ハーレに程近い繁華街、店の光があちこちで煌々と輝くその中に、早くも本日一の賑わいをみせている酒場があった。
大通りに所狭しと並ぶ数多の酒場の一つであるその店は、ドーランだけでなく他国の酒や料理を幅広く揃え、以前から名前が知られている店である。
そのため地元民から観光客まで、ありとあらゆる年齢層の客が集まる有名な場所でもあるのだが。
──ギィ。
日が沈んでからまだ間もない、通常であれば客の入りもまだまだこれからだという時間。木とガラスでできた扉が、決して乱暴にはならない程度に、けれど勢いよく開かれた。
「おぉアルウェス! こっちだこっち」
賑やかな店内の奥から声が掛けられる。大して驚いた様子のない、まるで自身が訪れることを予想していたといわんばかりに陽気な声だ。扉を開いたアルウェスの視線が、音もなく鋭くなった。
扉から店の一番奥までそれなりに距離があるにも関わらず、この位置からでもテーブルの上には、さまざまな大皿料理とそれを取り分けるための皿、それから既に空になっているグラスや酒瓶が乱雑しているのが見える。
そしてその周りを囲っているのは騎士団の隊員達だろう。身体が火照っているのか、席の背に隊服の上着を掛けたり、腕を捲ってリラックスしながら、皆思い思いに料理や酒を楽しんでいる様子だった。
それだけを見れば、ごく一般的な酒場の光景である。騎士団の隊員が街の酒場を利用するのはよくあることだ。
堅苦しい酒の席でなければ、少しばかり服を緩めたり、節度を守った上で自由に振る舞うのは特におかしなことではないはずなのである。
……それが、ドーランの騎士団隊員の話であるならば、であるが。
「……」
黒色の隊服を着たアルウェスは、狙いを定めたように”緑色”の隊服の着込んだ集団を目指して、ずんずんと進んでいく。
その一番奥でピタリと足を止めたかと思えば、それはそれは老若男女を虜にしてしまう優雅な微笑みを顔に張り付けて、氷のように冷たい赤い視線をもってして、その席に座る“彼”を正面から見下ろした。
「久しぶりだな。まぁ来るとは思っていたけれど、案外早かったから驚いたよ」
アルウェスの突き刺さるような視線をものともせず、くつくつと笑い返すその表情は、実に楽しそうである。
この底冷えするような空気の中、ゆったりとした動作で手にしていたグラスを揺らす、彼は。
「とりあえず仕事お疲れ様、とでも言うべきか? アルウェス」
ヴェスタヌ騎士団所属、地の始祖級魔法使いの、サレンジャ・ボリズリーであった。
非常に端正な顔立ちと高い魔法力を持ち、現代の崇高なる魔法使い百選に二年連続で選ばれた、ヴェスタヌの崇高なる騎士。
そして前々回開催されたウォールヘルヌスで、見事自国に優勝をもたらした立役者でもある。
もともと、ドーランとヴェスタヌの騎士団は、オルキニスへの作戦や海の国への調査でも協力体制をとっていた。そのため合同での会議や調査も多々あり、互いの隊員達の関わりも多く、それはアルウェスとボリズリーも例外ではなかった。
とくに魔法に関しては似たような境遇や立場にある二人であるからこそ、会えばそれなりに話す仲でもあったのだ。
「仕事終わりなら飲めるだろう? 料理も何か注文するか? 確か好き嫌いはなかったよな?」
「......何をしているのか聞いても?」
「ん?」
黄土色の髪に手をやりつつ、余裕気な笑みすら飛ばしてアルウェスを見上げたボリズリーは、まるで珍しいものを見たといわんばかりに身を乗り出している。
「表情と空気がこれほど一致していないアルウェスを見られるなんて、随分と貴重だなこれは」
「へぇ、まるで僕の心境を正しく察しているかのような感想だね」
「そんな物騒なオーラを引っ提げるなんて、ドーランが誇る麗しの美貌が台無しでは?」
「よく言う。その原因が、ヴェスタヌが敬畏する天才魔法使いのせいならば、致し方ないと思わない?」
「おいおい、褒めても何も出ないぞ?」
「この状況でそう感じるなんて、酒に飲まれて思考がお花畑にでもなってるのかな? まだこんな時間だっていうのに」
それはそれは綺麗な笑み(ただし纏う空気は真逆)を互いに張り付けての舌戦。非常に見目が麗しい二人だからこそ、言外のプレッシャーは相当なものである。
しかしこちら、端から見ればなんとも恐ろしいことに、美しい二人が談笑しているだけの姿に映ってしまうのだ。