歴史の中のウマ娘   作:友爪

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ナイチンゲール看護駆兵隊について

 

ジェネラル(将軍)・ナイチンゲール

 

 クリミア戦争にて《ナイチンゲール看護駆兵隊》を統率した看護師。偉大なるヒト娘。

 彼女が率いるウマ娘駆兵は、クリミア戦争において最も士気と練度が高かったと言われる。通常の駆兵隊と異なるのは、救命のための部隊であると言う事。

 

 当初のナイチンゲール女史は母国以来の数十名の仲間と、ごく限られた権限しか持たなかった。女史は衛生環境の改善から始めて根気強く、或いは虎視眈々と機会を待った。

 やがて、絶望の淵から命を救われた戦傷ウマ娘兵が女史の理念に感激して、そのまま合流する……という流れを繰り返すうちに、とうとう看護団は《駆兵隊》と呼べる位に規模が膨れ上がった。

 

 ウマ娘たちは持ち前の力強さで敵を打ち倒すよりも、敵味方も関係無い傷病看護のため戦場を駆け回る方に勇気を奮い起されたのである。

 戦場で散ったと思われていたウマ娘が、実は一命を取り留めており、ナイチンゲール女史の下で働いていたという事例が度々あったらしい。

 

 ナイチンゲールの仕事が始まった。当機立断、自分を慕って集まったウマ娘たちに指示を飛ばす。

 いつの間にやら組織されていた英仏土連合の《ナイチンゲール看護駆兵隊》は、たぶんどっかから拾ってきた戦バ車で最前線に赴く。そんな権限は無い。

 鉄風雷火もなんのその、看護駆兵が颯爽と走る! 硝煙の中に倒れ苦しむ兵士を、バ車はひらりと掬い上げ、強制的に野戦病院に収容する。そんな権限は無い。

 感銘を受けた地元のオスマントルコウマ娘が物資を寄付してくれたり、ハンドメイドで病院を拡充したりする。そんな権限は無い。

 私財を惜しみなく投じて崩壊しかけていた兵站線を再構築し、医療物資が滞りなく調達出来る様にした。そんな権限は無い。

 ナイチンゲールは狂っていた。

 

 当然の結果。野戦病院に軍本部の連絡員がやって来て、渋い顔でつらつら苦情を申し立てる。

 ナイチンゲールさん。一体全体、貴女は何の権限で活動しているのですか。勝手にウマ娘駆兵を接収するとは何事ですか。それら諸々の物資は何処から湧いて出てきたのですか。そもそも何故看護師が砲弾降り注ぐ戦場に出てきているのですか──苦情の一部を要約するとこんな感じである。

 ナイチンゲールは負傷兵の包帯を取り替えながら聞こえないふりをしていた。連絡員がいよいよ痺れを切らすと、女史はとある書簡を鼻先に突き付けた。内容はこの様なものだった。

 

『イギリス・ハノーヴァー朝第六代女王ヴィクトリアの名において、フローレンス・ナイチンゲールの活動を認可するもの也』

 

 連絡員は言葉を失った。なんとこの看護師は軍本部の苦情を見越して、英国女王のお墨付きを取り付けていたのである。女史は黙って包帯を巻く作業を再開した。

 ナイチンゲールは狂っているのに、すこぶる知性が高いという、最も手が付けられないタイプのヒト娘だった。

 

 天下御免の活人鬼と化した《ナイチンゲール看護駆兵隊》は以前にも増してやりたい放題になった。

 本物の将軍たちの作戦会議に、何故か列席していた。百戦錬磨の護衛ウマ娘に囲まれ、それ以上に圧を発するナイチンゲールの眼力に、本職らは何も言えなかった。

 何処から調達してきたのか、ナイチンゲール自身も英国式駆兵服に袖を通してバ車で戦場を駆けた。怪我人を次々に掬っては容赦無く病院にぶち込んだ。

 

 彼女とウマ娘駆兵たちの野戦病院では死ぬ事が許可されなかった。死ぬの禁止である。

『たとえ死んでいても、ナイチンゲールさんの前では生きていなければならない』という軍法があった。軍法違反はこれ以上無い不名誉であった。

 耐え難い疼痛に「死んだ方がマシだ!」と泣き叫ぶ重傷者も、奥からずんずん歩いて来るナイチンゲールの顔を一目見たら「生きてた方がマシです」と撤回した。

 

 ある時、膨れ上がった《ナイチンゲール看護駆兵隊》の戦力に期待し、英国の将軍が野戦病院へ直々に攻撃支援を要求しに来た。

 しかしてナイチンゲールは炎の如くブチ切れ、正論パンチでボコボコにした挙げ句、将軍を撤退に追い込んだという。

 以後、彼女はジェネラル(将軍)・ナイチンゲールと異名を取る事になり、ますますウマ娘たちの敬愛を集めた。

 彼女が外を歩けば、

 

「ジェネラル!」

「ジェネラル・ナイチンゲール!」

 

 と声が上がり、ウマ娘駆兵は誰もが背筋を伸ばして敬礼した。女史は鷹揚な仕草で挨拶を返したという(照れくさかったと後年述懐している)。

 

 そんな将軍(・・)にも重大な欠点があった。休み方を知らなかったのである。

 放っておくと、戦バ車で砲煙弾雨を潜り抜けていたり、何時間もぶっ通しで包帯を巻いたり、無限にリネンを洗濯したり、連日徹夜でランプ片手に病院内を巡回したりした。

 ウマ娘の体力でもちょっと無理な働き方だった。このままでは卒倒するか、さもなくば神経に異常をきたしてしまう(ある意味元々異常であったものの)。

 であるから、女史を慕うウマ娘駆兵にとっては、彼女の休ませ方(・・・・)が死活問題として浮上した。

 さて現存する『ナイチンゲール将軍の休ませ方覚え書』によるとこうである、

 

・本人に事前通達してはならない。

・最低でもウマ娘三人で奇襲し身体を地面から持ち上げる。

・どうにかしてベッドに縛り付ける。

・アヘンチンキをスプーンで口にねじ込む(なおも鎮静化しない場合もう一杯)

・なお脱走した際はラッパを吹き──

 

 等々、全くためにならない項目が列挙してある。

 拘禁され、見張りも付けられた活人鬼ナイチンゲールはただでは起きない。身体の代わりに、極めて明晰な狂った頭脳を働かせた。病院で集めたデータから、死因分析のための統計を作り始めたのだ。

 ウマ娘に物理で休まされた折に作成したこれらの統計が、後に《中陸軍省》と呼ばれる自宅兼事務所の活動の根幹になった。

 

 やがて、クリミア戦争は終結した。イギリスを含む連合軍の勝利であった。

 約二年間の従軍の間に数多の生命を救ったナイチンゲールは、自らも全く健康体でウマ娘駆兵と共に母国へ帰還した。

 帰国後の彼女の活動といったら、これまた凄まじいものがある……幾ら書いても足りないためここでは省略させてもらおう。

 しかし奇声を上げながらベッドに縛り付けられ、ウマ娘にえっちらおっちら運搬される光景だけは、戦時中と同じだったという。

 

 現代でも英国ウマ娘に一番好きな歴史上の人間さんを尋ねると、ナイチンゲール女史の名前が上位に上がってくる。

 また、英国式駆兵服を着た凛々しいジェネラル・ナイチンゲールの肖像に誓いを立てる《ナイチンゲール誓詞》の伝統は、世界中の看護師に引き継がれている。

 

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