彼とカレ、そしてかのじょ   作:あすす

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帰り道の二人と……⑤

「────」

 

 赤い瞳が大きく見開かれる。驚いているのか、困惑しているのか、はたまた意味を理解していないのか。とにかくそんな不思議な表情を浮かべながら立ち竦むアルウェスは、ただただ目の前のナナリーを凝視して硬直していた。

 

「いつも私を助けてくれるあんたの隣で、今度は私があんたを助けることができる。どうよこれなら対等でしょ?」

 

 朗々と告げる彼女は本気だった。だってこれらは全て本心であるし、決定事項で、別に誤魔化す必要もなくて、ボリズリーだって笑いながら同意してくれていた、単なる決意なのだから。

 

「私はね、アルウェスの背中に隠されたいんじゃなくて、アルウェスの隣に立っていたい。だから、アルウェスにも負けないくらい強くなってみせるのよ」

 

 そう満足そうに言い放ったナナリーは、未だ微動だにしないアルウェスから視線を反らすと、再び前を向いて歩き出した。

 

 風を切るように。心なしか身体が軽い。どこまでも進んでいけそうなほどに軽快な足取りが、ひっそりと静まる市場の真ん中に広がっていく。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 レンガに響く足音は一つだけ。自身の茶色のブーツが鳴らすものだけだ。

 

「ん?」

 

 一向にアルウェスの分が聞こえてこなくて、ナナリーは一度振り返りかける。けれど、どうせ彼の言うところの足の長さの問題ですぐに追い付かれるのだからと、構わずそのまま前進することにした。

 

 ぶらぶらと夜風にあたっていたからか、身体や頬の火照りが大分治まってきた。青いワンピースの裾から触れる空気の冷たさが心地良い。

 

 幸いにも、あれだけアメジスト酒を飲んだにもかかわらず、不思議なほど意識の方には何の問題もなかった。

 

 ただ前に地獄酒を飲んだ時も、その瞬間は相当酔っぱらっていたようで。けれど翌日はすっきりと目覚めることができたのだけれど。

 

 元々酔いを持ち越さない体質なのかもしれない。とはいえ、今回のアメジスト酒は前回の地獄酒の比ではないくらいに飲んでいた。

 

 だからいくらアメジスト酒も翌日まで酔いが続かないといえど、少し心配していたのだ。

 

「次にチャンスがあったら絶対に逃さない……あぁでも、ボリズリーさんにも注意しないといけないんだった」

 

 まさかあのサレンジャ・ボリズリーに海の国のことがバレそうになるだなんて、思ってもみなかったのだ。

 

「アルウェスの魔法に助けてもらわなくてすむように、せめて自分の発言には気を付けよう……いやボリズリーさんなら私の発言関係なく、またこの髪や瞳を見たら同じ手順で辿り着くんじゃ」

 

 直前までアルウェスの話題しかしていなかったのに、ふと何かを考え込んだかと思えばあれだ。記憶力や推察力に油断も隙もなくて恐ろしすぎる。

 

 それでもナナリーは、今日ボリズリーと会話できて良かったと思っていたのだ。

 

 彼ほどの実力者ともなれば、能力が拮抗する存在なんて周囲にそうそういないのだろう。

 

 だからこそアルウェスのことを語る彼は、アルウェスを自身と対等だと認めているように見えたのだ。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 ナナリーが足取り軽いまま進んでいれば、ようやく大通りの出口までやってきた。

 

 ここはちょうど主要街道と交差しており、大通りの出口の前を広い街道が左右に伸びている。

 

 ……この分だと、このままロックマン公爵邸にお邪魔することになるのだろう。それなら街道を左に曲がらなければならない。

 

 けれど今日はボリズリーに誘われたこともあって、ナナリーはハーレの寮に戻ることなく酒場に直行したのだ。公爵邸に彼女用の服や食器などが用意されているとはいえ、最低限の持ち物くらいは持参したい。

 

 ちょうどこの大通りはハーレの寮からほど近いのだし、ちょっと荷物を取りにいかせてくれないだろうか。寮は街道を右に曲がって少し歩けばすぐで、そんなに時間はかからないのだから。

 

 あと数歩で分岐に差し掛かるというところで、ナナリーはようやく足を止めた。腕時計に視線を落とし、足音は聞こえなくとも、後ろにいるであろうアルウェスに向かって声を掛ける。

 

「ねぇアルウェス、私ちょっと寮に戻りたいんだけど───」

 

 振り返ろうとした身体が、突如後ろに引かれて。そう認識した瞬間、大きな何かに身体が包まれた。

 

「……へっ」

 

 ぶわりと広がるお日様の匂いと、大きく揺れた視界の端に見える長い金色の髪。胸の前に回された両腕の力が強くて、呼吸が一瞬止まってしまう。

 

 背中越しに感じる体温が温かくて、ひどく安心する。トクン、トクンと伝わってくる鼓動のリズムが、強張っていた身体をゆっくりと溶かしていくようだった。

 

「……君は本当にずるいよね」

 

 コツンと。肩に優しい重みが加わる。頬に自分のものではない髪が触れて、その擽ったさに身を竦めれば、まるで寄り添うようにいっそう抱き締められた。

 

「昔から、僕の内側に堂々と入ってくる」

 

 後ろから吐き出された吐息が、どこか呆れたように掠れて聞こえる。髪の間から触れるそれが耳元を熱くさせて、ナナリーは無意識に息を飲んだ。

 

「アルウェス……ぬあっ!」

 

 そして今度は、腕を引かれてぐるりと身体が一回転した。たたらを踏んで、目の前に見えていた街道が一瞬にして変化したかと思えば。

 

「……っ」

 

 ぽふりと抱きこまれた。正面から。上半身が密着して、言葉もなくただただ押さえ付けられて、ほんの少し踵が浮いてしまう。

 

 倒れこみそうなほど体重を寄せているというのに、彼の身体はびくともしない。

 

 真っ直ぐに立って、その胸の中にナナリーをしっかりと収めている。

 

「ちょっ、いきなり何……っていうかここ外だからっ」

 

 肩口から顔を出したナナリーが上擦った声を上げた。

 

 心臓がドキマキする。カッと身体が熱くなって、あわあわと落ち着きをなくしてしまう。動揺と羞恥のせいで、頭の中が軽くパニック状態に陥っていたのだ。

 

 別に抱き締められるのは初めてじゃない。むしろ婚約者としてそれ以上の行為もしていて。甘い言葉のやり取りも、思いの受け渡しだって、もう何度も済ませている。

 

 だからそう、いまさらこれくらいで照れたりするのもおかしな話なのだけれど。

 

「~~っ」

 

 そうは言っても、いきなりは良くない!

 

 ナナリーはアルウェスの腕の中でむぐむぐと歯を食い縛った。

 

 いつだって彼に触れられる時はドキドキするし、頭の中はふわふわしている。落ち着かなくてどこか逃げ出したくなるような、けれどずっとこのまま、温もりを感じて安心していたいような。そんな不思議な感覚になってしまうのだ。

 

 先程だっておんぶしてもらっていたし、なんなら今はベッドの上でもなく服も着ている状態だけれど、そういう問題じゃない。

 

 恥ずかしいものはいつまでたっても恥ずかしいのだ。全然慣れないし、頭はいっぱいになるし、身体は勝手に反応して熱くなるし、信じられないくらいカチカチになってしまう。

 

 とくにここは外である。いくら周りに人気がないといっても、万が一ということもある。人に見られでもしたらと思うと、余計に顔から火が吹き出そうになるのだ。

 

「ねっ、少し離し……むぎゃっ」

 

 そんなナナリーの胸中を正しく理解しているであろうアルウェスは、それでも彼女をぎゅうぎゅうと抱えて離さない。

 

「んぐっ!?」

「……ふはっ」

 

 潰されて変なところから変な声を出したナナリーに、彼は思わずといったように吹き出した。

 

「な、何よばか! あんたが力強すぎるから!」

「あぁはいはい、ごめんね」

 

 そのままもがくナナリーを適当に流すと、アルウェスは彼女の頭頂部に額を埋める。

 

 金色の髪の束が水色の髪に混じり、互いの体温がより近くに感じられるようになった。

 

「君が、そういうことを平気で口にするからだよ」

 

 彼女は自身のことになると、途端に鈍感さを発揮してくるから。

 

 だからきっと、理解してもらえていないかもしれない。それでもいいのだ。

 

 彼女は彼女の好きにすればいい。その代わり自分も好きにさせてもらう。それだけだから。

 

「そうは言ったものの、君が僕より強くなるとか、万が一にもありえないけどね」

 

 だから当分、そう簡単には追い付かせてあげたりなんかしない。

 

 それはそれは美しい笑みを表情に載せながら、アルウェスは放心しているナナリーへと殊更優しく声を掛けた。

 

「…………」

 

 一方、一部始終をアルウェス主動で進められてしまったナナリーはと言えば。

 

「…………は」

 

 時間の経過と共に、ようやく事態を飲み込んで。

 

『そうは言ったものの、君が僕より強くなるとか万が一にもありえないけどね』

 

 脳内再生。次いで、脳内急速沸騰。

 

「はぁぁあっ!? 何その上から目線!」

「事実でしょ。成長するのは君だけじゃないんだから。今のまま二人が成長したら差が埋まらなくて、逆転なんていつまでたってもできるわけがない」

「甘く見ない方がいいわよ? あんたなんかすぐに追い付いて追い越して追いやってみせるんだからね!」

「途中で転ばないよう気を付けて?」

「腹立つ!」

 

 ニコリと満足気に笑って歩き出すアルウェスを追って、ナナリーも負けじと駆け出していった。

 

 差し出された手を確かに繋いで、二人は共に同じ道を行く。

 

 昔も今も、これからも。

 

 彼女が目指すのはたった一人彼だけで、その彼が求めるのもまた、たった一人彼女だけなのだ。 

 

「ねぇ、私寮に行きたいから、それまで一勝負するわよ!」

「本当好きだね」

 

 揚々と互いの手を引いて、二人は夜の街道を並んで進んでいく。

 

 追い掛けて、追い付いて、追い越して、手を引いて、導いて。

 

 守って、守られて、背中を見つめて、二人で。二人一緒に。

 

 どちらが先を取るかを競いながら、共に時間を重ねていく。

 

「はい、僕の勝ち」

「ぬあっ!」

 

 だから、そう。

 

 もうきっと、誰も孤独なんかじゃない。

 

 

 

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