「話してみたらわりと馬が合ってね。それから会えばちょくちょくと盃を交わすようになった。時間がある時は模擬決闘もして、なんだかんだ今に至るってところかな」
「なるほど……アルウェスとボリズリーさんがそんなに親交を深めていたとは知りませんでした」
「あまり公にはしていなかったんだよ。二人で会うときはいつも個室を用意していたんだ。来る時間も多少ずらしたりして、外では絶対に二人きりにならないようにしていたから」
「え? そうなんですか?」
「ほら、アルウェスの見た目が良すぎるせいだ。彼、普通に歩くだけで女性達に囲まれてしまうだろう? 前に外で待ち合わせた時に、周囲の女性からの誘いがすごくてね。結局店に辿り着けなかったことがあったんだ」
「……」
わざとらしく眉を下げるボリズリーに、ナナリーは珍しくすんっと真顔を見せた。
傾国レベルの美形が二人も揃っていれば、騒ぎにならないはずがない。加えて実力もお墨付きとくれば、お近づきになりたいと願う女性達が大挙で押し寄せてくるだろう。
容易に想像できる光景だ。むしろこの二人が並んでいて誰からも話しかけられないとしたら、それはもう世も末だ。
しかも女性人気をさらりとアルウェス一人のせいにしているようだが、絶対にそんなことはないだろう。サレンジャ・ボリズリーの(女性からの)人気ぶりは、他国であるこのドーランにも届いているのだから。
「ん? どうした?」
「イエ、ナンデモ」
そうは思えど、ここで変に話の腰を折るのはよろしくないだろうとナナリーは考えていた。下手に突っ込んでまた迂闊なことを口走ったりしたら大変だ。
なんとか言葉を飲み込むと、彼女は再度拝聴の姿勢を見せる。
「そういうわけで話をするようになった。お互い幼い頃は自分達の魔法に苦労してたから、その話で一気に親しくなった部分が大きいかな」
「そういえばアルウェスも、研究所でしばらく過ごしていた時期があったから……」
「そうだよ。だからこそ俺は、彼のことがずっと心配だった」
ナナリーが隣を見上げると、そこにはぼんやりと周囲を見つめているボリズリーの姿があった。
瞳を流して、ほんの少し俯いて。その瞬間、彼の声色がひどく静かなものに変わる。
「アルウェスは俺と同じく、魔法の制御ができなかったが故に幼少期を研究所で過ごしていたけれど、彼と俺とではその環境が全く違った」
ヴェスタヌではボリズリーの面倒を見る環境が整っていたけれど、当時のドーランではまだそこまで設備が整っていなかった。
幼いアルウェスを預かっていたのは、魔物の研究で有名であったアリスト博士である。
確かに彼は魔法の制御にも精通していたけれど、そんな彼でもアルウェスの魔法を管理するのは簡単な話ではなかったのだ。
まずアルウェスの力が規格外すぎたこと。火型ということもあって、魔法が一度暴走してしまえば、周囲への影響も決して小さくはなかった。
そしてその力を抑えこめるだけの制御系の魔道具が揃っていなかったこと。彼の周囲を魔道具で囲っても、時には魔道具が抑えきれずに壊れてしまうこともあった。
さらにドーランでは、彼のように強い魔法力に翻弄される者が少なかったため、魔法や魔力を制御する方法がまだそこまで確立されていなかったのだ。
そのためアリスト博士ら研究者は、どうしても手探り状態でしかアルウェスの魔法の調整を進めることができなかったのである。
予測できないため、魔法の暴走に対して後手に回ってしまうことが多かったのだ。
それでも優秀な彼等によって、アルウェスは最終的に自身の魔法を制御できるようになり、今では他国に名を馳せるほどの魔法使いとして成長している。
けれどそこに至るまで。研究所で過ごした幼少期に、彼は他者との交流というものをほとんど得ることができなかったのだ。
触れるだけ、声を発するだけで。物が壊れたり、人が傷ついたりしてしまう。たとえその意思がなくとも。
それを防ぐため、彼は自発的に結界の中で過ごすようになり、指定された物以外に触れることもなく、制御の魔道具を身に付けたとしても、安易には言葉を発しなくなってしまった。
そして、同じように魔法で悩む同年代の子供達が彼の周りにはいなかった。苦労を分かち合える存在がいなくて、彼は研究所で一人きりだった。
「魔法を制御できるようになっても、強すぎる魔法のせいで身体の成長が遅れ、それならばと年齢が近い第三王子と共に魔法学校に入学することになったと聞いた。それだって、本当はとても大変だったはずだ」
周りは自分より年下ばかりで。勉強や実技、その他全てにおいて彼等より下になることは、三大貴族ロックマン公爵家の子息として許されない。
常に優秀であれ。常に一番であれ。第三王子の護衛として、高位貴族の一員として、いかなる時も矜持を胸に、他者の模範であれ。
そうあるために、彼は自力で遅れた分を取り返した。百点ではなく百点以上の点数を取り、授業で習う以上の魔法技術を習得し、女性を中心に交流を広げ、騎士団入団後も異例の早さで隊長に就任し、魔術師長にまで上り詰め、怒濤の勢いで魔法使いとしての街道を駆け抜けていった。
そうして皆から尊敬され、崇拝されるようになったのだ。
「アルウェスは一人だった。アリスト博士らの協力はあれど、ほとんど一人で魔法と向き合い、それからは一人で努力し、周囲に頼ることなく、一人で成長していった」
常に皆より前を進んでいた。優秀であれと、一番であれと、そう求められていて、彼もそれに応えていた。
だから彼はずっと一人で……どこまでも孤独だった。
「いくら理解していても、やっぱり制限される生活は苦しい。強すぎる魔法を制御するのも断じて楽ではなかった。それでも俺には同じような仲間がいたし、比較的早く研究所を出ることができたから乗り越えられたけれど……アルウェスはそうではなかったようだから」
話を聞いた時、ボリズリーは正直驚いた。まさかあれを、たった一人で乗り越えたのかと。
設備の整ったヴェスタヌの研究所でさえも、自身の魔法を抑え込むのに苦労していたのだ。だからドーランでアルウェスが経験した苦労は、それ以上だったはずで。
確かに彼の努力や才能もあっただろう。どんなに環境が整っていようが、最終的には己で手に入れる力が必要となる。
そしてアルウェスには、膨大な魔法を修めるだけの才能があったのだ。果てしない苦労はあっただろうが、結果こうして彼は現在、優秀な魔法使いとして活躍しているのだから。
けれど魔法を修める才能だけでは、彼の心の隙間までは埋められなかったはずで。
「互いの過去を話していた時、アルウェスは平然と一人であったことを口にしていた。自身が置かれていた環境を理解して、それが当然だったと受け止めていたように見えた」
だからこそ、誰かの温もりを感じたい時に、誰かにすがりたい時に、誰かに頼りたい時に……彼にとって他者が必要な時に、それらが得られなかったのではないかと思うと、とても苦しくなるのだ。
強すぎる魔法のせいで多くを手放さざるをえなかった彼が、まるで心を置きざりにして、周囲に求められるがまま急いで成長してしまったように見えてしまって、ひどく切なくなる。
「どんなに優秀と言われようが、所詮子供だ。誰かに感情を見せることも、触れることも、抱き締められることだって、子供にとっては当たり前の権利だと思う。けれど彼は、その当たり前を得られることなく大人になってしまったから。たった一人で完璧な魔法使いになろうとして、実際になってしまった彼のことが、俺はどうしても心配だった」
彼は、アルウェス・ロックマンという男は。自身の努力も苦悩も、全てあの隙のない笑みと対応の下に覆い隠してしまう。他者に悟らせるような真似はしない。だから皆はきっと気が付かない。気が付けない。
彼の幼少期の話をされたところで、それを理解できる者などいないだろう。彼が苦しんでいたことを聞いたとしても、本当の意味でそれを汲み取ることができる者などいないだろう。
何故なら皆は彼の完璧な一面しか知らないのだ。公爵子息として、侯爵として、騎士団の隊長として、魔術師長として。彼が周囲に見せるのは、多くの肩書きに恥じぬ堂々とした立ち振る舞いだけだから。
他者を守る立場として、一人で前へと進んでいく。そんな優秀な彼の背中しか知らないのに、どんな表情で彼が正面を見据えているのかを知るのは、彼の後ろにいる限り不可能である。
「騎士団の隊員である以上、俺もアルウェスも国を守ることは当然の責務だ。決して自分達が守られる立場ではないことも分かっている。それでも──……」
それでも、ボリズリーにはどうしても、求めてしまうものがあった。
誰よりも才能に恵まれ、誰よりも優秀で、誰をも守ってしまえるアルウェス・ロックマン。
そんな彼のことを、支えてくれる誰かはいないのだろうかと。
表面的な関係ではなく、覆い隠す必要もない。欲求も感情も、彼が本当の自分自身を、ありのままに晒けだせるような相手はいないのだろうかと。
彼の心を救って、守って、導いてくれる人が、どうか彼の側にいてくれないだろうかと……ずっと、そう願っていた。
「そんな矢先、オルキニスの事件を通して貴女のことを知った」
そこでボリズリーはふと、ナナリーの碧色の瞳を見やった。