一体誰が真の勝者だったのか不明瞭なまま、また戦車とウマ娘の和解も見ないまま、ただ荒廃だけを残して《世界大戦》は終わった。
戦後、軍当局はウマ娘兵科の用途転換を余儀なくされていく。塹壕戦と機関銃という新たな戦争形態によって、ウマ娘駆兵が完全に
「あの不細工なブリキ缶とは一緒に置かないで下さい」
と、物言わぬ
同時にウマ娘人権運動の高揚などの要因も重なった。遂に当局は前衛からウマ娘駆兵を下げる事とし、主として後方支援への再配置を下命する。
所謂『ウマ娘を後ろへ』運動は世界一律の潮流であり、応じて戦略も再構築される事となった。
とりわけ、ヴァイマル共和国(元ドイツ帝国、先の革命で帝政崩壊)ではウマ娘の後方移動が如実に見られた。
しかし、それは自発的ではなく強制的な移動であった。《指導人一揆》からのドイツ革命という、内側からのコンボで速やかに継戦不能となった当国は、とにかく周辺諸国から目の敵にされていた。
国際的な制裁とも言うべき講和条約──ヴェルサイユ条約においては、莫大な戦争賠償金と、屈辱的な軍備制限を飲まざるを得なかった。その条項の中に前線ウマ娘の大規模後方移動も含まれていたのだ。
それは実質的にウマ娘の前線参加の一切を禁じるという極端なものであった。戦勝国側の「ドイツを再起不能にする」という意図が垣間見える。かくして中世ベルリン駆士団からプロイセン王国まで連綿と続いてきたドイツ駆士は息絶えた。
ヴェルサイユ条約が俗に『駆士道の死亡診断書』と称されるのはこのためである。
ヴェルサイユ条約は軍隊のみならず経済をも破壊した。
莫大に課された賠償金の支払いが滞るや否や、フランス及びベルギーはドイツ工業の心臓部であるルール地方占領に踏み切る。
心臓を絞り上げられたショックにより元からガタガタだったドイツ経済は完全に屋台骨を折られる。貨幣の信用は際限なく下落し続け、必然物価は上昇し続け、遂に
《図1.マルク紙幣をむしゃむしゃする独ウマ娘》
有名な上の写真は、天文学的インフレが起こったヴァイマル共和国にて、パン一個買えなくなったウマ娘たちが一斉にマルク紙幣を食べ始めた時の一枚である。正に貨幣価値の暴落という現象を分かり易く説明しているだろう。
なお証言によると紙幣の味わいは、
「まじでまずい。」
らしい(ウマ娘は専門の草食動物ほど高効率ではないにしろ、
そしてウマ娘がパンの代わりにまずい紙幣をむしゃむしゃ食べている一方、造幣局では「味付きインクで刷ったらどうかな?」と、ある意味恐ろしい案が検討され始めた──が、その頃が混乱のピークであり、以後のドイツ経済は徐々に安定を取り戻していく。
経済安定化の背後に居たのは例の星条旗、アメリカ合衆国であった。
二十年代。ヨーロッパ(特に大英帝国)が疲弊した事により、いよいよ突出した経済力を確立するに至った米国は資本の貸付を増大させていった。主戦場となった欧州は、どこもかしこも火の車で復興融資のニーズがあったのだ。
そして、お札を食べる位に困窮していたドイツには特に手厚く融資を行う──もちろん友愛外交などではない。米国は米国で、これ以上欧州秩序が乱れるのを嫌ったのである。
政治秩序のバランスが予測の外へ倒れ、貸付が焦げ付いてしまったら全て水の泡だ。必要以上に弱ったドイツには早く国際プレイヤーとして持ち直して貰わねばならない。
フランスなど一応の戦勝国においても、賠償金が払えなくなる程ドイツが窮してしまったら、それはそれで困るのだった。無論ハイパーインフレ下のドイツにとって外資の支援は喉から手が出る程に欲しい。
こうして各国の利害関係により、二十年代ヨーロッパはアメリカの支援に依存するという構造へ傾いた──しかし、この構造は間もなく根底から倒壊する。
二十年代末、
南無三、世に言う《世界恐慌》の始まりだ。説明は省くが、要するにアメリカの巨大資本が突然消滅しまくった事件である。
《図2. 株券をむしゃむしゃする米ウマ娘》
上の写真は、昨日まで大きな価値があった筈なのに今や紙切れと化した株券をウォール街の道端で食べるウマ娘である──株券の味わいについては同上。
白黒写真でも目に光が無い事が伝わるだろうか(通称、株で有り金全部溶かすウマ娘の顔。実は個人特定されており、クイックメルトさんという方。その後、諸々の取材費が生活の足しになって助かったらしい。七十年代に没するまで投資で損をした人々を励まし続けて自殺抑制に貢献したとされ、米国政府から受勲されている)。
当時の米国株と言えば「とりあえず買えば儲かる魔法の商品」めいて見られていた節があって、靴磨きの少年ですら株について語ったという。
そんなバブル景気が続く訳もなかった──しかし歴史を見てみると、国際的動乱というのは本当に驚く位に
さてヨーロッパ大陸に視点を戻すと、にわかにアメリカの支援が打ち切られ大混乱に陥っていた。各国は自国の市場保護のため、自由貿易から保護貿易へ急速に舵を切る──要するに儲けを出すより安定を求めたという事だ。
この市場と植民地を囲い込む閉鎖的経済が、所謂《ブロック経済》と呼ばれるものである。
植民地を確保している国は良い、しかし、先の世界大戦で既に身ぐるみ剥がれていたヴァイマル共和国は正に惨憺たる有様であった。
世界貿易の縮小により、今まで荷運び業に就いていた運送ウマ娘の大量失業が発生。流通業大打撃の余波で数多くの企業が連鎖倒産。空前の大不景気が現出した。
首都ベルリンでは『なんでもやります』と書かれた看板を持った無職ウマ娘が働き口を求めてうろうろしていたという。「食いっぱぐれなし」で昔から通るウマ娘すらその様なのだから人間は尚更だった。
なお無職ウマ娘が問題になるケースは歴史上でも数える程しか見付けられない。古い例だと、海の民にぼこぼこにされて滅亡寸前のヒッタイト王国(世界最古のトレーナー、キックリさんの出身国)などがある。
貧困に喘ぐドイツ国民は遂に怒りのエネルギーを爆発させた。国際的な屈辱を与えられ、紙幣を食べさせられ、ようやく希望が見えてきたと思ったら再び大不景気に叩き落とされる──憤懣やるかたなしとはこの事だろう。
ドイツ国民はやり場のない怒りの矛先を探し始めた。その怒りは先ず無力な政府当局に向けられた。政治を非難する抗議デモが連日行われ、共和国政府は信用を失墜させ続けた。つい先日の革命で、君主制から移行したばかりのドイツでは《民主制》という体制そのものへの疑念が膨らんでいった。
また一方的にドイツに重責を問う歪な国際秩序──ヴェルサイユ体制を非難し、それを押し付けた周辺諸国に怨恨を募らせる。
戦後、声高に叫ばれた『国際協調』という理想は、不景気という圧倒的現実を前に打ち捨てられていった。そうして国際協調とは真逆の、ナショナリズムを過度に煽り立てる論ばかりが台頭してくる。
「本来のドイツ人は優れた民族なのだ! このままで良いはずがない!」
それは明らかに敗戦以後の卑屈さの反動に他ならなかった。
《優生学》なる
『優等人種が劣等人種を支配するのは自然の摂理である。それによって社会を新しい段階に進化させるのは優等人種の崇高な、また自然的な使命なのだ』
この社会論と進化論をそれぞれ誤解した上に混同させたかの様な説は、売上げ欲しさの木っ端ブン屋が主張したものではない。正真正銘の
恐らく平時であれば陰謀論者にしか見向きされない様な愚説に過ぎなかっただろう──しかし科学というものは、時として論拠の正当性の検討もされぬまま、ただ社会ニーズに汲み上げられて普及してしまう事がある。とある政治的主張を『科学的に正しい』と担保するためならば、畢竟、論拠の有無などどうでも良い事にされてしまう。
特に怒りと不満で逼塞した社会に顕著な傾向らしい。これは現代を生きる我々も常に警戒しておかねばならない『科学的に』という言葉の罠であろう。
こうして恣意的な弱肉強食を是とする優生学は自己肯定感の低いドイツで大変に流行し、それを基幹にする政党も数々誕生した。
だがしかし、一世を風靡した
「じゃあウマ娘が人間を支配してなきゃおかしくない?」
という、たった一つの反証で完全論破される。
考えてみればそうである。歴史上、ウマ娘が人間さんを種として支配しようとした例は
かの恐ろしい《ウマ娘朝モンゴル帝国》ですら、元よりウマ娘を君主に戴く習俗の集団が世界を席巻したというだけであって、別にウマ娘が人間さんを支配しようと目論んだ訳ではない。複雑な社会要因が偶然その時代に合致したというだけであって、ウマ娘が優等種だからという必然性の問題ではないのだ。
ウマ娘という人類は、他者を支配して悦に入る暇人みたいな事に興味を持たない。ご近所のウマ娘さんと会話をすれば直ぐに分かる事だ。言うに事欠いて
余談であるが──このウマ娘の挙動は分かり易く弱肉強食の理論に反しているので、古代から人間は不思議に思っていたらしく、様々な角度から検討されてきた。優生学が一瞬で廃れたのは、連綿と続いてきた哲学の働きでもあるのだ。
古代ギリシアの哲人に曰く「弱肉強食の克服こそ即ち知恵のなす力であり、知を愛する事、つまりは哲学である。そして知を愛する事とは即ちウマ娘を愛する事である」と理論武装した哲学者はウマ娘といちゃついてたという。
正しいかどうかはともかく、とてもギリシア的と言える。
閑話休題。
結局の所、圧倒的論理破綻を解消出来ぬまま、優生学というエセ科学は自ら広げた風呂敷に呑み込まれて消滅した。連鎖して優生学を基幹にした有象無象の政党も解散する。
けれども、民主制への疑義や、ナショナリズムの高揚が沈静化した訳ではない。あくまでドイツの利権のために他国に物申せる
そして右翼勢力と同等の勢いで伸長していたのが左翼勢力──共産主義勢力である。
というのは、大恐慌で世界中の経済が壊滅的打撃を受ける中、たった一国社会主義経済に移行していた《ソビエト連邦》はノーダメージだったのだ。
ドイツウマ娘が紙幣(まじでまずい)をむしゃむしゃしていた二十年代、《狂ったお兄様》ことウラジーミル・レーニンの建国したソ連は黄金期にあった。
かしこくて腐敗せず、しかもそこに居るだけでかわいい官僚ウマ娘による完全無欠の計画経済というパラダイスみたいな政治システム(この時点では)を間近で眺めていたドイツには、共産主義に傾倒する者が少なからず居た。
その伏線が世界恐慌という資本主義の脆弱性を露呈した事件によって顕在化してきたのである。
かくして、ヴァイマル共和国内部では右翼勢力がナショナリズムを煽り、左翼勢力が革命を叫び、両者が顔を合わせれば殺傷沙汰を起こし、その間を無職ウマ娘がうろうろ歩き、けれども皆が飢えているのは同じ──という地獄の地獄になった。