歴史の中のウマ娘   作:友爪

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スイス傭兵ウマ娘について

 

 近世初期のヨーロッパ。

 スイスウマ娘は嘆いた。

「もう耕せる土地がないよ〜(´;ω;`)」

 スイス貴族は嘆いた。

「庭園が全部菜園になっちゃった(´;ω;`)」

 仕方がないので暴力を売る事にした。国家主導の傭兵稼業の始まりだ。同時に永世中立国スイスの産声でもある。

 

 庭木をぶっこ抜かれているのも、石畳を剥がされるのも堪ったものではない。庭園を二度も三度も耕し返すのは全体無益だ。

 山羊飼いにも成れず、あぶれてしまったウマ娘には出稼ぎに行ってもらう他、全く仕様がなかった。

 けれども独りで地元を出るのはさみしい。似た境遇のスイスウマ娘たちはぎゅっと身を寄せ合い、斧槍(ハルバード)の練習もくっついて行った。

 そうして山育ちの傭兵ウマ娘は一揃いで国外出荷されていった。遠のくアルプスの山々に心細さを感じながら。

 

 当時ヨーロッパの戦争原則といえば重装駆兵による正面突撃──つまり駆士の作法に則る──とはいえ当時からして、既に駆士の戦術は陳腐化が否めないものとなっていた。

 この没落の主たる要因は「手塩にかけて育てた愛バを失いたくない」という諸侯(トレーナー)の吝嗇、また駆士道(清廉・忠勇・許されざる恋)というウマ美学の爛熟による。

 中世的封建制の戦争は命のやり取りというよりは、儀礼の面が大きくなってしまった。()としてより強く、より美しく──これにより本来取れたであろう戦術の幅を、自ずから狭い柵の中へ閉じ込めてしまったのだった。

 

 上記ウマ美学に染まりきった欧州に、戦の作法も何も知らないスイスウマ娘は山奥からのこのこ下りてきた。素朴に「地面が平らだなあ」と思ったらしい。

 場所はフランス、雇用主は他ならぬフランス国王だ。自主独立の野心を興した大貴族ブルゴーニュ公、その鎮圧が仕事である。

 これを『ブルゴーニュ戦争』と呼ぶ──要するに外国人の内輪揉めの助太刀だった。

 

 さて、フランスといえば重装駆兵の本場だ。駆士道という文化が早く花開いた土地柄もあり、屈強にして華麗な駆士が揃い踏みである。

 その洗練された風体に、山育ちの田舎ウマ娘らは斧槍を抱いて「ほえ〜」と見惚れた。

 相対する駆士はムッとした様子で石突を鳴らす。「誉れ高きフランス駆士が雇われ田舎ウマ娘ごときに負けてたまるか」という意地があった。また身を寄せ合っているスイス傭兵の様子は、一駆当千を目指す駆士の感性からして如何にも臆病そうに見えた事だろう。

 

 さあ開戦のラッパは吹かれた。

 スイス斧槍兵ウマ娘は怯えた様に身体をくっつけ益々一丸となる。対してブルゴーニュ公麾下、重装駆兵は闘魂注入、雄叫びも後ろに猛然正面突撃(ランスチャージ)を敢行。臆病な田舎者を粉砕するべく全力で突っ込んだ。

 

 賤しき傭兵は成す術なく雲散霧消──だが意外! スイスウマ娘は全く崩れなかった!

 一体何をした?

 単純明快。

 ふんばった(・・・・・)のだ。

 

 忘るべからず──スイスウマ娘は生まれも育ちもアルプス山脈だ。あの峻険な山の隘路を、ちょっと信じられない量の水や薪を担いで毎日毎日往復する民なのだ。

 そんじょそこらのウマ娘とは、ふんばる足腰の出来が違う。

 加えて密集陣形の利。前の仲間が押されても後ろの仲間が支え、更に三番目の仲間が押し返す。駆兵突撃の勢いは封殺された。足が止まった所を、三四人掛かりで斧槍の鉤爪部分を引っ掛け転ばせてしまう。

 重鎧のウマ娘は一度転んだら容易には立ち上がれない。もがく所をポカポカ叩く。そうして大人しくさせてから──何と鉄靴をその場で脱がせてしまう(・・・・・・・・・・・・・・)。後で靴代金(くつしろきん)と替えるためだった。

 

 恥である。戦うウマ娘にとって上無き恥辱だ。正に駆士道も何もあったものではない蛮行だった。

 裸足のフランス駆士は火を噴きそうな赤面を隠して逃げ戻る。名誉に賭けて! 奪われた鉄靴を奪還するまでは、とてもとても恥ずかしくて戦場になんて出てこれない。

 これにて戦闘不能。

 

 自慢の愛バが辱めを受け次々戦闘不能に陥る様を見て、敵方大将ブルゴーニュ《突進公》は戦車(チャリオット)の上でいきり立った。

「この礼儀知らずの蛮民めが!」

 御者ウマ娘を伴い渾名の通り突進したブルゴーニュ公だったが、同じ理屈で封殺。斧槍で引き倒された所をポカポカ叩かれる。

 ブルゴーニュ《突進公》は死んだ。

 

 大将が頓死したので戦争は終結、傭兵契約も満了である。

 フランス王との契約金と、ぶん取った靴代金でスイス傭兵ウマ娘は大いに懐を温めた。うれしい。大部分を地元に仕送り、少しを奢侈に、残りを路銀に充てて「ばいば〜い」と次なる仕事場を求めて発って行った。

 

 震えたのは元雇用主のフランス王だった。

 諸説ありつつも、何だかんだ正面衝突では無敵! と無邪気に信じていた駆士が眼の前で完封されてしまったのである。

 スイスウマ娘恐るべし──大問題は、彼女らが傭兵(・・)という事だ。傭兵に名誉もしきたりも有るものか。そこに存在するのは純粋な理論のみ、銭払いの多少で簡単に敵方へ転ぶだろう。明日斧槍で撲殺されるのは我が身である。

 

 以降、フランス王家はスイス傭兵のお得意様となった。

 ただし同じ事を考えるのはフランス王だけなはずがない。何せ「雇えば勝てる」のだから。雇用費はインフレする、需要と供給の問題。

 だが如何に足元を見られようが、その点でフランス王は一貫していた。彼女らが敵味方の狭間でふらふらしている時は、金子を積み上げ、揉み手してでも味方に引き入れた。

 これがスイスの永世中立政略である。

 スイス傭兵への支払金で道路が舗装出来るだろう──その関係はフランス革命まで実に三百年間も続く。

 

 そして、もう一つのお得意様がバチカンである。

 スイス傭兵の無類の強さを聞きつけた聖職者たちは、それを臨時の助っ人ではなく常設の衛兵(・・・・・)として雇う事を願った。

 しかし常設ともなると、何とかしてバチカンへの帰属意識を持ってもらわなければ恐ろしくって堪らない。

 そこで教会伝家の宝刀をすらり。バチカン衛兵は『神聖な職務』であると、これでもかと太鼓判を押しまくる。ところで太鼓判はタダである。雇われ衛兵は「そうかも。」と微妙に思った。宝刀の切れ味は微妙だった。

 物は試しにルネサンス美術家に色彩艶やかな制服をデザインさせてみる。効果は抜群だ! 報奨はそこそこで良いからバチカン衛兵の制服を着たい──というスイスウマ娘が列を作った。

 果たしてバチカンの目論見成れり。

 

 時代は下り、槍兵の密集陣形が陳腐化し、スイスの血の輸出は廃業、歴史書に記されるだけの存在となった。

 しかしバチカンのスイス衛兵だけは、今もルネサンス時代の鮮やかな制服に袖を通し、自身の持ち場でふんばっている。

 

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