彼とカレ、そしてかのじょ   作:あすす

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酒場の二人と、それぞれの思い⑥

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漆黒の闇夜に浮かぶ丸い月。ぽつんと一つ、淡い光で夜の街に仄かな明かりを灯している。

 

 建物の間から見え隠れするそれをぼんやりと眺めながら、ボリズリーは店の壁を背にしたまま葉巻に火を灯していた。

 

「……ボリズリーさん」

「ん、どうした?」

 

 木とガラスでできた扉がゆっくりと開かれる。現れた部下であるヴェスタヌの隊員に視線だけを向ければ、出てきた彼はきょろきょろと辺りを見回しながらボリズリーに近付いた。

 

「ロックマン殿とヘルさんはお帰りになられましたか?」

「ついさっきな」

 

 ボリズリーが徐に指先で二人が歩いていった方向を示す。

 

 ついさっきとは言うものの、通りをゆったりと行き交う人々の中に二人の姿はもう見られなかった。

 

 そうしてしばらくそちらに首を伸ばしていた隊員だが、やがて物言いたげに小さな息を溢して返した。

 

「なんというか……二人とも意外でしたね」

「そうか?」

「そうですよ。あんなロックマン殿は初めて見ました」

 

 彼らも仕事で何度かアルウェスと関わったことはある。

 

 いつも冷静で優秀で、どこか自分達の上司を彷彿とさせるような完璧人間だと思っていた彼らからしてみれば、今日のアルウェスはまるで別人に見えてしまうほどであった。

 

「それにヘルさんに至ってはかなりお酒に強いみたいで……あの量のアメジスト酒を飲まれるとは」

 

 そしてナナリー・ヘルに関しても、ウォールヘルヌスの時やシュテーダルとの戦いの様子を見るに、ただ容姿に優れた美しいだけの人ではないということには気付いていた。

 

 アルウェス・ロックマンと互角の勝負ができる時点で相当だとは思っていたが、いやまさかあれほどの酒豪だったなんて聞いてない。

 

「あれはなぁ、さすがにここまでとは俺も思わなかったよ。いや本当に驚いた」

「……それはどちらにですか?」

「どちらにも」

 

 部下からの探るような問い掛けに、その意味をとうに理解しているボリズリーはフッと小さく微笑んだ。

 

 そう、どちらにもだ。彼にも彼女にも、ひどく驚かされてばかりだった。

 

 彼は彼女が絡むと驚くほど感情を剥き出しにするし、彼女は彼女で彼が絡むとあんなにも一途になる。

 

 互いにさまざまな感情や思いが渦巻いているようだが、根本的な部分のそれらは非常に単純で。

 

 なによりどちらも、相当の年季が入っているのだ。

 

「二人らしいといえば、らしいのかもな」

 

 ボリズリーは葉巻の煙をゆっくりと燻らせた。店の壁に背を深く預けながら、うっすらと笑みを浮かべて耽っている。

 

 夜風がさらりと首筋を撫でて、酒のせいで少しだけ火照っていた身体がほどよく冷えてきた。

 

 そうすると優秀な彼の脳内では、先程の二人のやり取りが何度でも再生されてくる。

 

 一つ一つが新鮮と驚きに満ちていて、無意識に溢れ出る笑みをどうにも抑えきれそうになかった。

 

「ボリズリーさんが楽しそうだったのは何よりですが、あんまり羽目を外しすぎないでくださいね? 見ているこちらがハラハラして心臓に悪いので」

「いや久しぶりに心踊る一時だったからつい」

「ロックマン殿めちゃくちゃ怒ってましたが?」

「珍しいものが見れただろう?」

「できればもう見たくありませんけどね!」

 

 己の部下からジットリとした視線を向けられて、ボリズリーはつい我慢できずにくつくつと肩まで震わせる。身体の揺れに合わせて葉巻の煙が細かく波打った。

 

 彼らには悪いとは思ったが、今日は本当に心から楽しめたのだ。二人の意外なる一面を知ることができて、思う以上の収穫があったから。

 

『アルウェス!』

『ナナリー』

 

 名前を呼び合った瞬間、空気が変わった。彼も彼女も、その一瞬で相手に気を許したのだ。あんなにも堂々と。あんなにも自然に。

 

 そんなことができる相手なんて、きっとそうはいないだろう。何の計算も警戒もなく気を許せるのは、内面を晒せるのは、相応の信頼があるからだ。

 

「まぁ、またいずれナナリーさんと会う機会はあるだろう。その時は彼女がアルウェスに勝てるよう俺も協力するから」

「もしそうされるなら、せめてロックマン殿にバレないよう内密にされたらいかがですか?」

「それはかなり難しいと思うぞ? 隠そうとしたところで、どうせすぐにバレる」

「……さすがのロックマン殿でも、ボリズリーさんの隠密系の魔法を即座に感知できるとは思えませんが」

「アルウェスとナナリーさんならやりかねない」

「えっ、ヘルさんもですか?」

「ああ」

 

 怪訝な表情を向けられて、それでもボリズリーは当たり前のように肯定した。そうしたらやはりまた怪訝そうな表情を返されるも、訂正する気は全く起きない。

 

 確かにボリズリーは自身の隠密系の魔法にそれなりの自信を持っている。彼の使う隠密系の魔法とは、目眩ましの魔法や遮音の魔法、その他もろもろの魔法を組み合わせ、さらには幻覚を見せる魔方陣を併用したりと、徹底的に対象から認知されない複合魔法となっているのだ。偵察や潜入時に身を隠すために使用することが多いのだが、過去に一度として破られたことはない。

 

 だがもしも魔法の対象に彼女が絡んでいた場合……あのアルウェスのことだ。どんなに魔法を重ねがけしたところで速攻で突破されてしまう気がしてしまう。そして対象が逆の場合もまた然り。

 

 別にこれといった根拠はない。けれど確信がある。どんなに巧妙に引き離しても、あの二人は互いをどこまでも意識して、追い求めて、手にするのだろう。

 

 おそらくこちらが何もしなくても、各自で勝手に動く。魔法の痕跡を徹底的に洗って、僅かながらの残漏からあっという間に辿り着くのだろう。

 

 なんてったって。

 

「ナナリー・ヘルは、アルウェス・ロックマンにとっての“特別”であるからな」

 

 そしてアルウェス・ロックマン自身も、ナナリー・ヘルにとっては間違いなく、そういった存在なのである。

 

 笑みを深めたボリズリーの呟きは、ゆらめく葉巻の煙の如くゆっくりと空に溶けて広がっていった。

 

 

 

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