「……何か言いたいことがあるなら、遠慮せず言ってくれて構わないけど?」
見れば二人の一連のやりとりを見ていたボリズリーが、肩を震わせて可笑しそうに笑んでいるではないか。
「ははっ。やっぱり何度見ても驚きだが、アルウェスが女性に対してこんなに気安く、というか雑に接するとは」
「顔を合わせれば勝負をふっかけてきて、樽二つ以上の酒を飲んでもへっちゃらで、淑やかさと優雅さと女性らしさが皆無の馬鹿氷だよ。それを他の女性達と一緒の扱いにするなんて失礼でしょ」
「へぇ、それだけナナリーさんのことは特別だということか」
「……今の話を聞いて、何がどう転んだらそうなるのか教えてくれる?」
アルウェスが人前でこうしたげんなりとした表情を惜し気もなく晒すのは、実に珍しいことであった。いつものような隙のない笑みを作るのも面倒なのか、今日はこの店に到着した時から、全体的に態度が雑なようである。
だからこそボリズリーも遠慮なく切り込んでいけるのだ。
「そうだな。強いて言えば……」
ほんの少しだけ肩を竦めると、赤い瞳を真正面から捕らえる。
そして。
「どんな形であれ、ありのままの自身を晒け出すことができる相手、なんだろう?」
抱いていた確信を、そのまま言葉へ。
視線が交差した。アルウェスからは肯定も否定も返されない。時の流れが止まってしまったかのような刹那の沈黙が、まるで永遠に感じられるほどであった。
「アルウェス・ロックマンは全ての女性に優しく平等である……それは、そうあるように意図して行動している結果だろう。そういう自分を意図的に作り上げているんじゃないのか?」
身分も年齢も性格も星の数ほどある中で。それでも女性達を全て一様に接することなど、普通に考えれば不可能である。
もしも成し得ることができるとすれば、それはひとえに、彼がそのように振る舞っているからにすぎないのだ。
相手の求めるものを正しく理解した上で、最終的に誰もが同じ結果で終わるよう調整し、対応しているためである。
そうは言っても、先程のボリズリーの言葉は、むしろ貴族階級では当たり前のことであった。
社交の場では貴族同士の会話から情報を得て、相手や状況によって態度を分け、時には相手を騙し印象操作を施すといったことも必要になってくる。
自身を覆い隠すこと、つまり“相手によって顔を変える”ということは、いわば貴族の嗜みといっても過言ではない。公爵家に生まれたアルウェスとて、そういったものは誰に教えられるでもなく自然と身に付いた。
別に、それ自体が悪いということではないのだ。
身分に問わず、誰もが日常的に多少なりとも己を繕って振る舞うことはある。むしろ状況に合わせた立ち振舞いができなければ、社会ではやっていけないだろう。集団という環境に協調するためにも、あくまで必要な技術である。
「だからこそ、誰かのために偽ることも、合わせることもしなくていい……何の躊躇いもなく自身の内面を見せられる相手というのは、やっぱり特別だと思うんだ」
何故ならそこまでできるのは、信頼している相手だけだから。
ありのままを差し出すということは、そのまま自身の弱点すら晒してしまうことにもなりかねない。相手を見誤れば大変なことになってしまう。
そしてこのアルウェス・ロックマンという男はきっと、相手を見極めることにひどく長けている。特殊な立場柄、さまざまな場面で多くの人間と接してきた彼は、誰に対しても決して油断というものをしない。
まるで、息をするかのように完璧という名の仮面を被り纏って、その状況を掌握し、最善の結果を用意する……そんな彼が。
『ナナリー』
あんな表情を、あんな声を向けるのだ。たった一人に対してだけは。
「もともと彼女自身が、包み隠さず全力で向かっていく性格だろうから、下手に取り繕うと逆に拗れるかもしれないが……まぁ、なんだかんだ言ってアルウェスも楽しそうだし」
「……端からはそんなふうに見えるの?」
「そう感じるって言った方が正しいかもな」
見えるのではなく感じるのだと。ボリズリーはそう口にしながら笑んでいた。
この二人の関係性については、きっと目に見えているものだけが全てではないのだろう。
なにせこれまで彼が徹底的に隠していたものがあまりにも深すぎて、外部の人間だけでなく、彼女本人ですら全く気付いていなかった部分もあるのだ。おそらくこれが彼女の鈍感の原因になっていることは間違いない。
ならばどうして、そこまで隠そうとしていたのか。
魔法も、地位も、与えられた役割も。自身の立場をしかと理解している彼は、己の身の振り方が平民である彼女やその周りに、どのような影響を及ぼすのかを理解している。
だからこそ、たとえ彼が無理に動かなくても、彼の代わりとなる存在を用意して、同様の結果を導くことだって十分に可能であったはずなのだ。
にもかかわらず、彼は彼の力で周りの貴族達からも、自身を慕う女性達からも、魔物からも何からも……自身すら含めた全てのものから、彼女を守ろうとしていた。
彼女に一切を悟られることがないよう周到に周到を重ね、心を砕き、彼女の知らないところで密やかに守っていたのだ。
それを見せつけられる側としては、せめて彼女には少しくらい事情を話してもよかったのではと思わなくもなかったけれど。とくにオルキニスの件でいえば、彼女は女王のターゲットそのものだったのだから。
一般人を直接巻き込むことはできなくても、騎士団の許可を得て口外禁止の誓約をかけた魔法を使った上で、当たり障りない範囲内で情報開示することは可能である。なんなら騎士団で保護することもできたはずだ。
もちろんそれによって行動を制限されることにはなってしまうが、聡い彼女のことだ。事情が事情なだけにきっと快く協力してくれたはずだろう。
それでもそうしなかったのは。きっと彼が抱く譲れない思いというものがあるからなのだ。
何の制限もなくただ健やかに、何物にも妨げられず、彼女が彼女らしさを失わないで済むように──ただ、それだけを願われた、彼女への思い。
知られることすら望まない、むしろ関わらせまいとして、たった一人秘かに抱いていた。ひどく一方的で、途方のない深さの彼の決意。
「学生時代の話もちらっと聞いたけれど、かなり盛大に争っていたみたいじゃないか。あれだけ衝突していたと聞けば、確かにそういう仲には見えなかっただろう。俺が言うのもなんだが、本当に分かりにくいやり方をするな」
「まぁそれは……自己防衛もあったとはいえ、少々乱暴であったことは反省しているよ」
「あぁ、さすがに女性に手を上げるのはまずい。文化の違いもあるだろうが、そもそもヴェスタヌでは未婚の女性に軽々しく触れることすら良い顔されない」
「うん」
そう言ったボリズリーは珍しく真顔で、その声色も若干重みを増している。
言い聞かせるように一音ずつ発音されてしまえば、アルウェスもさすがに苦笑いを溢すしかなかった。
……これで脇腹を摘まんだり唇に触れたことがあるって言ったら、どうなるのだろうか。
ほんの少しだけ思慮して、アルウェスはすぐに口を閉ざした。下手に情報を与えれば、さらに色々責められることは分かりきっている。