神々の戯れ   作:彼岸花ノ丘

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好敵手

 その『気配』は、突然現れた。

 

【……シュゥゥゥゥ】

 

 カナダを一通り破壊し尽くし、次の標的であるロシアを横断している最中であったクトーラは、ふとその動きを止めた。

 今、彼はロシアの大軍と戦っている。米軍とカナダ軍を打ち破ったクトーラに、ロシア軍は百五十発の核兵器を撃ち込んだ。その跡地に被爆を恐れない陸空軍が突撃し、猛攻撃を行っている……尤もクトーラの電磁防壁は揺らがず、陸空軍は既に壊滅状態になっていたが。今はただ、撤退命令が出る事を祈る兵士達が、ちまちまと攻撃しているだけ。

 そのような有象無象もクトーラは敬意を持って見逃さないつもりだったが、しかし状況が変わった。

 ――――()()()()()()()()

 クトーラは感じ取った気配を、そう理解した。気配といっても超常的なものではなく、その存在が放つ生体電流、これに伴う電磁波を感知したもの。近くであれば弱い生物の気配も感じ取れるが、遠くであれば相当強くなければ無理だ。少なくともクトーラの視界内に、気配を発するほど強そうな存在はいない。

 そしてクトーラは、この気配を無視つもりなど微塵もない。人間文明? そんなものは後回しだ。素晴らしい戦いを提供してくれているのに失礼極まりないとは彼自身思うが、此度ばかりはそうもいかない。

 幾千万年と戦い続けた種族が現れたとあって、すっかり心が踊ってしまっているのだから。

 

【シュ、ゥウウオオオオオオオッ!】

 

 壊滅寸前のロシア軍を捨て置き、クトーラは猛然と動き出す。

 目指す方角は南。

 その気配が何処にいるのか、正確には分からない。だが気配が南の方からするのだけは確かだ。だから南へと向かう。

 道中で人間の都市と軍に幾度となく遭遇した。されどクトーラはこれを無視する。高出力金属元素砲を撃つ事もなく、精々電磁トラクタービームで逃げ惑う人間を吸い込むだけ。理由は、少しでも体力の消耗を抑えるためだった。

 やがてクトーラはロシアを通り抜け、中国に辿り着く。中国人民解放軍の攻撃はロシアのそれよりも更に苛烈だ。核攻撃、生物兵器、化学兵器……あらゆる攻撃でクトーラを撃滅しようとする。自然環境はおろか、自国そのものの汚染さえも気に留めない。人道に反する作戦は、クトーラにとってこれまでで最も苛烈な攻撃となっていた。

 だが、クトーラが纏う電磁防壁は健在。

 精々苛立ったクトーラが、道中の人民解放軍を高出力金属元素砲で焼き払った程度。その後は上海で『食事』を行いつつ、都市の破壊はせずまた南へと向かう。

 その頃になって、人間達の攻撃の手が止んだ。

 屈服した、という訳ではない。人間達も今のクトーラが都市の破壊を優先していない事に気付いたのだ。その行く先が、人間にとっても『脅威』である存在だと。

 敵と敵をぶつけて、弱ったところを叩く。

 聡明なクトーラは人間達の思惑に気付いていた。強敵との戦いを生き甲斐とするクトーラ族は好まない戦術であるが……他の種族がそうした行動を取る事に、侮蔑や嫌悪は抱かない。人間的な表現を用いるなら、()()()()()、というものだ。むしろ知的な作戦を仕掛けられるのは、過酷な戦いを楽しむ上では好ましい。

 何より感じ取った気配との戦いに水を差さないのならば、それに文句を言うのは逆効果というものだ。

 

【シュオオオオオオオオオ……!】

 

 邪魔がなくなり、クトーラは更に加速する。時速一千キロで直進すれば、五千キロと進むのに五時間も掛からない。

 人間が使用する時刻にして、十三時頃。ロシアから一直線に突き進んだクトーラが辿り着いたのは、フィリピンの首都マニラであった。

 フィリピンという国自体は、所謂発展途上国だ。農村で生活する国民の半分以上が一日一ドル未満の生活という、最貧困層と呼ばれる経済水準にあると言われている。だがこうした国ではよく見られる特徴であるが、首都の発展は著しい。高層ビルが乱立し、先進国に負けないほど巨大な都市が出来上がっている。マニラも高層ビルが建ち並び、スラムなどはあるものの、極めて高度な発展を遂げた大都市であった。

 ……ほんの数時間前までは、という文言が今は必要であるが。

 原型を留めていない、というほどではない。だが乱立していたビルの五分の一近くが倒れ、炎と煙が都市のあちこちから上がっていた。

 地上では人々が逃げ惑っていた。ひっくり返った戦車が道を塞ぎ、広がる火災が人々を飲み込んでいく。大人が子供を突き飛ばし、女が老人を押し退け、自分だけでも助かろうと藻掻き苦しむ。正に地獄絵図といった様相だ。

 そんな都市には『道』が出来ていた。

 巨大な生物が這いずったような、土が抉れた道が出来ている。いや、ような、ではない。確かにそこにいるのは、這いずるように進む巨大生物だとクトーラは知っているのだ。

 そして道の先――――クトーラの真正面にいる生物が、此処マニラを破壊した元凶である事も知っている。

 

【シュオオオゥ……!】

 

 クトーラは唸り、その身体に満ちる力を高めていく。巨大な眼球を突き出し、目の前の存在を凝視する。

 体長二百八十メートル。触腕を含めなければクトーラより巨大な身体は、ごつごつとした岩状の表皮に覆われている。質感だけでなく、黄土のような色合いからも岩らしさが感じられるだろう。棘や翼は生えていないが、岩のような肌には小さな穴が無数に空いていて、近くで見た者の精神に『気味悪さ』という名のダメージを与えてくる。

 体型はずんぐりとしていて、尚且つ長い。イモムシや地虫のような形態だ。身体の半分が地面に付いており、これを引きずるようにして進んでいる。二本の足が付いているのはそんな身体の真ん中辺り(つまり下半身のように見えた部分は、胴体と同じぐらい太く長い尾である)、これが上半身を支えていた。足は太く、ずんぐりとした身体を支えるのに不足はない。指と爪があり、大地をしっかりと踏みしめている。

 上半身は背筋を曲げた状態ながらも持ち上がり、だらんと二本の腕が垂れ下がっている。この腕にも指と爪があるが、足の爪よりも鋭く長い。攻撃のための器官であるという事は、本能的に察せられる。腕自体も太く、大きなパワーを秘めている事が窺い知れるだろう。

 そして頭。

 大きさは三十九メートル程度。身体に対して決して大きなものではなく、丸みを帯びた形は、多くの人間にとっては『可愛い』系統に属するだろう。嵌っている目玉も真ん丸で、獰猛さなど欠片も感じられない。むしろ惚けたような面に見える。しかし開いた口の中には、鋭い針のような歯が無数に生えていて、口内からはだらりと舌が垂れる。溢れ出す口臭は腐肉に似たもので、この可愛らしい顔の生物が獰猛な捕食者だと物語っていた。

 クトーラはこの生物について知っている。

 クトーラ族はこの巨大生物を、ハースと呼んでいた。クトーラ族よりも後に生まれた両生類の一種で、三億五千万年前の陸上、その中でも主に沿岸部を支配していた存在だ。

 何より、クトーラ族が激戦を繰り広げた『強敵』の一つである。

 

【シュウゥゥゥ……】

 

【……………】

 

 クトーラが睨むと、ハースもクトーラを見つめる。つぶらな瞳を見ながら、クトーラは過去を思い返す。

 クトーラ族とハース族は、古来から争ってきた。他にも様々な種族と敵対していたのでその中の一体であり、特別強かったとか、厄介だったとかの記憶はないのだが……どうやら彼等もクトーラ族のように休眠し、方法は分からないが四億年の月日を生き抜いていたらしい。

 そしてクトーラの目覚め(というよりその後の活発な破壊活動)を刺激にして、同じく目覚めたのだろう。世界の様子を探ろうとしてか、はたまたクトーラの気配を求めてかは分からないが、周りの邪魔者(人類文明)を破壊しながら。

 ハース族がクトーラ族衰退の全ての原因、とまでは言わない。四億年前のクトーラ族には、ハース族以外にも宿敵が数多く存在していた。しかしこのハース族の所為で沿岸部からの進出が滞り、思ったように勢力を広げられなかったのは事実。奴等がいなければ、大量絶滅が起きる前にクトーラ族が地球を支配出来たかも知れない。

 それを理解した上で、恨みや憎しみという感情をクトーラは特に感じなかった。本質的に野生動物である彼等は、種族の本能として繁栄を求めるが、至上命題として意識に刻まれている訳でもないのだ。

 では、クトーラは目の前のハースを()()のか?

 それもまた、否である。

 

【シュゥオオオオオオオオオ!】

 

 クトーラが激しく吼える。威嚇と宣戦布告を意味する雄叫びだ。

 全身に滾らせた力を声にすれば、空気が震え、小さな衝撃波となる。残っていたビルは振動により窓が割れ、壊れかけていたビルは崩れ落ちた。ただ鳴いただけで都市が崩れていく様は、この都市でまだ生きている人間達の心を一瞬でへし折る。

 だが、ハースの心をどうこうするには、全く足りない。

 

【フェギィイイィイアアアアアアアッ!】

 

 それどころか更に大きな声で、威嚇を返された。

 クトーラの声でも崩れなかったビルが崩れ落ちる。クトーラの叫びは押し返され、彼の身体もビリビリ震えた。

 向こうに退く気はないらしい。

 分かりきっていた展開だ。ハース族は間抜けな面構えをしているが、その性格は好戦的なクトーラ族から見ても凶暴そのもの。誰彼構わず戦いを吹っ掛ける性質に加え、相手を執拗に嬲り殺す残虐性も持つ。巨体相応に強い事もあって、当時生きていた多くの種族から嫌われていた。

 唯一彼等を嫌っていなかったのが、クトーラ族。

 挑めば応えるその性質は、好戦的なクトーラ族にとって好ましいもの。繁栄の邪魔ではあるが、それはそれ、これはこれ。これから強いモノと戦えるのに、ああだこうだと考えるのは無粋というものだ。人間が繰り出す知的な作戦も楽しませてもらえたが、やはりクトーラ族としては、己の肉体をぶつけ合う血と闘争が一番の好み。

 

【シュオオオオオオオオオオッ!】

 

 クトーラが咆哮と共に、喜々としながらハースに戦いを仕掛ける理由はそれだけで十分なのだ。

 

【フェィイギィアアアッ!】

 

 そしてハースにとっても、戦う理由はクトーラと変わりない。人間の都市と軍隊を一通り壊したハースは、今頃きっと飽き飽きしていただろう。残虐な彼等であるが、虫けらを潰して歩く事を楽しむよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()方が好きなのだ。同格の種族にして、高慢ちきなクトーラ族は彼等にとっても好ましい。

 どちらにとっても、この戦いは楽しいものでしかない。ならば威嚇で終わって平和的に済む訳もなく。

 古代からの敵同士は双方喜々としながら、けれども激しい闘争心を露わにして激突するのだった。


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