歴史の中のウマ娘   作:友爪

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中国四大美ウマ娘、王昭君の悲劇について

◆王昭君(おう しょうくん)

 前漢のウマ娘《中国四大美ウマ娘》に数えられる。

 高貴な出自ではなかったが、その駿足と美貌、才気によって中華皇帝より後宮に召し出された。大変な立身であると評せよう。

 しかし後宮に呼ばれた彼女は、なんだか()()()()で、元気が無く、やる気も無く、顔色は青白く、耳はぺたんこ、よたよた走るのが精一杯──という、前評判とは似ても似つかない様子であった。

 

 その上、王昭君は宮廷画家に"心付け"を渡さなかったため、いかにも絶不調の駄バ娘に描かれてしまった(宮女は膨大な数いたため、皇帝は事前に肖像画を吟味して諸々決めた)。

 そうして王昭君は後宮に呼び出されたは良いものの、皇帝に一度も足を運ばれない。皇帝に相手にされない宮女に構っても益が無いため、侍者たちにも冷遇される……という寂しい生活を送ることになる。

 

 時を同じく、北方遊牧ウマ娘帝国、匈奴の中から単于(ぜんう)(遊牧ウマ娘の王号)が生まれた。

 新しい単于はライバルをあらかた皆殺しにした後で「漢と争うよりは仲良くしたいなぁ」と考えた。

 果たして、単于には弟がいた──生粋の草原生まれ草原育ち、猛き狼である(珍しい、男という生き物は他所から攫ってくるものだ)。

 そこで単于はこの、かわいいかわいい、そしてかっこいい、目に入れても痛くない、小さい頃からず〜っと一緒だった、いっぱい励ましてもらった、その辺のウマ娘には絶対やらない、本当はどこへもやりたくない、やっぱやめよっかな──弟に、漢帝国からやんごとなき花嫁を迎えることで、親善の証にしようと決めた。

 

『なので弟に嫁ちょうだい』という便りを受け取った漢の宮廷はちょっとした騒ぎになった。

 何事も迅速果断を是とする遊牧ウマ娘には、即時返答しなければならないのは外交上の常識である。

 和を求める単于と誼を通じられれば益にかなおう。しかし「ちょうだい」と言われて真正直にやんごとなき女子をやれるものか──そこで白羽の矢が立ったのが王昭君であった。

 久々に呼び出されたと思ったら、出し抜けに「北方異民族へ嫁げ」と命じられた王昭君は、しなしな不調そうな声で、しかし逡巡も躊躇いもなく承諾した。

 そのようにして王昭君は、体裁上の嫁入り道具をどっさり持たされて、荒涼たる北方の地へ旅立った。

 

 しばらく漢の宮廷は不安を抱えて時を過ごすことになった。

 送った花嫁が「醜い」とか「気に入らない」とか「すぐ死んだ」とか、単于から文句をつけられないかどうか心配だったのである。

 もし草原のウマ娘を怒らせたらシャレにならない……恐怖と面子の板挟みであった。

 その後、一年が経っても単于は特に何も言ってこなかったので官吏たちは胸を撫で下ろす。

 やあ、杞憂であったか──という安堵感が共有されつつあった頃、北方より便りが届く。王昭君よりの書簡であった。

 

『夫がそちらを見たいと言うので、里帰りがてら挨拶に伺います』とのこと。

 宮廷に大いに憶測が飛び交った──もしや王昭君は処遇を恨みに思い、匈奴を引き連れ攻め寄せるつもりではなかろうか。いやそうだとしても、単于の弟を引き連れているのだから事前偵察だろう──等々。

 だが憶測は憶測である。結局、北方面の警備を厳重にして夫婦を待つことになった。

 やがて、大軍を連れてくることもなく、普通に夫婦は来朝した。一年余ぶりの王昭君を見て、皇帝以下、文武百官は驚愕する。

 

 美しい──

 まるで天女が降り立った様な、絶世の美ウマ娘がそこに居た。

 しなしなだった様子は瑞々しく艷やかに。青白く不調そうだった表情は生気に満ちていた。ぺたんこだった耳や尾っぽは、今や愛らしく、くるくる動いていた。

 驚きに目を見開く皇帝と百官へ、生粋の匈奴の男は、単于代理として述べた。

 

「先ずは、此度の旅路の警備をこれほど厳重にしてくださったことに感謝いたします。道中、感心しきりでございました」

 

 その屈強で良く通る声に、皇帝は微妙なはにかみで以て応えた。若者は続ける。

 

「そして素晴らしき花嫁を賜ったこと、単于に代わり感謝します!

 妻は此方に到着するや、直ぐに匈奴に馴染み、毎日元気に草原を駆け回っています。その駿足は、いつも皆の先導をする程です。

 将軍たちや野良ウマ娘に至るまで分け隔てなく、優しくて寛大です。自ら酌して、皆々と盃を交わします。その所作の洗練されて美麗なること、匈奴のウマ娘と比較になりません。

 また、琵琶と歌の名手であり、そのたおやかな音色は民をうっとりさせるのです。それら全てのことが皆に敬愛されております。

 そして姉様……単于と妻は実にウマが合い、今では血の繋がった姉妹の如く交わっています。

 漢帝よ! 重ねて、親善の素晴らしい架け橋に感謝します」

 

 そう述べて、若夫婦は揃って平伏した。

 ほんのり頬を赤らめる王昭君を見て、百官はそれぞれ、

「なんという悲劇だろう、漢は宝玉の原石をみすみす手放した」と嘆く者がいれば、

「帝室のためにも王昭君のためにもこれで良かったのだ」と納得する者もいた。

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