神々の戯れ   作:彼岸花ノ丘

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目覚め

 ずどんっと、強烈な衝撃が『彼』の頭を打った。

 惰眠を貪っていた彼は予期せぬ衝撃により目を覚ます。痛みと熱が身体を駆け巡り、寝惚けた彼の頭を大いに混乱させた。ややあって覚醒した意識は、何かしらの敵が攻撃してきたのかと判断し、身構える。

 ところが周りに敵の姿はない。

 彼の目の前に広がるのは深海の風景。光の届かない領域には海藻どころか魚や甲殻類の姿も疎らで、暗く静かな水の色が何処までも続いていく。彼に危害を為すような存在は何処にも見えない。気配も探ってみたが、これといって感じられなかった。

 はて、気の所為だろうか? 彼は一瞬そう考えたが、しかし身体の痛みは今も残る。やはり気の所為なんかではないと確信し、更に考え込んで……自分の周りの大地がすり鉢状に凹んでいるのを見て、ようやく答えに辿り着く。

 成程。()()()()()()()()()、と。

 それも恐らく数十メートル級の、それでいて細長い、比較的空気抵抗や水の抵抗を受け難い形状のものだ。そうでなければ自身がいる海底四百メートル地点まで届く事はないし、ましてや自分を叩き起すほどの衝撃を起こす事もないのだから。

 今頃地上では、津波やら水蒸気やらで被害が出ているかも知れない。しかしそんなのは彼にとってどうでも良い事だ。原因が分かれば、もう気に留める必要はない。さぁて二度寝しようと海底を掘ろうとして、ふと思う。

 自分が眠りに就いてから、どれだけの時が流れたのだろうか。

 疑問を抱いた彼は、二度寝を止めて動き出した。そして海底に沈んでいたその身体を、ゆっくりと動かす。

 彼は細長い、丸くて細長い胴体を持っていた。

 胴体の長さは()()()()()()ほど。胴体の先端は丸みがあるものの細くなり、一応は円錐と呼べる形を取っている。胴体には上下左右に一枚ずつ、合計四枚の三角形をしたヒレが付いていた。ヒレは胴体の端から端まで伸びており、幅は最も広い場所で五十メートルほどはあるだろうか。表皮は分厚いものの軟体質で出来ており、鱗などがない滑らかな質感をしていた。

 そして胴体の先には頭があり、頭の先に足が付いている。

 足の数は六本。触手のように細長く、内側には無数の吸盤が等間隔で並んでいる。吸盤の内側には三本の『爪』が生え、更に足先には鉤爪が付いているなど、攻撃性の高さを窺わせた。六本の足が生えている頭の中心には口があるのだが、その口は四枚の嘴が合わさって出来たもので、どんなものでも噛み砕いて食べる姿が想像出来るだろう。

 頭には角も触角も生えておらず、三分の一ほどの大きさがある目玉が二つ嵌っていた。魚よりも無機質で、一切の感情を感じさせず、されどこちらの全てを見透かすような印象の目だ。その目には上下に開閉する『瞼』のような膜があり、パチパチとこれを動かして瞬きする。

 足の数や瞼の存在などの違いはあれども、彼の姿は『イカ』と呼ばれる生物に酷似していた。そして彼はそれを自覚出来るほどに、優れた知能も持ち合わせていた。

 彼は六本の足を広げ、海中の『成分』を分析する。カリウム、カルシウム、金、ウラン……あらゆる元素の同位体を調べていき、自分が眠った頃の海水と比較。

 恐らく、四百万年ほど眠っていたと計算した。

 思っていたよりも時が過ぎていて驚いた。それと同時に疑問も抱いた。今、この世界はどうなっているのだろうか。どんな面白いものがあるのだろうか。

 誰が間抜けにも、支配者面をしてのさばっているのか。

 幸いにして、彼の目覚ましとなった隕石は大した大きさではなかった。津波の被害は限定的であるし、巻き上げた水蒸気の量は環境に大きな影響を与えるものでもない。地上は隕石激突前と然程変わらぬ様相を保っているだろう。

 『観光』するのに支障はない。

 だから彼は地上を目指す事にした。好奇心と欲望の赴くままに、やりたいようにやりたい事をする。彼は、彼等の種族はそうやって生き、繁栄してきたのだから。

 全ては戯れのままに。

 しかし戯れが、時には大きなものを生み出す事もある。彼自身の運命だけでなく、彼等の種族の行く先すらも。

 そして今の地球を支配する種族、人間の命運すらも、彼の戯れが生み出すものから逃れられないのだ――――


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