彼とカレ、そしてかのじょ   作:あすす

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酒場の二人と、それぞれの思い①

 

 小刻みに肩を震わせて、緩みそうになる口元を手で押さえつける。けれど、隣に座る彼女から驚いたように見つめられても、どうにも抑えきれない。

 

「え。あの、ボリズリーさん?」

「ふっ……ははっ、いや失礼した。別に可笑しかったとか、そういうのではなくて……くっ」

「…………?」

 

 ナナリーから物言いたげな視線を寄越されて、ボリズリーもさすがに失礼だと思ったのか、急いで訂正の言葉を紡いだ(ただし未だにくつくつと小さな笑みを溢している状態ではある)。

 

「俺が言うのも変な話だが、何というかその……少し安心したんだ」

「え?」

 

 安心した?

 

 呆気にとられたように動きを止めたナナリーにそっと手を伸ばして、ボリズリーは流れる水色の髪を一房すくい取る。

 

 するすると滑らかに指に絡んで、どこまでも透き通すように澄んだその色が、まるで彼女の心そのものを表しているようで。

 

 綺麗だなと、思った。

 

「アルウェスの隣には貴女がいてくれる。そう思ったら……よかったって安堵した」

 

 金色の髪の彼の隣には、水色の髪を揺らした彼女がいる。そう思っただけで、口元が緩んでいくのが分かる。

 

 静かに吐き出した吐息と共に零れたのは紛れもない本音であり、まごうことなき本心であった。

 

「ずっと心配していたんだ。彼は俺と同じだったから」

「同じ、ですか?」

「あぁ。なにせ“始祖級の魔法使い”だろう?」

 

 そう言ったボリズリーの瞳が、どこか切なさを帯びているように見えたのは、果たしてナナリーの気のせいだったのだろうか。

 

 ドーラン王国のアルウェス・ロックマンと、対するヴェスタヌ王国のサレンジャ・ボリズリー。

 

 自国だけでなく他国にまでその名を馳せている二人は、始祖級の魔法使いと称され、その言葉通り実際の魔法力も申し分ない。

 

 基本的な魔法や属性魔法は言わずもがな、常人でも会得が困難な難易度の高い魔法も難なく使いこなし、それぞれ独自の魔法や概念を編み出して、自国の魔法の発展に大きく貢献していた。

 

 魔法力が強ければ、それだけ魔法の幅が広がる。それは戦力的に見ても大いに価値があることだ。主要戦力となりうる魔法使いを擁するかどうかは、各国の経済や軍事バランスに多大なる影響を与えるから。

 

 それ故に二人は王国で高い要職を任され、ウォールヘルヌスの代表選手にも抜擢されたりと、国を代表する魔法使いとして各方面で活躍している。

 

 間違いなく今後の魔法界を牽引していく存在であると、周囲から期待と信頼を寄せられて、彼らもそれ以上の成果で応えてきた。

 

 誰もが認め、絶賛する実力と輝かしい功績。また二人の人当たりの良さや性格も影響してか、彼らの評価はいつだって最良であった。

 

 けれどそれらは決して、易々と手に入れられたものではなかったのだ。

 

「元々俺もアルウェスも、最初から今のように魔法を使いこなせていたわけじゃない。むしろ幼い頃は、高すぎる魔力にさんざん苦労させられたくらいだ」

 

 ボリズリーはそう小さく溢すと、思いを馳せるように静かに瞳を閉じる。

 

 当時はまだ、器である身体が小さかったのだ。膨大な魔力のコントロールなど、大の大人でも簡単にこなせるものではない。だからこそ当然、幼かった二人にも荷が重すぎた。

 

 制御しきれなかった魔力は身体からみるみる溢れ出る。

 

 触れるだけ。声を発するだけ。そんな些細な行動をとっただけでも魔法は簡単に発動してしまい、荒れ狂った魔獣のごとく彼らの周囲へと牙を向けるようになってしまったのだ。

 

 物を壊してしまったり、人を傷付けてしまったり。その度に自分に向けられる悲鳴と、恐怖すら滲ませた表情……。

 

 分かっていた。自分のせいだと。この事態を引き起こしているのは、全て自分なのだと。分かっていた。

 

 謝りたかった。壊してしまった物を元通りにして、暴走する魔法を止めたくて仕方がなかった。

 

 けれどその思いが強ければ強いほど、まるで嘲笑うかのように被害だけがどんどん大きくなってしまう。ペストクライブで片付けられない規模は、周りの大人達でも容易に止められないほどに膨れ上がって。

 

 強すぎる魔法は、幼い彼らを孤独に落としたのだ。

 

「普通に生活することもままならなくなって、研究所に預けられるようになった。そうなれば、魔法を管理調整するために、どうしても行動に制限がかけられるようになってしまったんだ」

 

 結界の中から出てはいけない。指定された物以外に触れてはならない。言葉を発する時は制御の魔道具を身に付けること。

 

 どれも簡単なことばかりではなかったけれど、それらを守りさえすれば魔法の暴走が大分抑えられ、物を壊したり人を傷付けることは徐々に少なくなっていった。

 

 とくにヴェスタヌでは国が魔法教育や研究に力を入れていたこともあって、ボリズリーの周りには彼の魔法を十分に管理できるだけの研究設備が整っていたのだ。

 

 暴走する魔法について魔力の動きを詳しく分析し、結界や制御魔道具の強度を合わせていく。

 

 その過程で少しずつ魔力コントロールについて教えることで、彼の身体へ徐々に魔法を馴染ませるようにして。身体の成長に合わせて細かく調整を施したのだ。

 

 さらには彼が非常に努力家であったことも幸いして、調整や研究のペースもかなりスムーズな進行を見せたことも大きいだろう。

 

 そうした研究所や国の支援を受けた結果、ボリズリーは最初こそ相当苦労したものの、順風満帆に、比較的早い段階で自身の魔法を制することができるようになった。元々兼ね備えていた魔法の才能を、効率良く最適に開花させることに成功したといえる。

 

 そのおかげで彼は、研究所に属しながらも他者との交流や親元への一時帰宅、さらには街への外出などがある程度認められるようになっていた。

 

 またヴェスタヌの研究所では、ボリズリーと同じように魔力が高すぎて制御できない子供や、訓練に来ている同年代の子供もたくさんいて。そういった子供達とも交流することが多かったのだ。

 

 皆と手を繋いだり大声で笑い合い、時には研究所の設備を弄って悪さをして、一緒に怒られたり。些細なことで喧嘩をして仲直りして。

 

 誰かの隣で共に過ごす経験は、彼に感情表現というものを教えてくれた。そしてそれは、間違いなく彼の孤独を取り除いてくれたのだ。

 

 だからこそボリズリーは研究所という閉鎖空間にありながらも、周囲との関わり方を学ぶことができた。時折魔力が暴走しそうになっても、魔道具に頼らず自身のコントロールだけで制御できるようにもなっていった。それは、なにより彼自身が望み努力した結果であった。

 

 やがて魔法のコントロールが完璧にこなせるようになると、万を期して魔法学校に入学し、その飛び抜けた才能を次々と遺憾無く発揮するようになっていったのである。

 

「環境に恵まれていたんだ、俺は。確かに魔法が暴走した時は周囲に多大なる迷惑をかけたけれど、その対応がいつだって迅速だった。なにより俺は一人じゃなかった」

 

 そのつもりがなくてもペストクライブを頻繁に起こし、親元から離されて研究所に入れられ、毎日魔法を制御できない恐怖と焦燥、そして悲しさに埋もれていた自分の心を守ってくれたのは、いつだって自分の一番近くにいてくれた人々なのだと、ボリズリーは理解している。

 

 どんなに面倒をかけても受け止めてくれた両親、周りとは違う自分を気味悪がることなく向き合ってくれた研究所の職員達、そしてそこで喜怒哀楽を共に過ごしてきた友人達。

 

 きっと一人きりでは乗り越えられなかった。魔力が多い故に魔法の制御も簡単ではなかったからこそ、自身の魔法に押し潰されることなく魔法と向き合うことができた。それは周囲の助けがあったからである。

 

 彼らがいたから、孤独から救いだしてくれた皆がいてくれたから、共に壁を乗り越えることができたのだと。

 

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