歴史の中のウマ娘   作:友爪

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夏の禹帝の治水について

 

◆夏の()

 

 気が付いたら帝になってた中華の人、記念すべき第一号。伝説的な《夏》王朝の初代帝。

 紀元前二千年頃、ウマ娘を大規模動員しての黄河治水事業に史上初めて成功したすごい人間さん。

 

 ご存知、人類は大河のほとりに文明を作りたがるものである。それは同時に、河川氾濫に悩まされる事と不可分であった。

 ナイル川のほとりに住むエジプト人は暦を発明し、氾濫を予期した。ナイルが上流から運んでくる地味豊富な土というたまもの(・・・・)を文明発達の前提としたのだ──言い方を変えれば、河川氾濫の抑止をすっぱり諦めた事により文明を育んだのである。

 

 しかしエジプト文明は稀有な例だ。大多数の人類社会は、やはり河川氾濫という圧倒的破壊力を常に恐れた。

 住居や田畑をまとめて洗い流してしまう暴れ水──その抑止のために懸命に祈り、供物を捧げ、夜を徹してウマ娘を踊らせ、時には人身御供(いけにえ)を水面に投げ入れ、水神の怒りを鎮めようと苦慮した。

 その程度しかやれる事が無かったのである。河川氾濫の前に人類は断然無力であった。

 

 しかし、それを覆す人類史上のパイオニアが現れる。

 それは古代中華の()という人間さんだった。

 

 彼は時の帝に「黄河氾濫を治めよ」という勅命を受けた。この時の「治めよ(・・・)」という言葉に含まれるニュアンスは、水神に祈るなり何なりして大自然の御意志へ伺いを立てるべし、という所か。

 具体的には古い呪術儀式を学びて行い、たまに面倒臭い段取りを付け加えては「人の身で可能な限りは全部やってますっ」という納得感を醸し出す仕事であり「にもかかわらず黄河が暴れるのは彼の職務怠慢である!」と民に吊るし上げられるスケープゴートでもあった。

 哀れといえばもっとも哀れだが、紀元前二千年当時の社会秩序を保つためには重要な役割だったと留意してほしい。

 

 さて早速、禹は水神に捧げるための豪華な供物や、舞踊に巧みなウマ娘を手配──と思いきや、何を考えたか、単独堀棒(ショベル)で黄河周辺の土をほじくり出した。

 たまたま近くを通りがかった中華ウマ娘は、親切心から「そこを耕しても直ぐに流されちゃうよ」と教えてあげた。禹はにっこり破顔して答える「耕しても流されないために耕すのだ」と。中華ウマ娘はちょっと考えて、尾っぽを逆立たせた。

 なんとびっくり! この禹という人間さんは、物理的(・・・)に大河に立ち向かおうとしているらしい。

 それは無茶だと皆口々に言った。そんな五行(しぜん)への叛逆は聞いた事もない、水神の気分を損ねるだけだから止せと言った。事実、直ぐに黄河は氾濫して禹の数年分の仕事を洗い流してしまった。

 

 ほら見た事か──と天下の笑いものにされる禹を中華ウマ娘は哀れんだ。近くで祭壇を作るのに宜しい丘を教え、更には供物の準備を手伝ってあげると申し出た。

 しかし禹は親切をやんわり断った。どころか「絶対やれる」と同じ場所を掘り返した。頭から泥を被り、毎日少しずつ少しずつ土砂を運ぶ男の姿を、近所のウマ娘たちは哀れんだ。

 そして天命であるかの様に再び黄河は暴れ狂い、禹の仕事は清算された。自らも畑を流されてしまった中華ウマ娘たちは、しょんぼりして、流石に気落ちしたであろう禹を訪ねた。

 

 

「絶対やれる」

 

 

 禹は全然しょんぼりしてなかった。

 謎の確信(と表現する他ない)を懐いて、またぞろ同じ場所をヒトの力で掘り出した。もうそろそろスケープゴートにされそうな雰囲気も、彼には全く関係無かった。

 あくまで物理的に、真っ向から黄河に挑み続けた。

 莫大な泥と逆境にさらされながら「絶対やれる」と健気さの欠片も無く、破顔一笑する禹の姿に、近所の中華ウマ娘たちは逆に励まされた。萎びたウマ耳をぴょこんと立ち上げ「やれるかも」と、ぼんやり思う様になった。

 そうして、この人間さんを手伝う中華ウマ娘がぽつぽつ出始めた。初めに近所のウマ娘から。

 

 珍妙な真似をしている奴ばらがいる、ちょっと見に行ってやろうじゃないか──離れた土地の民が、好奇心であれ哀れみであれ、見物しにやって来た。

 しかし『珍妙な真似』で済ませるには、禹たちの眼差しは余りに真剣であった。早朝から日の暮れまで土砂に塗れる仕事ぶりを笑いものにする人も居たが、何かスゴ味に感じ入る人の方がずっと多かった。

 真剣なウマ娘というものは、それはもうマジで真剣なんだよ! と天の法にも定められている。語るに及ばず不文律、故に強力な説得力である。

 

 禹の水を治める(・・・・・)試みは、従来の納得感を醸し出すだけの仕事ではなくなっていった。

 事業に感化された中華ウマ娘が増えるに連れて「できるかも」という漠然たる感覚は「絶対やれる」という、謎の禹の確信に近づいていった。

 

『絶対やれる。諦めない。絶対やれる』

 

 そんな感じの詩を、何処かのウマっ子が適当な調子(メロディー)を付けて歌い出す。聞くともなしに聞いた禹が、そのお気楽な鼻歌に併せて土を掘る。それをウマ聴力で聞いて、そのうち皆が歌い出した。

 不思議なものだが……ウマ娘は歌いながら手を動かすと何倍も頑張れる。泥塗れのボロこそが彼女たちの勝負服であった。謎の禹の確信が、謎のウマ力を引き出した。

 

 工事半ば、禹は仕事に打ち込み過ぎて半身不随となった。男の確信は(何故か)揺らがない。ウマ娘の肩を借りながら、毎日現場を監督する。その噂はウマ娘の足を伝って広まった。

 なんかすごい人間さんがいる、助けなきゃ(義務感)──感化された中華ウマ娘は益々増えた。

 禹の仕事は、中華ウマ娘を大動員した『治水事業』へと進化した。そして文明と切っても切り離せない大河の猛威を、()()()()()()()()()()()()()事に成功したのである。

 時にここへ至り、禹は昔教えてもらった『祭壇を作るのに宜しい丘』へ足を運び、適切な供物を捧げ、中華ウマ娘は皆歌い踊り、水神に恭しく謝意を表したという。

 

 さて勅命の達成を、禹が不自由になった半身を引きずって帝の宮殿に報告へ赴いた時──気が付いたら禹は玉座に座り、冠を戴いていた。

 伝説的な《夏》王朝の開闢である。

 

 どうか筆者を責めないでほしい。この辺り、史書に具体的な記録が無いのだ。後世人としては、本当に『気が付いたら帝に成ってた』様に見える。

 共に大志を成した大勢の中華ウマ娘を武力に転じて脅し取ったのではないか? という説もあるが(むしろそれが妥当とも思えるが)、結局の所は分からない。

 分からないものは仕方がないから『帝位は徳のある人物へ自然と渡る』という風に解釈して、これを禅譲などと呼ぶ。

 

 禹の戴冠後、記録が残るのは彼の行動指針について全く変更は無かったという事である。

 相も変わらず「絶対やれる」という謎の確信で、大勢の中華ウマ娘を巻き込む、所謂、()()()()()をした。

 贅沢をせず質素に暮らし、田畑の収穫量に目を光らせ、適宜に税を調整し、煩雑なだけの儀式慣例を廃し、そして率先して泥を被った。

 その結果、周辺国は夏の禹帝の徳を崇めて自ずから朝貢を求めてくるようになった──これが後々まで続く中華世界の政治の理想形となった。

 

 人類は水を治める事が可能である!

 禹帝の治水事業は、なかんずく東方アジアでは偉大な先例となった。人類は暴れ川を前に祈る事しか出来ない、という認識を完全に塗り替えた。

 以後、治水の神として信仰を集めたのも成り行きであろう。

 禹帝の伝説は海を越え、我が日本国でもかつて水害が多かった土地を中心に、石碑や像が百数十ヶ所確認されている。

 彼をかたどる像は大抵が史書に忠実に、謎の笑顔である。

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