つるりと丸い、まるで宝石のような輝き。透き通すようにどこまでも澄んで、真っ直ぐと“彼”を見つめる瞳。
戸惑うように返されるそれをボリズリーが初めて目にしたのは、実は本人のものではなかったのだ。
「オルキニス制圧のために囮の話が持ち上がった時、アルウェスはほんの少しも譲らなかった。自身の危険を省みることなく、ただただ貴女の身を案じていた。他の女性への態度と明らかに違うだろう……彼がここまで介入しようとするなんて、いったいどんな女性なのだろうと、ずっと気になっていたんだ」
アルウェスが変装した姿自体は現場でちらりと見たけれど、あの時は詳しく話す暇すらなかった。
彼女のことを聞こうにも、彼は怪我を負ったためすぐにドーランへ戻り、自分も自国で後処理に追われていたのだから。
一応調べはしたものの、公開資料に記載されていた通り、彼女はハーレの受付嬢で、アルウェスとは魔法学校の同級生だったことくらいしかまともな情報は得られなくて。
だから余計、不思議に思っていたのだ。
確かに彼は女性にとても親切であったけれど、単なる同級生相手にあそこまで譲らないことがあるのかと。
いくら一般人を巻き込まないためとはいえ、わざわざ他の候補を押し退けてまで自身を囮に差し出したりするのかと。
本心を頑なに晒そうとしない彼の行動が、ずっと腑に落ちなかったのだ。
そうして迎えたウォールヘルヌス。受付の席に座っていたのは、どこか見覚えのある女性で。
すぐにピンときた。鮮やかな水色の髪も、深い碧色の瞳も。
アルウェスが我を通してまで守ろうとした、あの女性だと。
すぐさま内心の驚きを隠して、わざわざ彼女の目の前で隣の列に並んでいたアルウェスに声を掛けた。
彼が彼女を目にした時、いったいどんな反応をしてくれるのかどうしても気になったから。
そして。
『半年ぶりに見たけど随分老けたんじゃない? 君』
『くたばれ万年色ボケ極悪猫かぶりド変態野郎』
目の前で繰り広げられたのは、正直想定していたものとは大分異なるやり取りだった。
いつだって、ありとあらゆる女性に親切で完璧な紳士であったはずのアルウェスが、女性に対してまるで息をするように“老けた”と吐き出し。
そんな彼に対して彼女は正真正銘、心の底から“くたばれ(以下略)”などと言い放っていて。
想定外だった。思わず自身の目を疑ってしまった。夢でも見ているのではないかと思うのも仕方がないだろう。
その後も二人はまるで当たり前かのようにチクチクと言い合っていた。常だと言わんばかりに自然な二人の空気で。
目の前で繰り広げられる事態を飲み込むことに、こんなにも苦労したことが果たしてあっただろうかと思うほどで。
「アルウェスが女性に雑な態度を取ることも、彼に啖呵を切れる女性がいたことも。何もかもが衝撃だったよ」
「私と彼は顔を合わせればいつもあんな感じですけどね。ちなみにその時はお互いに全力かつ本心です」
「みたいだな。でもアルウェスがあんなに子供っぽく見えたのは初めてだった」
言葉の応酬が、まるで幼子の喧嘩のようにしか見えなかった。ましてやそれをしていたのが、普段からの振る舞いが完璧であるアルウェスであったなんて、どうにも意外すぎて。
嫌みを言うのも、顔を歪めるのも、どれをとっても優秀と評されるあの男が女性……というよりも、相手にとる態度だとはとても思えなかった。
だから気付いたのだ。
「貴女は、アルウェスが自分のままでいられる相手なんだよな」
ナナリーの瞳が丸く開かれる。ボリズリーはそれを深く覗きこんだ。
「自分のまま?」
「あぁ」
「私が、ですか?」
「そうだよ。だって彼、貴女には少しも気を遣っていないじゃないか」
……良くも悪くも。
きょとんと首を傾げている彼女は、きっと全然分かっていないのだろう。
子供らしさを置きざりにしていた彼が、まるで子供のように彼女へと絡み、嫌味を言い、その表情をいつもの完璧な笑みで覆うことなく晒していた。
からかって、挑発して、それでも年齢差に落ち込んでいた彼女を不器用に気にかけて。
あの時の彼は、何の計算もなく、思い付くがままに彼女と言葉を交わしているように見えた。
そこで気が付いたのだ。あれは自分が初めて目にした、アルウェス・ロックマンがありのままの本心を晒け出した瞬間だったのだと。
いつもの隙のない彼からは想像もつかないほど幼稚で。しかもその後の魔法戦でも互いに容赦なく激しく応酬して。手加減すらしていなかった。
表面的なやり取りだけならば、どう見てもただの天敵同士にしか見えない。とても互いに心を配っているとは思えない。
そんな彼が。
『ただ健やかに、制限もなく、僕のようにならなければいいと思った』
『でもほんと、泣かないでよ』
魔法力の強い彼女が自分のようにならないようにと願って、自分に向けられた彼女の涙に戸惑って。
オルキニスの囮の時も、シュテーダルとの戦いの時も、彼が自身の身を省みずに守ろうとしていたのは、他でもない彼女のことだった。
「あのアルウェスがそこまでする相手なんて、貴女だけなんだ。ナナリーさん」
彼女だけには、どこまでもありのままの自分を見せている。
それができる相手なのだ。ナナリー・ヘルという女性は。
彼女は彼が臆することなく内面を、魔法を、彼自身を差し出すことができる相手なのだ。
何故なら。
「それは貴女が紛れもなく、アルウェスの特別だからだよ」
彼にとって彼女は、そういう存在だから。
わざわざ喧嘩して、勝負を持ちかけて、容赦なく勝利を掠め取って、けれどその裏ではこっそり守って、庇って。
自分の身を危険に晒すことになろうとも、彼女が脅かされないようにと心を砕いている。
彼にとって彼女は、そうまでしてでも守りたい相手なのだから。
「……? 珍獣扱いされてますけど??」
「ははっ。そうだな」
だが生憎と、どうやら心を砕かれている本人は全然実感がないらしい。
しかめ面で眉を寄せるナナリーが、ひどく不満気に考え込んでいるように目に映り、ボリズリーは小さく笑みを含んだ。
「……分からなくてもいいんだよ。彼のやり方は確かに分かり辛いから。無理に理解する必要もない」
きっとアルウェス本人も彼女には知られたくないのだろう。だからこそ、こんなにも二人の関係性が複雑に見えてしまう。
あくまで自分は部外者だ。二人の仲を掻き回したいわけではない。混乱させたいわけでもない。これからどうするのか、どうしたいのかは二人が決めればいいと思っている。
それでも。
「貴女には、アルウェスの隣にいてもらいたい」
ボリズリーはナナリーに乞うた。
「アルウェスが一人にならないように」
ボリズリーはナナリーに願った。
「アルウェスの、特別でいてほしい」
彼に追い付きたいと、彼の隣に並び立ちたいと望む彼女だからこそ。その思いはきっと彼に届くから。
あんなにも堂々と真っ直ぐに彼へと向かっていける彼女は、そう簡単に彼のことを諦めたりしないだろう。
だから彼が温もりを感じたいと思った時に、すがりたいと思った時に、彼が頼りたいと手を伸ばした時に、その手を掴んで引っ張りあげてほしい。
アルウェス・ロックマンという男が孤独にならなくてすむように、どうか彼の一番近くで──……。
「……すまないな。これは単なる俺の我儘だ」
ボリズリーは軽く頭を振ると、少しだけ眉を下げる。
そんな彼につられてか、ナナリーも膝の上に置いていた拳をぎゅっと握りしめると、微かに俯いてしまった。
「貴女には貴女の考えがあるのに、押し付けるようなことを言ってしまって、申し訳なかった」
彼女からの返事はない。きっと困らせてしまったのだろう。それはそうだ。ほぼ初対面の男からいきなりこんなことを言われて、戸惑わない方がおかしい。
「所属する国は違っても、アルウェスのことは何だかんだ気にかけていたから。俺も自分が彼に対してこんなに心配性だったなんて驚いたよ。もしかしたら貴女ならと思って甘えてしまった。だから……」
「大丈夫です」