彼とカレ、そしてかのじょ   作:あすす

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酒場の三人と、賑やか(意訳)な一時②

「例えば決闘でアルウェスに勝つと言っても、簡単ではないだろう? 確かに彼女の魔法力は相当で、俺達と同等かもしれない。けれどハーレの受付嬢と騎士とでは、対人戦の実践経験に差がありすぎる。ウォールヘルヌスでの魔法戦は拮抗していたが、あれはもしも勝負が長く続けば、次第に優劣がついていた可能性がある」

「そうかな?」

 

 グラスの中の氷がカラン、と音を立てた。表面に付いた細かな水滴が伝い落ちるのを見つめながら、ボリズリーはニヤリと、その口角を薄く上げてみせた。

 

「当たり前だ。ドラコーンの召喚もセルモクラスフィア(絶対熱)の行使も、今まで俺との模擬決闘でさえ披露したことがなかった魔法なんだから......彼女がどこまで自分についてこられるのか、試していたんじゃないのか? つまりあの時、彼女の力量を測れるだけの余裕があったんだろう?」

「……」

 

 アルウェスからの反応はなかった。けれど彼の赤い瞳が、僅かに細められたのが分かる。明確な否定がない以上、これは肯定と捉えても問題ないのだろう。

 

「それに対して、彼女は思いの外軽々とついていった。正直驚いたけどな。けれどそれだけだ。あの時の彼女は、魔法の難度が上がるにつれて、仕掛けられた魔法に対抗はしていても、自分から仕掛ける手数は少なくなっていった。アルウェスの出方に合わせていたのだろうが、戦いにおいて先手と後手、流れを作る側と流れに合わせる側とでは、長期戦になった時の精神疲労の度合いが違う」

「まぁね」

「いずれ双方の魔力が尽きて体術戦にでも移行すれば、あれだけの体格差があるんだ、アルウェスが手を抜かない限り彼女は負けていただろう」

 

 ボリズリーの言葉は、あくまで彼の推測でしかない。けれど限りなく真実に近いものだった。

 

 ウォールヘルヌスでの二人の戦いは、確かに互角で。けれど、戦いの主導権を握っていたのは、間違いなくアルウェスの方であった。自分の采配で流れを進められるという点は、実戦においてかなり有利な方向に働く。

 

 そしてボリズリーの言う通り体術戦にでも切り替われば、遅かれ早かれアルウェスはナナリーに勝利していたと思われる。

 

 いくら彼女が自主練習をしているといっても、それは魔法技術や身体作りまででしかなかった。さすがに相手がいない中で体術まで極めることはできない。

 

 対して騎士団では、魔法を使えない環境下での戦いを想定した訓練も行われている。

 

 そしてその中心となるのは、やはり剣術や体術である。魔法と違い経験差が大きく出やすい部分でもあるため、日々の訓練の中でもかなりの時間が費やされているのだ。

 

「彼女もそのあたりは理解していたようだぞ。ハーレへ就職したことに後悔はないが、唯一経験だけは埋められないと嘆いていた」

「当たり前だよ。仕事の分野が違うんだから」

「かといって知識面でもな……学生時代図書室の本を全て読み込んで、それでも試験で一度も勝てなかったと言っていた。正直、彼女の努力量とアルウェスの知識力、どちらに驚けばいいのか本気で悩んだよ」

「それが試験前になると、一週間徹夜を当たり前のようにこなすから、執念深さって恐ろしいよね」

「壮絶だな……まぁ、というわけで。現段階では魔法と知識で勝つのは難しいと、二人で判断した。だから別の方向から攻めることにしたんだ」

「別の方向?」

 

 首を傾げたアルウェスを面白そうに見やるボリズリーが、彼が手にしていたグラスへと流すように視線を向ける。そして先程まで彼女が威勢良く煽っていたその中身を思いながら、ニヤリと笑んだ。

 

「なに、“アルウェス・ロックマンが飲める地獄酒の量は、一杯半が限界である”という話と、それに挑んだという彼女の話を耳にしたものでね」

「……」

 

 嫌な予感がした。後から思えば、既にこの時点である程度の展開が読めてしまっていたのだろう。口の端が引きつりそうになりながら、それでも続きを聞かなければと耐える。

 

「それが?」

「つまり地獄酒の場合なら、一杯半以上飲むことができたら彼女の勝ちになるよな。酒の飲み比べでは、相手より一滴でも多く飲めた方が勝利となるから」

「飲むことができたらの話だよ。彼女には無理だったけど」

 

 その勝負は既に決着がついていた。実際には、話を聞いて対抗心を燃やしたナナリーが無謀にも地獄酒に挑み、見事一口で撃沈したのだ。直接勝負をしたわけではなかったが、この件の双方の勝敗意識は一致していたはずだった。

 

「あぁ、ナナリーさんは一口が限界だったらしいが。けれどそれまでに樽二つを開けていたというから、万全の調子で挑んでいればまた結果は違ったかもしれない」

「確かにその可能性は捨てきれない。だけど、生憎と彼女はハーレの先輩から地獄酒の禁止を言い渡されている。今後地獄酒で僕が彼女と勝負をすることはないよ」

「それも本人から聞いている……だからこそ飲み比べの勝負をするなら、他の酒でやればいいのではとも思うわけだよ」

 

 カラン、と。グラスの中の氷が音を立てた。ゆっくりと瞬かれた赤い瞳から、射抜くような鋭い視線の圧を向けられる。心なしか周囲の気温もさらに下がったようだった。

 

「彼女自身、勝負で使う酒の銘柄にこだわりはないそうだ。ただ、あまりに度数が弱い酒では埒があかないだろうから、できれば度数の強い酒で一気にケリをつけた方がいいだろうって話になって」

「強い度数はそれだけ身体への負担も増える。僕との勝負なんて他にいくらでも方法はあっただろうに、何で彼女を止めなかった?」

「それはほら、ちょうどいいやつがあるだろう? 地獄酒並みに度数が強いけれど、二日酔いなど身体への負担や影響が一切でない酒」

「そんなものあるわけが……」

 

 ない、と言いかけたその瞬間、アルウェスはひゅっと小さく息を飲んで閉口した。

 

 地獄酒並みに度数が強く、酔いも回る。けれどどんなに飲んでも、翌日の身体にはなんの影響もなく、飲んでいたこともすっかり忘れるほどの爽快さを迎えられるという。

 

 まさにご都合主義。そんな、まるで酒好きな酒飲みの夢を叶えてくれる魔法のような酒が──存在するのだ。ヴェスタヌには。

 

「まさか」

「元々は翌日の仕事を気にせず、強い酒を浴びるほど飲みたいと駄々をこねる、我が隊員達のために開発されたものだ。ヴェスタヌではわりと一般的なんだが、アルウェスは知らないか?」

「いや話に聞いたことはあるけど、でもその酒はまだドーランには流通していないはずで」

「俺もまだ他国には出回っていないと思っていたんだが、ここの店主がヴェスタヌ出身ということもあって、個人輸入という形で手に入れていたらしい」

 

 そう言ったボリズリーが軽く手を上げて、店員に注文する。そしてすぐに店員が運んできたグラスを受け取ると、まるで見せつけるかのようにアルウェスの方へと掲げてみせた。

 

「酒の名前はアメジスト……かの宝石の色に似ているこの酒は、飲んだその瞬間は酔いが回るが、その後一定時間が経つと、身体からすっかり抜けてしまう。宝石が持つ“酒に酔わない”、“潰れない”という意味に近いからこそその名が付けられたらしい」

 

 小さな気泡をぷくぷくと浮かせた、濃紫色の液体。光の加減によって赤みを帯びているようにも見え、芳香な果実のような香りを漂わせるそれは、一見ありふれた普通の酒にしか見えないのだが。

 

 アルウェスはボリズリーからグラスを受け取ると、中身を一口含んだ。熟成された深みのある味は、さながら貴族階級が好む高級酒に似ていて。舌触りもよく、鼻に抜ける香りも上品である。

 

 思いの外とても飲みやすいのだなと、そう思いながら喉を通らせた。その瞬間。

 

「……っ」

 

 じわりじわりと、それでいて一気に熱くなる身体。ふわりふわりと、緩やかに浮いていくように鈍くなる思考。想定を超える変化を起こした身体の反応に驚いて、思わず動きを止めてしまったアルウェスへ、ボリズリーはニヤリとした笑みを向けた。

 

「言っただろう、地獄酒並みに度数は強いと。たったの一口だけだとしても相当酔う。だけど地獄酒との圧倒的な違いはその飲み易さだ」

 

 地獄酒は別名“竜殺しの酒”。その名の通り、竜を殺す勢いで飲んだ者へ地獄のダメージを与えるほどの威力がある酒である。

 

 それは口にしたその瞬間から、巨人に頭を殴られたかのような衝撃を受けるとも言われているのだが。

 

 対してこのアメジストは、口に含んだところでそういった衝撃を受けることはなかった。むしろ、普通の酒よりも使われている果実の味がしっかりと前面に出ていて、言われなければ度数が強いなんて分からないほどだ。

 

 それを喉に流したと同時、一気に酔いが回ってくるのだが、その勢いも地獄酒のような攻撃性はなく、泡波に沈むような緩やかさがあった。身体が酩酊を受け入れるのに何の抵抗もなくて、まるで溶け込んでいくような心地よさすら感じてしまう。

 

「確かに気を付けないといけないかもしれないね。たったの少量でも、これだけしっかりと酔いが回るなんて。それに身体への入り方も穏やかだ」

「だろう? その酔いも翌日には綺麗さっぱり消えてなくなるんだ。酒の発酵時に解毒系や治癒系の魔法を複数練り込むことで、身体への負担を最小限に抑えている。かといってちゃんと酔態を楽しめるように、時間差で魔法が発動するようになっているんだよ」

「随分と手が込んでいるんだね」

「完成するのに数年かかった。あれは本当に苦労したよ。けれど、おかげでうちの隊員はどんなにこの酒を飲んでも、翌日の演習へは元気に参加できるようになったというわけだ」

「へぇ」

 

 そうは言っても、度数だけで見れば非常に高く危険な代物であるため、屈強なヴェスタヌの騎士達であってもまずそのまま飲むことはない。

 

 いくら飲みやすいとはいえ、酔いの深さは地獄酒のそれと変わらないので、元々酒に弱い人間が飲むのはかなりリスクが高いらしい。

 

 ただしこの酒は地獄酒と違って、水や果実水などで割って飲むことができるという。ヴェスタヌの酒飲み達は皆そうして楽しんでいるそうだ。

 

 しかもそのせいで魔法の効果が薄れるということもなく、割ればそれだけ酔いの回り方も緩やかになるためか、このアメジスト酒は度数の割に浴びるほど飲むことができる酒として、ヴェスタヌではとくに男性を中心に、絶大な人気を博しているのだった。

 

 

 

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