。これがやはり大いに関わっていた。
これはその二人だけにではなく、それぞれユエ達や解放者にも配布しており、メイルやヴァンドゥル達も現在所持中である。つまり、れっきとした実用品なのだが、オスカーとミレディのそれは、通常仕様とは僅かに異なる。
その証拠に、例えばメイルの持つ御守りには、『金運上昇』という四字が刻まれていたりする。他にも、ナイズには『夫婦円満』、ヴァンドゥルには『良縁祈願』など、別々のものとなっているが、オスカーとミレディの御守りにのみ、共通の
なおユエ達嫁〜ズは、本人らの謎の希望により『ハジメ』となっている。ハジメが微妙な心持ちで、自分の名前を刻んでいったのは言うまでもない。
「……ミレディ、どう動く?」
無言の時間が続く二人。気恥ずかしいような、落ち着かないような、そんな焦れったい空気感が広がっており、状況は完全に膠着していた。
オスカーは何かに囚われたように微動だにせず、ミレディはずっとそわそわしている。よく見ると、オスカーの口もモゴモゴと動いているような気がしなくもない。
そんな長閑?な時間を堪能していると、ミレディが突然、何かを思い出したように顔を上げると、この沈黙を破った。
「ラウス・バーンね、やっぱりベルを助けてくれた人だったよ」
戦争に参戦する前のこと。実はミレディ、連邦でばったりラウスと会っていた。ミレディとしては単に、散歩がてら、一人になりたかっただけなのだが、まさか道端でぶつかることになるとは思いもしなかった。
でも、その時にお礼を言って、とある約束も交わしたこと。それをオスカーに伝えた。
その内に、カチカチになっていたオスカーの表情が和らいで、自然体で話せるようになっていた。
「なら、証明しないとね。ミレディ・ライセンは何者にも負けないってことを」
「うん」
言わずとも、交わした約束がどんなものであったかを、自然に分かっていたのか。オスカーの力強い言葉に、ミレディも鼓舞された気がした。
すると、気分も良くなって、ミレディが徐々に暴れ出す。ポニテが小躍りし、ついでに素足を水面にパシャパシャと跳ねさせる。
「ちょ、ミレディ、水飛沫が眼鏡にかかる……」
「我慢しやがれ」
「理不尽な」
「ミレディちゃんは美少女なので。美少女イコール理不尽なので」
「全国の美少女に謝ってくれるかい?」
結局、いつもと変わらないミレディの姿に、オスカーはやれやれと肩を竦めた。
オスカーとしては、戦争という事もあってミレディが何か心を軋ませていないかと心配していたのだ。
何せ、その期間は一ヶ月半にも及ぶ。ミレディと出会ってからこんなに離れた事は無かったから、どうしても不安感は拭えなかった。しかし、それもどうやら杞憂のようで、ミレディは今も、元気よく水をパシャパシャとしている。
(……でも何だろう。久し振りに二人きりだからか、何だか心が落ち着かないな)
ミレディの顔をジッと見つめる。やはり、黙ってさえいれば美少女のように端正で可憐な顔立ちをしている事を改めて実感する。
トクン、トクンと、いつもより速い鼓動が自分自身から聞こえてくる事に疑問を抱いた。
オスカーが落ち着かない心を鎮めようとしている中で、隣にいるミレディも同様の状況に陥っていた。
(オーくんがやたら優しい目でこっち見てるんだけど!?)
こっちはこっちで、内心あたふたしていた。隣でじーっと見てくるオスカーを視界に捉えつつも、それを指摘してはいない。
だが、それに比例して高まる鼓動が、ミレディを追い詰めていく。あれ、もしかして──と思った思考を振り払い、やがて結論付ける。
(うん、だよね! オーくんがあんな目をしてるのが悪いんだよ! 久し振りに会ったら落ち着かないのも仕方ないよね!)
天邪鬼なミレディちゃんは、自分の感情に振り回されて、勢いが余ってしまったのだろう。パシャッと、大きな水飛沫がオスカーの顔面を直撃した。
明らかに、狙ってやったレベルの水量としか思えない。しまった、とミレディが冷や汗を掻く。
「……何をするんだい、ミレディ」
オスカーの中で、さっきまでのやたら速い鼓動が収まると、底冷えするような低い声が出ていた。
対し、ミレディは顔を赤くして更に激しく水飛沫を飛ばす。
「へへ、変な目でこっち見ないでよ! さっきから!」
「ちょっ、だっ、誰が変な目だ! そんな視線でなんか見てない! 誤解しないでくれるかい!?」
眼鏡を取る手がやたらと震えているオスカーと、顔を火照らせながらうぎゃーとオスカーに食ってかかるミレディ。
それは側から見ればよく分かるくらいに表れていたが、二人は共に自分の事で手一杯なので、全然気づく素振りもない。
(馬鹿なっ、この僕が今更になってミレディに動揺しているだと!?)
(よ、よしっ! オーくんの優しい目を解除した! 次はなんか言い訳を考えないと……!)
すると、ミレディが唐突にオスカーの脚を足蹴にし始めた。
「こ、今度は何をするのさ……服が濡れるだろう」
「ふ、ふんっ。ミレディちゃんは今、オーくんに激おこなんだよ! プンプンでムカ着火しちゃったんだよ!」
「僕が君に何をしたって言うんだい!?」
(足を使って暴れるなっ、見えるだろうが! クソっ、いつもならイラつく所なのに、どうなってんだ、僕は……!)
(こ、口実みたいなものだけど、事実でもあるし言ってもいいよね、だよね!)
オスカーがミレディの足をこれ以上上がらないように抑えているとミレディが足のジタバタとはたと止めて呟いた。
「……来るのが遅かった」
この言葉の意味が、この泉に来た事なのか、樹海に来た事なのかはオスカーにとって言わずとも明らかだ。
「理由は説明しただろう?」
「……もっと早く来て欲しかった」
プイッ、と頭をオスカーから背けてそう言う。
(……やっぱり、戦争はミレディにも堪える何かがあったのか)
その時一緒に居てやれなかった事に、オスカーが酷く心痛する。
ミレディは反教会組織のリーダーで、修羅場すら潜り抜けてきた経験を持っているが、その本質は16にも満たない中学生と同じくらいの齢である少女だ。常人に比べ、心は育ちきっておらず、弱い事に変わりはない。
その上、教会という狂気の軍団との戦争をすれば、精神を擦り減らすのは当たり前だろう。
……しかし、オスカーの予想は全く持って当たっていない。掠ってすらいない。もっと不純ですらあった。
(いやね? なんというかこうさ……それなりに長くいたから、急にポンっと居なくなるとちょっぴり寂しいというかさ……恥ずかしいから全然言えないけどね? でもこの前なんか危うくメル姉にバレそうになったし! もっと早く来てくれても良かったんじゃないかな!?)
戦争の事なんてまるで関係無かった。単に寂しかっただけだという……
もはや、ミレディの精神力に関しては常人と比べてはいけないレベルなのである。ただの戦争ごときで、ミレディちゃんは止められないのだ!
「おのれオーくんめ。人の心も知らないで生意気な」
ミレディが足を上げて水を飛ばしたりなんだりしようとするも、オスカーの腕がそれを阻む。
オスカーはミレディと違い身体を鍛えているので、力比べで負けてしまうのは当然のこと。いくら押しても、オスカーはビクともしない。
「……僕が悪かったよ。好きなだけ恨み言なり、教会の奴等と戦って溜まったストレスでも僕にぶつければ良い」
オスカーがそう言えば、ミレディは足を上げて水飛沫を飛ばそうとする。だが、オスカーは一向にその腕を退けない。
「なら、どうしてこの腕は邪魔してるのかな?」
「足で水を飛ばすのは許さないよ?」
「なら、これでも喰らえ!」
「め、眼鏡を水をかけるのはやめて貰おうか!」
手で掬った水で攻撃されたオスカーは、眼鏡の洗浄機能をオンにして洗い流した。
「……それにしても、みんな遅いな。一体何をやっているんだか」
「リューちゃんとメル姉とか、ユエちゃん達なら分かるけど、ヴァンちゃんとナっちゃん、ハーちゃんも遅いのは謎だねぇ」
「まあ、何にせよそろそろやって来る頃だと思うし、そろそろ靴を履きなよ」
そう言って、オスカーは懐からハンカチを取り出した。かと思えば、ミレディの素足を手に取ったまま優しく水気を拭っていく。
「ちょ、いいよ! 自分でやる!」
「そうかい?」
と言いつつも、オスカーの手は止まっていない。止まる様子もない。
(えっ、ちょっと唐突でなんか恥ずかしいんだけど、これ!? お、オーくんに足拭かれてるって、どんな状況なの!)
ミレディの赤面は必至だった。だが、拭いてくれているオスカーのハンカチを無理矢理奪うのは何となく気が引けるらしい。そのまま続行させることにした。
幸いにも、目線はこちらに向いていないので、ミレディはそのまま動揺を隠す様に早口で言葉を捲し立て始める。
「よ、よろしい。良い心掛けだね。良きに計らえ」
「はいはい」
「いやぁ、美少女も辛いね。別にしなくて良いって言っても、相手の方からご奉仕したくてたまんなくなっちゃうんだもんね。辛いわ〜、美少女辛いわ〜」
「そうだね〜、美少女は辛いね〜」
「ミレディちゃん罪な女だわ〜。ごめんね、オーくん! ミレディちゃんが魅力的すぎて!」
「はいはい、魅力的魅力的」
「ぅ……」
のらりくらりと、ミレディの言葉の雨を制していく。その後も色々言うが次第に尻すぼみになる。
(お、オーくんが進化してるっ。私の口撃が通用しないよぉ! 恥ずかしいからとっとと終えてよもぉ〜!)
今にも恥ずかしさで足をジタバタさせたい衝動に駆られるが、ぐぐっと堪えるしかない。
一方、ミレディの口撃を躱しながら足を拭うオスカーの内心と言えば……
(……なんか、自分でやってて、僕は一体何をしてるんだってなってきた。普通にやべぇだろ、これ……勝手に拭きはじめた少し前の僕を呪いたい……。しかも拭いている手前、今更止めるのはミレディに揶揄われそうで無理だろうし、はぁ)
こちらも、精神に大きなダメージを負っていた。ついでに言えば、長い髪で隠れているが顔も赤い。
そんな二人の様子に、舞台裏では……
「ミレディさんが、まさかユエさんばりの桃色空間を修得しているなんて……先生は予想外でした。うぅ、羨ましい。私もあんな風になりたい……」
これまでのミレディの醜態やらウザさやらを身をもって体感してきた筈の愛子でさえ、人が変わったように照れまくるミレディに驚きを隠せない。
「桃色空間……なんて素敵な響きなんでしょうか。甘々な雰囲気に、わたくし、そろそろ鼻血が出そうですわ」
恋愛事なら、何でも興奮してしまうリューちゃん。メイルからスっと渡されたティッシュで鼻をふきふき。まただらりと流れてくる様子は、何とも残念じみている。
ヴァンドゥルはそっちの残念風景を視界から外し、たまたま隣にいたティオに話しかける。
「おい、ミレディのアレはキャラ崩壊じゃないのか? 原型すら留めてないぞ」
「その通り、正しくキャラ崩壊じゃな。妾みたいなものじゃ。色恋事となると、キャラなぞそうそう保てんよ」
「……待て、お前も何かあるのか?」
まだ会ったばかりで、ティオが自分と同じく竜人族であることぐらいしか知らないヴァンドゥル。ティオが気まずげに明後日の方を向いたのを見て、コイツ怪し過ぎる……と猜疑の目を強くした。
ナイズはそっと遠い目をした。まだリューティリスという爆弾も控えてると思うと、ヴァンドゥルが憐れで仕方なかった。
『……うーん、なんだかな、この感じ』
周りと同様、ハジメも、この違和感に頭を捻っていると、通信からの声が届く。今も映像を撮っているにも関わらず、もう解放者組から忘れかけられている浩介だ。
『……ウザくないミレディって、言っちゃアレだけどさ。なんかこう、変だよな。見てたら、頭がおかしくなりそう』
「……まぁ、気持ちは分かるがな」
お互い、あのウザさ満点なライセン大迷宮を攻略した仲だ。凄まじいキャラ崩壊に、一緒になって溜息が出た。
さて、モニターの方では、オスカー達のイチャイチャタイムが終わった頃合となっていた。
「はい、おしまい」
「ぬぅ」
ペチッと足を叩かれて、妙な唸り声を上げるミレディ。なぜかジトッとした目でオスカーを睨みつつ、ニーソと靴を履こうと立ち上がった。
そうして、手を伸ばした先で──見た。漆黒のGを。ミレディのニーソの中からカサカサと出てきたところを。
「ぎゃーーー!?」
色気の欠片もない悲鳴を上げてミレディは飛び上がった。そして、超速バックステップからの反転という、体操選手もビックリな動きで近くの頼れる仲間──オーくんに飛びつく。
「うぉーくーんっ!」
「うわっ!? あっ、落ちる──」
そのまま、諸共泉に身投げした。
なお、この泉は深くはないが浅くもなく、ミレディの胸元くらいの水深はある。なので当然、ガバガバゴボゴボと水中で呼気を漏らしつつ、二人して慌てて顔を出す。
「げほっげほっ……み、ミレディ。確かに僕はぶつけても良いっていたけど、それにしてもちょっとやり過ぎだと思うよ……」
さっき自分から言った節、怒ろうにも怒れないオスカーが悩ましそうな顔をしながらそう言えば、ミレディが鬼気迫る必死の形相で叫んだ。
「居たんだよ! ウーちゃんが! 蠢動暗黒のウロボロスが!」
「誰だよ」
「ゴキ◯リだよ!」
「やたら仰々しい名前だね!? というかゴキ◯リに名前を付けるなんて、ミレディ、君疲れてるんだよ。今からでも休んだ方がいい」
「私は至って普通だよ! ウーちゃんはリューちゃんの親友なの!」
「不敬にも程がある! ミレディはやっぱり心が疲れているんだ。ゴキ◯リが親友な女王様なんて、それは単なる変人だ!」
おや? 何やら濃霧の向こう側から「んふっ」という変な声が聞こえ、「妾も……」とかが聞こえなかったり。
騒いでいる二人は、意にも返さなかった。
「ほら、気休めにこの薬でも飲んでおくといいよ」
「だーかーらー! ……まあ、オーくんは後々に知ることになる衝撃の事実に目を遠くするよ」
「何だよそれは」
女王様は変人ではなく、変態だ。あんなにも幻想的で美の集大成の様な女王様が、まさかドMのド変態だなんて、普通はあるわけないのだ。そしてその近くで、伝説で畏怖される存在の姫様も同じだなんて、本性を現さなくては絶対に気付く訳が無いのである。
「もうヤツはいないから、早く上がろう。びしょ濡れのままは嫌だからね」
「あれ、ウーちゃんじゃなかったのかな……全然見分けつかないや」
昇華魔法と蟲心師の合わせ技によって最大限に強化され、知能が高くなったヤツ等ではあるが、見た目に差異はない。ウーちゃんだったなら、それなりに社会的な行動を取るはずなのだ。
初日のあれがトラウマになっている事を自覚すると、何処かにいるであろう、あの時に仲間を見捨ててどっかに行ったハジメにいちゃもん付けたい気分になった。
そう言えば、ハーちゃんとオーくんのコートって似てるよねぇ……とミレディがオスカーの後ろ姿を見ていると、オスカーのコートのポケットから落ちそうになっている二つのアクセサリーに気が付いた。
「オーくん。それ、落ちそうだよ」
「ん? おっと、危ない危ない」
慌てて手に取る様は、なんだか随分と大事そうだ。蒼い鉱石を菱形に加工したネックレスと、青色の御守り。御守りの方はオスカーが作ったとすれば納得の出来だが、鉱石が嵌った方はミレディの素人目から見ても、オスカーが作ったにしては少し未熟に思える。
つまり、これは他者によって作られたと言う事であり、そんなものをオスカーが態々買うわけがない。つまり、貰い物という事になり……
(……オーくんが女の子を知らず知らずに誑かしたんだね。全くぅ、このエセロリコン紳士めっ。人が寂しい思いをしてるのに何楽しくやっちゃってさ!)
顔も名前も分からない謎の女性Xさんに、何故だか言いようのない黒い感情を覚える。
「読めた。女だね? アーシャちゃん*1に続いて、一体どこのかわいこちゃんをその
つーんとミレディが唇を尖らせて、オスカーを追い抜き泉から上がろうとする。
「人聞きの悪い事を言わないでくれ」
だが、オスカーに手を掴まれる。へ? と振り向いて硬直したミレディに、先程の菱形のネックレスが差し出された。
「ほら、君にだ」
「……へ?」
二度目の惚けた声がミレディの口から漏れ出て、目が点になる。
「本当はみんな集まってからと思ったんだけど、もったいぶる必要もないしね」
「えっと……」
(というかみんなが居ると、茶化されたりしてそれはそれで恥ずかしいんだよなぁ)
内心で本音を呟きながら、戸惑うミレディに優しげに目を細めて言う。
「二人から……?」
「そう。戦争だから、二人ともミレディの事を心配してね。だから、お守り。コリンが素材を見つけて、ルースが錬成したんだ」
それは、地球で言うところのサファイアに相当する鉱石の一種であり、新たな隠れ里が山間にあることから偶然発見したらしい。菱形に加工された青のペンダントは、何から何までお手製の、愛情籠った一品である。
「そっかぁ……コリンちゃんとルースくんからかぁ……えへへ」
流石に、この唐突のサプライズプレゼントに喜びを隠せない様子のミレディ。
「流石は僕の自慢の妹と弟だろう?」
「ほらぁ、オーくんも頑張らないと二人に追い抜かされちゃうよ〜。こんな最高のプレゼントを作ってくれる人なんて中々いないからね〜」
「うん……本当に、二人には驚かされたよ。僕も精進しないとだね」
いつの間にか、そんな行動を思いついて実行するまでに成長していた二人に、オスカーとミレディは蒼のペンダントを見ながら破顔する。
「……ねぇ、オーくん」
「ん、どうしたんだい?」
「これ……その」
一旦言い淀むと、頭をブンブンッと振ってから恐る恐るそれを口にした。
「わ……私に着けてくれたら、嬉しいかなぁって……」
「っ!?」
普段は絶対に見られない、頬をほんのり赤く染めて、モジモジと俯きぎみに恥じらうミレディの様子に、オスカーが不意に右手で胸を抑えた。
(まーて待て待て待て、焦るなオスカー・オルクス。相手はウザいだけの単なるミレディじゃないか。それが急にその枠外を飛び出してきそうだからってここまで動悸を起こすことはないだろう! よし落ち着けぇ、一時の色香に惑わされるなオスカー……)
「だ、ダメかな?」
「あ、いや……勿論だよ」
(だああああ畜生! 馬鹿か僕はっ!?)
オスカー・オルクス、18歳。既に思春期は終わりを告げているものの、まだ青春を生きる人間である事には違いない。
そして、目の前にいるのは尋常じゃない美少女。普段は性格がアレ過ぎて魅力は数十分の一にまで落ちているが、本気でヒロインすれば本気でヒロインになってしまうのだ。
無論、オスカーとて美少女は好きである。ミレディがウザいしメイルもアレだ。そういう目で見れなくなっただけで、彼女らから残念な部分を取っ払った完璧な性格なら、何らかのキッカケで好きになっても不思議は無い。
そして、これ以上に無いくらい可愛らしい頼み方をしたミレディの頭の中は、自分でも分からないほど混沌としていた。
(違うんだよっ、違うんだよぉ! そうじゃないけど、これでもああでも無いんだよぉ! うわぁぁぁぁそっち意識しだしたら頭から全然離れないぃぃぃぃ!)
心で必死の弁解をしようとしているが、どうやら何かを意識しちゃってるらしくパニックが加速している。
(コリンちゃんとルースくんからの贈り物だから、折角だしそのお兄ちゃんでもあるオーくんに着けて貰おうって考えただけなのにっ、どうしてっ、こうなるかなっ!? 心臓の鼓動が早くなるだけでそう思えてくる人の脳の補完能力はどうかしてるよ!!)
一体脳が何を補完しているかは論を俟たないであろうが。
遂に、オスカーがミレディと向かい合う形で距離を詰めた。ネックレスを着けるために、ミレディを抱き締めるみたいに腕を回す。
((か、顔が近いぃぃぃ!!))
二人の顔色が全てを物語っているが、ミレディはオスカーの顔を見ても、いつものように煽る思考が頭から無くなっていた。
だが、それに二人が気付く余地は無い。
オスカーが赤面したままのミレディとずっと向き合いながらネックレスを着けてやれば、ミレディは自分の首元のペンダントをなぞるかの様に触れながら、チラッチラッとオスカーを見る。
「ど、どう?」
「似合うとも。似合わないわけがない」
「……あ、ありがと」
とかく触れ合うほどの近い距離で見つめ合う。泉の水面は、微かな月の光が乱反射してキラキラと輝点を浮かべており、水を滴らせ眼前で向かい合う二人の光景はとても幻想的で絵になっていた。
それこそ、この場に著名な画家がいたならば、なんとしてもこの瞬間を絵画の中に切り取り、永遠に残したいと思うに違いない。ハジメはすかさず、遠藤にシャッターを切らせる。遠藤は血涙を流しながらこっそりと写真を撮った。
「オーくん……」
「ミレディ……」
ミレディの目が潤み、オスカーもどこか夢心地にも感じながら、ミレディをじっと見つめる。
もとより、友情以上の感情を互いに持ち合わせていた二人であるから、今もポケットに仕舞われたままの御守りは、その効果を強く発揮していた。
本来なら、二人がここまで動揺する事はない。だが、御守りは感情を増幅し、増幅された感情に対する自覚を生み出す。
オスカーとミレディの場合は、恋をしてしまったという自覚が生み出されており、これこそハジメが狙っていた状況であり、感情が認識に先立つと考える、吊り橋理論の応用である。
つまり、人に恋すれば、恋をしたと自覚するという、当たり前のプロセスを無理矢理にでも経させればいい……これが、ハジメ流カップル生成法だ。今頃、ハジメは計画通りと笑っているだろう。
そうして、増幅された感情が自覚を生み、自覚は行動に移される。
ゆっくりながらも、徐々に重なり合う水面の影。二人の全身が沸騰したように火照り、心臓の動悸が激しい。
(……このまま、行ってしまうのか?)
(もう、なるようになっちゃえ……!)
投げやりながらも、目を閉じて、完全にその気の顔になっているミレディに対して、オスカーはこの期に及んでヘタレていた。後にも引けないような気もするが、今このタイミングでなのか? と葛藤の色が顔に出ていた。
やがて数秒後。知覚を最大まで上げて考えに考えた結果が、オスカーの思考を埋めつくていた。それは勿論……
(母さん、親父さん……俺は、今から男になります)
遂に、オスカーは腹を括った。決意を胸に、さながらこれから戦争に行く青年兵のような表情でミレディに見据える。
そして、今、オスカーがグイッと顔を近付けて、そのやわっこい唇に口付けをし……
──カシャカシャッ、凄いわ、傑作よ! まあお姉様、素晴らしいお出来ですわ! いや、お前ら出てくるなよ! 遠藤ので我慢しとけ!
「「……へ?」」
なんか聞こえてきた。
そして、非常に見覚えのある海人族と森人族が、変なポージングで立っている。しかも、ニヤニヤしながら、ハジメお手製のカメラのフラッシュを焚かせ、隠すまでもなく豪快に連写。
続いて現れたのはナイズだが、非難じみた視線をメイル達に向けているのは、きっと気の所為ではないのだろう。なんて事してくれやがるっ、と言いたげになっていて、まぁまぁとヴァンドゥルが宥めるという、珍しい光景が出来上がっていた。
が、そうとは露も知らぬ女性陣。メイルの背後に隠れていた吸血姫も、これ幸いと決定的瞬間をスマホでカシャリと激写。慌ててティオと愛子も湖畔に入ってくる。
「……特ダネ、ゲット」
七人の方を見て、目をぱちくりさせるミレディとオスカー。
取り敢えず、お互いにそっと離れた。オスカーはメガネをくいっとして黒傘を呼び出すと、徐に反対の方を向き、大きく振りかぶって────投げた。
「うおっ、危ねぇっ」
声に出るくらいには驚きつつ、高速回転して迫る黒傘を掴んだ浩介。バッチリとこちらを視認しているオスカーを見て、ギョッとする。
「普通に隠形バレたんだけど……もしかしてリア充爆発しろとか思ってたから?」
奈落の化け物並に嫁がいるお前が言うなと、クラスメイト達から反論されそうな僻みである。未だに、陰キャ根性は抜けないらしい。
「断じて、僕はリア充ではない。それだけは訂正してほしいね、アビィ」
「うん、もう突っ込まないからな」
トホホ……と項垂れながら、浩介が降参のポーズを取る。そうすれば、誰の指図でここに居たのかもオスカーには分かった。ハジメの吊し上げが確定した瞬間である。
それと同時に、キャッキャとし始める元凶二人。
「素敵よ、ミレディちゃん! お姉さん、もう胸がキュンキュンしっぱなしよ!」
「お姉様! わたくしもですわ! やはり二人は、そういう関係ですのね!」
ここで、ミレディも全てを理解したらしい。即ち、嵌められたと。
「ま、まだそこまでじゃないっていうか……いや何見てくれとんじゃゴルァァァァッ!!!」
出歯亀されたという事に、己の羞恥心が限界突破したミレディちゃん。泉から飛び上がって、ドロップキックの要領で水平落下。
なので、その直撃位置にいたメイルさんは焦る。焦って、その一撃から逃れようとしたら……つい、隣にいたティオを掴んでしまっていた。
「あっ」
「ぬおう!?」
ユエはデジャビュを感じた。とっても、どこぞの帝城で経験のある光景だと。*4
メイルと入れ替わるように引っ張りだされたティオは、元々そこにいたリューティリスと並んで……ミレディの脚撃をお見舞いされた。
「「ゲハッ!?」」
軽く吹っ飛んで、地面に転がり、お腹を抱えて蹲っているティオとリューティリス。だが、その表情はどう見ても苦しいというよりかは……
「ハァハァッ。い、今までに無いお仕置きじゃ……全身に染み渡る痛みがたまらんっ」
「ハァハァッ。ティオと同じ痛みを共有できるだなんて……ミレディたん、しゅきぃ……」
普通にドン引きモノの、見せられないよ!な顔である。
ヴァンドゥルが口を開けたまま絶句している。まさか獣人の女王と、自分と同じく誇り高き竜人族のはずのティオが、ドMのド変態とは思わなかったようだ。それを見ていたオスカーが、驚きを通り越して透徹した笑みになっていた。
そんな大惨状を作り出した原因さんは、ガクブルしていた。思わずティオを身代わりにしたのもそうだが、それ以上に目の前が怖いのである。
「……メル姉?」
「違うのよ? これには深い訳があるの……ええと、そう! あれはティオちゃんが私を庇って、飛び出しただけなの。決して、つい身代わりにした訳じゃ────」
「メル姉」
「ごめんなさい」
ミレディちゃんがマジトーンになった。目から光も消えかかっている。ライセンモードだ。こうなってはメイルさんとて怯えずにはいられず、ビクンビクンしているティオに土下座した。
なお、ティオはビクンビクンしたままなので、気付くはずも無く。
「……な、なんだこりゃ」
あれこれ片付けをしていたハジメがのそりと畔に顔を出せば、ご覧の通り。盛大に顔を引き攣らせるのだった。
そんなハジメに、二対の視線が飛ぶ。思わず、ひんやりと汗が滲んだ。
「ハジメ……ちょっと、僕とオハナシをする気はないかい?」
「ハハッ……生きて帰れると思わないでね、ハーちゃん」
「ミレディだけやけにストレートだなっ、畜生が!」
その後、三十分に渡って、一帯の森が更地になる程の大乱闘が繰り広げられたとか……
完全に、ハジメの自業自得であるのは明白であった。
◯ ✕ △ ◇
「ちょっとー? 幾らなんでもその仕打ちはなくない? ジェストくーん」
「はぁ……また余計な真似をしおって。一体私をどうする気だ。胃痛で殺す気か?」
とある帝国の、絢爛な一室。
赤を基調とした煌びやかなその部屋に、向かい合わせになっている広いソファに、それぞれ一人の男女が顔を突き合わせていた。
「おやつ抜きぐらいの折檻くらいで譲歩してやっているのだ。これが臣下なら、容赦なく処刑している所だぞ」
「ぶぅぶぅ〜、師匠になんて言い様なんだ。ヒドイなぁ。それに、名目上は教会の応援だったんだし、寧ろ良い事したでしょ?」
むふん、とローブの上からでも明らかな膨らみを張って、自信ありげな顔をする黒髪の女性──クラニィアスリアに対して、ジェストと呼ばれていた金髪の青年は口許をひくつかせて苦言を呈した。
「それどころか、ディスターク枢機卿*5に抗議されたぞ。何故、リリス・アーカンド総長を助けなかったのか、とな」
「だって、その時には死んでたんだから、助けても意味無いでしょ? 僕は無駄な事をわざわざする人間じゃないしね〜」
馬鹿も休み休みに言え、とジェストは心裡で呆れ果てる一方で、この飄々な態度は昔から変わらないなとも思う。
彼がクラニィアスリアと出会ったのは、実に二十年前。まだ彼が五歳の頃……国の路地裏に打ち捨てられ、気を失っていた同い年程度の少女を、特に訳もなく拾って、治療を施してみたことが全ての始まりだった。
目を覚ましてから始めの頃はとても大人しく、どこか虚ろで、生気を失ったように、ただジッと窓から城下を見下ろしていたが、何年も一方的に話すうちに調子付いてきて、今では自分さえ手に負えないただの疫病神と化してしまった。
どこから湧いてくるのか、捨てられていた小汚い少女とは思えない魔法の知識に、把握しきれない膨大な魔力量。
そして何よりも、今では神に仇なす組織の一員であるライセン伯爵家*6の子女、ミレディ・ライセンと同様に、神代魔法さえ使いこなす。物は試しと魔法について師事してみれば、いつの間にか他の皇子を圧倒して帝位に就いてしまったほど。
そんな、ただでさえ規格外な人物にも関わらず、その思考も行動も理解不能という言葉に尽きる。数ヶ月前、突然再生及び空間魔法系の大規模術式を行使したり、教会総本山である【神山】まで行って礼拝したり、今回のように一人で戦地の樹海に潜り込むなど、その突拍子の無さは枚挙に暇が無い。
「教会に疑われる様な真似はよせ、アスリア。……
真剣な眼差しを向けながらも、いつになく不安そうに訴えかける様子に、アスリアは心配し過ぎだなぁと思いつつ肩を竦めるが、危険な事をしている自覚はあった。
「大丈夫、そこまで僕は抜けているつもりは無いよ。……まだ、見つかる訳にはいかないから」
「……それなら、いい」
そう言えば、ジェストは悩ましそうに眉を顰めつつ、席を離れた。
そんな姿に、アスリアはくすりと笑った。
「なーんだ……まだ、結構可愛いとこあるじゃん?」
……まるで、素直になれない弟みたいに、と。
その晩、アスリアは久しくその夢を見ていた。
荒れ狂う暴風と無数の竜巻。雨や雹が降り注ぎ、地震と共に大地が割れ、溶岩が噴き出す。物が浮かび上がっては落ち、空間が歪んで、捻れ、そこにありとあらゆる物が吸い込まれて、全てを吹き飛ばす。
そんな超常現象から逃げ惑う人々を見下ろす、自分。
隣に並んで、自分と同じように、呆然と見ている仲間が居て、そしてある仲間の言葉で、悟った。
──ボクらの手で、この故郷を取り戻さないと
それを、仲間全員で誓い合ったというのに。
『姉さんも一緒なら、頑張れるよ』
彼も、そう言ってくれたのに────
そんな夢は、誰かが扉を叩く音で醒めることになった。
目が微かに開いて、掛け布団に籠りながら寝惚け声を出した。
「……んぅ〜? どしたの〜?」
「特別顧問殿、教会より報せを預かりました! 作戦開始の為、至急連邦に向かわれたしとの事です!」
「んー……すぐ行きまーすって言っておいて〜」
「はっ、直ちに!」
ベッドからゆっくり起き上がって、大きく欠伸をする。
「ふあぁ……あふぅ……さーてと、僕も出番かぁ」
純黒の長髪を梳いて、ローブを着なおし、お飾りの杖を持つ。
瞼の裏に、あの夢の光景を映し出して。
「……頼んだよ、南雲ハジメくん。僕らの目的の為に、あの子を倒してくれ」
──そうじゃないと、喚んだ意味が無いからね
彼女が独り言ちた言葉は、声の主の居ない部屋で、僅かに木霊した。
主なオリキャラなんて、この二人くらいなもんです……