歴史の中のウマ娘   作:友爪

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自動車打ち壊し運動 、バ車ウマ娘について

 ウマ娘世界ことわざ。

 

【バ車ウマの様に働く】

 大切にしてくれる雇い主のためにも一生懸命に働く事。

 転じて、理想的な雇用関係の例え。

 ニポンのサラリマンは「俺もバ車ウマみたいに扱われたい」と頻繁に居酒屋でぼやいている。

 

 

 ◆

 

 

 決定的に「技術がウマ娘を凌駕した」ターニングポイントというのは、ワット以降の蒸気機関でしょう。

 産業革命期の蒸気機関車は、ウマ娘より速く長く、力強く走りました。

 石炭の煙をモクモクさせながら人間さんを運ぶ蒸気機関車を眺め、煙たい表情をしたウマ娘たちは「でも機関車は線路の上しか走れないもんね」と、まだ余裕でいました。

 

 しかし、内燃機関(エンジン)の開発に伴い、道路に自動車が進出してくると、そんな虚勢も崩れます。

 中でも当時の《バ車ウマ(御者)》たちは、仕事が無くなってしまうんじゃないかという不安──それ以上に、自動車への激しい嫉妬に狂いました。

 

「人間さんを運ぶ役目は、ウマ娘に生来与えられた権利であって、機械なんぞはお呼びでない!」

 

 そして遂に、《自動車打ち壊し運動》がヨーロッパ各地に勃発。

 ウマ娘たちが徒党を組み、クソデカハンマーで次々に自動車を叩き壊す──これは誰もが一度は見た事がある、教科書の写真ですよね。

 

 特に運動が激しかったのがイギリスでした。

 英国バ車ウマギルド(現存組織)の主張によれば、

 

「車なんか使ったら、旅先でご主人にお茶を淹れてあげる事も出来ない!」

 

 との事──旅先で主人と一緒に優雅に紅茶を嗜む、というのが英国御者として一つの理想モデルだったのですね。

 さて、そうして自動車をぶち壊しまくるのが功を奏したものか、イギリスでは、

 

・専属御者を抱える者が自動車を購入する際は、そのウマ娘の承認書を得なければならない。

・自動車はウマ娘を超える速さで道を走ってはならない。

・急なエンジン音で、みだりにウマ娘をびっくりさせてはならない。

 

 等々、謎の条例が施行されます。

 その後色々あって、ウマ娘と自動車は和解します(マルゼンスキーさんの車好きというのは、歴史を読み解けば、ある意味感動的な話です)

 

 過激な《自動車打ち壊し運動》の結果、イギリスではヨーロッパ諸国に比して、取り返しのつかない自動車産業の遅れを取る羽目になりますが──しかし、逆にそれが廃れゆくバ車文化の保全にも繋がる事となりました。

 

 現代のイギリスにおいても、糊のきいた燕尾服にシルクハットという御者ウマ娘が行き交っています。

 本職の御者が、これ程に活き活きしている光景を見られる町は、今となっては世界を見渡してもロンドンだけとなりました。

 

 それを見た海外の旅行者は「さすが紳士の国」と感心し《イギリスの御者ウマ娘》は一つの観光産業として有名であります。

 

 

 ◆

 

 

 ツキの無い日だ。

 この冬の夜の英国で、コートも羽織らない青年はくしゃみをした。

 朝から靴紐は切れるし、診療所に患者は来ないし、糊口をしのぐための副業小説も売れない。

 おまけにパブでやけ酒をしていたら、トランプに負けてコートまで剥ぎ取られてしまった。

 すってんてんである。

 財布を覗けば、硬貨一枚、明日のパン代が残るばかりであった。全く空でなかったのは、あのトランプ詐欺野郎の慈悲に違いなかった。

 

 ともかく青年は冬の路肩を歩き出した。

 自宅までの辻バ車を探すためだった。無論、バ車代まで支払ったら明日のパンも食えないのは承知である。しかし、アルコールに浸った青年の脳では、その件が大した問題でない様に感じられた。

 今日の全てにおいて何処か非現実的というか──つまり、やけくそなのであった。

 

 パブから歩いて程なく、辻バ車は捕まった。

 如何にも寒そうに足踏みをしていた辻バ車ウマ娘は、お客の顔を見付けるとにっこり笑って、尾っぽを振った。

 所々ほつれた燕尾服に、くたびれたシルクハット、塗装の剥げたバ車──うん、高くつくは無さそうだ、これに乗ってやろう。

 青年は些か乱暴にバ車に乗り込んで、ぶっきらぼうに住所を告げた。「ああい」と前から愛想の良い返事があって、バ車はごとごと走り出した。

 速くはない、小走りといった具合である。その揺れの穏やかさが彼の胃には有難かった。今、激しくシェイクされては逆流必至であった。

 御者は、男の顔色を察したのだろうか。最後の最後にツキが戻ってきたのかもしれないと、男はぼんやり思った。

 

 青年が背もたれに深く寄り掛かると、尻の方でがさがさ音がした。見れば、新聞紙が尻と座席に挟まっている。それを引き出し、路肩のガス灯にかざす様にして読んでみる。

《英国バ車ウマギルド》発行のタブロイド──青年は何度か読んだ事がある。この組合に参加する御者のバ車には、必ず備え付けられている紙面だった。

 帰宅の暇潰しに、流し読みしてみる。

 八百屋のニンジン特売情報が一面にデカデカ載っていた。迷いなく青年はページを捲った。

 そこには《自動車》への非難の数々がビッシリ書かれていた。

 

 曰く。ウマ娘の雇用を奪う、軽薄で気品の欠片も無い、うるさくてビックリする──等々。

 その下には《御主人が自動車を買った私はお払い箱》という、連載小説が載っていた。ロンドンのバ車ウマ娘を主人公にした、近頃ちょっと話題の連載である。飛び飛びではあるけれども、青年も読者の端くれだった。

 読めば、遂に主人公が御主人からクビを言い渡される場面だ──むらむらと、青年の胸に怒りが湧いてくる。

 

 彼は御者ウマ娘という従事者が嫌いでなかったし(むしろ好きだし)、自動車という科学技術の産物に懐疑的でもあった。

 例えば御者ウマ娘は、優れた五感で道路の危険を察知するけれども、自動車というのはとにかく音がうるさくて運転手の感覚を鈍らせる。急に停止出来るかどうかも怪しいものだ。

 慣れ親しんだバ車の方が余程信頼出来るのに、自動車のせいでバ車ウマの雇用が脅かされるというのは、全体、憂慮すべき事態ではないか。

 噂に聞くところに拠ると、首都ロンドンでは過激なウマ娘たちが自動車を打ち壊す運動を画策していると言うが、しかし、彼には反対する気持ちには全くなれないのだ──

 

「この道も、明るくなりましたねえ」

 

 人知れず義憤にかられていた青年へ、不意に御者が語りかけた。青年はタブロイドから顔を上げて、御者ウマ娘のくたびれたシルクハットを見る。

 

「私が小さい頃っちゃあ、ガス灯なんか立って無くて、町中暗かったんですがね。今じゃあ、どこもかしこもピカピカで」

「そりゃ、今の方が走りやすかろうな」

「あはは、違いないですがね。ですが、私は寂しい気もするんでさ」

「寂しい」

「へえ、お客さんみたいに、若い人は分からんかもしれませんがな。昔、町の暗闇には怖あいモンスターが隠れてるんじゃないかと、震えたもんでさ。そういう時には、暗闇にはモンスターでなくて、妖精さんが居るんだと、自分に言い聞かせたもんで」

 

 車輪がごとごと音を立てている。

 ガス灯の灯りは、タブロイドの文字を読めるまでに照らして、特に五感に優れるウマ娘であるなら、路肩の隅々まで見えるのだろう。

 

「でも、ガス灯が立ってみてガッカリ。暗闇の中には、モンスターも、妖精さんも居なかったんでさ。何処まで行っても、冷たい石畳があるばっかりで」

「そりゃ、そうだ」

「ええまあ、そりゃそうなんでさ、その通りで。そんなもんは居ねえって、分かっちまった。はい、便利になりまして」

 

 御者ウマ娘の声色は喜ぶ様にも、悲しむ様にも聞こえた──そうして話しているうちに、目的地に着いた。

 青年は最後の財産、硬貨一枚をウマ娘に渡す。

 

「ありゃ、お客さん。こりゃちょいと足りませんね」

 

 平素であれば、この青年は「まけろ」と交渉していたに違いなかったが、しかし、この日に限っては何故かそういう気分にはなれなかった。

「次に払うから、つけておいてくれ」と青年が言うと「いやあ、まけておきまさ」と、御者ウマ娘は言った。

 それでも明日のパン代も無い青年は頑固で、自分の名前をウマ娘に無理矢理メモさせた。

 

「アーサー・コナン・ドイル。どうだ、書けたか」

「へえ、まあ……出世払いを期待してまさ」

 

 そう笑顔で言って、御者ウマ娘はガス灯の光の中を、ごとごと去って行った。

 

 

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