神々の戯れ   作:彼岸花ノ丘

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物見遊山

 クトーラの考えは、半分ほど当たっていた。

 破壊した都市(ニューヨーク)の外へと向かってみれば、そこには小規模ながらも都市が隣接していた。都市からは他の都市に続くであろう、人間の手によるものと思しき加工が施された『道』がある。道は四方八方へと伸びていて、人間という種がこの地でとても繁栄している事が窺えた。

 ここまではクトーラの予想通り。

 そして予想と違っていた点は、想像以上に繁栄していた事だ。クトーラは人間の勢力図が、精々この大陸の一部に収まる程度だと考えていた。しかし大陸の半分ほどを横断しても、それでも町は存在している。巨大な石造りの建物は減ったが、平たく小さな建物が無数に並んでいて、現在この大陸に住まう人間の数が凄まじく多い事も窺えた。

 よくよく考えてみれば、金属の塊を飛ばすほどの科学力があるのだ。その力を応用すれば、人間達にも大陸を横断する能力はある筈。人間の歴史がそれなりに長ければ、地球全域に分布を広げていてもおかしくない。

 広範囲に分布しているなら、様々な環境に都市が存在しているだろう。環境ごとに独自の都市が見られるかも知れない。それに自然環境にも変化があると思われる。

 多様性があるというのは、『観光』をする身としては好ましい事だ。飽き性であるクトーラ族にとっては特に。

 

【シュゥー。シュゥゥー】

 

 かくしてクトーラは上機嫌な鳴き声と共に北へ向けて前進し、人間の作り上げた都市の上を横断していた。燦々と降り注ぐ朝日を浴びながら、優雅に空を泳ぐ。

 そしてこの観光を始めてから、既に三日の月日が流れている。しかも大陸横断中は海に戻らず、ずっと地上で活動していた。

 大気中でも呼吸が行えるのは、海から出た時に披露した通り浸透圧を利用しているため。この大陸は決してじめじてとした気候ではないが、クトーラ族の身体はこの環境下でも難なく活動を維持出来る。それだけ鰓の水分吸収能力が優れているのだ。クトーラの感覚では、あと二百日ぐらいは余裕でいられるだろう。雨が降れば、降雨量次第だが更に長期間の滞在が可能だ。

 これはクトーラが地上にいられる原理。そして地上に()()理由は複数存在していた。

 一つは考えていたよりも人間の文明が多様で、見ていて飽きなかったから。クトーラ族全般に言える事だが、彼等は非常に飽きっぽい。もしもどの町も最初に見た都市……ニューヨークと同じ風景や作りだったなら、とうの昔に飽きていただろう。だが人間達が作り出した町並みは場所によって様々。ビルばかりの都市もあれば、今訪れている場所のように小さな家ばかり並ぶ町もある。変な形の建物や、奇妙なオブジェクトもたくさんあった。仮に似たような作りの町並みでも色合いや並びは独自のもので、その土地に合った暮らしをしているのが窺えた。

 人間など虫けら程度にしか思っていないクトーラであるが、別段虫が嫌いという訳ではない。むしろ面白い虫は好きだ。好奇心が刺激され、観察していたくなる……かつて猿共に文明を与えた時のように、暇潰しとして。

 もう一つの地上に留まっている理由は、人間達が定期的に『ちょっかい』を出してきたから。ニューヨークで圧倒的な力を見せ付けたにも拘らず、人間達は度々クトーラを攻撃してきた。人間の国家、そして軍としては当然の行動であるが、知的ではあっても基本的に獣の思考回路を持つクトーラには新鮮な行動だった。普通の獣なら勝ち目のなさを悟れば、戦わずに逃げるものである。

 瀕死の状態なら兎も角、元気な時に戦いを挑まれたのなら応えるのが礼儀だ。決して苦戦するものではないとはいえ、毎日戦いがある事はクトーラ族にとって喜ばしい。

 何より、その戦いが面白い。というのも砲弾も機銃も通じないクトーラに、人間達は様々な『知恵』で挑んできたのである。

 ある時は高高度から強力な爆撃。

 ある時は全方位からの砲撃。

 ある時は絶え間ない炎による焼却。

 よもや人間達がこれほど多様な武器を持っていたとは思わず、次々と繰り出される攻撃にクトーラは感嘆していた。手応えこそないが、鮮やかな攻撃の数々に心が躍る。次はどんな攻撃をしてくるのか、どうやってそれを破ろうか。それを考えるのが楽しくて楽しくて仕方ない。無論、最後に勝つのは自分だという自負はあるが。

 この二つの気持ちが、クトーラが何時までも海に帰らない理由だった。一つ目の方は兎も角、二つ目に関しては何もしなければ人間側の被害は減っただろう。尤も、クトーラ族について何も知らない以上、それを指摘しても仕方のない事ではあるが。

 

【シュゥオー。シュシュー、シュォー】

 

 今日は一体どんな景色が見られるのか、どんな戦いを挑まれるのか。ワクワクしながら、クトーラは町の上を飛んでいく。

 ……しばらく飛んで太陽が頂上で輝き始めた頃、クトーラは違和感を覚えた。

 妙に周りが静かなのである。普段ならば逃げ惑う人間達の、悲鳴や怒号があちこちから聞こえてくるというのに。

 それに人間達からの攻撃も、しばらく途絶えたままだ。元々闇雲に攻撃してくる訳ではなく、一定の準備期間を設けて攻撃してきていたが、今回その準備がやたらと長い。何か大規模な『ドッキリ』を考えているのだろうか?

 

【シュゥゥゥ……?】

 

 様々な疑問を覚えたクトーラは、周囲の様子を探ってみる事にした。

 そのために用いたのが電波エコーという技である。

 クトーラの全身の細胞から作り出した電気を、電波の形に変換して放出する。電波は金属に当たると跳ね返り、また水や木材などは透過しつつも減衰を起こす。これを利用すると、反射により戻ってきた電波を解析する事で周りに何があるか、ある程度『透視』する事が出来るのだ。見える映像はかなり不鮮明であるが、本来見えないものが把握出来るのだから十分強力な技と言えよう。

 電波エコーの有効範囲は約三百キロ。都市を包み込むように展開された電波は建物の中を透過し、周りに存在する生物や金属について教えてくれる。

 

【……シュゥゥ】

 

 その結果を知り、クトーラはますます困惑した。

 人間達は、ごく少数ながらも都市に存在していたのだ。しかし逃げようとする素振りはない。誰もが家の中にいて、大人しくしていた。

 多くの建物の中に人間の姿はないが、元々空っぽだったと考えるのは不自然。恐らく中に暮らしていた人間達は既に、そしてごく最近避難している。

 だが町の規模から考えて、それなりの数の人間がいた筈だ。その移動の手間は相当に大きなものであろう。時間も掛かったに違いない。だとすると大規模な人員で、かなり前から用意をしていた事になる。

 だが、()()()()()()

 クトーラは人間を見下している。面白い戦い方をするので好感は抱いているが、戦闘能力は『虫けら』の類だと本心から思っていた。強さでは自分が圧倒的に上回り、何をしてきたところで打ち破れるという自負を持つ。

 しかし同時に、人間の知性が自分達を上回るものだと素直に認めている。能天気で自信家ではあるが、現実を歪めて相手を過小評価するほど『愚か』ではない。人間の知能ならば、損得勘定ぐらいは出来ると評価していた。

 労力と時間を投じたならば、相応の何かをしている筈。

 クトーラは考えを巡らせた。しかし疑問の答えは、クトーラが何かしらの考えに辿り着く前に明らかとなる。

 

【……………シュゥ】

 

 展開していた電波エコーが、新たな存在の接近を察知した。

 例えば航空機。今までもしつこいぐらいクトーラを攻撃してきたその機体達は、しかし此度は少々様相が異なっていた。これまでは多くて数十機程度の編隊だったが、此度やってきた数は……数え切れない。何百という航空機がぐるりとクトーラを包囲している。

 地上に展開された車両の数も尋常でない。こちらは何百どころか、何千と集まっているように見えた。種類も豊富であり、そしてそれ以上にたくさんの人間達が動いている。

 これまで度々人間からの攻撃を受けてきたクトーラであるが、これほどの大軍団を目にするのは始めて。おまけにこれすら戦力の一部らしく、電波エコーの圏内に続々と新たな戦力が押し寄せていた。

 何が起きているのか? 何を企んでいるのか? 考えてみれば、クトーラはすぐに人間達の思惑を理解した。

 人間達は此処を決戦の場にするつもりなのだ。

 戦力の逐次投入は愚策。クトーラも知っている戦の大原則だ。今まではこちらの戦闘能力を測ったり、戦略の有効性を調べるために全戦力を投じてこなかったのだろうが……言い換えれば大量の戦力を一度に投じてきた事で、此度の人間達の本気が窺い知れる。そしてこれだけの戦力で戦いを始めれば、人間側の攻撃でもかなりの破壊をもたらす。言うまでもなく、此処に残る人間達は巻き添えになって死ぬだろう。

 だとすると町に残る逃げない人間達は、逃走を諦めたという事か。クトーラには理解出来ない考えだが、元より人間など大して理解出来ないし、理解するつもりもないのでどうでも良い。

 それよりも重要なのは、戦う人間達は、この逃げない人間達を巻き込む事を厭わないであろう事。文明を持つには多少なりと仲間意識が必要だと、クトーラは猿達に文明を与えた時に知っている。その仲間を巻き込むからには、相応の覚悟、何より成功させるという意気込みがあるに違いない。

 

【……シュゥ、ウゥゥゥッ】

 

 故に、面白いとクトーラは思う。

 つまりこれから始まるのは、人間達の形振り構わない本気という事だ。今までも色々な技を人間達は見せてきたが、今回は今までとは比にならない、激しい戦いを繰り広げてくれるだろう。

 手を変え品を変え、様々な方法で挑んでくる人間達をクトーラは楽しんでいた。それが本気で挑んでくるとなれば今まで以上にワクワクするのも当然。無論、その考えの土台にあるのは自分の強さに対する絶対的な自信だ。全てを受けた上で、きっちり叩き潰す。それが強者としての礼節だとクトーラ族は考える。

 そして歯応えのある相手ほど、それを打ち破った時の『興奮』が大きい事をクトーラは知っている。

 

【シュゥウゥウウウオオオッ!】

 

 クトーラは六本の触腕を大きく広げた、臨戦態勢と呼ぶべき構えを人間に見せ付ける。

 それを合図とするかのように、本気の人間達の攻撃がついに始まるのだった。


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