ワリとクズな主人公が行く! 異世界洗脳!! 作:名無しのクズ
「よぅし、動きは大体理解した。攻撃も防げる範囲。やるか」
「あまり無茶はしないでね?」
「善処するわ」
ひとまずは様子見。
右手に黒鍵を、左手に
そして一体のウェアウルフを見据える。
経験値で生じる些細な動きの違いも感じたくはないから今は指輪の力で経験値を拒絶している。
「やるぞオラァッ!」
自分に喝を入れる。
これからやるのは
何が起きて本来の力を出せなくなるかわからない。
だから自らに枷を掛ける。
例えば魔術。
魔力切れを想定し、使用可能なのは消費量が少ない範囲内での魔術行使と素の身体能力だけ。
有利を捨てることで身を危機に晒し。
それによって危機からの対処の習得と成長を促す。
「はッ!」
恐るべき獣腕。
生み出された風圧が切り裂くように頬を撫でる。
すぐに反撃し、避けられ毛を少し切るだけに終わった。
そのまま切りかかるがあっさり避けられる。
「ちッ、ギリギリで届かねぇ」
距離が取られる。
そして俺を中心とした一定範囲内にランダムに点を打つような不規則な軌道を瞬時に移動していた。
探知で追うことでしか動きを追えない。
展開し続け居場所を把握し、後手に回りながらもウェアウルフの思惑を阻止するように直前で間に合わせる
動きはわかってても終えねぇッ。
もっと速く。
負けてる部分を補えッ。
「ぐッ……」
ピンボールのように予測不能な動きで翻弄される中、ウェアウルフの獣腕が背後から襲い掛かってくる。
反射的に回避と防御を並行するものの俺を優に上回る速度に対応しきれず、耳から右目元にかけて一本の線が走った。
剣を挟んで逸し、強化で防御力が上がっているにもかかわらず駆けた鋭い痛み。
あと一センチか二センチ上にズレていたら視力を失っていたという恐怖に背中が不快に包まれる。
「治――すワケにはいかんか」
今の条件は余裕がないというモノ。
たとえ魔力に余裕があってもイコール魔術を使えるかと言われれば、それは否である。
限られた魔力をやりくりするべきであって、使えることがイコール使ってもいいとはならない。
生活費を考慮せずに散財すれば破滅するだけ。
落ち着け……。
ズレてたら、は考えるな。
痛くはあるが大したことはない。
ただ恐怖は忘れるな。
恐怖はセンサーだ。
痛みを意識し、恐怖を理解した上で戦意を維持しろ。
むしろ良いじゃねぇか。
リアリティがあるってモンだ。
想定してた不利が現実になっただけ。
動きが変わるなら俺の想定が甘かっただけ。
妄想するな、想定しろ。
認識と現実を合わせろ。
言い聞かせるように思考を誘導し。
戦意を加速させる。
すると自然と笑みが溢れ、同時に意識がより一層没入した。
「ハッ」
迫る獣腕に対して篭手を斜めに滑り込ませ。
捻りと戻しによる回転で弾く力も加えつつ攻撃を逸し、そして反対の短剣で切りかかる。
外へ腕を逸らすことで避けようとするウェアウルフだが、この距離と反応速度と先手の有利によって回避速度を上回ることに成功した。
……切った。
まだ全然浅いけど成功した。
通用はする。
どれくらいの時間で対応されるようになるのかはわからないけど勝機は見えた。
舞う鮮血と伸びる返り血。
切った深さは大したことはないが確かに手応えを感じた。
毛皮だけではない。
肉の感触。
「っシャッ!」
血を浴びた剣身に意識が向いているところを反対の剣で切りつける。
流石に狙う余裕がなくさっきと同じ場所を切ることはできず、近い場所に二ヶ所となった。
腕が……なんだこれ。
……さっきの衝撃に攻撃の反動で腕が麻痺してるのか。
流石に力で張り合うのは無茶、か。
イケると思ったのは思い上がりが過ぎたな。
不規則に震える右手。
影響の少なさを見るとそこまで酷く痛めたワケではなさそうではある。
いきなり強い負荷をかけてしまったようだ。
逸らした感触は逸したお陰で想像よりはマシだったが、普段掛けない負荷というのが肉体に今のような影響を及ぼす。
肉体は経験で育つからこそ未経験の負荷には弱い。
倒せるからって嘗めて良い相手じゃない。
そこをきっちり理解しないと。
「ぉラァッ!」
双獣腕による連撃を短剣で受け流し、激痛を我慢して受け止め、蹴りかかる。
腹を蹴り、折れ曲がって下がった頭を蹴った脚の膝とで挟み潰す。
苦しそうな声が出るがダメージはおそらくほとんどない。
衝撃でそう反応しただけ。
感触は頑丈で、不変。
一切潰れていない。
そして続けざまに足払いを掛ける。
挟み潰しが効かなかろうと関係ない。
もともと目的は体勢崩しなのだから。
っシッ!
このまま畳み掛ける!
「死ねぇッ!」
倒れたウェアウルフの喉元へ振り上げた足を斧のように振り下ろし、硬い骨を砕く感触を覚えるとともに魔石目掛けて黒鍵を突き刺した。
硬い毛皮で滑り、頑丈な骨にズラされながらも切っ先は魔石の端を捉える。
ガリと魔石が砕けたことによってモンスターを形づくるモノが失われ、その姿を霧散させて魔石と数本の牙とどこかの骨を残した。
勝っ……た?
やベェ、腕イッたい。
周囲に敵は……いないな。
「うえーい、ちょっと危なかったけど勝ったぜぃ」
「ヒヤヒヤしたわよ……お疲れさま」
「ゴメンゴメン。技なし魔術禁止にすると想像よりも相手するのがキツかった」
「でもほとんど怪我がなくて良かったわ」
「いやぁね、腕が痛いっすわ。流石にこれは治す」
じんじんと骨まで響く鈍痛。
治癒を掛けるとじわりと温かさに包まれ、痛みがゆっくりと収まる。
けれど幻痛が僅かに残っていた。
「これでまだ戦えるっ」
「まだやるの?」
「モチロン」
「危なっかしいから心配なんだけどね。どうせ言っても聞かないでしょうから」
お、わかってんじゃん。
そうです俺は猪突猛進野郎ですとも。
戦えるなら戦うのが俺の生き方ってモンよ。
まあ退く時は退くけど。
「帰りの時間を考えるとあと居られるのは一時間か二時間ってところかしらね」
「じゃあ一時間付き合ってくれ」
「あら、一生付き合ってあげるんだから一時間程度わざわざ聞かなくて良いわよ」
「……ハイハイ。…………流石は俺の将来の嫁だなァ」
ホント。
す〜ぐそうやって嫁アピールするんだから。
そのうち受け入れるんだからそういうのやめてよね。
気が抜けんだよ。
「見てたらアタシもやりたくなってきたから参加するわね」
「お、マジか。参考にさせてもらうわ」
「まっかせなさいッ」
「お疲れサマー」
「お疲れ。王都から離れてるだけあって流石に稼ぎが良いわね。まあその分全体的な物価が高くて総合的にはちょっと良くなった程度なんだけど」
「普通の飯一つ頼むのに銀貨持っていかれるからなぁ。こればっかりは仕方ないけど」
よくある表現なら“砂漠の水”。
外周部付近であるトリゴは大きな街ではあるが物流が良くはない。
周囲の町や村と比較すれば圧倒的にマシではあるが王都ルートヴィヒやノースミナスと比べて悪いのは事実だ。
だがこの街にも安い物はある。
それは例えば小麦だ。
産地であるため物価上昇の主原因である“輸送にかかるコスト”がない。
小麦を育てるのにかかるコストはあり、基本の物価が理由でコストがかかるためそのものも少し高いのだが、それでも街全体では安い。
ちなみに小麦の製粉には水車や風車は使われておらず、現在使われているのは魔道具だ。
そのため白いパンが一般的になっている。
「最大の産地なだけあってパンマジうめぇ」
「種類が色々あって良いわよね」
「そっちのは固めのヤツだっけ?」
「ええ、表面を固く焼いた歯ごたえ重視の」
「ちなみに俺には柔らかいヤツな。てことで一口交換しよーぜー」
「良いわよ」
流石に疲れている時に顎まで疲れたくはないとソフトタイプを選んだのだが、なんとなく気になった。
しばらくこの街にいるからそのうち食べるだろうが気になったのだから仕方ない。
「じゃあ、はい」
「ん――固ッ! 口が血塗れになるわぁ」
一口分ちぎられ差し出されたパンをそのまま口に入れる。
ちぎる時から聞こえていたバリバリという音に一切反さず固いパンは噛むと表面が砕けて口内を攻撃してきた。
だが内部はもっちりと弾力がありつつ柔らかく、かなり美味しい。
「美味いな。――ほい、一口分。デカいか?」
「大丈夫。――スゴく柔らかいわね」
俺が頼んだのは食パンみたいな柔らかさ。
しかもできたてだ。
イメージ的にはフランスパンから食パン。
食感の落差が激しすぎる。
「んっ。これも美味しい」
「稼ぐ力があれば結構いい街かもな」
「将来住む街を今から決めるの? ちなみにアタシはナシよりのアリね」
「別に住もうって思ったワケじゃないけど……ただ飯は美味いから現状結構いいなって思っただけ」
「無視なのね」
「え? ……ああっ! 将来住む街ってそういう?! 一緒にってことか! スマン、普通に気づかんかった」
にしてもこの街はアリっちゃアリだけどトップクラスではないのか。
こ、こいつ、平然“あ〜ん”をしようとは……
ちなみに状況を受け入れているのは主に断る理由がないからです
自分を好いてくれている自分が嫌いじゃない相手を傷つけるのは少なくとも現状のヒイラギには無理ですし、マユゲが拒絶しなかったのでまあいいや、と
本当は今回新キャラ登場のつもりだったんですけどね……