彼とカレ、そしてかのじょ   作:あすす

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酒場の彼と、絶賛満喫中のカレ③

「なるほどやっぱり。まぁ相手がこのお嬢さんなら分かる気がするよ」

「何が“やっぱり”なのか僕には分かりかねるけど、とりあえず今は答えてもらおうか」

「ん?」

 

 そう口にしながら不思議そうに首を傾げるボリズリー。そんな彼に視線を合わせるように、アルウェスはゆっくりと顔を上げた。

 

 鮮やかな水色髪と混ざり合っていた金色の髪が、さらりと流れる。そして、彼女に対する思いを滲ませる赤い視線が、音もなく研ぎ澄まされた、その瞬間。

 

「......彼女にいったい、何を飲ませた?」

「「「ひいっ!!」」」

 

 想像を絶するような重低音だった。

 

 ズンっと重く深く沈みこんでしまうような、大地を割らんばかりの圧が込められた彼の声。それは周りにいた屈強なヴェスタヌ騎士団の隊員達が、思わずひぇっと肩をびくつかせてしまうほど、圧倒的な迫力を有していて。

 

 こわいこわいこわいこわいっ!

 

 彼の静かなる怒りと苛立ちが、ビシバシと伝わってくる。それこそ変に誤魔化そうものなら、その瞬間(物理的に)灰にされてしまいそうだった。

 

 危機感と焦燥感を容赦なく刺激する絶対圧に全身を当てられ、ヴェスタヌ隊員勢はひきつった表情で己らの上司を見やる。

 

 頼むからこれ以上、ロックマン殿を刺激しないでください、お願いします本当に、と。

 

 切実な心の声が悲しいほどに駄々漏れであった。

 

「ははっ、ナナリーさんが飲んだ前提か」

「基本的に、一般的な常識力と一般的以上の羞恥心を持つ彼女だからね。公衆の面前で異性に抱きつくなんてことはしないし、ましてこんなふうに甘えることなんて絶対にしない。絶対にありえないと断言できることなんだよ。だから君に何かしら吹き込まれたとしても、彼女の性格上そう簡単に従うとは思えない」

「ほう。言い切るな。何か根拠でも?」

「……どちらかと言うと、彼女の頭の中は僕に甘えることよりも、僕への勝負のことでいっぱいだから。それに彼女がそんな従順な性格してたら、僕ここまで苦労してないと思うんだよね」

「それは……」

 

 そうなのか、としか言いようがなかった。

 

 ボリズリーがチラリとアルウェスの表情を窺えば、多少げんなりしている様子に見えなくもなくて。

 

 今の言葉は本当に、そのままの意味合いなのだろう。間違っても異性として見られているとは考えられない内容に、なんとなく切ない気持ちすらこみ上げてくる。

 

 確かにあの彼女のことだ。これまでの言動を踏まえても、その姿が容易に想像できる。故に、これは下手にからかってはいけない話題なのだとボリズリーは直感した。

 

 いくらアルウェスでも、一人の成人男性なのだ。そんな彼女の振る舞いに対して、色々と思うところがあるに違いない。

 

 奇しくもボリズリーがアルウェスに、ほんの少し同情した瞬間でもあった。

 

「酒に関しても、彼女は女性と思えないほどに強いけど。ただ限度はあるから、許容量を超えればさすがに酔う。そうなると彼女の思考力も低下するみたいだから、正常な判断ができなくなってもおかしくはない。魔法や呪いにかかっている感じでもない以上、彼女のこの状態は単なる“酔っぱらい”と見るべきだと思う」

「なるほど、あの感動的な抱擁は、魔法でお嬢さんの具合確認をしていたとでも?」

「軽く魔法を身体に巡らせただけだよ。問題なのは、樽二つ空けても余裕なはずの彼女が酔っぱらうほど、相当量の酒を飲ませたか、それほどに度数の強い酒を飲ませたかってことになると思うんだけど」

 

 ……そのあたりはどうなのかな? 

 

 アルウェスはにこりと微笑んだ。

 

 そしてその笑みとは裏腹に冷徹な視線を受けたボリズリーは、小さく首を傾げる。

 

 聡明な彼は、当然この状況において、自身に何が求められているのかを正しく認識している。部下達から寄せられる眼差しが、間違いなく“穏便にお願いします”と訴えていることも分かっている。

 

 ……そうだな。ならば応えてみようか。

 

 アルウェスにナナリー、そして隊員達へと順に視線を巡らせた彼は、ほんの少し思案するように眉を寄せる。

 

 そして一通り皆の顔色を観察した後、立っているアルウェスを下から窺って。

 

「……そんなことしていないって言ったらどうする?」

 

 煽った。その瞬間、ピシリと店内に亀裂が入った(ような気がした)。

 

 事態は一瞬にして緊迫し、もはや一触即発状態である。驚愕にあんぐりと口を開くヴェスタヌ勢を尻目に、ボリズリーはどこか嬉々としてアルウェスを見上げていた。

 

「……へぇ?」

 

 そして対するアルウェスも、すぃと目を細めて返していて。相変わらず周りなどお構いなしに冷戦を繰り広げる二人に、ヴェスタヌ勢はもう声にならない悲鳴を上げるのに必死だった。

 

「そんなことしていない、ね」

「俺の言葉が信じられないか?」

「ボ、ボ、ボリズリーさん! お楽しみのところ大変恐縮ですが! ここはドーラン王国です! 自国ではないのですから、そのくらいにしておいた方がっ......」

 

 内容はどうであれ、他国の騎士団隊長と揉めるのはよろしくない。ついでに我々の精神面的にも非常によろしくない!

 

 そんな思いから、自身の上司を制しようと一人の隊員が立ち上がり、勇敢にも声を上げたのであった。

 

「周りからも見られてますし、少し注目を浴びすぎです! 今後ドーランでの任務に差し支えても困るでしょう!」

「ん? そうか?」

「そうですよ! っていうか絶対分かってますよね!?」

 

 あえて惚けているのであろう自由なボリズリーに、隊員は必死さを滲ませて頷き倒した。

 

 本当は、同じヴェスタヌの騎士団に属する彼らとしても、ここまで気さくに他者へと絡むボリズリーを見たのは、正直初めてであった。

 

 もともと、サレンジャ・ボリズリーという人物はかなり人当たりの良い性格であった。

 

 しかしなんといっても、彼の持つ数多の肩書きと実力に、部下である彼らはどこか距離を感じていたのだ。

 

 自分達と彼は違うのだと。

 

 単に実力差に気後れしていただけにすぎないのだが、そこは聡いボリズリーのことである。

 

 笑みも見せてくれるし、冗談も言ってくれる、相談にも応じてくれて魔法でも本当に頼りになる。サレンジャ・ボリズリーという男は、まさに理想の上司そのものであった。

 

 けれどそれは、彼自身がこちらの無意識の希望を汲んで、適度な距離から振る舞ってくれているからなのだと、本当は皆理解していた。

 

 だからこそ、そんなボリズリーが何のしがらみもなく、ありのままで接することができる相手がいるということは、本当に貴重なことなのだと思う。

 

 ヴェスタヌでは滅多に見られない、純粋で楽しそうな笑みを浮かべている自分達の上司の姿は、隊員達にとっては願ってもみなかった喜びそのものなのである。

 

 ……とはいっても。誰も始祖級魔法使い同士の激突を迎えてまで見たいとは思っていなかったはずなのだが。

 

「僭越ながら、ボリズリーさんが楽しそうでいらっしゃるのは、部下としてもなによりですけどっ……時と、場所と、場合と、なによりも相手を! 考えていただけますと。我々もより穏やかに見守ることができるのですがっ」

「とある夕刻、とあるドーランの酒場、とある隊長殿との和気藹々とした雑談だが?」

「今この場で和気藹々としているのはボリズリーさんだけかと思われますのでっ......!」

 

 振り絞るようにして己の上司へと必死に訴える勇敢な彼。それはまさしく隊員達の総意であった。

 

 現に声を上げた彼を見つめる他の隊員達の瞳は、もはや彼への称賛で輝いていた。

 

 よくぞ言ってくれた、素晴らしい、我々のために本当にありがとう。

 

 一人の勇気ある隊員に、皆の心からの絶賛が漏れている。

 

 そもそもアルウェス・ロックマンを止めるということ自体が、色々な意味で不可能なのだ。

 

 彼はドーラン王国の騎士団第一小隊の隊長、そして王国の魔術師長さえ勤める麗しのロックマン公爵家子息なのだ。そんな相手に立ち向かっていける愚かな者など、そうそういない。身の程はしっかりと弁えている。

 

 ならばもう、もはや道は一つしか残されていなくて。ここで自分達の上司が折れてくれさえすれば、あのアルウェス・ロックマンも少しはその覇気を静めてくれるだろう。それはいわば希望的観測でもあった。

 

 だがそんな勇気ある彼を制する者が、彼らの目の前にいた。

 

「いや、いいよ。気にしてないから」

「そうですよね気になりますよね......って、え、えっ!?」

「確かにこれは公式の場でのやり取りではないし、言ってみればプライベートだしね」

「ロ、ロックマン殿!?」

 

 隊員達が絶叫。次いで盛大に恐れ戦いた。

 

「……少しくらい互いに羽目を外しても、何も問題ないと思わない?」

「「「っ!?」」」

 

 彼が浮かべるにこやかな笑みが心底寒々しい。果たして彼の言う“少しくらい”とは本当に少しで済むのか。外された羽目とやらが、いったいどんなものであるのか。

 

 考えれば考えるほど、ぞっとするような悪寒が背中を駆け抜けていく。

 

 もっ……勘弁してくれぇえーっ!!

 

 戦々恐々と緊迫の事態を見守るヴェスタヌ勢を他所に、アルウェスは小さな溜め息を溢すと、不意にボリズリーへと視線を寄越した。

 

「とは言ってもね。何だかんだ言って君は根底が誠実だから。女性に対して無理強いすることのない君だから、その言葉にも嘘はないんだろうと思うけど」

「俺を信じると?」

「信じるよ。だから、聞き方を変える」

 

 そう言ったアルウェスは一度目を伏せると、次の瞬間にはまるで隙のない鋭い視線を飛ばしてきた。

 

「──彼女に何を“勧めた”?」

 

 その言葉で、ボリズリーの瞳がほんの僅かに細まった。

 

 確信を持った問いを受けて、形良い唇がゆっくりと深く弧を描き、それから探るように眉が寄せられる。

 

「……ほう」

 

 飲ませたのかと聞かれれば、飲ませていないと答えるのが当然である。何故なら、あくまで注文しグラスを取ったのは彼女自身であって、決してこちらが強要したわけではないからだ。

 

 けれど勧めたかと言われれば……そう、彼の言う通り、確かに自分は彼女へ酒を“勧めた”のだ。ある程度の展開やその他諸々を予想しつつ、自分の方から彼女にその銘柄を紹介した。

 

「……はっ」

 

 さすが、アルウェス・ロックマンというべきか。

 

 ボリズリーは僅かに、賞賛の吐息を漏らした。

 

 おそらく彼は、自分の反応の仕方で予測をつけたのだろう。それに会話を進めている中、その僅かな視線の動きだけで、彼女の様子をずっと観察していたようである。

 

 言葉でかわす自分へ即座に切り返してくることも含め、やはり状況把握や推察力も優れているようだ。魔法だけではなく、純粋に頭脳や判断力も秀でている。伊達に多くの肩書きを背負っていない。

 

 あぁ本当に、興味深い。

 

「いいだろう。答えよう。俺は……」

「はいはいっ! 待ってました!」

 

 口を開いたボリズリーを遮ったのは、何故かこれまでアルウェスに甘えていたはずのナナリーであった。

 

 彼女は話を聞けと言わんばかりにアルウェスの隊服を引っ張ると、何故かとても自信満々な表情で胸を張っている。

 

「アルウェスが来た今、これで心置きなく始められるわね!」

「ナナリー?」

「ナナリーさん?」

 

 不意をつかれて呆けた二人を前にして、ナナリーは完全に酒に飲まれて饒舌になっていた。

 

 新たなグラスを片手に、高々と言い放つ。

 

「ふっふっふ。これまでの一連の流れ、私が説明するから心して聞きなさいよアルウェスっ!」

「は?」

「そして勝負しなさいっ! 勝つのは私なんだからね! ふははははっ!」

「「……」」

 

 高笑いを轟かせる彼女と、言葉も出ない二人。

 

 いくら始祖級の魔法使いと称される二人でも、彼女のこの唐突な乱入に動揺を隠しきれないようだった。突如として始まってしまった演説に、呆気に取られて硬直している。

 

「……なぁアルウェス。ちょっとこれは予想外だ。俺達はどうするのが正解なんだ?」

「......奇遇だね。僕もちょうど同じ疑問を抱いていたところだよ」

 

 何故か始まってしまったナナリー・ヘルの独壇場。

 

 それを前にして、国を代表する二人の始祖級魔法使いは、何とも言えない表情で顔を見合わせたのだった。

 

 

 

 

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