転生戦線異常なし   作:バショウ科バショウ属

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 それは――俺の趣味だ(ミリタリー×美少女×蟲)


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ID:coffAT2054 LOG:2054/2/11


 心に決めている事があった。

 作戦前は、絶対に掲示板へ接続しない。

 この地獄──住民の言葉を借りるならエロゲ世界線──に転生した自分に唯一与えられた権能は、心の拠り所であり、最高の暇潰しコンテンツだ。

 しかし、作戦前の高めた緊張感を一瞬で霧散させてしまう。

 適度な脱力ではなく、実家でくつろぐような過度の脱力。この世界では亡国となった故郷の残滓が、あそこにはある。

 非番の時ならば良い。しかし、これから降り立つ戦場では間違いなく死ぬだろう。

 自分は特別な能力など何一つない一兵士に過ぎないのだ。

 だから、お祭り騒ぎが起こっていても絶対に接続しない。

 

≪こちらピーコック1よりスワロウテイルへ、クソムシ共は地下鉄を経由しポイントC2に潜伏中と思われる。再移動前にタイプCを殲滅してくれ≫

≪了解だ、ピーコック1。潰走したタイプDの掃討はそちらに任せるが問題ないか≫

≪お安い御用だ≫

 

 すっかり聞き慣れたピーコック1と隊長の無線。

 音質が悪いように思えるのは、機外で風切り音に負けず劣らずな唸り声を上げる2基のエンジンのせいだ。

 与圧の効かないキャビンは薄寒く、絶え間ない騒音と振動には辟易する。

 機の振動に合わせて自分の体も震える。いや、震えている理由は、それだけではない。

 初任務の時から治らない()()が原因だ。

 下手に得物を握っていると同僚に気が付かれてしまう。それで弄られるのは格好悪いという薄っぺらい自尊心で、膝に手を置いて貧乏ゆすりに見せかける。

 これはこれで滑稽だと思う。

 そんな自尊心を捨てられないのは、隣に座る生体兵器少女のせいでもあるのだが、本人に自覚はなさそうだ。

 

「貧乏ゆすり、やめる」

 

 遠慮もなく膝上に手を置いてきて、小さな声量ゆえに耳元で囁いてくる。

 そういう事をされると勘違いするからやめてほしい。

 

「貧乏ゆすりじゃない。これは武者震いって言うんだ」

 

 キャビン内の騒音に負けじと声を張る。

 いつもの言い訳だ。先行しているムードメーカーには馬鹿笑いされたが、他の言い訳が思い付かない。

 対面に座る同僚の生温かい視線を無視する。笑いたければ笑うがいい。

 男とは馬鹿な生き物で、隣に異性が座れば見栄を張るものなのだ。

 そんな虚しさを噛み締めていると肘を突かれた。これは耳を貸せ、という合図。

 黙って頭を少し傾ける。

 

「カエデ、怖いなら怖いって言うべき」

 

 大事なことなので二度言うが、男とは馬鹿な生き物だ。これは面と向かって反論しなければならない。

 顔を向けると真っ先にかち合う翠の瞳。月並みな言葉だが宝石のようだった。

 ゆっくりと顔を離し、相手の姿を捉える。

 まず、デジタル迷彩柄のスカートに入った際どいスリットから覗く生足を意識から締め出す。鋼の意志で、締め出す。

 上着の防刃繊維で多少の凹凸はあるがスレンダーな体型。肩まで伸びたアッシュブロンドの髪。こちらをジッと観察する翠の瞳。

 それら特徴的な記号に加えて、彼女の絶対的な特徴。つまり、そう美少女だ──貧困な語彙力が恨めしい。

 助けて、博識ニキ。

 一拍、もう一拍置いて、ようやく口を開く。

 

「ここにいるのは選りすぐられた隊員だぜ。怖いもんか」

「ほんとう?」

「本当」

 

 嘘です。

 いつもの見栄だ。

 小型種に分類されるタイプDですら成人男性より大きい。恐ろしいなんてものじゃない。

 脇に置いた得物、対物ライフルを以ってして即死させられない生命力となれば尚更だ。GそっくりなタイプDなど頭が吹き飛んでも動く。

 思い出すだけでゾッとする。()()()にも出さないが。

 

「ワタシは怖くて堪らないわ〜カエデ君に守ってもらおうかしら」

「ジョー、あんたの図体じゃカエデからはみ出すで。しっかし、カエデ君頼もしいねぇ?」

「おいおい、カエデは俺のナイト様だろ。キャリバーのケツ、しっかり守ってくれよ〜」

「もうカエデ君ったら誰が本命なの〜うわ、きつ……やっぱジョーの真似はパス」

「何ですってマルタ?」

 

 対面に座る同僚たちの冷やかしはスルー。ここで反応すれば玩具にされる。

 初任務からの付き合いになるアベンジャーズな外見の連中に口で勝てた試しがない。

 

「今日のカエデはイノリのナイトだからな。みんな諦めるんだ」

「ちぇ〜」

 

 アベンジャーズの隣に座る一見カタギの人が朗らかに言う。

 ガスマスク装着前のため窺える素顔は、人の良い近所のおじさん感がある。されど亡国の特戦出身だ。

 

「やめてくださいよ、班長……」

 

 そう言うと班長は小さく笑いながらガスマスクを装着して、待機姿勢に戻る。

 さすがにナイト気取りは気恥ずかしい。

 青いな、などと笑いながらガスマスクを装着するアベンジャーズに申し訳程度のガンを飛ばす。

 

「私の、ナイト……」

 

 ゆっくりと班長の言葉を反芻する生体兵器少女、イノリ。

 真に受けないでおくれ。恥ずかしいから。

 否応無しに実戦で選りすぐられてしまった自分に、プライドとかの持ち合わせはない。

 

「カエデ君、イノリのエスコートお願いね」

「了解です、監督官」

 

 イノリの隣に座る小柄な女性には、それを感じさせない対外の姿勢で応じる。

 こちらとは毛色の違う装備を身に付けた監督官は別組織に属する上官。当然の対応だ。

 本来はイノリも監督官と同列だが、本人の希望でフランクに接している。

 そこのところ事故死した前任の監督官は厳しかったが、今の監督官は放任主義だった。

 

「武者震い、治った」

 

 イノリに言われて震えが止まっている事に気がつく。

 理由は、分かっている。

 今はガスマスクを着けて沈黙している同僚たちのおかげだ。毎度毎度、お節介を焼いてくれる。

 

「……みたいだ」

 

 みたい、ではない。白々しいぞ、馬鹿。

 素直にありがとうが言えない恥ずかしいガキだ。

 帰還したら、へべれけエースパイロット直伝の代用コーヒーを奢ると誓う。

 

≪戦闘地域まで5分、狙撃班は装備の最終点検を行え≫

「各自、装備を確認しろ」

 

 計ったようなタイミングで隊長の無線。班長の指示で黙々と装備を確認する。

 生死に直結する最終点検。特に得物は重要だった。

 手に取った重さ10kg近い対物ライフルは支援火器の類だが、対バケモノとなれば標準火器だ。

 従来の歩兵がもつ対人ライフルではタイプDに手間取り、タイプCに至っては対処不能。だからこそ、口径25mmのビッグガンだ。

 弾数は少なく、軽量化されても重い。しかし、殺せずともバケモノに致命傷を負わす威力は何より重要だった。

 

「バイタル正常、係数も安定値……イノリ、異常はない?」

「問題ない。色覚正常、身体の調子も良さそう」

「57mm滑腔砲は身体への負荷が大きいから、異常を感じたら使用を中止して、いい?」

「分かった」

 

 得物の動作確認を終え、ガスマスクを被る。すごく息苦しい。

 それから横目でイノリと監督官の様子を窺う。

 タブレット端末とイノリを交互に確認する監督官。彼女の任務はイノリが正常に活動するための補助だ。

 側から見るとアイドルとプロデューサーの打ち合わせに見えなくもない。ただし、武器はマイクではなく、キャビン中央を占拠する57mm滑腔砲なのだが。

 

「カエデ」

「ど、どうかしたか?」

 

 いつの間にか立ち上がっていたイノリに顔を覗き込まれ、思わず身構える。

 下心丸出しでお近づきを狙っていた頃は内心喜んでいたろうが、今は普通にドギマギするチキンハートに。

 なんで弱体化してんだよ。

 

「頼りにしてる、ナイト様」

「背中は任せとけ」

 

 照れ隠しに馬鹿っぽいサムズアップで応えた。

 ナイトは俺以外にもいるのだが、野暮は言わない。許せ、ジョーとマルタ。

 

「でも、私にも頼ること」

「え?」

 

 こちらをジッと観察する翠の瞳。

 宝石のようだと言ったが、綺麗に映り込む自分と相対すると、まるで鏡と睨めっこしているような錯覚に陥る。

 圧が、圧が凄い。

 

「えっと……頼りにしてるぜ、森の占い師様」

 

 なんとか言葉を繕うと俗に言うドヤ顔を浮かべ、イノリは離れてくれた。

 へべれけエースパイロットの助言通り、彼女は誰かに頼られたかったらしい。だから、事あるごとに圧が凄い。

 

「ごめんなさいね、カエデ君」

「いえ、お気になさらず」

 

 背伸びしたい女の子って感じ、だと思う。思ってる。

 娘のやんちゃに困る母親みたいな監督官は悪くない。ちなみに監督官、泣きぼくろが色っぽい2児の母である。

 

「第1種変化、開始する」

 

 キャビン中央の57mm滑腔砲へ上機嫌な様子で歩み寄るイノリ。

 無骨なコンバットブーツが並ぶ中、場違いな裸足はペタペタと間の抜けた足音をさせているのだろう。

 

「モニタリング良し、始めてイノリ」

 

 その合図と共に、キャビンを叩く足音が変わった。カツン、カツンと硬い音。

 正体は、爪だ。

 イノリの足先は二股の鋭利な爪になっていた。

 そこから白い肌を犯すように黒ずみ、硬質な殻が形成されていく。

 手は五指を残しながら緑の外骨格が浮き出し、頭からアンテナのような触角が伸びる。

 部分的な変化だ。

 しかし、この時点で身体能力は人を超越している。

 57mm滑腔砲を軽々と持ち上げ、予備弾を収納したラックを担ぐ。相変わらず現実離れした光景だ。

 

≪ポイントS1降下まで30秒前、キャビン後部を開放する≫

「全員立て、仕事の時間だ」

 

 席を一斉に立つ。ザッと足音が綺麗に揃った。

 そして、ハッチ開放と同時にキャビンへ吹き込む風。

 イノリの頼りないスカートが大きく翻り、目を逸らす。その頼りなさは変化の邪魔にならないためと分かっていても、際どい格好だと思う。

 

 ──しばし待つ。

 

 そして視線を戻した先には、大きな羽根があった。

 細長い尻尾があった。

 2対の長い脚があった。

 そこには異形のプレイング・マンティスがいた。

 

「第2種変化に問題なし。あ、触角に気をつけて」

「うん」

 

 アッシュブロンドから生えた長い触角を器用に下げるイノリ。

 エネルギーおよび質量保存を無視する地球外生物のエニグマのポケット理論(とんでも技術)を応用した変化でイノリはキャビンの天井に頭をぶつけかねない体長になっている。

 この戦闘形態になった彼女は垂直の壁面を登り、空中を飛翔する57mm滑腔砲の3次元戦闘用プラットフォームだ。

 

≪タイプCの射程内だ。キリキリ降りてくれ≫

 

 パイロットの冷静ながらも切迫した声に急かされる。

 一番手はイノリ、次が護衛、最後に監督官。

 護衛と言いながら二番手なのは、いざと言う時に飛んで逃げられないホモサピエンスの限界ゆえだ。

 57mm滑腔砲が初弾を飲み込む音は風に掻き消され、頼りないスカートがパタパタと靡く。

 ポイントS1をジッと睨み、それから流し目を寄越すイノリ。スカートを手で押さえ、唇を動かす。

 誰がエッチだ、誰が。

 抗議するより先に生体兵器少女の影は消え、灰色の市街地だけがあった。

 

「よし、次。ジョー、マルタ、カエデ行け」

 

 次いでポイントS1を見下ろす班長の指示に従って、キャビンの外へ飛び出す。

 フワリと嫌な浮遊感を感じ、それから重力に引っ張られて落下する。

 ドスンと重々しい音を響かせて着地した場所は、寂れたビル屋上のヘリポート。

 ここがポイントS1だ。

 すぐさまイノリの背中へ駆け、周囲を索敵する。ジョーとマルタの死角も見逃さない。

 BC対策のガスマスクで視界が狭いのだ。

 

「クリア」

≪次はキャリバーを降ろす。ジョー、マルタ、カエデは屋上出入口を警戒しろ。ピーコックの目も絶対じゃない≫

「了解」

 

 ダウンウォッシュでヘリポートの埃が舞い上がって視界は悪いが、屋上出入口は既に照準していた。

 2050年代でも現役のオスプレイ(CV-22)から、これまた未だ現役のキャリバー50を背負った班員と班長が降りてくる。

 そして、最後に監督官が降り立つ。

 これよりイノリと監督官含め総員10名で任務に当たる。

 

「こちら狙撃班、ポイントS1へ降下。周辺に脅威無し」

≪了解、待機せよ≫

≪こちら01、ポイントC2に動きはありません≫

≪了解。01と02は監視を継続、待機せよ≫

≪了解しました≫

≪了解≫

 

 オスプレイが飛び去ったヘリポートには不気味な静寂が鎮座していた。

 ここは敵地のど真ん中だ。逃げ場はない。

 ピリピリとした緊張感が漂う中、2門のキャリバー50がヘリポート端に設置される。銃口は眼下に走る線路を舐めるように睨む。

 線路の元を辿って2000m先には大変立派な構造物、この街の主要駅がある。

 あそこがポイントC2。

 そこへ砲口を向けるイノリは微動だにしない。

 獲物を待ち構えるカマキリのように。

 それは一種の芸術品だった。

 ただ純粋な破壊のために特化した人類の暴力装置たる大口径火砲。

 女性でも女児でもなく、しかし両者の特性を併せ持つ少女。

 有機的でありながら無機質な合理性を備える昆虫の肢体。

 それらが奇跡的な配合率で同居している。

 

≪コンカラーから宅配便が届く。各員、衝撃に備えろ≫

 

 見惚れている場合ではない。

 隊長の無線通り、空を駆ける一筋の光。

 潜水艦コンカラーからの宅配便は狙い違わず駅に着弾した。

 

 ──インパクト。

 

 雷鳴を思わせる爆発音と衝撃波をやり過ごし、なんとか目標を睨む。

 京都駅を思わせる立派な構造物は跡形も無くなり、黒煙に覆い隠されていた。

 

≪こちら01、タイプCを捕捉しました≫

≪02、同じく。残存するタイプDも確認したよ。あれは……シャープシンのメジャーワーカーだね≫

 

 先行していたイノリの同期2人から報告が入る。

 シャープシンとはシャーペンの芯ではなく、鋭い顎(Sharp Sin)だ。最初期から観測されているタイプD、端的に言えば人より大きいオオズアリ。

 地下鉄を移動している時点で、その存在は想定されていた。

 それよりも大型種、タイプCだ。

 

「03、砲撃開始する」

≪許可する≫

 

 イノリは触角を微かに動かし、前触れなく砲を擡げてトリガーを引く。

 刹那、ヘリポートが軋んだと錯覚するほどの衝撃が走り、砲煙が晴れた時には遥か眼下のバケモノは射抜かれていた。

 この距離でもキリギリス科と判別できる馬鹿げた巨体。

 宇宙空間から地球環境に適応した大型種、タイプCの1体だ。

 

「次」

 

 空薬莢がヘリポートの床を跳ね、すぐさま2射目が放たれる。

 MBTの戦車砲ならタイプCの部位を完全に破壊できるが、57mm滑腔砲では不可能なためバイタルパートへの正確な狙撃が求められる。

 が、心配しなくとも2体目のタイプCが今駆逐された。

 

≪01、交戦開始します≫

≪02、01を援護するよ≫

 

 駅を囲む構造物の中でも一際高いビル屋上から砲火が降り注ぐ。

 怪物の唸り声みたいな航空機関砲の発射音が遅れて聞こえてくる。いかに上方の殻が厚くとも劣化ウラン弾の猛打を前に沈むバケモノ。

 ビル屋上を目指して登り出したシャープシンに、隣のビルからキャリバー50の弾幕が襲いかかる。

 そして、57mm滑腔砲が再び火を噴く。

 

「次」

 

 1体また1体、タイプCが駆逐されていく。

 巣別れしたばかりの未熟な集団は立ち直りが遅い。鴨撃ちだ。

 駆逐は順調に進んでいた。それこそ怖いくらい。

 それでも誰一人、緊張を解く者はいなかった。

 

≪緊急、緊急、こちらピーコック3より狙撃班へ。南西方向のショッピングモールにタイプDの集団を捕捉。既に移動を開始している≫

 

 ほら、来た。

 ジワリと汗が滲む。

 バケモノがショッピングを楽しむわけがない。

 タイプDの集団がいるということは、小規模ながらも巣があるのだ。

 反吐の出る話だが、連中は人間の女性がいれば簡単に繁殖する。

 ここは放棄された街だが、放棄の意味を知らない無登録難民が入り込み、その集団に女性がいて、雨風凌げる拠点を築く。そこは餌場、繁殖地と相違ない。

 連中はムシじゃない。悪意ある冒涜的で下劣なバケモノだ。

 班長が南西側へ走る。

 

「確認した。数が多いぞ…ピーコック3、巣の破壊は可能か?」

≪否定。タイプCの排除完了まで射程内に進入できない≫

「了解。お姫様たちの頑張りに期待だな」

 

 班長の確認は一応言ってみたという体だ。

 貴重な戦闘ヘリ小隊のピーコックは、おいそれと使い走りできない。

 レーザー推進で宇宙を航行するタイプAに先祖返りできたタイプCは、レーザーを対空射撃に用いる。迂闊に接近できないのだ。

 

「南西にキャリバーを再配置しろ。クソムシ共の前衛に火力を集中、足止めする」

「了解」

 

 班員が忙しなく動き出す中、最初に降り立った3人で屋上出入口と班員の死角を見張る。

 キャリバー50が猛然と吠え出す。

 その暴力的な銃声は鳴っている間、バケモノを寄せ付けない安心感をくれる。

 もちろん、撃っている方向だけ寄せ付けないわけで。

 屋上出入口の扉が内から凹んだ瞬間に安心感は霧散する。

 

「くそっクソムシだ!」

 

 お下品なマルタ。だが、気持ちは分かる。

 侵入者を阻むための扉が質量物の突進を受けて悲鳴を上げた。

 このビルに人間はいない。

 言わずと知れたバケモノの仕業だ。

 

「キャリバーは射撃続行。ジョーとマルタはキャリバー背面、カエデはイノリと監督官を守れ」

「了解」

「監督官、下がってください」

 

 監督官を後ろに下げ、射線をクリアに。そして、ボンと弾け飛ぶ扉。

 照準よし、セーフティは解除済、トリガーは絞るだけ。

 落ち着け。

 

 ──闇より飛び出す鉛色の影。

 

 イノリを狙った無策で直線的な突進だった。その間に挟まる自分が外す道理はない。

 トリガーを絞り、世界が一瞬だけ白光に包まれた。

 銃声の後、頭の破裂したバケモノが眼前に滑り込んでくる。

 ジョーより一回り大きい()()は、まだ生きていた。2発目を腹に叩き込み、確実に息の根を止める。

 大丈夫、冷静に対処できている。

 

「お見事、カエデ君」

「まだ、後続が来ます」

 

 監督官へ適当に返し、班長のハンドサインに従って出入口を狙う。1匹いたら100匹いるのがタイプDだ。

 出来立ての死骸を流し見る。端的に言えばビッグライトを当てたゲジだ。

 正式名称は忘れた。未だに何本か動く脚を見て、口元が引き攣る。

 すぐさま現れた新手に2連射。

 頭を逸れて脚を何本か根本から千切る。動きの鈍ったゲジの頭にズドン。

 これで弾倉は空だ。

 

「リロード」

「カバーするわ」

 

 替わってジョーが出入口に弾を叩き込む。

 その次はマルタ。

 ベテランの2人は正確に頭を潰し、瞬く間に死骸を積み上げる。隙間から這い出ても即射殺。

 このまま死骸の山を築いてやりたいところだが、そろそろ別のルートが開拓される頃合だ。

 連中の頭は見た目ほど悪くない。

 視界の端に揺れる触角あり。

 

「新手だ! 東の壁面を登ってきてるぞ!」

「嫌になるわね、もう!」

 

 触角を覗かせてから、おっかなびっくり登ったゲジを撃ち殺す。

 見える触角の数が髪の毛のようになってきて冷汗が流れる。間違いなく弾が足りない。

 まずい。

 いつものことながら多勢に無勢だ。

 

「班長!」

「足止めやめ、キャリバー下げろ! イノリに接近させるな!」

「マルタ、グレネードだ!」

「おう」

 

 キャリバー50再配置までの時間稼ぎ。登ってきた鉛色の一群が爆炎に飲まれて消える。

 交換した弾倉を数える。無駄撃ちできない。

 いつものことだ。

 イノリは変わらず無心で狙撃中。早くタイプCを皆殺しにしてくれと祈る。

 狙い、トリガーを引く。

 

≪こちら01、タイプCの殲滅を確認!≫

「よし!」

 

 誰が言ったかは分からない。

 しかし、心は皆同じだった。

 これにて任務は終了、後はピーコックの支援を受けながら退散するだけだ。

 

≪スワロウテイルよりピーコック1へ、タイプCは全て片付けた。後片付けは任せる≫

≪こちらピーコック1、了解。お姫様たちに感謝だ。これより駆除を開始する≫

≪ピーコック3より狙撃班へ、巣を破壊した後に敵集団をビルごと爆撃する。即刻退避されたし≫

「了解した!」

 

 通信が終わるや南西で立て続けに響く爆音。立ち上る黒煙。

 ピーコック3は射程ギリギリまで接近してくれていたらしい。

 

「全員聞いたな。ここをピーコック3の爆撃でクソムシ諸共吹き飛ばす。お迎えが来るまで時間を稼ぐぞ!」

「了解!」

 

 狙撃班を半円上に囲うバケモノの死骸。それが徐々に狭まってきている。

 57mm滑腔砲の即応弾2発も焼石に水だった。イノリは白燐弾1発を残すのみ。

 

「グレネード投擲!」

 

 オスプレイの機影を捉えた班長が吠える。

 すぐさま投擲されたアップル。その数は一つ二つではない。

 

 ──インパクト。

 

 今度こそ錯覚ではないヘリポートの悲鳴を聞く。

 流れが一時的に途絶えた瞬間を見計らって、オスプレイが滑り込んでくる。

 

≪お迎えに上がったぞ。ヘリポートに直接着けて一気に収容する。クソムシを近寄らせないでくれ≫

「了解! 監督官とキャリバーを一陣、その次にイノリ、ナイト一行は最後だ!」

「気張りや、カエデ!」

「さっさと行け!」

 

 キャリバー50を抱えて全力疾走する背中を見送りながら、最後の弾倉を叩き込む。

 全身を駆け巡るアドレナリンのおかけで自分含めてテンションが高い。

 屋上出入口に積み上げた死骸が内から崩れ、そこから現れるゲジ、ゲジ、ゲジ。

 博識ニキ曰く通称ゲジゲジ、正式和名はゲジなんだそう。

 どうでもいいわ。

 

「出入口からも来る!」

「任せて」

 

 ヌッと背後から現れた57mm滑腔砲が火を噴く。

 出入口で小さな閃光が瞬き、溢れ出す白煙。

 白燐弾だ。

 白煙の充満した出入口では、ジタバタと暴れるバケモノの影が見えた。殺傷は不可能だが、呼吸器系への化学熱傷は足止めとしては十分だ。

 

「どう?」

「さすがだ! 後はナイト一行に任せろ!」

 

 つい勢い任せに啖呵を切ってしまうが後の祭り。

 しかし、それを気にした様子もなくイノリは鼻歌でも歌い出しそうな足取りでオスプレイへ向かっていった。

 アドレナリンの分泌は彼女たちにもあるのだろうか。興奮した頭の片隅を一瞬過ぎる雑念。

 それよりも、トリガーを引く。

 鉛色の波は止まらない。

 トリガーを引く。

 バケモノ共め、とっと死に絶えろ。

 

≪後続を排除する。退避急げ≫

 

 後続のゲジが次々と粉砕されていく。30mm機関砲の啄みは強烈だ。

 派手な迷彩で彩られた孔雀(Peacock)が今は天使の使いに思える。

 チャンスは今しかない。班長も見逃さないだろう。

 

「3人とも下がれ!」

「お先に行くぜ、ナイト様」

「ジョーも先に行ってくれ!」

「お尻は任せたわよ!」

 

 その言い方やめろ。

 ドシドシと重い足音を背に、這い寄るゲジの頭を吹き飛ばす。

 弾倉を換える暇はない、というか()()()()だ。お手付きを最後の1発で阻止、残弾無し。

 

「来い、カエデ!」

 

 班長の声。

 寄ってくるゲジに背を向け、走りながら胸のグレネードを外す。安全ピンを飛ばして、後ろへ適当に放る。

 

「くたばれバケモノ共!」

 

 ゲジの先頭集団が吹き飛び、肢体をバラ撒く光景を尻目にキャビンへ突進する。

 床が硬い。呼吸が乱れる。止まない銃声が鼓膜を叩く。

 奥へ行かないと最悪振り落とされる。

 そんな不安を捩じ伏せる怪力でキャビンへ引き摺り込まれた。

 

「収容完了!」

≪離脱する!≫

 

 世界が加速し、ヘリポートが急速に遠ざかっていく。

 そして、ビルの外観が見えた次の瞬間、屋上が一際派手に爆発した。次いで周辺で閃光が瞬く。

 汚ねぇ花火だぜ。

 

≪こちらピーコック3、タイプDの新集団を殲滅≫

≪良くやった。ピーコック各機は残党の駆除に当たれ。1匹も逃すな≫

≪了解≫

 

 体当たりする勢いで飛び込んだキャビンは、暗順応が効かず見えにくい。

 誰かに身体を押さえてもらっているようで──ジョーだったら嫌だな。悪い奴ではないが、貞操の危機だ。

 恐る恐る顔を上げると翠の瞳と目が合う。

 誰か、が微笑みを浮かべたイノリと分かって心中で胸を撫で下ろす。さすが、頼りになる森の占い師様だ。

 

「ありがとう、イノリ。もう動けるから離してくれ」

「うん」

 

 手を離すのが名残り惜しそうに見えたのは、男の願望だ。

 息を整えてから立ち上がり、キャビンを見渡す。

 欠員はいない。負傷者もいない。文句のつけようがない大勝利だ。

 

 ──自然と笑みが溢れた。

 

 それで緊張が解け、席に座って一息ついた。

 ふと、掲示板の様子が気になって権能を発動してみる。

 脳の奥底にある回路を繋ぐような奇妙な感覚の後、視界の裏側に浮かび上がる匿名掲示板もどき。

 随分とスレが進んでいる。

 

『いや、娼館通って何が悪いんだよ』

『悪いとは言いませんが、ここで大々的に言いますか普通?』

『嫁に娘がいるのになんて野郎だ……梅毒になればいいのに』

『誰がガムランだ。じゃあ、どう処理すりゃいいんだ?』

『性欲を持て余す』

『この頃ちんちんbotにならないと思ったら娼館通いか、パパ!』

『誰がパパだ』

 

 何やってんだ、こいつら。




 なんちゃってミリタリー蟲姦グロマシマシSFになる予定だったが、作者が正気に戻って没になった作品。
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