じ、地震とね、作者が病気で長期間ダウンしてたので許して欲しい
か、完結はさせるので
あと今回はかなり作者独自の考えが出てますのでご注意下さい
前回は結羅ネキによる大胆な告白がありました(違います)
ま、冗談はさておき狒々くんも結羅ネキの想いを多少なりとも理解した様ですね
非常に結構な事ですわぁ
狒々は己独りで生きてきた
たかが人にすら怯えねばならぬ程に弱い己を嫌悪しながら、それでも強さに憧れた
まるで、届かない空に手を伸ばす人の様に
人を襲い、人を喰らい
気高き巫女と出逢い
そして、結羅に出逢ったのだ
強くなりはしたものの、所詮は何もなかった己
そんな自分が初めて何かをしてやりたいと思ったのが、結羅だったのだ
だが、結羅はそれを不満に思っていると言う
結羅、教えてくれ。俺は何をすれば良かったのだ?
どうすれば良いのか、狒々には分からなくなっていた
結羅、教えてくれ。俺は何をすれば良かったのだ?
腕を振り上げたまま、アイツは私に問いかける
いつもみたいに、真っ直ぐだったアイツの目はどこか揺らめいていて、まるで道に迷った幼い妖怪みたいな印象を受けた
だから
アンタがさ、私を大切に思っているのと同じで、私もアンタを大切に思っている。それだけは分かって欲しい
目の前の
おいこら、そこの狒々!代われ!!
おっと、失礼しました
結羅ネキに抱きしめられている狒々くんを見ていると思わず、殺意が芽生えそうでして
うん、とりあえず結羅ネキとの戦闘?は終わりですね
いやぁ、経験値が全く入りませんでしたが、これはこれで美味しいですからねぇ
・・・・あれ?
戦闘のコマンド表示が消えないんですけど
さて、と
言いたい事は言えたけど、やっぱり手合わせしないとね?
何がどうなのかはさっぱり分からんが、それも良いだろう。来い、結羅
ああ!
行くよ!狒々
え、ちょっ、なんで?
結羅ネキと狒々くん、何故かまだ戦闘しようとしてますよ!?
結羅ネキ距離を取ったし、すっごい笑顔
狒々くんも画面が青い上に、点滅してるから凄く楽しそうなんだとは思いますが
これ、意味あるんですかねぇ?
ええい!プレイスキルがないからと、セミオートにした弊害ですね、クォレハ(自身のプレイスキルを磨かない走者の屑)
ええい!ままよ
結羅は狒々から距離を取った後
さあ、行くよっ!
狒々に声をかける
来い!結羅!
狒々もまた結羅に応ずる
ははっ、やっぱりアンタ強いんだね
愛刀紅霞を
結羅の攻撃をかわしきれなかった俺がいう事はないな
だね
結羅は心底おかしかった
圧倒的実力差もあるが、目の前の狒々が不貞腐れている事を理解しているから
だーかーらぁ!!
機動性ゴミカスの狒々が結羅に叶う訳ないだろうに
あ、機動性っていうのは、俊敏性と言い換えてもようござんす
なんやかんやで、
今のところは、結羅の攻撃を無効化出来ているから、問題になりませんがストーリーが進むと普通に狒々の硬さなんて役立たずになる事でしょう
特に
或いは前回の無明みたく、同属性のキャラでもない限り重傷を負う事は避けられませぬ
なんせ、分身である神楽にすら致命的な一撃となり得た瘴気ですので、多少装甲があったところで何の意味もなさないのは自明です
なら、無駄は省くべきでしょう。狒々を育てるよりも、結羅を育てる方が効率は良いと思う次第(ぐう畜的判断)
とはいえ、今回のプレイはあくまでも
勿論、本音を言えば奴を始末したいとは思うのですがねぇ
ですが、無理に奈落一味に挑むと大正義最猛勝先生や我らが神楽様、そして神無お姉ちゃんにも刃を向けることになります
何一つ良いことはありませんので、大人しくしていましょう
他の奈落一味ならば、問答無用でコロコロしましょう
慈悲をかける必要などありませんし、あり得ません
ま、そう言ってもそんな事が起きる筈もないんですけどね(戦国出張慢心猫)
結羅と狒々は今後の事を話し合う事にした
ふぅむ。別に急ぐ事もないだろうからなぁ
だね
アンタが言うところの
ヤバいの?
仮に、そう仮にだ。俺が百度挑んだとして、十勝てれば良い方だと思っているが?
結羅としては、椿という前例がある為か椿よりも力の強い巫女である『桔梗の髪』というモノに対してかなり執着したい思いを持っている
しかし、彼女の質問に対する答えは結羅の予想を遥かに上回るものだった
勿論、悪い意味でだが
そ、それは遠慮したいね
アンタのその皮膚を貫くのか
そうではないぞ。浄化の力を込めた矢で射抜いてくるのだ
いやいやいや!
それはおかしいだろ!強力な浄化の力を有するってだけで尋常じゃない巫女だろ!
その上、弓の腕も良いとかどんな化け物なのさ!?
結羅の驚きもむべなるかなとしか言いようもない
巫女というだけでも希少なのに、強い浄化の力を有する。その上で、弓術に秀でているのであるからして、大凡常識的にはあり得ない人物であろう
確かに今は戦国時代と言える時代
武士や武者達が弓術を嗜むのは至極当然といえる
かつて平家討伐のおり、屋島にて源氏の武者である
鎌倉期においては、
しかし、である
先の那須与一にせよ、流鏑馬にせよ、あくまでも目標が動くか、射手が動くかの違いこそあれど、そこにはある程度の予測が立てられるものであると言えよう
那須与一の場合ならば、波の動き
流鏑馬の場合ならば、自身の乗る馬の動き
波ならば、ある程度までは揺れ幅というものは予測も出来よう
馬ならば、自身が駆る以上は速度も想定出来よう
となれば遠距離攻撃の可能な弓は数を増やす事で、面制圧を目的とした弓隊と呼ばれる部隊編成はどのようなお家にも
されど、その命中率はそこまで高くはない
それも仕方ない事ではある
撃たれるのに、何の対策もしないなどという事は勇敢でなく、唯の蛮勇か無謀であるのだから
躱すなり、避けるなり、身を隠すなり、何かを盾にするなり、意味はあまり変わらないだろうが、間違いなく対応するだろう
誰も無駄死になど望みはしないのだから
人ですら、そうなのだ
ましてや人よりも俊敏に動くことのできる妖怪相手ともなれば、弓を武器にするという事のみが、どれだけ有利に働くというのだろうか?
間合いは取れども、当たらずでは意味がない
結局のところ、正中してこそ弓矢という獲物は真に意味を成すのだから
そうであればこそ、妖怪の中ではあまり俊敏ではない狒々とて、人に比べたなら、その機動性は脅威であろう
別の世界線において、桔梗は犬夜叉を樹に縫いとめる形でかの者を射たが、それは正しく絶技と言っても良いものであろう事は疑いの余地もないだろう
本職の武士ですら、動く的は射抜くことの容易くない弓。ましてや、妖怪は生存本能や知能により、回避などを頻繁に行なうのであれば、その難易度は戦場に出る武士のそれを上回るだろう
強いて言うならば、猟師などの
だが、その様な事情すら桔梗にとっては些細な事であり、彼女は妖怪の中でも俊敏な方に入るであろう犬夜叉にすらもその矢を当てる事が出来る腕前を持つ
はっきり言って、規格外としか言いようがない
その上で凄まじいまでの浄化の力を込めた矢を放ってくるのだから、
動揺する気持ちはよくわかる
狒々も呆れた様な声を出す
狒々自身、良く生き残れたとすら思っているほどなのだ
口先で生き残るのは、妖怪という存在にとっては恥ずべき事であろう。しかし、そんなつまらない矜持の為だけに無手で挑むのは無理筋なのである
犬とはいへ、畜生とはいへ、武士は勝つが本にて候
とは言うが、なんだかんだで武士とて名誉を重んずる
名誉といえば聞こえは良いが、外聞を気にするということ
ましてや、それが力こそ全てな妖怪ともなれば舐められたら終わりなのだから始末に負えない
強者であっても、普段温厚な者は侮られる
弱者であっても、普段から虚勢を張り続けたなら多少評価される
これが妖怪世界の
結羅は鬼でありながらも、純粋な鬼でない上に弱すぎるが故に相手にされず、狒々はそもそも他人などに価値を認めていないが故に馴れ合う事を良しとしない(なお、中身は違う模様)
故に他の妖怪と距離を取るのは必然とも言えた
例外としては、犬夜叉と殺生丸の父である犬の大将は力を持ち、西国の妖怪達を束ねる力量を持ち、その上で他者を思い遣る心を持つと言う妖怪の中では異質極まる者であった
だが、その圧倒的とも言える実力により、かの者は己が理想を貫く事を許されるのだ
弱肉強食こそが、
後年、
だが、その結果は奈落の元であった野盗鬼蜘蛛にとって、決して受け入れ難い結果となった
「想いだけでも、力だけでも」とは言ったものなのだろう
しかしながら、往々にしてどちらかのみしか手に入れられぬ事が多いのも事実であろう
想いを持つ者が力を渇望すれば歪み、力を持つ者は想いを軽視する事が多い
突然、降って沸いた様な力のみに縋って生きてゆくとなれば、歪まずに生きていくことのなんと難しい事か
古来より、力を持つものほど精神の鍛錬を怠らなかったのは、『力に振り回される』事なく、『力を操れる』事を目指したのだろう
そも、人間のみならず、その人間の恐怖などの感情の具現である妖怪もまた感情という
となれば、実のところとして本質的に人間と妖怪は身体能力などこそ違えども、精神性や精神と肉体の相関関係などについては極めて近しいものであるともいえるのだ
それも当然と言えよう
そも、我々人間が認識している妖怪というものの大半は自然現象や怪異などを私たち人間の
つまり、自分たちでは及ばないものに対して、『大いなる存在』の意思と受け入れる事により、その理不尽な現実に向き合おうとするある意味では前向きでありながらも、極めて後ろ向きな思考が同居するという矛盾に満ちているものだ
しかしながら、これで終わらないのがある意味ではもっとも我々人間
古代や中世において、様々な自然災害をこの国では『祟り』や『呪い』なとという風に捉える習慣が存在した
日本で有名な
伝承によると、スサノオが八岐大蛇の贄になりそうになっていたクシナダヒメを助けるために八岐大蛇の8本ある首全てに酒を飲ませて、泥酔させたところで討ち取ったとあります(かなり簡略化してますのでご注意)
しかしこれも中々興味深いことに媒体によって、スサノオが救おうとしたクシナダヒメの名前の表記が違います
古事記においては櫛名田比売
日本書紀においては奇稲田姫となるそうです
そして、彼女は『水田を司る女神』
対してそれを喰らわんとしていた八岐大蛇の描写は
一つの体に八つの頭と八つの尾を持ち、体の至るところにコケやスギ、ヒノキが生え、八つの山と八つの谷に渡り、その腹はいつも血に
とあります
なお、時代的には少しくだりますが、この伝承の舞台であった出雲に近い
つまり、古代において血と水は同義とされる風潮もあったのではないかと思うわけで
となると八岐大蛇もまた別の見方が出来てしまうのです
山と谷に渡り、側に木々があり、下部に溜まり場所があるとなるとそれは川である可能性もあるのではないか?と
故に水田の女神であるクシナダヒメを喰らわんとするのは、河川の氾濫により、水田を押し流すと見えなくはないだろうか?
勿論、作者の勝手な想像ではあるのだろうが、しかし私達の祖先達は見えざるものを『神』と
真っ当な話ではあるのだが
当然、神よりも人々に近しい、身近な脅威である妖怪もまた似てきたとして何の不思議があろうと言うのか?
しかし、『人間の決まり』は『人間同士において』のみ発揮されるものであり、人を
故に犬夜叉の様な半妖は忌み嫌われ、結羅の様に人のそばにあったものもまた彼等純粋な妖怪からすれば嫌悪するものでしか無かった訳なのだ
何故ならば、半妖にせよ結羅の様な存在にせよ『人間同士の決まり』にどうしても無意識に引っ張られる部分というのはある
それが彼等にとって、『人間臭い』と映るのだ
その後、結羅と狒々は少しばかり話し合いをした後に、一度桔梗の元を訪ねる事を決めた
それが、如何なる未来を引き寄せるのか?まだ誰も知らなかった
さて、遂に桔梗達との対面の準備を始めねばなりませぬ
じ、次回更新については気長にお待ち下さい
ではご一読ありがとうございました(五体投地)
このままの方針で良い?
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メインキャラも書いて、どうぞ?
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日陰者に光当てんだろ?あくしろよ
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ふーん、興味ないね