転生戦線異常なし   作:バショウ科バショウ属

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 本作が始まってから1番設定が増えた大尉。


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 昔からタスクを処理する手際は良かった。

 そのせいか前世ではタスクを積み上げられて過労死し、俺は面倒事に首を突っ込まない事なかれ主義を標榜するようになった。

 忌々しい自称女神の導きで共同体宇宙軍への入隊は避けられなかったが、新鋭艦隊──前線から遠い星系を防衛する名ばかりの第3艦隊──へ異動できる程度の成績を収めつつ、事なかれ主義を実践していた。

 同期に手を出そうとした教官の1人を鉄拳制裁するまでは。

 大変、相手がよろしくなかった。

 その教官は共同体に名を連ねる星間国家の上流階級だったそうで、一介の士官候補生では太刀打ちできない権力で異動先は変更となった。

 

 異動先は──第7艦隊第7機動工兵隊群だ。

 

 航路の確保という極めて重要な任務を帯びながら、旧日本軍の輜重隊みたいな扱いを受け、死と隣合わせの最前線で活動する。

 それが機動工兵。

 一時は自暴自棄にもなったし、面倒事に首を突っ込んだ浅慮を呪った。

 でも、ゼーシュテルンの面々と任務を続けているうちに、そこが自分の居場所だと認められるようになった。

 一種の矜持みたいなモノも持てるようになった。

 そんな頃だった。

 ロストック宙域エリアR38、あの魂まで凍えるような孤独のスペース・デブリ群。

 あまりの絶望的な状況で生還を諦め、最期の余興にと同郷の人間へ進退を決めさせた時、俺は何かの歯車を回してしまった。

 

 ──左手の痛みで意識が現実に戻ってくる。

 

 時間にしてみれば1秒にも満たない。

 走馬灯か?

 鼻で笑ってしまう。何が事なかれ主義だ。

 こうして銃撃戦の最中にいるのも、巻いたハンカチを真っ赤に染める左手も、それを強く握る細い指の震えも。

 全ては俺のせいだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 手を引く護衛対象にして連合皇国第一皇女様は自分の命が狙われている今でさえ、誰かの事を気にかけている。

 その灰色の瞳は自分ではなく、誰かのために揺れている。

 和平を願い、実現のため行動し、時に武力も許容する反戦派の中心。

 そして、大人びているようで年相応にわがままな一面もある、女の子だ。

 

「ご安心ください皇女殿下、何も問題はありません」

「そう、ですか……」

 

 誤魔化しても無駄だ。

 俺が一瞬でも醸し出した不穏な気配に勘付いたのだろう。

 皇女様は本当に勘が鋭い。

 それが培われた環境を考えると羨望などできようはずもないが。

 想像を絶する重責が華奢な双肩にかかっている。

 だからこそ、戦時下であっても、この日は、この日だけは私人であることを楽しんでもらおうと思った。

 俺の心労は、ひとまず目を瞑るとして。

 

「4時方向、敵が重火器を展開中」

 

 皇女様の身の安全が確保されていることが大前提だが。

 次から次へと現れる刺客のレパートリーに嫌気が刺す。

 金の亡者共め。

 

()()()重火器は?」

 

 走る速度は落とさず、背後を追従する親衛隊員に聞き返す。

 一見時代錯誤なデザインの白い甲冑を纏う彼らは、大佐が送り込んできた要人警護のプロフェッショナルだ。

 強固なセラミック装甲と電子戦システムを備えた戦闘服と電磁加速ライフルをもって、刺客の攻撃を悉く跳ね返している。

 

「誘導兵器と推定」

「くそったれ、レーザー光波の照射を確認!」

 

 それは古典的であり、未だに現役の誘導兵器に狙われたことを意味する。

 

「大尉は皇女殿下を!」

「了解っ」

 

 親衛隊員の3人は誤差なく一斉に背後へ応射の姿勢を取り、俺は皇女様を引き寄せて朱色の路面へ伏せさせる。

 周囲に民間人の姿はない。退避できたと願う。

 

「失礼します、皇女殿下!」

「はい!」

 

 しっかりと頭を守る皇女様に覆い被さり、俺も万が一の事態に備える。

 背後では人体を数発でミンチにする電磁加速ライフルが唸り声を上げ、衝撃波が駆け抜けた。

 身体の芯から脳までを揺らす爆轟。

 遅れてきた爆風が路面から引き剥がさんと吹き荒れる。

 そして、不完全燃焼の臭いが黒煙と共に渦巻く。

 中華系をルーツにもつ住民が築いた華やかなるハビタット9には、何もかも不要な騒乱だった。

 

 ハビタット9は戦場さながら──いや、戦場となっている。

 

 治安は決して良いとは言えないが、アウトロー共が我が物顔で重火器を振り回せる場所でもない。

 皇女様を暗殺するため物流網の保安検査に手を回した奴が必ずいる。

 何もかもが、本当に──

 

「……馬鹿げてる」

「ケントさん…?」

 

 思わず口から出た言葉。

 甲高い銃声が掻き消してはくれず、こちらを見上げる大きな瞳には、ひどくパッとしない野郎が写っていた。

 俺なんて装甲外骨格がなければ、こんなものだ。

 

 だから──だから、どうした。

 

 猫被り大佐の言葉通りになってたまるかよ。

 

「大尉、頭を上げるな!」

 

 親衛隊員の1人が前方の車両整備場から現れたアウトロー共へ弾幕を浴びせた。

 多銃身式機関銃を構えたサイボーグの頭が吹き飛んで、一瞬浮き足立つも負けじと撃ち返してくる。

 電子戦システムの介入を受けた照準は、でたらめだ。

 鮮やかな朱色の路面が抉れ、パチパチと破片が体を叩く。

 皇女様に当たらないよう盾になる。

 

「弾倉交換、援護を!」

「援護する!」

 

 ただ肉の盾ってわけにもいかない。

 皇女様の頭を血の滲む左手で抱き込むように守り、無傷の右手で護身拳銃を連射する。

 1発、外れ。

 2発、外れ、集中しろ!

 3発、外れ。

 4発、外れ。

 5発、2丁拳銃を構えたアウトローに命中。

 6発、外れ、締まらない。

 火器管制システム無しの生身では、屑みたいな命中率しか望めない。

 決してオートマチック・リボルバーが骨董品だからじゃない。

 電磁加速ライフルが再び銃声を轟かせ、アウトロー共は残らずミンチになった。

 

「増援を確認、移動を推奨」

「くそったれ、タオ使いを視認……野郎、生きてやがる」

 

 後方からの銃火を一手に引き受ける2人が唸る。

 民生ローリーに充填された液化ガスの爆発を至近で浴びても死なないのかよ、あのタオ使い!

 なるほど、()()()()()だ。

 共同体の治めるハビタットで、こうも好き勝手にされて宇宙軍の面子は丸潰れ。ハビタット9周辺宙域で暗躍しているジン・ウー会であれば可能なのか?

 

「大尉、合図したら皇女殿下を連れて走れ」

「この通りの先に衛士隊が?」

「包囲されるわけにはいかない」

 

 苦虫を噛み潰したような声色を聞いて、馬鹿なことを聞いたと思った。

 ジャミングで至近の部隊とすら連絡が取れない現状、衛士隊も迂闊に動けない。どれだけ彼彼女らが皇女様を第一としても、だ。

 まったく馬鹿だな、俺は。

 

「了解……皇女殿下、今から走ります」

「はい、いつでもどうぞ…!」

 

 皇女様は力強い言葉を返してくれる。恐怖で硬直しても不思議じゃないのに。

 こんなことを強いる世界への呪詛を飲み込んで、即座に走れる姿勢を取る。

 

 やってやるよ──衛士隊か、件の傭兵コンビが来るまで。

 

 音信不通の大佐が差し向けてくるという点で強力なカードなのは間違いない。

 ジャミング下で唯一連絡が取れた()()

 急いでくれ。

 骨董品に弾を装填しながら、急く気を抑えきれず確認のため、あそこへ接続する。

 

『推して参るでござる!』

 

 本当に任せて大丈夫なのか、これ。

 ござるってキャラが不安感しか助長しないんだが?

 

「粒子加速砲を視認」

「加速器が改造されてやがる……まずい!」

 

 ゾッとする報告を耳にして、接続を切る。

 レーザー発振器より嵩張るくせ、光速は超えられない代物だが、小火器を軽々と弾く親衛隊の戦闘服を溶融させる代物だ。

 生身の人間は言わずもがな。

 

「大尉、そこへ退避する!」

 

 すぐそこにある臨時休業のプレートが掛かった事務所のドアへ駆ける親衛隊員。

 残る2人は電磁加速ライフルのトリガーを引き続けている。

 しかし、着弾の音が軽い。

 タオ使いの展張する擬似偏向フィールドのせいだ。

 一介の士官は、皇女様を連れて逃げるしかない。

 

「了解──」

「おいおい! レンタカーが突っ込んでくるぞ!」

 

 報告の意味が一瞬、理解できなかった。

 何を言っているか分かるが、何が起きているか分からない。

 まさか、傭兵コンビか?

 いや、レンタカーに乗っているとか意味が分からない。

 視界の端に捉えたのは、フロントが大破したパールホワイトのレンタカー。

 そのルーフには人影があった。

 

 ──()()()()()()

 

 その非常識な存在を確認しようと首を向けた瞬間、車両整備場のガレージが内から吹き飛んだ。

 辺りを埃臭い粉塵が覆い、大小様々な破片がばら撒かれる。

 皇女様を庇う俺の前に、重々しい歩行音と共に現れる影。

 ひどく見慣れた形態の兵器プラットフォーム。

 

「装甲外骨格…だと?」

 

 黒と黄の派手な警告色カラー、コイル式の電磁装甲で着膨れしている。

 それでも頭部が胸部と一体化した特徴的デザインを見れば、一目で分かる。

 1G環境下で活動可能な設計ゆえに治安機関へ払い下げられている旧式モデル、RE-51だ。

 陽炎揺らめく熱量を放つ大型裁断機で粉塵を払い、左腕の大口径機関砲を勿体ぶるように、ゆっくりと向けてくる。

 遮蔽物無し、あるのは俺の身体一つ。

 

 ──万事休す。

 

「ちぇぇぇすとぉぉぉ!!」

 

 突如、空から降ってくる奇声。

 頭上を飛び越える影。

 刃が空を斬る。

 

 刹那──RE-51の左腕が、宙を舞った。

 

 見間違えでなければ、左腕の第1関節は()()された。

 旧式モデルとはいえRE-51の腕部は、人間が持てるサイズの裁断機や高周波刀で切れるはずがない。

 そんな常識を真っ向から切り捨てた存在は、装甲外骨格の影へ踏み入って身の丈ほどある刀を振り抜いた。

 

 警告色の巨人が転倒するのと同時──背後から耳を劈く衝突音が響き渡る。

 

 背中に唖然と書いてある親衛隊員の視線の先、大破炎上するレンタカーが見えた。

 物騒な物干し竿、もとい粒子加速砲の持ち主も仲良く燃えている。

 突然の強襲に慌ててふためくアウトロー共、飛び交う怒号と罵声、大混乱だ。

 

「一体、何が?」

「こちらにも、さっぱり……」

「なんとか間に合ったでござるな」

 

 あまりに場違いな口調の、若いというより幼い女の声が背後からした。

 相手が刺客なら俺と皇女様は、とっくに死んでいる距離。

 親衛隊員に一拍遅れて護身拳銃を向ける。

 

「ま、待ってほしいでござる。小生怪しい者ではないでござるよ!」

 

 怪しい者は皆そう言うんだ。

 色彩豊かな牡丹柄の和装に身を包み、肩に担いだ身の丈ほどある漆黒の刀からは人工血液が滴る。

 底の見えない紅い目を細めて困ったように笑う黒髪の、少女?

 その頭には狐と似た獣の耳が、ピクリと動く。

 単細胞駄狐って、もしかしなくても──

 

「その姿、シーリュウの方ですか?」

 

 体を起こした皇女様が見上げて問うた名。

 宇宙に侠客みたいな思想を持ち込んだ傾奇者、シーリュウ人。

 強きを挫き、弱きを助ける信条で、ありとあらゆる諍いに介入する生粋の戦闘種族、お節介なウォージャンキーだ。

 

「いかにも! 小生、ヘイスと申す者でござる。ゼークト……えっと、クラーラ殿の依頼で助太刀に参ったでござる!」

 

 無い胸を張って、満面の笑みでヘイスは答えた。

 この独特の口調と身体的特徴から察した俺に続いて、親衛隊員たちも警戒を解く。

 

「そ、そうか……貴官が」

 

 まさか、こいつが──みたいな困惑が言葉の節々から読み取れた。

 知ってたなら事前に教えてくれよ。

 いや、待て。1人足りないぞ。

 

「相方はどうした?」

「あそこでござる」

 

 当然のようにヘイスが指差したのは、目下炎上中のレンタカーである。

 

 それは冗談で言って──炎上するレンタカーのルーフが内から弾け飛んだ。

 

 弾け飛ばしたのは、どう見ても拳。それも全身サイボーグの拳だが、あの衝撃と火災で戦闘続行可能って軍用でも相当なクラスに属するぞ。

 

「まさか、あれが?」

 

 自分の事のように頷くヘイスに、俺が抱いた感想は一つ。

 本当にフリーランスの傭兵なのか、お前ら?

 突き破ったルーフに仁王立ちする全身サイボーグは、アウトロー共へ何かを投げ渡し、その場を後にした。

 次の瞬間、熱風と衝撃波が頬を撫でる。

 まるでアクション映画みたいに爆発を背負って悠然と歩いてくる全身サイボーグ。

 

「どうも初めまして、皇女殿下」

 

 目の前に来た巨躯の全身サイボーグは、そう言って一礼した。

 どこか中性的で高い知性を感じさせる声に面食らう。

 

「レフコスと申します」

 

 人をミンチにできそうな太い四肢、紺色の防弾外皮と装甲、そして無機質な緑の光を放つ3対の眼。

 まるで、装甲外骨格を前にしたような圧迫感があった。

 

「お二人がクラーラの雇い入れたフリーランスの傭兵ですか?」

 

 そんな全身サイボーグに皇女様は臆した様子もなく声を掛ける。

 というか、事前に聞かされていたのか。

 あの猫被り大佐、どこまでが計画通りなんだ?

 

「はい。既に聞いていると思いますが、ゼークト閣下から遣わされました」

 

 肯定したレフコスは、ゆっくりと振り返って、ショートバレルの電磁加速ライフルを構える。

 照準はレンタカーのスクラップ。諸々の動作に隙が見られない。

 

「これより敵性勢力の対処に当たります」

 

 おそらく軍用の全身サイボーグと戦闘種族のシーリュウ人。

 どういう経緯で組んだか想像もできない風変わりな傭兵。

 しかし、並び立った凸凹コンビはフリーランスでやってきた実力者だ。

 これで──

 

「小生たちが来たからには、もう勝ったも同然でござるな……」

 

 黒い毛並みの尻尾を機嫌良く振るヘイス。

 急に不安要素が膨れ上がった気がする。

 不思議だな、なんでだろう。

 

「その楽観的発言には敬意を表しますよ、単細胞駄狐」

「あ……殺り損ねたでござるか?」

「むしろ、あれで殺せると思えますか?」

 

 示し合わせたように顔を見合わせる傭兵コンビ。

 そして、スクラップ同然のレンタカーが空を飛ぶ。

 俺たち目掛けて。

 馬鹿じゃないのか!

 

「退避!」

 

 皇女様の手を取る俺、盾になる親衛隊員、その前に堂々と歩み出るレフコス。

 その巨躯には似合わない、ポンと軽々しい音が響く。

 直後、見えない巨人の手で放り投げられたスクラップは空中で爆散する。

 

「迎撃成功、問題ありません」

 

 レフコスの折り曲げられた左肘から燻る硝煙が、何をしたか如実に語っていた。

 高性能榴弾を使用する内蔵火器、軍用でなければ違法改造だ。

 

「イモータル・レフコス! 辻斬りヘイス!」

 

 傭兵コンビを物騒な名で呼ぶのは、スクラップを投擲してきたであろうジン・ウー会のタオ使い。

 黒を基調とし、金の複雑な装飾が施された装束を纏い、鉛筆の芯みたいに尖ったヘルムを被る変質者だ。

 タオという精神を物理世界に干渉させる摩訶不思議な技術を扱う。

 

「お前たち、ジン・ウー会に刃向か──」

 

 言い切る前にレフコスは左肘に仕込んだ内蔵火器を発射。

 明らかに対人用ではない高性能榴弾が尖がり頭を襲う。

 意識外の攻撃がタオ使いには有効だが、それにしても一切の躊躇がなかった。

 

「そちらこそ、手を引いた方が得策ですよ」

 

 しかし、レフコスは通用していない前提で淡々と話す。

 予定調和と言わんばかりに爆風が散らされ、無傷の尖がり頭とアウトロー共が現れる。

 尖がり頭が首を傾けて、耳障りな声で嘲笑う。

 

「手を引くだと……命乞いか?」

「宇宙軍は混乱から立ち直り、衛士隊も急行中です」

「それまでに始末できないとでも?」

「ジン・ウー会はゼークト閣下に目を付けられた、お終いです」

 

 猫被り大佐の名を聞いた瞬間、尖がり頭が明らかに硬直する。

 事態発生から実に20分近く過ぎている。

 あの猫被り大佐が指を銜えて待っているはずがない。

 どれだけ徒党を組もうが、制圧は時間の問題だ。

 

「増援を確認」

「挟撃、いや包囲されている!」

 

 と思った矢先に、車道を挟んだ向かいの歩道に現れる武装集団。

 武器、サイボーグ化の有無、人種、組織、まるで統一性のないアウトローが逃げもせず、目を欲望で濁らせて集まっていた。

 どれだけの大金を前にすれば、ここまで必死になるのか。

 尖がり頭は心底不快な声で宣う。

 

「時間がないのはお前たち──」

 

 黙れと言わんばかりの高性能榴弾が炸裂する。

 少し溜飲は下がった。

 絶望的な状況は変わらないとしても。

 

「奴は私が引き受けます。ヘイス、要人警護ということを忘れないように」

「心得たでござる!」

 

 ヘイスが車道に立ち入った瞬間、銃火が瞬く。

 皇女様の盾となるよう親衛隊員が動き、俺も皇女様を背にして膝立ちで護身拳銃を撃つ。

 当然のように当たらない。

 お返しは倍の高速弾だ。

 

 このままだと嬲り殺し──妙だ。

 

 レフコスの電磁加速ライフルだけが甲高い銃声を絶え間なく轟かせている。

 散弾銃に裁断機、果ては火炎放射器を手に肉薄してくる手合いはヘイスが切り捨てるが、これでは埒が明かない。

 

 親衛隊は単射で確実にノーヘッドを量産しているが、精彩を欠く──そうか。

 

 弾切れが近いのか。

 移動の指示を出せないのは、それを護り切れないから。

 

「大尉、我々が殿を──」

「聞けません」

「なに?」

 

 その声からは強い怒気、殺気すら感じた。

 プロフェッショナルに意見する門外漢、とんだ馬鹿者だと思う。

 だが、彼らの最適解は、彼らの中で完結したものだ。

 弾切れになれば嬲り殺しにされるのは目に見えている。

 

「まだ、手はあります」

 

 銃撃戦ではいないよりマシの俺だが、傭兵コンビの介入で選択肢は確実に増えた。

 

 諦めるには早い──死んでから諦めろ。

 

 転倒したまま動かない警告色の装甲外骨格を睨む。

 損傷は左腕が第一関節から切断、右脚も同様に切断。それ以外に目立った損傷はない。

 停止している要因は、パイロットの意識喪失か、主動力の損傷か。

 

「ヘイス! あの装甲外骨格、どうやって停止させた?」

 

 大男の振り下ろす裁断機を両断し、首ごと撥ね飛ばすヘイスに声を飛ばす。

 血飛沫が舞い、飛来する高速弾。

 翻る鮮やかな牡丹柄の和装もとい戦闘服が、生体電気を偏向フィールドに変換して一切の凶弾を弾く。

 そして、ピコリと立つ狐耳。

 

「胴の心中を一突きしたら、止まったでござる!」

 

 パイロットを一突きされただけだ。

 それなら、あのRE-51は動かせる可能性がある。

 

「何を考えている?」

「あの装甲外骨格で反撃できないか考えています」

「できるのか」

「やるんです」

 

 有耶無耶な物言いはいらない。

 俺は言い切った。

 振り向くことはできない彼らは、俺の言葉だけ判断してもらわなければならない。

 任務の生存性を上げるために、RE-74MS以外の装甲外骨格も概ね把握している。

 だが、それをプレゼンテーションをする暇はない。

 

「…援護する。合図したら走れ、大尉」

「了解!」

 

 ありがたい。

 となれば、RE-51のコクピットまでの距離を目算で測る。

 

 ──遠いな。

 

 すっかり痛みに慣れた左手に触れる柔らかな指先。

 まるで壊れ物を扱うような手つき。

 煤と血で汚れようと曇らない皇女様は血塗れの手を両手で包み、真っすぐ俺を見た。

 

「ご武運を」

「……はい、皇女殿下」

 

 それは衛士に授けられるべき言葉だ。

 俺は衛士じゃない。

 ゴミ拾い係と揶揄されようが、俺は機動工兵だ。

 命令に忠実な一士官でしかない。

 でも、人を信じる真っすぐな瞳を無下にはできないよな?

 

「援護射撃!」

 

 走り出した瞬間、目の前の地面が抉れ飛ぶ。

 あと一歩速かったら、片足は無かった。

 護身拳銃で牽制しながら走るなんて芸当は無理だ。骨董品はホルスター行き。

 とにかく、全力で走る!

 弾丸の大気を擦過する音が耳元で響く。

 装甲なんてない、生身で死地をひた走る!

 

「小生に任せるでござる!」

 

 華やかな牡丹が視界の端で舞い、漆黒の影に撫でられた銃弾が火花とともに散る。

 高速飛翔体の迎撃という人間離れした特技。

 戦闘種族であるシーリュウ人だからこそ成せる技だ。

 

「とんでもない特技だなっ」

「これで路銀を稼いだ事もあるでござるよ!」

 

 快活に笑うヘイスの援護もあって、なんとか装甲外骨格の胸部に取り付けた。

 どれだけ改造されようが、装備が義務付けられている緊急用コクピットハッチ開放ハンドルを引く。

 圧縮空気の漏れ出す音。

 漂う人工血液特有の甘ったるい臭い。

 コクピットを覗き込めば、頭部を一撃で貫かれたパイロットと対面する。

 薄ら寒くなる精度だ。

 

「パッとしない士官殿、まだでござるか!」

「パッとしない言うな! もう少しだ!」

 

 喧嘩売ってるのか、このシーリュウ人。

 事切れた半身サイボーグを右手だけでコクピットから引っ張り出す。

 皇女様を庇って左手を負傷したのが、ここで響くか。

 後悔はない。弱音を吐くな。

 一息に引っ張り出し、最後は足を使って蹴り出す。

 悪く思うなよ。

 

「もういいぞ、ヘイス!」

 

 そう言ってコクピットへ身体を滑り込ませ、コクピットハッチを閉じた。

 目の前に現れるメインモニターに貫通痕、ハビタット9の空が拝める。

 去っていくモフモフの黒い尻尾も見えた。

 あまりに正確無比な点の刺突だったおかげで、メインモニターは死んでいない。

 

 レイアウトはRE-74MSとは若干異なるが、そうそう基本は変わらない──動かせる。

 

 主動力も、電装系も、問題なし。

 表示される警告は左腕と右脚にクラスCの損傷、つまり全損。それに付随した負荷や作動流体の喪失だ。

 左肩部が残っていたおかげで、まだ楽に姿勢を制御できる。

 

「機動工兵を舐めるなよ……動け、ロートル!」

 

 旧式だろうが、機体の操作系はデバイス制御された人体トレース。

 デブリ群で重力変位に対応し続けている俺に1G環境下で姿勢制御なんて朝飯前だ。

 大型裁断機は姿勢を保つ杖として路面へ突き立て、健在な左脚で半身を支える。

 世界が空から混沌とした朱色の市街地に移り変わった。

 

「よし、いける!」

 

 姿勢安定、オートバランサー動作確認、各種センサー異常なし。

 こいつをヘイスが達磨にしていなくて良かった。

 貫通痕が残るメインモニターに皇女様たちと奮闘中の傭兵コンビを捉える。そして、銃撃を浴びせてくるアウトロー共も。

 タッチパネルを操作して、ある項目を探す。

 火器は左腕ごと脱落して使えない。だが、手はある。

 コイル式の電磁装甲、実弾防御だけが目的じゃないんだろ?

 

 やっぱりな──左肩部の電磁装甲の項目をタップ。

 

 表示される加害警告範囲を見ながら、機体の姿勢を微調整。

 あとは、飛翔体検知用の動体センサーの閾値を跳ね上げてやる。

 

 存在しないはずの飛翔体を誤検知したプログラムは当然──コイルの磁力を反転させ、装甲片を射出する!

 

 高速弾を迎撃するための装甲片の雨は、対人散弾みたいなものだ。

 対面の歩道は一瞬で朱色の噴煙に包まれ、光学センサーで戦果は見えない。しかし、赤外線センサーはアウトロー共が四散する様を無感動に見届けた。

 気分のいい光景ではない。

 だが、同情もしない。

 

≪報酬分の仕事もできない屑共め!≫

 

 音響センサーが拾った尖がり頭の悪態は、悪党のテンプレートみたいな台詞だった。

 ボキャブラリが貧弱なんだよ。

 しかし、実力は確かな危険人物、今回の黒幕と思われるジン・ウー会の構成員だ。

 望み薄だが、外部スピーカーをオンにして降伏勧告を行う。

 

「ジン・ウー会のタオ使いへ告ぐ。降伏しろ」

≪それで勝ったつもりか!≫

 

 思っちゃいない。

 電磁装甲という名の散弾もタオで展張された擬似偏向フィールドの前には無力だ。

 だが、()()()()()運用されていたなら、その機能が除外されていないなら、こいつは装備しているはずだ。

 

「繰り返す、降伏しろ」

≪タオの真髄、見せてくれる!≫

 

 尖がり頭は奇妙な印を結び出す。

 思考可能な脳があればタオは行使できる。つまり、脳を破壊しなければタオ使いは無力化できない。

 交渉の余地はない。であるならばだ。

 パネルを睨み、電磁装甲を施されていない右胸部にLRAD(長距離音響発生装置)の文字を見つける。

 使用可能状態、非推奨の最大出力、連続照射モード。

 本来は制限されている機能がホットなところを見るに、パイロットは相当性格が悪かったらしい。

 いや、思い至る俺もだな。

 左手のトリガーへ再設定する。押し込むだけなら動かさせる。

 

「全員、耳を塞げ!」

 

 親衛隊員とレフコスが手信号で聴覚遮断を示し、ヘイスが皇女様の長耳を押さえていた。

 シーリュウ人の頑強さに期待して、尖がり頭へ照準を合わせる。

 タオは使用者が認識できる現象にしか干渉できない。

 

 知ってるか──音波は兵器になるって。

 

 トリガーを押し込む。

 神経を逆撫でする甲高い音、それが大音量でホー・ピン通りを反響した。

 

≪な──んだ──れは──!?≫

 

 完全に不意を突かれた尖がり頭は、印を結ぶ手を止めて耳を押さえる。

 背後のアウトロー共は耐えたみたいが、射撃の精度は著しく落ちた。

 これは、ただの大音量ではない。

 この暴徒鎮圧用の装置は指向性の高いビーム音を照射することで脳を揺らし、聴覚器官にダメージを与える。

 それもピンポイントで。

 

≪行きますよ、ヘイス≫

 

 突撃を開始したレフコスは電磁加速ライフルをバースト射撃。

 不安定な擬似偏向フィールドの穴を抜けた高速弾は、アウトローを物言わぬミンチに変えた。

 そして、レフコスに次いでヘイスが駆ける。

 

≪聞こえないけど、任せるでござるよ!≫

 

 レフコスの左腕が火を噴き、ヘイスが路面を蹴り抜いて大跳躍を披露する。

 シーリュウ人の繰り出す驚異的な跳躍。

 それは全身サイボーグの疾駆を超え、爆炎に包まれた尖がり頭へ肉薄し──

 

≪ちぇぇぇすとぉぉ!!≫

 

 集中力の欠いた状態で展張した擬似偏向フィールドは、漆黒の刃と拮抗すること叶わない。

 

 一閃──尖がり頭は、宙を舞った。

 

 牡丹が降り立ち、それから首が地に落ちる。

 首と胴が泣き別れしたタオ使いは、糸が切れた人形のように倒れた。

 

≪増援確認できず。ようやく打ち止めらしい≫

 

 光学センサーと赤外線センサーは不審な影を捉えていない。

 音響センサーだけは戦闘騒音を捉えているが、その距離は遠い。

 

「こちらも確認できない」

≪了解した≫

≪通信の回復を確認、通信網の再構築開始≫

 

 事態は沈静化しつつあるようだ。

 ひとまず、危機は乗り切ったらしい。

 

≪大尉、その機体はIFFがアクティブになっていない。放棄を推奨する≫

「了解」

 

 大きく息を吐くと、人工血液の甘ったるい臭いが鼻腔内で主張を再開する。

 まだ油断はできないが、こいつは役目を終えたと見ていい。

 

 タッチパネルを操作──コクピットハッチを開放。

 

 新鮮、とは言い難い空気が入り込んでくる。

 うんざりする気持ちを抑えて朱色の地を踏むと、駆け寄ってくる皇女様と追従する親衛隊員が見えた。

 

「ご無事ですか、ケントさん」

「はい、ご覧の通りです」

 

 いつものように命の綱渡りをしたが、辛うじて大事にはなっていない。

 まだ、運を使い切っていないらしい。

 血が滲む左手を灰色の瞳は追っていたが、俺は何事もなかったように隠す。

 鈍痛はある。

 でも、動かせる時点で大したことはない。

 それよりも皇女様だ。

 

「皇女殿下こそ痛むところはありませんか」

「はい……大丈夫です。皆のおかげですね」

 

 そう言いながら、どこか困ったような微笑みを浮かべる皇女様。

 一安心と言えないのは、良くも悪くも彼女のことを知ってしまったからだ。

 その作られた微笑みが含むものは、なんとなくだが分かる。

 

「勿体ないお言葉です」

 

 自身のために誰かが傷つく。

 それを嫌って行動すれば、また誰かが傷つく。

 

 私は無力です──いつか彼女が語った心の内だ。

 

 そんな、どうしようもない自己嫌悪に苛まれている。

 反戦を願う皇族と他者を想う心優しい私人が、同時に在ることは難しい。

 本来、皇族は無私だから当然だ。

 

「……大変な、一日になってしまいましたね」

 

 空へ立ち上る黒煙を見上げ、皇女様は様々な感情を押し殺した声で言った。

 命を狙う刺客へ怒るわけでも、護衛の不手際を責めるわけでもない。

 今日を楽しみにしていたという女の子が、ただ意気消沈としていた。

 明日からは反戦派の中心として無私の皇族へ戻る。

 私人としての休日が、これで終わり?

 

 ──それは、あんまりな話だ。

 

「次の市内散策は、もう少し閑静なところにしましょう」

「え?」

 

 思わぬ発言に灰色の瞳が驚きで大きく開かれる。

 言ってみてから気が付いたが、内容を選ぶべきだった。

 浅慮が過ぎる。

 これだけの事件があって、もう一度と普通思うか?

 

「皇女殿下がよろしければ、ですが……」

 

 しかし、吐いた唾は飲めない。

 苦し紛れに予防線を張ってみるが、墓穴を掘っている気がしなくもない。

 

「ぜひっ……あ、お願いしてもよろしいですか?」

 

 驚きの感情を消化した皇女様が食い気味に反応し、少しだけ面食らう。

 刺客の件が無かったとしても、俺のエスコートは至らない点ばかりだった。

 我ながら情けないと思うが、俺でいいのだろうか。

 とはいえ、ご指名されたなら。

 

「自分でよろしければ」

 

 連合皇国式の敬礼と共に答えると、皇女様は柔らかな、年相応の微笑みを浮かべた。

 

 ──今日が少しでも良い日で終わってほしいものだ。

 

 冷静に考えると、俺はお願いされる立場じゃないな。

 いや、そもそも皇族と対等に会話していい立場じゃないが。

 

「大尉」

 

 周辺を警戒する親衛隊員の1人から声を掛けられ、無意識に背筋が伸びる。

 安易に約束したが、それはつまり、また心労をお掛けするわけで。

 今回、護衛対象は無事だったが、俺の独断専行で気を揉んだに違いない。

 一発は覚悟した方がいい。

 

「先程は見事な判断だった。感謝する」

 

 弾痕でボコボコな戦闘服を纏う親衛隊員は、おもむろに手を差し出す。

 想像と違うものが来て、その場で数秒間硬直する。

 馬鹿だな、俺は。

 

「いえ、こちらこそ」

 

 当然、手を握り返す。

 俺が仕事をしたのは最後だけだ。むしろ、感謝すべきなのは俺だった。

 

()()機会もよろしく頼むよ」

 

 手を離す間際、掛けられた言葉には含みがあった。

 フルフェイスに隠された表情は読めないが、冗談に聞こえなかった。

 完全装備の彼らと会うとすれば、要人の襲撃が予想される場となるわけで。

 

「次の機会がないことを願います」

 

 今日みたいなことが次もあったら堪らない。

 もし、皇女様のお忍び散策が再び許されたなら、平和裏に終わることを祈る。

 

「エッジワース大尉、的確な援護に感謝します。おかげでペド野郎を始末できました」

 

 重い足音を伴って現れた全身サイボーグのレフコスは淡々と感謝を述べる。

 ペド野郎って、もしかしなくても尖がり頭だろうけど、商売敵だったりしたのだろうか。

 

「治安機関払い下げの機体で幸いでした」

「治安機関……よく気が付かれましたね」

「また、つまらぬものを斬ってしまったでござる」

 

 顎に手を当てるレフコスの横に並んだヘイスは、単分子高周波刀を肩に担いで決め顔で言った。

 アホっぽいが素材の良さで決まって見える。

 皇女様より精神年齢が低く見えるが、本当に転生者なのか?

 

「皇女殿下、まもなく衛士隊が到着します」

「分かりました」

 

 そんな失礼なことを考えているうちに、お迎えが来たらしい。

 ハビタット内で装甲外骨格の運用は禁止──そこのRE-51は完全に違法──のため、衛士隊も宇宙軍のAPC(装甲兵員輸送車)を渋々運用している。

 戦闘の跡が残るホー・ピン通りに進入してくる四角い影を待つ。

 

≪殿下!!≫

 

 飼い主を見つけた忠犬を幻視する声が聞こえた。

 しかし、妙だな。

 俺の聴覚が正常なら、それは頭上から降ってきている。

 

「なるほど、確かにエビ野郎ですね」

「エビ……レフコス、丼物が食べたいでござる」

「何してんだ、あいつ」

 

 現実から目を背けることもできず、傭兵コンビと揃って俺は天を仰ぐ。

 ハビタット内で堂々と完全装備のエビ野郎を連れて来やがったよ、あの衛士長。




 ・大尉
 宇宙戦艦が主力の星間戦争に人型兵器を投入するなら、という妄想から生まれた試験的超短編。
 本来は、どこの世界線とも繋がっていない閉じた作品だった。

 ・傭兵コンビ
 ガチムチサイボーグと狐耳エイリアン娘の凸凹コンビが銀河を股にかけてアウトローな仕事に励むという性癖過積載作品。
 とあるスペース・オペラ作品の影響を多大に受けている。
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