ワリとクズな主人公が行く! 異世界洗脳!! 作:名無しのクズ
「よぉ」
「お帰りなさい。……着替えてきたんですか?」
「ああ、色々あって制服がかなり汚れたしボロボロになったから新しいの買ってきた。まとめ売りの古着適当に値引いて買ってきたから好きなのもってけ」
「あ……はい」
どれくらいが相場なのか知らないから半額から交渉を開始して大体二割強の値引きを。
値引き交渉が前提の値段設定だったのか、店主も交渉には時間を割いてくれたのだがあまりにすんなりと交渉が進んだため俺はもっと粘るべきだったとちょっと反省をしていた。
「いてて……」
服を脱ぐ俺。
その身体には全身と言ってもいいほど満遍なく広範囲に打撲の痕がある。
場所によっては服と擦れて
魔術は教わったけど習得できたのは基礎の魔力操作だけ、治癒魔術を覚えられりゃよかったんだけどなぁ。
流石にそう上手くはいかんか。
「か、回復しましょうか?」
「いや、いい。痛みに慣れておいた方が良いだろうからな。……あ、これから筋トレするけど汗臭かったら窓開けて良いからな。てか今のうちに開けとくか?」
「え、あ、い、いえ……大丈夫です」
(永井くんのお陰で一週間の宿泊が三日増えたし……臭いって言ったら失礼だよね……。私何もしてないのにそんなことしちゃったら……)
俺がゴブリンの攻撃を受けてケガをした姿を見て、そして訓練でボロボロになった姿を見た香月は何もしていないという自責の念でネガティブになっていた。
「……」
敬語調は香月のデフォだとしても今の反応……絶対何か思ってるよなぁ……。
聞くのは面倒だけど放置して拗れられても厄介だから後で話聞いてみっかねぇ。
他人と接して良い思いをした経験がほとんどない俺は面倒くさそうにしながらも目先の楽を選んでのちに余計に面倒になったらと想像して内心ため息を吐く。
「あ、それとこの世界も物騒な奴らがいるらしいから一人で出歩くときは
「えっ……。は、はい……」
ビビらせちまったか。
アデルとのやり取り、そして街中の様子をみて釘を刺そうと思っていた俺だったが、予想以上に香月が怯えている姿を見ていい年してそんなにビビるなよと思いつつ知らない環境にいるのだから仕方ないかとストレスには思わないようにした。
「まずは腕立てからするか……」
そう呟いて俺は床でゆっくりと腕立てを始める。
素早さはほとんどなく、数秒かけて両腕をギリギリまで曲げて少し停止し数秒かけてゆっくりと両腕を伸ばすという腕立ては運動をほとんどしてこなかった俺には酷く辛いモノで、辛うじて二〇回できたのは若く健康な高校生だからだった。
「……」
腕辛い……ヤバいわ、語彙力が下がるくらいにはヤバい。
たった二〇回でへばるとか情けねえ……。
少し休もうか。
……いや、俺のことだ、少し休んだらもうちょっととか思って全然できない。
後でじゃ多分、いや、絶対ダメだ。
休む暇はない。
こちとら命が掛かってんだ。
最悪【洗脳】で乗り切る、とかじゃねえ。
ベアトリクスと戦ってわかっただろうが。
相手によっちゃ【洗脳】する余裕もなく瞬殺される。
ゴブリン相手でも不意打ちされたら死ぬんだ。
平和ボケしてる余裕はねぇ。
自分の勤勉さを信じず、自分の怠惰を信じた俺は休むことなく次の筋トレに取り掛かった。
腹筋、背筋、スクワット。
下手だからロクなモンじゃないがシャドウもできる。
筋肉を休めながら他の筋肉を鍛えることは充分可能なのだ。
「永井くんはこんなに頑張ってるのに……私は……」
不意に香月が自責の声を漏らす。
小さな声とはいえ同じ部屋の中にいるから当然俺の耳にその声は入った。
けれど筋トレに集中していた俺の
ただ、何かが聞こえたという感覚は無意識に抱いていたのか、ちらりと目が向く。
やっぱなんか思い詰めてるのか?
ったく。
女の気持ちなんて全くわかんねーよ……。
俺はただの男だ。
生物学上の性別は男で、性格も男として自分を認識しているただの男。
だから女の気持ちなんて微塵も想像がつかない。
女と接したことも皆無だから指標も少ない。
まあ、今回はわかりやすく顔に出してくれただけ有難いか。
変に溜め込まれるとどうしようもない。
「もう……夜か」
外に目を向けると空は茜色に染まり、それから少しして街中に鐘の音が響き渡る。
重く低い鐘の音と軽く高い鐘の音が重なったそれはこの世界での午後六時を知らせるモノだ。
「見た目はちょっと違和感があったけど結構美味かったな」
「は、はい。見慣れた牛とか豚とか鶏のお肉とは歯ごたえとか匂いとかは違いましたけど美味しかったです」
うん、飯はやはり偉大だ。
香月でもちょっと饒舌になってる。
まあ、若干酒を飲んだからそれもあるだろうけど。
てか料理頼んだら問答無用で酒出すって改めて世界、というか文化の違いを感じるな。
こっちでの成人年齢って一五歳らしいし、人によっちゃそれ以前から酒を飲むみたいだから犯罪じゃないならどうでもいいけど。
「よっこいしょ……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……あ、あの、じゃあ、もうお休みな――」
「その前に、ちょっと話したいんだけど」
魔石灯の淡い光が不規則に強弱をつけ、光が揺らぎ、影が蠢く部屋の中。
どう話を切り出せばいいのかと経験のなさから悩んでいた俺に対して、少し居心地が悪くなった香月が寝ようと促そうとするが俺はそれを遮った。
「え、えっと……一体何を……」
真っすぐ視線を向けられた香月は少し怯えた様子で訊ねた。
当然だろう。
仲間を探そうとし、けれど声を掛けられず、洗脳がきっかけで着いて来たとはいえ行くアテがないから逃げなかった。
けれど俺も香月も成熟した肉体の
眼差しを勘違いして怯えるのは無理もない。
怯えんなよ……。
そりゃ意外と見た目は良いし身体もそこそこ発育良いし、性格も悪くはないけど……だからってそれだけで手ぇ出すほど女に飢えてねえっての。
「香月はさ……やっぱり、怖いかな? この世界で生きていくのが」
下の名前で呼ぶことで距離を縮めつつ、意図的に口調を優しくすることで威圧感を消して警戒心を薄れさせる。
その効果があったのかはわからないが少なくとも香月はだんまりを決め込もうとはせず、頑張って言葉を選んで話そうとしてくれていた。
「お父さんもお母さんもいなくて……寂しい、です。私は得意なことが何もないから一人じゃ何もできそうになくって……」
「……一人が、怖いの?」
小さく頷く。
自身のなさを表しているかのように目が一切合わない。
「ノートは自分にできそうなことを書いてたのかな?」
「…………」
動きがない。
否定も、肯定もせず。
何もしない、動かない、というよりは。
動けないように見える。
「大丈夫、笑わないから。『見せてくれ』ないかな?」
「は、はい……」
俯いた香月の手を下から見上げるように膝をつきながら両手で包み込み、目を合わせる。
命令をされた香月は意識がないまま頷き、ノートを見せてくれた。
本来見られたくないモノを他人に見せる。
その行為は【洗脳】で命令されたということを知らない香月にとって自分は相手を信じていて、それで見せた、と認識してしまうだろう。
意識に反した矛盾の行動を、脳が、心が、勝手に合理付けしてしまうのだ。
「これは……
ノートには大きな二つの項目が書いてある。
自己分析のためのそれは一度提示を拒絶しただけあって【洗脳】以上に、如実に香月という人間を現しているように見えた。
精一杯書こうと、自己肯定をしようとペンで紙を叩いたおびただしい黒点の跡。
そして書けば書くほど止まらない、加速してしまうとばかりに走り書かれた欠点の羅列。
「考えてみたけど……全然ダメでっ……。私はなんの役にも立てそうになくってッ……」
「そっか……そう思ってたんだね」
そのあたりはなんとなく理解できる。
理解、というか共感か。
俺も一番になれる力なんて何もない。
前の世界だと一時期それ関連で色々考えたこともあった。
とはいえ俺と香月じゃ歩んできた人生が全く違う。
俺の方が辛かったとか、香月の方が辛かったとかってのは言うつもりは全くない。
何をどう捉えるかは本人次第だし、自分の心は時として本人にもわからないモンだ。
俺が理解できるとしてもそれは香月の心のほんの表層、〇.数パーセントくらいだろう。
「それで俺が交渉したりしてるの見て余計に引け目を感じちゃったかな?」
「はい……」
「ごめんね、そんなつもりはなかったんだけど……」
「い、いえ、気にしないでください。私が勝手にしたことなんで……」
嘘でーす。
思いっきり見せつけてましたぁ。
じゃなかったらこんなことしてないっての。
目的は香月の中での評価を高めることと精神的に少し追い詰めて今のような状況を作ること。
そうすることで本格的に仲間に引き込みやすくなる。
「なら俺も勝手に気にするってことで」
「それは……」
「それと、さ。あ~、ん~、なんて言えばいいのかなぁ……」
しまったな……。
誰かを慰めたことなんてほとんどないからどんな言葉をかければ良いのかわかんねえ。
最悪【洗脳】を使ってもいいけどやりすぎるとどうなるかとかわかんねえし。
「うん、そうだね……。自分に自信がなくて、かといって何もせずにいられるワケじゃないっていうんだったら、さ。自信が持てるまで、やりたいことが見つかるまで俺に利用されておいてくれよ」
「り、よう……?」
「そう、利用。俺が傷ついて帰ってきたら治してほしい。それ以外にも……例えば、俺が本を買ってくるからそれを読んでこの世界のことを調べてわかりやすくまとめるってのも良い。これもできない?」
「それくらいだったら……できます」
能力を使っての治癒。
本を読み、要約。
どちらも香月には可能なこと。
もしかしたら本の要約は読書感想文とは違って難しいかもしれない。
けれど難しくてもやらなくてはならないという義務感。
非力な自分が生きるには誰かに縋るしかない。
それを嫌というほど理解しているがゆえに否定できないのかもしれなかった。
ようやく与えられた仕事を、自分では前に進めない状態で差し伸べられた手を香月は跳ね返せなかったのだろう。
それが例え怪しい俺なんかの提案であっても。
「金欠で本を買うのとかは難しいだろうから、『しばらくの間は外での情報収集とかを頼む』。金が入ったらその都度渡すから明日は出費控えめで」
「はい、わかりました」
知られたくない心の中を無理やり喋らせるなんて……なんてクズな主人公なんだッ
ちなみに別に柊は香月が好きなワケでは、ないです
クラスメイトではあるものの接点がなかったためほとんど初対面
視界には入っているけど記憶に残らない程度の認識
誘ったのは宿に泊まる際『二人の客』『一室しか使わない』という点が交渉の際にやりやすくなって一人でやるより安上がりになると思ったからです
ま、一人でやっても大した変化はないんですけど
そうそう、感想は非ログイン状態でもいけるのでどんどん送ってきてください(訳:一人じゃモチベーションが辛いから褒めてクレメンス)