ひどく不思議な、かつとても魅惑的な言葉が耳を掠めた。
ナナリーが混乱したように眉を寄せる一方で、ボリズリーは笑みを浮かべながらさらりと言ってのける。
「例えばアルウェスに勝つ方法を一緒に考える、なんてどうだろう?」
「なんですと!?」
その言葉を聞いた瞬間、くわっと大きく見開かれた碧色の瞳。そして驚愕の響きを滲ませて上擦った高い声。
「アルウェスに勝つ方法っ!?」
一気に食い付いてみせたナナリーに、ボリズリーはますます笑みを深めた。
あれだけ警戒の色が込められていたはずの表情がキラキラと輝き始め、心なしか体勢も前のめりになっている。彼女の興味を引けたことを確信するのに、十分な変化だった。
「これでも、彼とはさまざまな局面で関わってきているから。魔法や戦闘関連なら彼のことで分かることもある。もちろんそれ以外でも私が知っている範囲で、貴女に協力できることはあると思うんだ」
「っ‼」
「実を言えば、私も少々興味があってね。あの完璧を誇るアルウェス・ロックマンが誰かに負ける姿なんて、そうそう見られるものではないだろう? だから密かに貴女のことを応援していたんだよ」
内緒な、と人差し指を口元に当てるボリズリーが、いたずらに微笑む。そしてそれを向けられたナナリーは、ぐっと拳を握りしめた。
なんと。なんと魅力的な話だろう。あのサレンジャ・ボリズリーからアルウェスのことを聞けたら、確かにそれは勝利への大いなる一歩に違いない。
なんたって彼は、ヴェスタヌの始祖級魔法使いで騎士団に所属している。つまりはアルウェスと同じような立場でいるのだ。
だからこそ同じ騎士として、また同じ高位魔法使いとして、そういった視点から気付けることがあるのかもしれない。そしてそれはきっと、他ならぬ目の前の彼にしかできないことなのである。
こんなまたとないチャンスをみすみす逃してしまうなんて、非常にもったいない。これまでの経験から、アルウェスに勝つのは一筋縄ではいかないと分かっている。
ならばこちらだって、覚悟を決めなければ。たかがやっかみや妬みを受けるくらいなんだというのだ。あの男に勝つためなら、そんなもの障害のうちにも入らない。
「アルウェスに勝つ……勝利……」
あれほど後ろ向きであったはずのナナリーの気持ちが、ここにきて完全に逆転していた。喉元まで出かかっていたお断りの言葉がたちまち消え去り、意識がどんどんと高揚していく。
ボリズリーは彼女の変化を正確に読み取りながら、さらに続けた。
「ただまぁ、彼は女性からの人気も高いし。あまりそういったことを大勢の前で話しては、かえって反感を買うのではないかと思って。だからこそ、場所や人数は絞った方がいいと判断した。一応、他国の魔法使いの勝負事に絡んだなんて、下手をすると私の立場にも影響が出る可能性もあるから」
「なるほど。だから二人きりでとおっしゃっていたのですか?」
「その方が、互いに色々と込み入った話もできると思ったのは事実だよ。でも逆に貴女を警戒させてしまったようで反省している。本当にすまなかった」
「いえっ、そんなことありません!」
むしろそこまで考えて気を使ってくれていたのに、全然気が付かなくてごめんなさい。
ナナリーは頭を下げたくなっていた。ここまで考えてもらっていたというのに、対する自分の態度はなんと浅慮だったことか。申し訳なさに胸がいっぱいになる。
何が狙いや裏がある、だ。失礼にもほどがある。戦略立案に狙いや裏があるのは当然ではないか。そもそもあのアルウェスとの勝負に関することなのだから、狙いの一つや二つ、果ては三つ以上なければおかしいに決まっている。
「どうか気にしないでください。私の方こそ、今まで失礼な態度をとってしまって本当にごめんなさい。確かにボリズリーさんの立場を考えると、アルウェスの話題は慎重にならざるをえないですよね」
「そう思ってもらえると助かるな。とはいえ、実際そこまで気にする必要はないけれど、万が一にも私がアルウェスと勝負を望んでいるだなんて噂が流れでもしたら、ちょっと厄介なことになるから」
「はい。おっしゃる通りだと思います」
うんうんと神妙に頷くナナリーの表情が、徐々にいきいきとし始めていた。俄然やる気に満ち溢れたその様子に、ボリズリーも手応えを感じたのであろう。
コツリと音を立てて一歩。不意にそっと、ナナリーとの距離を埋めた。
そして。
「そういうわけで改めて。ナナリー・ヘルさん、この後食事でもどうでしょう? もちろん先ほど言ったように、アルウェスとの約束の時間までで構わないし、私の隊員達も同じ店にいるから、私が貴女に変な真似をしないよう、彼らが見張りの役割を果たしてくれる。なにより貴女の身の安全は、この私が保障する」
「はい! 喜んで!」
「なんならアルウェスが来たら、そのまま一緒に飲めばいい。私も彼と話したいことがあるし……おっと、約束していた二人の仲を邪魔するなんて無粋だったかな」
「いえ全然そんなことありませんっ! アルウェスとはしょっちゅうご飯食べてるので、私は全然、本当に、問題ありません!」
「へぇ……“しょっちゅう”なのか」
ボリズリーが意味深に目を細めたことに気が付かないナナリーは、ニヤニヤと緩む表情を隠そうともしない。
アルウェスとの時間までと考えれば、それほど長く話すことはできないだろう。であれば善は急げだ。例え僅かな時間であっても、このチャンスを絶対ものにしてみせる。
待っていろアルウェス。あんたを負かすのはこの私だ。絶対に敗北の味を知らしめてやるから覚悟しろっ!
「じゃあさっそく案内しよう」
「よろしくお願いします!」
こうして元気よく浮かれた返事をしたナナリーは、ボリズリーと共にハーレを後にしたのだった。
『貴女のことが知りたいから』
......アルウェスに勝つ方法ばかりに気をとられ、彼の本当の目的には気付かないまま。