~mabinogi~【 Virus 】   作:菊雅雀

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3.『日常』

小さかった蕾は、今では綺麗に花が咲き、暖かな風は木の葉達を優しく撫でている。

春を知らせる陽射しが輝き、この時期には新しい人生の足音が絶えまなく相応しかった。

 

 だが、そんな中―――。

 

何処かの薄暗い空間の中に、ノート型PC(パソコン)を開き、マビノギ世界にログインしようとする者がいる。

近くで、風に揺らされているブランコの少しさびれた音がギィッ…ギィッ…と聞こえる―――公園だ。

公園は、小さな遊園地である。

気軽に行け、決して多くはないアトラクションだが、友達を誘えばいつだって遊び方次第で変わっていくテーマパーク。

その中の一つでもある、アトラクションが公園の真ん中にあった。青色の半球体の形をし、いくつか穴が開いている遊具である。

その穴の中には、ぽっこりと空間が出来ていて、常に一方通行であったりと、枝分かれの様に遊べる不思議な遊具。難点と言えば、中には太陽の日差しがなければただの薄暗い場所。

PCの光によって何とか姿をうつし出される小さな彼は、そこに居る。

右から左へと行かず、左から右へも行かず…ただただ真ん中で、立ち止まって座っていた。

 

「お兄ちゃんたち、もういるのかなぁ…」

 

小さな彼は呟く。

隣に、いくつか鋭い刃物か何かで切り付けられていた―――綺麗だったはずの青色のランドセル。

 

 

3.『日常』

 

 

エリン世界―――ウルラ大陸=ティルコネイル(Tir Chonaill)

ここは、PC用ゲーム―――生活系MMORPG『mabinogi(マビノギ)』世界の村の一つである。

人間の姿をした"ミレシアン"であるプレイヤーが、マビノギ世界にログインすれば、案内人である『ナオ』というキャラクターが導き、最初に訪れる村。

娯楽用に作られた別世界(ゲーム)の一つで、『"エリン"へと導かれた星から来た者―――"ミレシアン"元々の住人とは違う存在であるアナタは"ミレシアン"で呼ばれ、剣と魔法が存在するファンタジーワールドで新しい生活を始める事が出来る。』という風にゲーム紹介をしている。

プレイヤーは、マビノギで自身の分身であるキャラクターを操作するために作成してからゲームが始まる。他のゲームと違い、固定の職業は無いせいか自由度があった。

だが、ボーナスポイントが得られるとの事で、どの道、職業を選ばなければいけなかった。一日一回変更可能な職業に何の文句はないし、何処かお得感を感じさせる。

マビノギにログインされた、それぞれのプレイヤーキャラクターには、頭上に名前が常に表示されている。

一度付けた名前は、初心者から上級者になっても、消去変更は出来ない。名を消す事は、その世界で存在自体の記録を消すという事である。

そんな中、頭上に『小森しゅんた』と表示された一人のプレーヤーが走っていた。

 

「急がなきゃっ!」

 

青空色の髪をゆらし、水色のセーラー服をモチーフとする服を身につけては、膝小僧が見える短パンを穿いている。さしずめ、小さな海軍といったところか。

空色の瞳を開き、まっすぐと目的地に走り続ける小さな男の子は、両腕に美味しそうなお菓子袋を大事そうに持っていた。

 

(早く会いたいな!お兄ちゃんたち、喜んでくれるかな?)

 

手作りであるお菓子袋を持つ手にギュッと少し力を入れ、これから渡す人たちが喜んでくれるだろうと想像すると、嬉しい顔が隠せなくなる。

何度も失敗した事を思い出せば、終わり良ければ総て良しと思える。

その想像は、あと数秒で叶えられそうだ。

 

「お!しゅんた、やっと来たか!」

「桂斗兄ちゃん!お待たせぇ!」

 

出会えた事に嬉しさを表現するため、自分より二倍身長の高い青年『桂斗』に、勢いよく抱き付く。

レベルの高さで、強さが決まる世界のせいなのか、何事もなかった様に笑顔で少年を受け止め、頭をポンポンと撫でる。

 が、一人足りない。

 

「あれ?葵兄ちゃんは?」

「嗚呼…しゅんたの下にいるよ」

 

爽やかな笑顔が似合う桂斗に、指をさす方に目をやると、探していた人物が見つける。

金色の髪をした『葵』と呼ばれた青年が、元々そこに眠っていたらしく、結果的にしゅんたに踏まれている形になっていた。

 

「葵兄ちゃん!?ご、ごめんなさい!!」

「んあ…?」

「寝ぼけてるね、葵」

 

急いでその場を離れるが、葵は何もなかったかの様に上半身を起こし、頭を掻いては欠伸をする。

その隣で、クスクスと笑う桂斗だが、彼らにはこれが日常の様である。

 

「お兄ちゃん達、遅くなってごめんね…」

「気にしなくてもいいよ、しゅんた。俺も遅くなったし……それに、葵はずっと寝てたしね?」

「おうよ!」

 

上半身を片腕で支え、もう片腕を上げて元気よく返事をする。寝ていたせいか、髪に一枚の葉が付いていた。

彼の褐色の瞳が、まだ眠たそうだと解り、しゅんたは小さく笑う。

 

「それで、しゅんた。俺らに用って?」

「あ、えっとね…!」

 

メールで呼び出された桂斗が質問をする。

それを思い出した様に、先程から両腕に持っていたお菓子袋を前に出して見せた。

 

「お兄ちゃんたちに、初めて成功したお菓子を食べてほしくて持ってきたんだ!」

「おお!凄いな!しゅんた!」

「うん、ウマイッ!」

「葵……」

 

いつの間にか、綺麗にラッピングされたお菓子袋を一つ取り上げ、頬張る葵の素早さに呆れる桂斗だった。

一瞬の出来事に驚いたしゅんたではあったが、ゲーム内でも、美味しそうに食べる姿に嬉しく、頑張ったかいがあった。皆に「飲み物もあるよ」と配り始める。

こういう日常は嬉しくてたまらない。

口の中に広がるチョコクッキーの甘さ加減が、ちょうど良くてゆっくり味わって食べてしまう葵。

しゅんたが、わざわざチョコクッキーを作ったのは、きっと自分の好物なのだと知って頑張ったのだろう。

剣士を辞めて、料理人になるのか?等と、余計な考えをめぐる前に、何かを感じ反射的に身体を起こしてしまった。

 

「葵兄ちゃん…?」

「どうした?葵。」

 

突然、背後を振り向いた葵の行動に、桂斗たちは質問をする。

すぐに答えが返ってこなかったが、代わりに片手で持っていた飲み物を(すす)る音を出した。

 

「…何かにタゲられた。」

「ええっ!?」

 

心配性のしゅんたが、すぐさま声を上げ、敵が何処から現れたのかと、しゅんたは、両腕で、剣を構える。警戒をし、周囲を見渡すがモンスターはいない。

『タゲる』=『相手をターゲットにする』―――モンスターが、自身のキャラクターにターゲットされる事に使われる。

公式で用意された言葉では無く、プレイヤーたちが戦略を早く伝えるため、自然と勝手に使われる簡略言葉だ。

まだ、少し初心者であるしゅんたをクスッと笑い、葵は「もう、大丈夫だよ」と一言だけ伝える。

 

「周りに敵はいないし…もしかして、ストーカーだったりしてな?」

 

桂斗は茶化して言うが、一応警戒していたのか同じ様に両腕に剣を装備していた。

葵と桂斗との長い付き合いもあり、「そんなわけないだろ?」と言わんばかりに笑顔で答える。

皆、同じ様に両腕に剣を持ち、構えも似ている。

別名『双剣士』とも言われるが、このマビノギ世界に固定の職業は無い。

片手に剣を持ち片手に盾を持つ戦うスタイルもあれば、両腕に大剣を持つ事も出来る。また、魔法使いになりたければステッキを持つ事だって可能だ。

個人の戦いスタイルは勝手だが、『双剣』は手数が多く、特別なスキルが得られ、戦いを有利にしやすい。プレイヤーたちには、好んで使う者が多かった。

葵は、まだ周囲を警戒するしゅんたの頭を撫でながら、疑問に思いつつも好物である、食べかけのチョコクッキーを一口でかじった。

 

「でもさあ、タゲられた音がなかったね」

 

疑問に思ったのがそれだ。

のんびりと警戒心を無くし、楽しいピクニック状態だったとしても、モンスターにタゲられれば特有な音が聴こえたはずだ。

自分だけが、気を抜いて気が付かなくても、周囲の誰かが気付くはずである。

それが何故、自分だけが聴こえてしまったのか…他に考えられるのは―――

 

「バグ…?」

 

桂斗が代わりに答える。

バグは、ゲームプレイヤーにとっては起きてほしくない現象である。

自分のアイテムが忽然(こつぜん)消えたり、倒せないモンスターが現れたり、自身のキャラクターに支障等を起こせば、当然やる気も無くなり、ゲームをする意味が無くなる。

そうならない様に、運営者たちは支えている。あまりに酷ければサポートセンターに報告するしかない。

だが、プログラムで作られた世界に、いつ何処でバグが起きるのか誰も判り得なかった。

そんな時、二回目の嫌な音が鳴る。

 

(また、バグか…?)

 

今度こそ、三人に聴こえたのか各自身構える。だが、また周囲に何もいない。

見えないモンスターの可能性があるため、警戒を緩ませなかった。

秒針が進む音を耳にする。なかなか姿が見えないモンスターに、痺れが切れそうになる。

 

「あ。」

 

口からもれ出した。

ふと上空に嫌な気配を感じ、見上げれば、それを目にしてしまい全身の血が引くのを感じる。

 

―――『ジャイアントオーガ』のデカいケツがこっちに向かってくるではないか。

 

「上だーーッ!!」

 

大きく叫び、周囲に伝える。落下するジャイアントオーガを回避する為、勢いよく身体を前に転がした。

すぐさま仲間たちの状況確認をし、無事なのだと安心をする。

大きな頭と大きくふくらんだ腹に、強靭な肉体を持つジャイアントオーガ。普通のオーガと違い、上下に布の様な衣服を着ている。フィールドボスとして登場するはずの巨大なオーガ。何故、こんな草原にいるのか?

 

「きたねぇケツ見ちまった…」

「そんな事より、何でコイツがここに居るかだろ?」

 

何度見ても姿が醜いジャイアントオーガに、感想を呟やいた。危機感のない葵に、呆れる桂斗。

自分と桂斗と一緒ならば、小さな茶番をしていてもある程度のモンスターは倒せてきたのだが、今回は、いつものパーティではない。

しゅんたの存在に忘れかけた事に、自身の脳内に危険信号が鳴ると同時に、後悔を感じた。

 

「ひっ!?」

「しゅんた!!」

 

ジャイアントオーガは、しゅんたと目が合い攻撃のターゲットになってしまった。大きく拳が上がったそれは、勢いよく振り落される。

ガキンッっと響き渡る音―――。

 

「ふぅ…危なかったね」

「桂斗兄ちゃん!」

 

桂斗の身長程ある大きな盾が、しゅんたを護る事が出来た。爽やかな笑顔は、まだ余裕を感じさせる。

『突進スキル』=敵に猛然と突進するスキル。敵に接近すると、勢いを利用して敵に体当たりをし、弾き飛ばすと同時にしばらく気を失わせる事が出来る。

 

―――はずだった。

 

「なッ!?」

「え!?」

「はあ!?」

 

理解の出来ない現象。突如、桂斗の持つ盾が、砂時計の様に分解され消えていった。

装備品を消えていくのが、目の当たりしたのだ。それぞれが驚くのに無理はない。

バグだから為せる業なのか、非常に嫌な気分にさせる。

次に予測出来るのは、このタチの悪いバグの次の攻撃を受ければ、良くない事が必ず起きるということだ。

そう思っている内に、次の攻撃が桂斗たちに振り被ろうした。

 

(嗚呼、ちゃんと魔法の勉強すれば良かった…)

 

氷属性の初級魔法=『Ice Bolt(アイスボルド)』。

通称『IB』は、最も初歩的な魔法ではあるが最大5回チャージが出来、モンスターに連射し当てる事が可能である。

魔法のランクを上げていけば、合体魔法といわれるものを使用出来るのだが、右腕に出来上がった宝石の様な結晶を見つめると、改めて魔法使いになる気がしなかい。

 

「兄貴!マップの外へ!」

 

基本、注意を引かせる為にしか使わなかった葵は、IBを1回分だけ出し、モンスターの注意を向けさせようとした。

 

その時である―――。

 

ジャイアントオーガの背後に立っていたはずの葵が、目が合ってしまっていた。

ジャイアントオーガの身体は、確かに正反対の方向に向いていたはずだ。それが、葵と正面を向かい合っている。

急いで状況を頭で理解しようと、モンスターの全身を視るが、ありえなかった。

ジャイアントオーガの腹部辺りに、横線で引かれたノイズが掛かる様なものが、上半身と下半身が無理矢理と真逆にされている。

息を呑んだ。

次の攻撃はもう目と鼻の先まで来ている。防御する時間は与えてはくれない。

最後に聴こえたのは、自身の名を叫ぶ桂斗たちの声だった。

 

 

 

「はぁー……」

「葵…」

「葵兄ちゃん…」

 

あの後、桂斗はしゅんたを何とか連れ、マップの外に避難する事が出来たのだが、葵はジャイアントオーガの攻撃を直接受け、戦闘不能になり強制ログアウトした。

攻撃を受ければ傷つき、一定量を超えれば死んでしまう。現実の死とは異なり、アイテム『フェニックスの羽根』を使えば、何度も蘇生する事が可能である。その代り、死亡時の経験値ペナルティが課せられ、復活時に経験値が減少する。

葵のレベルは、決して低いとは言えず。『エンチャント』と言われる1つの装備品に、接頭(Prefix)接尾(Suffix)の2つまでエンチャントの効果を持たせる事が出来、装備品の性能を高める効果もちゃんと付けては、いつでも戦える様心掛けていた。

ゲームである以上、モンスターを倒すためにレベルや装備は、絶対強くなければならないのだが、どんなにレベルや装備が良くても、モンスター自体にレベルは無い。ただ生命力が設定され、決められた攻撃パターンでプレイヤーたちに敵意を向ける。

だとすればレベルが無い、どのくらいあるのか判断できない生命力を持つモンスターに、どう戦うか?要は、戦術である。

初心者でも、モンスターに適した戦い方をすれば生き残る事が出来る。このマビノギは、他のオンラインゲームと違い、一番の特徴であり面白い所である。

だが、ついさっきまでの出来事を思い返すと、また大きくため息をついた。

フェニックスの羽を使う時は、死亡したプレイヤーに近づき蘇生する事が必要だ。

だが、酷過ぎるバグモンスターが近いせいか、誰も葵を蘇生する事が出来なかった。それは仕方ない事。

しかし、別ルートで手に入るパーティー用フェニックスを使用すれば、パーティー全員へ同時に蘇生が出来るだけでなく、距離が遠くても使える代物がある。

それを使おうとした桂斗は、マップの外にて蘇生を試みるものの何度やっても使用出来ずにいた。ならば、もう一度同じマップに入り、葵を蘇生させ様とするが【入る事は出来ません。】と表示されては、静寂だけが流れていったという。

 

「ごめんな…復活させられなくて…」

「兄貴のせいじゃないって」

 

いつもの爽やかな笑顔は消え、何も出来なかった自分の悔しさに表情が変わる。

桂斗のせいではないと否定するが、仲間思いの為しばらくは元の表情には戻らないだろう。その性格は人を引き寄せる力があり、葵に『兄貴』と尊敬されているのが理解出来る。

 

「そういえば、葵兄ちゃんのアイテムとかは大丈夫だったの?」

「嗚呼、まだ見てないや…」

 

インベントリ(荷物)を覗きたくはなかったが、予想は裏切らなかった。回復アイテムや、武器や装備品…それらを買う為のGold(お金)が、幾つか消去されている。

レアアイテムや貯金されたGold等の大切な物は、銀行に預かっているが、こうも見晴らしの良いインベントリを見ると、口を開けてしまう。

 

「ほ、ほら!裸にならなかっただけでも良かったと思うよ!」

 

見るに見かねたしゅんたが、フォローするかの様に言った。

桂斗の盾が消去された事もあり、直に攻撃を受けてしまった葵の装備品は当然消えたと思われたが、運が良かったのか装着された装備品だけは消えずにすんでいる。裸族から免れたのだ。

 

「他に消えた物とかあるか?すぐに運営に報告した方がいい。」

「んー…、今探してるとこ…」

 

他に不具合が見つからなければ、すぐにでも運営に報告はしたい。

だが、自分のアバターにも支障があるならば、それも報告しなければならない。きめ細かくそれぞれのメニューを覗き込む。

 

「はあ゛??!」

「ど、どうした!?」

「え、何々!?」

「嘘…だろ…?」

 

わなわなと身体が震えた。今まで頑張って上げてきたレベルの数字が下がっているのだ。

 

「俺のレベルが…下がってる!」

「うわぁ…」

「ど、どのぐらい減ってるンだ?」

「…20ほど…」

 

三人の静かな沈黙が流れたが、「過ぎた事は運営に任せよう」と桂斗が、両手を叩き話を切り替え様とする。

 

「そしたら今の葵のレベルは、いくつなんだ?」

「26ー…」

「俺と同じだー!」

 

もうどうでもいい気だるさの声と、同じである事に嬉しさの声が聞こえてくる。

 

「違う違う、『蓄積(ちくせき)レベル』の方の」

「嗚呼…」

 

自身のキャラクターの能力状態を確認する為、もう一度『キャラクターウィンドウ』と表示させた。

そこには、きめ細かなステータスが記入されているが、目的の『蓄積レベル』を探し出す。

 

「兄貴より、全然弱ェけど…」

 

それをしばらく見つめると、「もっとレベルを上げねぇとなぁ」と目を細めて頭を掻いた。

 

「…1521。」




投稿:2014/7/10
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