「これは僕の魔法だから、僕が対処する。だから君は何も心配しなくていい。さっきも言ったけど、破られることなんてないから」
「……随分な自信ね」
「僕がどれだけ優秀か、一番良く分かっているのは君のはずだけど?」
さも当たり前だといわんばかりに、アルウェスはナナリーに伝えてくる。
いつの間にか歩みを止めていた足を再び動かして、余裕すら醸す笑みを浮かべて。
「だから“大丈夫”」
こうも簡単に、四度目の誓いを立てるのだ。
「…………」
見開かれた碧色の瞳が僅かに揺れて、ひゅっと息を飲み込む音が響く。
そしてずんずんと軽い振動に身体を揺さぶられながら、ナナリーは僅かに乱れた前髪の下で、そっと小さく飲み込んだ息を吐き出した。
「……あぁ、もう」
守られている。
自分がどこまでも彼に守られているのだと。そう感じた途端、身体がぶるりと大きく震えた。
いつも守られている。こうして助けてもらっている。自分の知っているところでも、そうでないところでも。
それができてしまうのだ。彼は、アルウェス・ロックマンは、もうずっと前からそういう男だから。
「~~っ」
「……ねぇちょっと。あんまり暴れないでほしいんだけど」
徐にバタバタと足を振り回し始めたナナリーへ、アルウェスはさぞ面倒そうに表情を歪めて返した。
「落ち着きなよ。いくら周りに人がいないからって、ここで野生に帰らなくても」
「そんなこと言われたって! 悔しいものは悔しいんだもん!」
「は?」
まるで分かっていないアルウェスのこの反応は、今のナナリーにとっては火に油でしかない。
とはいっても、彼が理解できないのも無理はない。
だって彼は彼女に一番肝心なことを伝えていないのだ。
だから彼女も思うように言葉を表現できずにいるだけで。
「何? 飲み比べの勝負ができなかったことがそんなに悔しいの?」
「違う」
呆れたような視線が癪に触る。しかもこちらの心境を掠りもしない理由が余計に腹立たしくて。
分かっているつもりだった。こうして守られるのはもう初めてじゃないから。しかも毎度ひょうひょうとしていて。誰かを守るのも、彼の中ではそれほど特別なことではないのかもしれない。
けれどこちらはそうはいかないのだ。数えきれないほど彼に守られて、その度に何度も何度も悔しさに胸が締め付けられて、今度こそは次こそはと決意して顔を上げて。
……そうして、いつだって目の前の大きな背中に庇ってもらっていることに気が付くのだ。
「……降りる」
「うん?」
ナナリーが低く訴えると、アルウェスは言われるがままに彼女をするりと降ろした。
ふわふわ浮いていた足裏がレンガの固い感触を捉えて、姿勢のバランスをとる。
自分の足でしっかり身体を支えて、そのままナナリーが安定するのを見届けると、アルウェスは最後まで握っていた彼女の手を離した。
「……っ、こうなったら絶対に、何が何でもあんたを超えてやるからね!」
腰に手を当ててビシッと指差して宣言すれば、何ともいえない半目が返ってきた。
彼から向けられるこの遠慮のない、少々(でもないかもしれない)馬鹿にしたような視線は、学生時代から全く変わっていなくて。向けられる度にいつもナナリーはムキになる。
当然アルウェスとてそれは分かっているだろうに、特に態度を控えるようなことはしないのだ。
何故なら彼女が彼に向ける言葉も態度も思いも全てが彼女の本心であり、だからこそ彼が彼女に向ける全ても同じであるから。学生時代から変わらないそれらを、今更取り繕ったりなどしないのだ。
つまり、例え相思相愛で深い仲になって、婚約者にまでなったとしても。
二人のやり取りの根本は学生時代から変わることはないのである。
「……いつも言ってるよね、それ」
「いつも思ってるからよ」
ナナリーはアルウェスの正面に立った。
端正な顔立ちに流れるような金髪、すらりと高い背、そして秀でた魔法力と優れた頭脳を持ち、あらゆる地位と名声を手にしている目の前の男。
けれど輝かしいその功績の裏で、彼は途方もないほどの努力を重ねているのだ。
表にはおくびも出さないけれど、彼が示す数多の結果は、すなわち彼の努力の証明そのものなのである。
そんな彼が、恩を着せずに自分を守ってくれている。時には自身を危険に晒すことすら厭わずに。
昔から、そしてきっとこの先も、彼は自分のために行動する。
それが歯痒くて、どうしても悔しいのだ。先を行く彼の背中を、黙って見続けるだけなのは嫌なのだ。
だから、決めた。
「私はアルウェスに負けない。今はまだあんたの方が一歩リードしてるけど、絶対に追い付いてみせる。その背中に一撃叩き込んで、追い越して、振り返って“あらお先にごめんあそばせ”って言ってやるんだから!」
「足の長さから考えて、君と僕の歩幅じゃどうあってもその差は埋めらないと思うけど?」
「そういうことじゃないわよ!!」
深い溜め息と共に歩き出したアルウェスは、まるで言葉を見せつけるように長い足で一歩一歩踏み出していく。
ナナリーも負けじと競歩二歩分の速さで歩を進めて、すぐに彼に追い付いた。
そして抜きざまにその背中へドスッと一撃を叩き込むと、彼が僅かによろめいた瞬間にひらりと前へと躍り出る。
「っ、ちょっと痛いんだけど」
「これくらい、私が今まで受けた悔しさに比べたらなんてことないでしょ」
けっこう渾身の力を込めたからか、アルウェスからジトリとした視線を受ける。しかしそんなもの、今のナナリーにとっては痛くも痒くもないのだ。
ふんだ。自業自得だ。こちらが気負わないようにするためとはいえ、いつも勝手に裏でこそこそ動いたりなんかするから。
いくら守ってもらっても、それで彼が大変な思いをするくらいなら、素直に感謝なんてできっこない。
結局、今だって一人で全部抱えて、一人で全部解決しようとしているではないか。大丈夫って、彼が言うのだから本当に大丈夫なのかもしれないけれど、それではこちらの気が済まない。
だから一人で為すことを当たり前だと思っている彼の常識を、ひっくり返すと決めた。
だからそのために、彼に並ぶ力をつけるのだ。
ナナリーはアルウェスの数歩先を位置取りながら、遠くに見える月を見据えながら口を開いた。
「私は純粋に、アルウェスに勝ちたいと思ってる」
「うん知ってるよ」
「飲み比べでも食べ比べでも、知識戦でも魔法戦でも、負けたくない」
「そうだね、それも知ってる」
「負けない。アルウェスに勝ちたい。というかアルウェスより強くなる!」
「……いや全部前から知ってるし、そうでなければ君じゃないとは思うけど。でも本当に年季が入った凄まじい執念だよね? 仮に僕より強くなれたら、君もう向かうところ敵なしになるんじゃない?」
アルウェスがナナリーの後をゆっくり追いながら問うと、彼女は背中越しにフンと鼻を鳴らしてみせた。
今更何を言うか。そんなの当たり前じゃないか。そう簡単に飽きて諦められるほど、軽い気持ちなんかじゃないのだこっちは。
それにちょうど、奇しくも先程ボリズリーとも同じようなやり取りを交わしたばかりなのである。
二度目ということもあって、元々そう思っていたからこそ、ナナリーの口からはするすると言葉が突いて出てきた。
全て本心であるし、決定事項だ。別に誤魔化す必要もない。ボリズリーだって笑いながら同意してくれていたのだから、何もおかしいことなんてない。
「そりゃそうよ。だって──……」
月の金色を瞳に焼き付けてから、ナナリーは自信満々にアルウェスへと振り返る。
いつも通り透き通すような深い赤色の瞳を、碧色の瞳で真っ直ぐに見上げて。
「そうしたら今度は、私がアルウェスのことを守ってあげられるじゃない」
挑むような力強い笑みを浮かべながら、ナナリーはボリズリーに告げた時と同じ言葉を、アルウェスに伝えたのだった。