あれは嘘だ(CV:玄田哲章)
ID:weisIA1489 LOG:1489/12/18
『貴族に死を!』
『権力者に死を!』
『ヴァイス帝国人に死を!』
こちらを取り囲む群衆もといカルマン革命軍の物騒なコールを聞き流し、見上げる空は鉛色。巫女様の予報は怖いくらい当たる。
絶好の戦争日和だった。
吐き出す息の白さを見ると、あの胡散臭い女神を思い出す。
滅びの間近に与えられる苦しみが最も生を実感させてくれるのでしょうね、と奴は目をキラキラさせて宣った。
山も谷も無いよう望んでも人生は起伏だらけなのだ。苦難などクソくらえだった。
「…邪神め」
「どうされましたか、閣下?」
つい呪詛が口から漏れてしまい、傍らに立つマルゴット・ヒンターマイヤーが反応する。
ケープを羽織り、フードを深く被った姿は黒いてるてる坊主だ。
そんな彼女こそ父の代から仕える腕利きのネクロマンサーである。
「いやなに、革命軍の選曲に物申したいと思ってな」
不慣れながらも一丁前に叩けるようになった軽口で誤魔化す。
今日も今日とて酷使される彼女は不平不満を漏らさない。ならば、将軍もまたそうでなくてはならない。
「軍楽隊を招き、我らがマルシュを聞かせてやりましょう」
「名案だが…聴衆の格好がなっていないな」
「では、赤く染め上げてあげましょう」
そう言ってクスクスと笑うマルゴットは実に黒い。
フードの奥から聞こえる彼女の声を嫌う者もいるが、素顔を知る身としては甘ったるいロリータボイスは嫌いではない。
決してロリコン趣味ではないぞ。
『貴族に死を!』
『権力者に死を!』
『ヴァイス帝国人に死を!』
まったく喧しい連中だ。
3方より包囲している、つもりのカルマン革命軍は推定9000。書き込まれた数字通りでブラフを疑ったが、本当にそれだけだ。
本隊は眼前に広がる丘の中腹に陣取る5000。予備戦力としてか、騎兵の姿が後方に見える。丘は突撃に適した緩やかな傾斜があり、泥濘が少ない。
こちらの左翼に1000、右翼に3000。
左翼側は深い沼が点在しているため少数配置。右翼側が厚いのは沼が比較的浅いからだ。
この両翼に広がる沼が曲者で、踏み込めば進軍の速度は落ち、方向転換も容易ではない。
現実的なのは右翼の一点突破だが、それを達成する前に敵本隊に挟撃されるだろう。
「やれますかな、閣下」
「やるとも」
当然だ。
勝利は必定、懸念事項は左翼を逃す可能性のみ。
ここで革命軍には全滅してもらう。我ながら夢想家と思うが、時間が味方してくれない以上はやるしかない。
陛下の命は、カルマン革命政権の早急な打倒。
隣国と戦争中に従属国で革命など
ゆえに、陛下は国内に留まっている出不精な将軍を──蛮族征伐の手腕を買って──差し向けた。
ただの鎮圧と思わぬよう言い含められたが、その理由が浅学な己には理解できない。
宰相の傀儡と評した節穴貴族たちでは見通せないヴァイス帝国の未来を見据えた御方だ。一貴族の視野で推し量れるものではあるまい。
将軍のすべきことは陛下の命を果たす。それだけだ。
しかし、焦りは禁物。せっかく釣り上げて、ご破算にはできない。
「風向きに変わりないか?」
「はい、変わりありません。山側から良い風が吹いております」
打てば響く。
ロングボウを肩に携えた初老の士官──確かデリンガーという名だ──が朗らかに答えた。
戦慣れした姿から見て取れるように、父の代から変わらず仕えてくれる者だ。非常に頼もしい。
甲冑越しで風を感じにくいが、これも巫女様の予報通り。本人は先代に遠く及ばないと謙遜するが、もっと胸を張っていい。
「よろしい……さて、そろそろ革命軍の曲は飽いたな」
「では、我らがマルシュを聞かせてやりますか?」
「うむ、ようやく披露の機会をもらえたのだ。聞かせてやろうではないか、諸君?」
戦場に立って兵を前にすると、ついつい調子の良い言葉を吐いてしまう。演技派でもないというのに。
しかし、そんな臭い台詞を耳にした老練の弓兵はニンマリと笑い、マルゴットも釣られて肩を微かに揺らす。
「今までは聴衆が逃げちまって散々でしたからね」
「まったくだ」
「然り然り!」
あの伝言係の言葉を借りるなら死地へ飛び込まされたというのに、誰もが不敵な笑みを浮かべていた。
見える限りで、ロングボウを携えた弓兵も、馬を降りた騎士も、長耳を揺らす異種族傭兵も、一切臆していない。
勝ち戦と将軍が宣ったとしても凄まじい胆力だ。
いつも小心を奥歯で噛み殺す身としては、微量でも分けてほしい。
「エーベルト卿を端役にしてしまっては申し訳ないですね、閣下」
「爺や──クラウスが遅れなければ良いだけのことだ」
「これは手厳しい」
泥濘の少ない地に陣を構えて
総勢3568を横幅の狭い厚目の横隊3つに分け、3方の敵と相対している陣容は時を稼ぐため。
将軍に任じられてから初の野戦、初の決戦だ。
逸っても、臆しても、兵が無駄に死ぬ。
深呼吸して、決断する。
「始めるとしよう」
堂々と宣言する。
その命令が伝播するのに、そう時間はかからなかった。
剣の如き鋭利で、硬質で、冷徹な空気を纏った帝国軍は、無言で周囲の革命軍を威圧する。
「シュッツェ隊、攻撃始め」
左翼に突っ立ている革命軍は射程内。ロングボウは風向きが味方すれば、現行の飛び道具では最長と言っていい射程を誇る。
彼らはロングボウの存在を知らないのだろう。こちらの主力が下馬騎士と思い込んでいるから。
「構え」
士官の号令と共にシュッツェ隊の弓兵たちが続々と矢を番える。
これが放たれた瞬間、血みどろの戦が幕を開けるのだ。
しかと見届けるため、身じろぎせず敵兵の姿を見据える。
「放て!」
引き絞られた弦が跳ねるビョンという音、そして風切り音。
初めて見る弓兵の斉射とは、音だけで人を殺せるのではないかと思うほど恐ろしいものだった。
矢弾が降った革命軍は、それ以上の恐怖を味わったろうが。
『権力者に──』
物騒なコールを連呼していた者たちに黒い矢弾の雨が襲い掛かる。
隊列が波打つように乱れ、その動揺は目に見えるようだった。
「放て!」
風切り音の間隙に悲鳴と怒号が聞こえてくる。しかし、予想通り投射量に対して敵兵が多く、損害は限定的に見えた。
焦れる。
しかし、ここで弓兵全てを左翼に向けるわけにはいかない。おいそれと隊列は変えられないのだ。
風向きが変わる前に射殺せるだけ射殺す。
「閣下、カルマン革命軍の本隊と右翼が動きます」
「うむ」
この場にいない筆頭騎士に替わり、マルゴットが淡々と報告する。
早速、こちらの先制攻撃に対して反撃してやろうと動き出したようだ。
堂々と丘を下る敵本隊の前列を睨む。
ロングボウより優れた武器だったか、
「プファイル隊は敵本隊、ボーゲン隊は右翼に攻撃」
ロングボウを手にする兵の足元に突き立てた矢全てを放つ前に白兵戦となるか。
それとも射撃戦で無為に命を散らしてくれるか。
後者の方が望ましいが、そうはなるまい。その確信に内心震えながら、努めて
「引き付ける必要はない。前列から射殺せ」
「構え!」
すぐさま号令が飛び、弓兵が矢を番える。曲射ゆえ鏃は曇天を睨む。
目測で革命軍が射程に踏み込んだ瞬間、矢が空を切る。
右翼は向かい風でロングボウの射程が伸びない。漸減の効果が大して得られない状態で白兵戦となるだろう。
正念場だ。
兵を鼓舞するため、戦場の不協和音に負けない大声を腹から出す。
「ヴァイス・リッターとブラウの精兵よ!」
敵と相対する者たちは振り向かず、しかし微かに身じろぎした。
迫る人の壁を見ても動じない彼らが確かに耳を傾けた証拠だ。
「古強者の卿らこそ主役ぞ! 敵は雑兵なれど大軍、この大舞台を譲る者はいるか!」
「否!!」
剣や戦槌を高く掲げ、吼える騎士の戦意は高い。
派手な戦装束を身に纏う傭兵も習って、とりあえず大剣の切先を天へと突き出した。
「よろしい……雑兵共の突撃、見事粉砕してみせよ!」
「我が剣は閣下と共に!」
「穂先には敵の首を!」
最前列の虚ろな目をしたゾンビ兵より前に躍り出て、敵兵を殺して回らん勢いだ。騎士たちは血の気が多い。
肩を並べるブラウ連隊の傭兵たちは苦笑している。
その間にも弓兵は矢を放ち、泥に倒れ込む人、人、人。
「左翼も動き出しました」
「遅いな」
本当に遅い。
そして、無意味だ。沼のせいで隊列が組み直せていないのだから。
あちこちで悲鳴が聞こえ、死の風切り音が唸る。
血臭が届かなくとも、ここが戦場だと実感せざるを得ない。
「そろそろ射程と見ますが……プッペを前進させますか、閣下?」
ゾンビ兵──正式な名称はプッペ、ネクロマンサーが操る死体。
今回、彼らに与えられた役目は敵弾から味方を守ることだ。生命活動の維持が行われなくなった肉体は骨が砕ける瞬間まで、盾として機能する。
ここまで天候に恵まれず、文字通り馬車で塩漬けにされていたため本日初仕事だ。
「うむ。敵の射手を脅かしてやるとしよう。左翼は動かさなくていい」
「承知しました」
マルゴットが凡人には解読できない言葉を唱えると、プッペはスイッチが入ったように歩き出す。
泥濘に足を突っ込んでも青い顔色のまま進む死体の列を見て、敵の足が止まる。
敵本隊は丘の途中で、右翼は沼の中腹で、それぞれ得物を仰々しく構えた。
どれほどの威力か、見せてもらう。
「マルゴット、ほんの小手調べと弾除けだ。余力は残しておけ」
「ご安心ください、閣下。弁えております」
454もの死体を操りながらマルゴットの声色は涼しいものだが、彼女は爺や──クラウスに次ぐ主役だ。
プッペが泥濘に苦戦しているよう演じさせる気配りには唸るところだが、やはり負担は少ない方がいい。
──爆竹を思い出す破裂音が戦場に鳴り響く。
革命軍の前列を瞬く間に白煙が覆い隠す。
それから遅れて、白煙の中で間抜けな破裂音が数回ほど鳴った。
内心身構えていたが、まるで恐ろしく感じなかったのは感覚の麻痺か、それとも。
「損害は?」
「本隊正面が27、右翼は23でしょうか……音だけですね」
「ふむ」
有効射程より先にまで踏み込んでいたはずだが、酷い命中率だ。
これで確信した。
伝言係ご自慢の武器はハンドキャノンで間違いない。
運用次第では脅威になり得たろうが、全く無意味な場所で使ったものだ。プッペ相手には効果が低い上、火薬が湿気で不発を起こしている。
手は小刻みに震えているが、心は冷め切っていた。
この震えは恐怖ではないと思い込めそうだ。
「放て!」
放たれた矢が黒い雨となって降り注ぐ。
革命軍はハンドキャノンの装填中も矢弾を浴び、遊兵の後列も無為に矢弾を浴びる。
それを良しとしないなら、突撃しかない。
『突撃!!』
それでいいのか、カルマン革命軍。
一斉に走り出す敵兵を見て、本来切り捨てるべき同情の念を覚えずにはいられない。
射程で劣っている以上、初めから突撃を選べば無駄に兵を死なせずに済んだかもしれない。
敵将は試してみたかったのだろう。火薬の威力を。
どうやって調達したか知らないが──
「過ぎた玩具だ」
乾いた言葉には何の感情も乗らなかった。
迫り来る人の壁は矢弾で欠けながらも前進を続ける。
そして、行軍中に回収した武器を構える死体と武器の元持ち主たちは激突した。
プッペが同数の敵兵を突き殺すも、すぐ串刺しにされてしまう。だが、十二分な働きぶりだった。
「閣下、正面と右翼のプッペが全て破壊されました。申し訳ありません」
「構わん。消耗品だ」
生者に代わりはないが、死体は調達できる。それこそ
それよりも革命軍が突撃の勢いを無駄に消費した事が重要だ。プッペの正体に動揺している点も見逃せない。
震える手で柄を握り、一息に剣を抜き放つ。
頭は冴えている。ここで言うべきは、ただ一つ。
「今こそ好機! かかれ!」
それを待っていた、と言わんばかりに騎士たちは敵本隊へ突進し、右翼へはブラウ連隊が踊りかかった。
──肉薄し、鉄器が光る。
身の竦むような光景が視界一杯に飛び込んでくる。
血飛沫を散らす刃の切先、泥と血溜まりに倒れ込む人、そしてウォークライ。
泥濘の少ない足場で下馬騎士は本来通りの実力で、雑兵を一方的に殺して回る。真のヴァイス・リッターを前に、革命軍は圧倒されていた。
ブラウ連隊も負けず劣らずの働きを見せる。泥と返り血で戦装束を汚しながら、穂先ごと敵兵を斬って捨てる豪傑な戦いぶりだ。
「閣下、左翼は如何いたしましょう? こちらも始めますか?」
凄惨な殺し合いなど視界に入っていないような調子でマルゴットは問うてくる。
敵兵の突破を許せば、彼女を守るのは従騎士4人と頼りない将軍だけ。
恐ろしくないのか、逆に問いたい馬鹿げた気を抑え、あくまで将軍として振る舞う。
「左翼はまだ引き付ける。逃げられては敵わん」
「承知しました」
即答。
ここまで信頼されるに値する将軍であるか、そもそも己の選んだ戦術に過ちは無かったか──数多の不安が胸裏に浮かぶ。
その不安は、おそらく、優勢に見えて揺るがない数的不利のせいだ。
唾棄すべき小心を奥歯で噛み殺す。
革命軍は立て直しに手間取っている。鍛え抜かれた精兵たちが時を稼ぐなど容易い。
そうとも、兵を信じず何が将だ。
動じるものか。
「閣下、シュッツェ隊の矢が尽きます」
「……ならば、白兵の準備だ。抜剣!」
「抜剣!」
左翼はプッペを突破されれば、弓兵であるシュッツェ隊しかいない。
だが、よく訓練された弓兵は優れた歩兵でもある。遅れはとらない。
しかし、矢が尽きるのが想定より早い。
漸減が出来なくなれば、敵からの圧力は確実に増す。
騎士も傭兵もプッペではないから疲弊する。いずれは敗北する。
それを待っているのだ。
敵本隊後方、丘の中腹より戦場を見下ろす馬上の男は。
「閣下、丘の上に帝国旗を確認。主役が到着されました」
そんなことは百も承知。
無策で包囲に飛び込みはしない。
視線の先、丘の上で翻る純白の帝国旗は、曇天の下でも気高く輝いて見えた。
真の強行軍とは彼らのことだ。
主戦場となる一帯を大きく迂回し、かつ決戦に駆けつけた彼ら、1038騎の重騎兵こそが。
「さすがはエーベルト卿、文句の付け所がありませんね」
「うむ」
勝負あった。
背後に現れた敵に気がつく革命軍の騎兵。しかし、もはや手遅れだ。
戦場を震わす蹄音は回避も迎撃も許さぬ距離に下ってきていた。
500騎ほどの彼らは瞬く間に粉砕され、敵将と思わしき男も無様に落馬する。
伝言係と睨んでいた男は何度も馬蹄に踏み抜かれ、やがて姿が見えなくなった。
「あれでは敵将の顔が拝めんな」
「生捕がお望みでしたか?」
「いや……もう、どうでもいいことだ」
特段、何も感じなかった。生きていようと死んでいようと。
仕上げの段階に入った今、将軍のすべきことは重騎兵の突撃を成功させることだ。
「プファイル隊は攻撃やめ!」
誤射などあり得ないと言わんばかりに重騎兵は加速した。こちらを完全に信頼しているのだ。
おのれ、爺や。心臓に悪い。
「勝ちましたね」
「ああ」
人馬という巨体が連なって迫り来る様は、味方であろうと気圧される。丘を下ることで速度を増す重騎兵は、恐るべき質量兵器だ。
その行手を阻むために造られた沼は丘にない。
矛先は遊兵となっている敵本隊後列。
『騎兵だぁぁ!!』
その悲鳴は恐怖を伴って伝播し、目に見えて隊列が乱れる。
押し合いへし合い、傍に広がる沼へ逃げる者も現れた。
しかし、大多数は質量兵器の衝突から逃れらない。
──衝突。
ハンドキャノンの斉射など可愛いものだと思う。
人が圧死する音、馬蹄に骨を砕かれる音、刃が首を刎ねる音。
抵抗という抵抗もできず敵兵は殺されていく。もはや数的不利など意味を成さなかった。
「マルゴット、仕上げだ」
「承知しました」
ひとたび総崩れとなれば、兵は武器も捨てて逃げ出す。
本隊の有様を見た両翼の革命軍も例に漏れなかったが、逃がす気は毛頭ない。
聞き取れない言葉の羅列を早口で唱えるマルゴット。
一見、周囲に異常は見られないが、世の摂理は既に歪曲された。
「閣下、俘虜は如何しましょう?」
「貴族殺しは大罪……となれば、戦士として死なせてやれ」
「承知しました」
赦しは乞わない。
戦局に寄与することなく逃げ帰る左翼の革命軍は、足を掴まれた。
沼から生えた元同胞の手に。
『ヴァイス帝国の奇術だ!』
『護符が効いていないぞ!?』
『やめてくれぇ!』
起き上がった元同胞たちは近場の生者を次々と手に掛けた。
穂先に貫かれて絶命できた者は幸運だろう。
顔面を泥に沈められ、傍の深い沼へ突き落とされ、多くの敵兵は溺死した。
どこよりも早く敵兵の悲鳴が聞こえなくなった。
最後まで耳を塞がず、それを確かめる。
「閣下、メルケル卿も間に合ったようです」
一仕事終えて尚、ネクロマンサーは与えられた責務に対して忠実だ。
右翼に目を向けると革命軍の背後に、帝国旗が見えた。伝言係曰く置き去りにした後続。
徴兵した我が領民。他国とは言え、焦土作戦に憤っている農夫たちだ。
ブラウ連隊の大剣に追い立てられ、退路も失った革命軍は完全に戦意を失う。
次々と武器を泥の中へ捨て、膝を屈する。
なお抵抗を試みた敵兵は沼に沈み、とうとう戦場から不協和音は聞こえなくなった。
「終わりました、閣下」
「うむ」
戦の前と変わらぬ調子で告げられたマルゴットの言葉に重々しく頷いた。
勝鬨を上げる騎士。
足元の死体を突いて回る弓兵。
黄昏るプッペ。
跪いていない敵兵がいないことを確認し、ようやく一度も血を浴びなかった剣を鞘に戻す。
それだけの動作に思ったより手間取る。
長く息を吐き出して、天を仰ぐ。
これで、おそらくは、終わったのだ。
「……そうだな」
カルマン革命政権は武力を失った。そして民意も。
崩壊は時間の問題だろう。
大いに荒れそうな戦後処理については、宰相が選抜した文官が担うと聞く。つまり、これで暴力装置はお役御免だった。
どうということはない。この国の行末に興味はなかった。
それよりも死者と戦傷者の把握、武器と死体の回収、それから──
「閣下!」
死体を軽々と避けて、馬を寄せる騎士から見知った声が発せられる。
甲冑は返り血で赤く染まっているが、間違いなく筆頭騎士クラウス・エーベルトだ。
久々に重騎兵の本懐を遂げられて、生き生きとしている。さすがは一線を退く詐欺を繰り返す爺や。
「爺や──クラウス、見事だったぞ」
これからの事は傍に置いて、皆を労おうと思う。
それが将軍として、今すべきことに違いなかった。
悪の帝国のかませ役将軍が有能だった場合のファンタジー戦記になる予定だったが、なろうヘイト待ったナシな作風ゆえ没になった作品。