翌日。
『やぁナナリーさん。ところで今日は空いている?』
その次の日。
『仕事お疲れ様。今からこの店に行くんだが、よければ君も来ないか?』
さらに別の日。
『貴女とはぜひ話してみたいと思っていてね。今夜あたりどうだろうか?』
以下エンドレスで怒濤のお誘いの猛攻だった。
いったいどういうわけか、あれからナナリーは頻繁にボリズリーと出くわし、その度にまさかの食事の誘いを受け続けることになっていたのだ。
「~~~っ」
何で。何でなの。どうしてよっ!
彼の素敵な笑顔をぶつけられる度に、内心では冷や汗が溢れて止まらなかった。
もちろん毎度理由をつけて断っていたのだが、それでも誘いは一向に減らないし、なんならますます増えているような気もする。
それはもう、自分の勤務時間が彼にバレているのではないかというほど、絶妙なタイミングで。
仕事の休憩に入った瞬間だとか、仕事が終わって、さぁ帰ろうと立ち上がった時だったりとか。
まるで図ったかのように颯爽と現れては、断られるのが分かっているにもかかわらず、懲りずに誘ってくる。
いっそここまでくると、さすがに何か真面目な用でもあるのではないかと思ってしまうほどである。
けれど、彼と自分が話さなければならないような内容なんて想像もつかないし、大事な用件ならば、それこそ言ってもらえればちゃんと応じるのだけど。
一度痺れをきらして尋ねてみたこともあったけれど、その時ニコリと笑みを向けられて言われた一言が。
『貴女のことが知りたいから』
これだ。これなのだ。その瞬間表情から生気が抜け落ちてしまったのはどうか許してほしい。
どう解釈したらいいんだ。知りたいと言っても、絶対にその表面的な意味合いで言われたわけではないと分かっている。
だってその時の彼の表情は、アルウェスがよく浮かべている、あの胡散臭い笑みと同じ匂いがしたのだから。
何か狙いや裏があるはずなのに、彼は頑なに話そうとはしてくれない。それがますますこちらの警戒心を煽っていることに気付いているくせに、ただただいつもの笑みを向けてくるばかりで。
ここまでくるともう、さすがに文句の一つくらい言ってやろうかと思うのだ。毎回断っているのだから、普通の感覚ならば諦めるだろう。なのにどういうつもりなのかと。
というわけで。
「やぁ、ナナリーさん」
「......お疲れさまです。ボリズリーさん」
本日も本日とて、当たり前のように待ち伏せしていたボリズリーに捕まったナナリーが、頬をひきつらせながらも、今日こそは言ってやるぞと決意を固めていた時だった。
「ボリズリーさん、あのですね」
「この先によさそうな酒場を見つけてね、そこで少し話でもどうだろう......アルウェスとの待ち合わせまでで構わないから」
「っ!?」
予想だにしない彼の言葉に、ひゅっと息を詰めてしまった。
何故なら彼が口にした”アルウェスとの待ち合わせ”は、実際に予定されていたことであったからだ。
互いの仕事の都合でなかなか予定が会わず、ようやく今日久しぶりに会って食事をすることになっていたのだが、それにしても。
……待って、何でボリズリーさんがそれを知ってるの!?
ナナリーが思わずビクリと肩を震わせたのとは対照的に、ボリズリーはどこまでも楽しむように、いつもの爽やかな笑みを浮かべている。
「やはりそうか。いや、少しカマをかけてみただけなんだ」
「カマ、ですか?」
「いつも綺麗だとは思っていたけれど、今日の貴女は特別そう見えるから、誰かに会う約束でもしていたのではないかと思ってね」
「ぐっ......」
少し面白そうに首を傾げる彼の仕草に、ナナリーはむぐりと唇を噛んで押し黙った。
笑っているのに探るような瞳の鋭さを受けて、不覚にも一歩後退してしまう。
確かにボリズリーの言う通り、今日の彼女は珍しく髪を纏め、ほんのりと化粧もしていた。
仕事に差し障りがない範囲だし、むしろ本当に微々たる変化でしかないそれらが、全てアルウェスとの約束のためであることは、誰の目から見ても明白であった……共に働く時間の長いハーレの職員であるならば。
「それで、試しに彼の名前を出したってところですか? 友人との食事という可能性もあると思うのですが」
「貴女が一番意識しているのはアルウェスかなと思ってね。むしろ互いに意識し合っていると言った方が、正しいのかもしれないけれど」
きっとその言葉には、色々な意味が含まれている。なにせ彼には、ウォールヘルヌスであれほどアルウェスとのやりとりを見られているのだから、あれこれ推察されるのは仕方がないのかもしれない。
「まぁ、だからこそ貴女と話してみたいと思ってね。あのアルウェスにとって、貴女は特別な存在であるようだし。それに正直、あの彼にそんな相手ができるだなんて思いもしなかったから、余計に気になっていたんだ」
物珍しそうにこちらを見やってくるボリズリー。ふむ、と考えるように顎に手を当て、興味深いと言わんばかりに僅かに弾んだ彼の声色に、ナナリーは思わずすんっと表情を引っ込めた。
「……」
察したのだ。多分だけど、これは褒められていない。
恐らく彼にとって自分は、アルウェスに噛み付く珍獣にでも見えているのだろう。一般的な女性の態度ではないからこそ、物珍しいと思われているに違いない。
そして、そういう意味で興味を持たれたのだとしたら、やはりちょっと複雑な気分になる。話を聞きたいと言われても、絶対面白がられるのではないかと思うと、どうしても気が引けるのだ。
そういったことも含めて現状、目の前の彼と共に食事に行くことに関しては、さまざまなリスクやデメリットがあるという状況だ。
せめて何か、こちらにも利になるようなことがあれば、もしかしたら頷く気になれたのかもしれないが。
やはり今回も断って、お誘いもこれっきりにしてもらおうとナナリーは考えていた。
ゆっくりと口を開いて、喉に力を込めた。その瞬間。
「もし誘いを受けてくれるのなら、私も貴女に協力しよう」
「......え、協力?」