マンハッタンカフェは婚姻届にサインが欲しい   作:妄想投棄場

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水槽に幸せを詰め込みたいハッピーミークです。
貴方と心を一滴、今はそれだけで充分。


ハッピーミークは婚姻届にサインが欲しい!

「このお魚……トレーナーさんみたい」

 

 よく通うお気に入りの水族館。水槽の中を一生懸命泳ぐその姿は私のトレーナーさんそのものかも。

 

『ミーク、よく頑張ったな』

『ミーク、今日はニンジングラッセをご馳走するよ』

『ミーク、今度のレースは絶対に勝てるよ』

 

 水槽の内側からコツコツと私に近づいてくるようなお魚の姿を見るとやっぱり……

 

「面白い、かも……なんて」

 

『トレーナーさんは私のことをどう思っていますか』

『どうって、すごくいいウマ娘だと思うよ。才能がある子だ』

『むーん』

『どうしたんだ。それだけじゃ足りないのか』

『そうじゃなくて、それ以外はないんですか』

『???』

『私の走るところ以外はトレーナーさんにとってどうでもいいんですか』

『すまない、まだミークが言いたいことの本質が俺には伝わってない』

『私は、トレーナーさんのことが好きです』

『!?』

『トレーナーさんのお返事聞かせてください』

 

 

 

「こういう所も、そっくり……」

 

 私の方からコツコツと水槽を小突くとお魚はすぐに離れていってしまう。

 

 私のこの気持ちは持ってちゃダメなものなんだろうか。

 この気持ちのせいでトレーナーさんを傷つけてしまうんだろうか。

 いっそ、私の方から。

 

 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル。

 

「むーん」

 

 頭の中がグルグルしていたはずなのに、お腹がグルグル言い出した。

 お気に入りのお魚を見て、私の今日のお昼はお刺身定食に決めた。

 

 

 

「……美味しい」

 

 綺麗に盛られたお刺身。お醬油とワサビをちょびっとだけつけて食べるととても美味しい。歯ごたえがあって、脂の甘みがお醤油とぴったりですごくご飯が進む。

 

「このお魚もさっきまで泳いでいたんでしょうか」

 

 美味しさのあまり、テンションが上がって漏れ出た一言。

 いつもなら来るはずのツッコミみたいな返事はない。

 それはとっても寂しいような気がする。

 

 美味しい。けど、最高じゃない。

 

 それは、たぶん、きっと。

 

 側にあなたがいないから。

 

「どうしたら、いいんでしょうか」

 

 ポツり、口に出した疑問。誰も答えてはくれない。

 

 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル。

 

 けれど、私の耳に入って来たソレは。

 たぶん、きっと、私が、私たちが幸せになるためのたった一つの道のり。

 

「僕と結婚してくれないか」

「……言うの遅すぎ」

「悪い、待たせたな」

「絶対に、逃がさないから」

 

 グルグル、グルグル、ピコン!! 

 

 ムムムム

 

「むーん」

 

 結婚。それがたった一つの私とトレーナーさんとが幸せになれる道のり。

 たぶん、きっと、そう。

 だから、私がやることは一つ。

 

「すいません、このお刺身お替りください」

 

 頭を使いすぎたので、ご飯を食べて栄養補給。

 

 

 

 2日後、ミーティングルーム。

 私は一生懸命考えた作戦を実行する。

 

「トレーナーさん、この書類にサインをお願いします」

「サインか、どれどれ……ゲェ!? こ、婚姻届!?」

「……何か?」

「問題しかないだろ!」

「……むーん」

 

 プランA失敗しました。

 次の作戦に移ります。

 

「トレーナーさん、汗かいていませんか? これで是非拭いてください」

「ああ、ありがとう。助かるよミーク。……って、婚姻届じゃんこれ!」

「何か?」

「これで汗拭いたら紙が滲むだろ。というかそんなもので汗を拭かせるな!」

「……むーん」

 

 プランH失敗しました。

 次の作戦に移ります。

 

「トレーナーさんだ“けっ、こん”なことするの! 押すだ“けっ、こん”な小さな場所にサインをするだ“けっ!こん”どニンジンあげます!」

「う、うう。なんでかミークの言葉を聞いていると結婚っていう単語がすぐに出てきてしまう」

「じゃあ、この書類にサインしてもらえますか?」

「すいません、出来ません」

「むーん!」

「いたっ、尻尾でビターんってするの止めてくれ」

「サインしてくれたらいいです」

「それとこれとは話が違う」

「むーん!!」

「いたっ」

プランP失敗しました。

 次の作戦に「なあ、ミーク」

 

 気づけば、トレーナーさんはまっすぐに私を見つめている。レース前とか、不安な時に励ましてくれる時の真剣な表情。

 

「今日のミークは何かおかしい。何か悩んでいるんだったら、話を聞くから」

 

 ズキりと痛むのは魚の小骨が喉に刺さった時のよう。

 

「悩みの原因は、トレーナーさんも知ってる、と思います」

「…………冗談じゃないのか」

「……むーん」

 

 この気持ちはそこまで軽くはない、と思う。掴みにくいけど、ないといけないもの。

 

「何がミークをそうさせるんだ」

 

 あなたの言葉で、ここまで来られました。

 あなたの笑顔で、前を向けました。

 あなたの信頼が、私をいつも奮わせてくれました。

 一つ一つは本当にちっぽけだった。何気ない一言でしかなくて、ちょっとした表情でしかない。

 決定的なものなんて一つもない。

 ただ、気づけば、私の中であなたの存在が抑えきれないほど大きくなっていた。

 だから、理由ときかれると。

 

「好きになるのに、理由なんて必要ですか?」

「それは……」

 

 ゆっくりゆっくり、あなたと過ごした時間の中で、積み上げて、磨かれたこの気持ち。

 揺蕩うお魚みたいにフワフワして捉えどころがない。

 こんな気持ちになるのは初めてで、その軽さや重さが私には分からなかった。

 

「俺の同僚は恋ははしかのようなものだと言っていた。思春期のウマ娘はトレーナーに対してそういう錯覚を起こしがちだと」

「……」

「だけど俺はミークはそうじゃないと思っていた。ミークはそんな勘違いするような、軽率な子じゃないと思っているから」

「そう、ですか」

 

 トレーナーの言っていることがよく分からない。

 

 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル。

 

「でも、そうじゃないという思いはそうじゃなかったみたいだ」

「???」

「当たり前だけど、ミークだって、誰かを好きになったりして、他人に関心を持つんだよなあって」

「トレーナーさんって時々他人とお話するのがすごくヘタクソになりますよね」

「ひどっ」

 

 そう言いながら、トレーナーさんは私に近づいてくる。

 

 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル。

 

 私とトレーナーさんの間に分厚いガラス板はない。でも、あなたは私の側まで来てくれる。

 

「俺、ミークのこと、全然分かってなかった」

「そうですよ」

「それに、自分のこともわかってなかった。ミークに言われるまで、他人のことが好きとか嫌いとか、付き合うとか結婚するとか全然考えたことなかったもんな」

「むーん」

 

 それは私と同じ。

 ……ふたりだけのおそろい。

 

「……むーん」

「ちょっと嬉しそうだな」

 

 そう言いながら、トレーナーさんは私の頭を撫でる。

 

「トレーナーさんを見ていたらこの間、トレーナーさんそっくりのお魚さんを見ていたことを思いだしたので」

「え、どんなヤツ? 気になるな」

「ちょっと、小突いたら離れていったので、とっても雑魚。たぶん」

「俺も雑魚ってことかよ。悲しくなるじゃん、それは」

 

 ずっと私の頭から離れない大きくて暖かい手。これは絶対に勘違いしてしまう。

 

「トレーナーさん、いつまでするんですか」

「ああ、ごめん。つい癖で」

 

 出会った時からしてくる手癖。だから、今は撫でてもらうだけで心地いい。

 その魅力に狂わされた。かもしれない。分からない。

 

「結局、サインをしてもらえないんですか」

「今は無理だな。もっとお互いのことを知ってからでいいか?」

「おあずけって言うことですか。それは極刑」

「いや、物騒なこと言ってんじゃん」

「……でも、今はそれでいいです」

 

 大海を駆け巡る魚を縛ることが出来ないように、この人の気持ちも縛ることは出来ない。

 

「一つだけお願いしてもいいですか?」

「ん? なんだ?」

 

 でも、その泳ぐ場所を縛ることくらいなら出来る。水槽に移すことくらいならできる、はず。

 

「私、いっぱい勝ちます。URAファイナルズ優勝ウマ娘になります」

「?……うん、応援している」

「だから、勝ったらいっぱいほめてください。負けたら慰めてください」

 

 この手も、この声も、全部、全部、全部。

 

「あなたの担当ウマ娘は私だけにしてください」

 

 私にだけ向けてください。

 それがどんな感情だって、私にとってそれはすごく嬉しいことだから。

 

「サインをするのはその後でいいです」

「強欲だな~、それにサインするのは確定みたいな言い草だ」

「……迷惑、ですか?」

 

 少しだけ抱いた罪悪感。

 

「迷惑って言ったらどうする?」

「むーん……面倒くさいおじさん先生みたいな逆質問にびっくりしました」

「そろそろ本当に泣くよ」

「冗談です」

「……俺の担当ウマ娘はハッピーミークだけだよ」

「…………………………むーん」

 

 今もなお撫でているあなたの手を掴む。

 たぶん、どこまでも本気にされていない。一番最初にみせた真剣な表情は全部消えているから。

 でも、私の心は今はすごく熱されている。沸騰して蒸気になって、フワフワしそうだ。

 

 この人の心を水槽に移すのは大変そう。でも、住んでいる場所を移すのはたぶん、出来る。

 

「いま、私の手は接着剤になったのでトレーナーさんのこの手は離れなくなりました」

「え、ミークアルファ!? 剝離剤はどこにあるんだよ」

「婚姻届にサインをしてください」

「婚姻届にサインをするのと接着剤が剥がれるのに、なんの関連性が?」

「……この腕ごとサインさせます」

「ちょちょちょ、ニンジン30本でどうですか!?」

「……むーん」

 

 今日はこれぐらいにしておく。だって、やり過ぎても捕まえることは出来ないから。

 別に、ニンジンに目が眩んだなんてそんなことはない。

 

「助かった……」

「今度の週末です」

「え?」

「今度の週末にニンジン30本分のデートをしましょう」

「?……断ったら?」

「ミークアルファでトレーナーさんの腕を掴んで婚姻届にサインをさせます」

「リサーチ頑張っちゃおっかな~」

「むーん」

 

 ちょっとずつ、ちょっとずつ。ゆっくりと詰めていけばいい。私のこの気持ちの深さを悟られる前に、トレーナーさんの心をとらえてしまえばいいから。

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