まだ自動車が『
欧州を席巻した《自動車打ち壊し運動》が路上を走る生意気な新参者をクソデカハンマーで粗方破壊し尽くし、溜飲を下げたウマ娘たちが各々おうちに帰った頃。
しかし、人間さんは懲りていなかった。
これくらいでは全然めげない、へこたれないのが人間さんが人間さんたる由縁かもしれない。
内燃機関による完全機械動力の乗り物──つまり『自動車』への夢は止まらなかった。
「自動車レースを開催します」
ウマ娘は激怒した。
寂れていた所の再建とはいえ、レース会場が
「神聖なレース場を荒らすな!」
「これは冒涜だ!」
「ウマ娘なしのレースをレースとは呼ばない!」
世論は急騰、すわ打ち壊し運動の再燃か──と思いきや、人間さんには公算があった。あのクソデカハンマーは出てこないだろう、という。
そして目論見通り、運動は起きなかった。
そも《自動車打ち壊し運動》の母体は、バ車を引く御者ウマ娘組合であった。
失職の危機感、嫉妬、
自動車レース開催問題は、御者ウマ娘からすると「公道にしゃしゃり出てこないなら、まぁ」って感じで、憤懣やる方なしだが、まだしも冷静さを保っていた。
それでもレースウマ娘の断固とした座り込み運動や散発的な襲撃事件などが起きたが……どうにかなだめ、機嫌を取り、散々苦労した末、自動車レース開催までこぎ着けた。
全く大盛況であった。
路肩でペシャンコになって煙を燻らせる鉄クズしか見たことがなかった人間さんたちは
「アレって本当に走るんだっ!?」
と驚き、そして興奮したという。
また、マシン・ドライバー・メカニックが一致団結し織り成すレースというのは、華やかな個人競技であるウマ娘レースとは別種の物語を生んだ。
男泣きにチームで優勝トロフィーを掲げる姿、マシン故障で途中棄権せざるをえず悔し涙する背中──その情熱は、魂は、ウマ娘にも伝わった。
ここに初めて、自動車とウマ娘、共存の可能性が垣間見えた。
《図.1》
──ここに一枚のポスターがある。
上記の意識変化が萌芽しつつあり、徐々に一般大衆にも自動車が普及し始めた時代のポスターである。
『当時の人気芸能ウマ娘が自動車に乗り、笑顔でd('∀'*)している』
そんな明るい色彩のポスターだ。
これが炎上した。いいえ、
正に喧々諤々、町のそこかしこで論争が行われる大変な騒動であった。カフェやバーでは食器が空を飛ぶ。
なんのこっちゃ? と現代人は思うであろう。これは当時の空気感を慮る必要がある。
ウマ娘にとって『人間さんが自動車に乗る』のと『自ら自動車に乗る』のとでは、まるで腹の落とし所が違ったのだ。
走る=自分の足!
という余りにも歴史ある、由緒正しきプライドがあった。実際奥ゆかしいウマ娘たちは、ハッと口に手を当てて頬を赤らめ、耳を倒し尾っぽを逆立たせて、ポスターを非難した。
「なんて
えぇ……そうなの? そうらしいです。
そういうことだった。
だがしかし、乙女心というのは不思議なもので。皆が皆、ふしだら、はしたないと言っている行為は──逆にやりたくなってくる。
ある日、大きな帽子にゆったりとしたスカート……という出で立ちの清楚系美少女が路肩に立っていました。手持ち無沙汰そうに、髪をくりくり弄んでいます。
そこに自慢のオープンカーでドライブしていた男が通りかかります。彼は少女の脇に車を止めて呼びかけました。
「ヘイ彼女、ちょっとそこまでドライブしない?」
このナンパ野郎! とか言ってはいけません。美女を見かけたら声を掛ける、これはエチケットです。
聞けば彼女は自動車に乗るのが初めてだと言います。じゃあ、そ〜っと行こう。紳士たる男は慎重にアクセルを踏みます。
「もっと飛ばして」
意外、彼女からの要望です、もうちょっと深くアクセルを踏みます。彼女の瞳がきらきら輝きました。
「飛ばして。もっともっと速く!」
エンジン全開。耳を切る風の音はちょっと怖いくらいです。
「ヒャッホォウ!!」
なんとビックリ、彼女が立ち上がりました。男がきゃあと悲鳴を上げます。しかし美しい少女は、すごい体幹でバランスを取り全身で風を受け止めています。長い髪が激しく吹き流されて。
「ああ……いい風ね」
うっとりしながら、でも帽子が飛ばされないように、しっかり手で抑えながら──
件のポスターをめぐる論争は徐々に下火になっていった。また、何故かウマ娘は自動車に対して融和的になっていった。
ひとつ言えるのは、あのポスターが自動車とウマ娘の和解の分水嶺になったということである。
真っ赤なスポーツカー『タッちゃん』の整備に余念がないマルゼンスキーさんは語る。
「同じ
そうして慈愛にも似た笑みを浮かべるのだ。かつては不倶戴天の敵であった『ウマなしバ車』に向けて──ああ時代は変遷するものだと、まことに筆者は感じるのである。