「一人一人が俺にとって大切な存在なんだ。彼らなくして今の俺はありえない。だから本当に感謝しているし、だからこそ恩返しがしたくてたまらない。騎士団に入ったのも、昔あんなに問題児だった俺が、少しでも役に立てるならと思ったからだ」
──自分を守ってくれた人達を、今度は自分が守るために。
かつて自分を孤独に落とした魔法。だから今度は、その魔法で誰かの孤独を救うことができるように。
その思いは騎士団に入団する時に誓ったものだ。何年経っても変わることはなく、今も全く褪せることがない決意である。
だからこれからも、自分はヴェスタヌの騎士としてあり続ける。守りたいものを守るために、さらなる強さを求めて進むのだ。
自分の魔法と共に。
「まぁこんな感じで騎士団に入団した俺だったわけだが、そんな中偶然にもアルウェスと会う機会があった」
「偶然ですか?」
「あれは偶然だろうな。俺もまさか彼が来るとは思っていなかったから」
アルウェス・ロックマンという名前自体は“ドーラン王国に現れた天才魔法使い”や“火型の始祖級魔法使い”としてヴェスタヌにも既に届き始めていて。
ボリズリーが彼に初めて会ったのは、互いが騎士として既に活躍している頃であった。
それはオルキニスの事件が起こる少し前で、王流議論会開催に向けて各国の代表者が集った時。
主に周辺警護についての打ち合わせであったため、代表者の多くは騎士団長や部隊の隊長で構成されていた。
その時にドーラン王国から代表として来国していたのが、まだ隊長としての経験が浅いはずのアルウェス・ロックマンだったのである。
「グロウブ殿はいかにも団長という見た目だろう? だから彼の代理で来たアルウェスを初めて見た時は、男のくせになんともまぁ綺麗な顔してるなって驚いたよ。ロックマン公爵というより、あれは公爵夫人の方に似ているんだろうな」
「あ、まぁそうですね……」
「……おや? ナナリーさんはアルウェスの両親と面識があったのか?」
ナナリーがロックマン公爵夫妻の顔を思い浮かべながらうっかり同意を示すと、すかさずボリズリーが面白そうに目を細めてきた。
「お二人ともとても親しみやすいと聞くけれど、かなりの高位貴族だからな。こう言っては何だが、身分的に考えると普通は顔を合わせることすら難しいのではないかと思って」
「まっ……誠に畏れ多いことですが、面識があるかないかと聞かれれば、あります」
「へぇ……」
むしろ将来義両親になる予定のお二人です、とはさすがにナナリーでも言えなかった。
言ったら最後、即座に話題転換されてロックマン公爵家とのあれこれや、アルウェスとの婚約などを根掘り葉掘り聞かれてしまうに違いない、そんな危険な雰囲気を本能的に察したからだ。
ひゅっと小さく息を飲む。
何が“まぁそうですね”だ。相手はあのボリズリーなのだ。迂闊にもほどがある。
ボリズリーの瞳の奥がキラリと怪しげに光ったのを目撃してしまったナナリーは、即座に軌道修正を図ることにした。誰だって自分の身は可愛い。
「え、えっとそれで! アルウェスとの出会いの話でしたよね!?」
「まぁそうだ。しかし俺としては貴女とロックマン夫妻の関係性についても興味があるのだが……」
「今は! ボリズリーさんとアルウェスの話の方が! 重要ですので!」
「……そ、そうか」
ナナリーが放つあまりの気迫に、ヴェスタヌが誇る至高の魔法使いが圧された瞬間である。
碧色の瞳が、まるでそれ以上のことを聞いてくれるなと言わんばかりに断固拒否の色を示しているのだ。
なぜなら、彼女にとってこの場を乗り切ることは最優先事項、絶対に譲れない場面なのである。
ここでうっかりロックマン公爵とのやり取りを話そうものなら、絶対にあの“金色の蝶の君潜入事件”の話題に触れることになってしまうだろう。
変装して仮面舞踏会に潜り込んで、アルウェスの恋路の行方を探る……はずが。
実際には美味しい食事を堪能し、豚の紳士に絡まれ、その正体に気付くことなく呑気に会話して、最後にはちゃっかりラストダンスまで踊っていたのだ。
なんたる醜態。なんたる不覚。彼の恋の真相は曖昧で、しかも脱出の際には匿ってもらうという借りまで作ってしまったのだ。
あんなこっ恥ずかしいこと口にできるわけがない。絶対に言ってなるものか。
「ナナリーさん……」
「そんな悲しそうな顔をされても言いませんからね絶対に!」
「……はぁ、分かったよ。降参だ」
ナナリーの並々ならぬ決意を前にしたボリズリーは、やがて諦めたように小さく息を溢した。ここで粘ったところで堂々巡りだと気が付いたからである。
彼女の意思の強さ(意訳)というか執念強さ(意訳)については、彼も既に見に染みて理解しているのだ。
「じゃあ話を戻すと……俺とアルウェスが会ったところだったな。彼の名前は以前から知っていたし、互いに多忙な身だ。ちょうどいい機会かと思って、仕事が終わった後に酒の席に誘ってみた」
もちろん一対一で。彼のような優秀な人物は、周囲に人が多いほど隙がなくなっていくタイプだと思われたから。せっかくの会話がそんな表面的なもので終わってしまうのは些か切ない。
どうせなら少しでもアルウェス・ロックマンという男を理解してみたい。彼が魔法とどのように向き合ってきたのかを知りたい。最初はそんな思いから声を掛けたのだ。
「俺と同じような評価をされている彼に対して興味があった。“始祖級の魔法使い”と呼ばれる者同士、妙な親近感もあったかもしれない」
ボリズリーが研究所にいた頃も、彼の周りには強い魔力に苦労していた同年代の子供達はいた。
それでも彼等とボリズリーには雲泥の差があった。単純に魔力や魔法力の差だ。
サレンジャ・ボリズリーは誰よりも強い力を持つ魔法使いで、だからこそ誰よりも魔法に精通し、苦労した魔法使いである。
そんな彼を本当の意味で理解し共感し得るのは……同じく力の強い魔法使いだけであるから。
「要するにアルウェスとなら変に気遣うことなく、色んな魔法談義ができるんじゃないかって思ったんだよ」
自身と同じ土俵に立っている。ボリズリーにとってアルウェス・ロックマンという男は、対等な存在として目に映っていた。
ヴェスタヌでも優秀な魔法使いは多数存在する。けれどその中で完全無欠とまで称されるのはサレンジャ・ボリズリーだけであって。
つまり彼はどこまでも孤高の存在なのだ。新たな魔法を発展させ、戦闘では前線に立ち魔物を次々と屠り、魔法界の頂点に立ち皆を先駆する者。
誰もが彼を尊敬し、崇拝していた。
だからこそ彼の周りに集う者達は皆、その隣に肩を並べるだなんてと恐縮し、いつも彼の一歩後ろに控えている。
そしてそれを、ボリズリーも承知していた。自分と彼等の間には明確な線引きがされていると、言葉にしないまでも理解していたのだ。
そんなボリズリーの隣に唯一立てる存在として現れたのが、同じ始祖級の魔法使いとして評されていたアルウェス・ロックマンだったのである。