ただ、いずれにせよ。
「それでこれみよがしに“僕の勝ちだ”ですよ!? あんの人を馬鹿にしたような目っ! 見下したような笑みっ! 今思い出してもほんっと腹立つ!!」
「そうかそうか」
「しかもその後のセーメイオンの時だって! なぁにが“もしかしてビビってる?”よ! あんた相手にビビってるわけないでしょうがっ!!」
「なるほどなるほど」
彼の狙いはどうであれ、とにかく彼女からの第一及び、その後の印象は最悪だったらしい。
そしてこれらのやり取りが彼女の中でアルウェスへの対抗心を燃え上がる発端となったのは、多分間違いない。
あれか。火型の始祖級魔法使いともなれば、人の心を燃やし震わせることなんて朝飯前といったところなのだろうか。
きっと彼のことだ。何かと理由をつけては、日常生活のさまざまな場面で彼女を煽って煽って煽り続けてきたものと思われる。
そんな二人のことだから、ライバルといえば聞こえは良いが、実際はとてもそのような爽やかな関係ではなかっただろうと断言できる。むしろ彼女からすれば、“倒すべき敵”という認識の方が近いのではなかろうか。
学生時代はずっと隣の席で、就職後も何かと顔を合わせる機会があったから。顔を合わせれば毎度のこと、何かしらのいがみ合いや衝突をしていたという。
この二人の争いは、もはや通常のコミュニケーションの一種なのかもしれない……かなり物騒ではあるが。
「というわけです。最初からこんな感じでした。なんなら今もあまり変わっていないかもしれません」
「あぁ、確かにそれだけ長い期間争っていたら、ナナリーさんが勝利にこだわるのは当然かもしれないけど。そりゃアルウェスに勝って彼を見返してやりたくもなるな」
「……」
「ん?」
「あ、はい。学生時代は確かにそう思ってたんですけど……」
ふと。賑やかな店内でそう語った彼女の声色は、それまでの様子からは想像もつかないほど凪いでいた。
「ナナリーさん?」
ボリズリーは手にしていたグラスをテーブルに置くと、少しだけ俯いたナナリーの横顔を見やった。
“そう思っていた”という過去形は、今はそうではないと示唆しているようにも見える。
まるでぽろりと、意図せず心の内が零れ落ちたかのようでもあった。
ナナリーはちょん、と唇を尖らせると、やや声のトーンを落として言葉を選んだ。
「当時は正直、勉強でも魔法でも“絶対こいつに勝ってやる”っていう思いでいっぱいで……というかその思いしかなくて」
「あぁ」
「い、未だにそんな感じなんですけど。でも、今はちょっと……それだけじゃなくて、ですね」
「うん?」
途端に何故か、彼女の語尾がしょぼしょぼと拙くなっていった。言い淀んでいるのか、まるで話すのを躊躇っているように見える。
垂れた水色の髪が、落ち着きなく指を擦る動きにつられてゆらゆらと揺れている。
肩も僅かながらに上がっているようで、彼女がそれなりに緊張していることが空気から伝わってきた。
「ええと……その」
何か重要なことを話そうとしているのだろうか。若い頃は喧嘩ばかりの二人であったみたいだが、どうも今はそれだけではないようである。
そのあたりの気持ちの変化はぜひとも聞きたいところである。
けれど言い出し辛い内容ならば、無理に聞き出そうとは思わなかった。彼への気持ちは彼女のものなのだ。話す内容やタイミングは、彼女自身が決めるものなのだから。
おろおろと目を泳がせているナナリーを見かねて、ボリズリーは声を掛けようとした。
そして。
「……ボリズリーさんは、オルキニス女王の崩御に関する一連の内容をご存知ですよね?」
周りの様子を伺いながら、ほんの少し硬い声色で囁かれたのは、この時点でボリズリーが全く予想もしていなかった出来事の話だった。
「あぁ……」
オルキニス女王の崩御。
発端は、かの国の女王が世界中の氷の魔女を集めていたことにある。
女王が欲していたのは氷の魔女の血で、そのためかなり非人道的な方法で彼女らの血を採取していたことが判明したのだ。
なにせ女王が集めた人数が非常に多く、中には無理矢理誘拐してきた例もあったこと、そして何より集めた氷の魔女達を解放しなかったことが国際的に問題となったのだ。
当然各国から抗議の書状が送られるも、女王はこれを無視して。
しかも各国の密偵からの情報によれば、これまでに集められた氷の魔女達は既に死に至っていたという。
もはや書状のやり取りだけで済まされる問題ではなくなり、秘密裏にオルキニスへ侵攻する計画が立てられることになった。
そしてボリズリーが知っているも何も、オルキニス女王の最後の瞬間には、彼らヴェスタヌ騎士団も立ち会っていたのだ。
捕らわれた氷の魔女達の奪還と女王の征討を目的に、当時のオルキニス王太子軍と各国の騎士団が協力体制をとって城へと侵攻した。
そして残念ながら、生き残っていた氷の魔女はいなかったのだが女王を討つことには成功したのである。
その時に大いに活躍したのが、氷の要塞のように強固であった城の防御を内部から崩したアルウェスと、圧倒的な魔法力で女王のいた空間までの道を一気に切り開いてみせたボリズリーの二人であった。
「知ってるよ。あの時俺もあの場にいたから」
「なら、アルウェスが私に変身して囮になっていたこともご存知ですよね?」
「そうだな。俺はそれで初めて貴女の姿を知ったわけだし」
「アルウェスが大怪我をしたことも」
「もちろん」
「その怪我の原因は、やっぱりアルウェスが私に魔力の半分を預けていたからですか? そのせいでアルウェスは上手く戦えなかったのでは?」
「っ、それは」
「私は……アルウェスが私の身代わりになんかならなければ、あんな大怪我しなくてすんだんじゃないかって思うんです」
咄嗟に目を開いたボリズリーに構うことなく、ナナリーはじっと彼の瞳を見上げた。