黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第10話

 

 土曜日――水明は休日にも関わらず制服を着て学校にいた。

 

「助かるよ、山紫君。一番大事なことを任せてるのに手伝ってもらってありがとう」

 

「気にするな。自分も今日は楽しみにしているからな」

 

 同じように体育館へ荷物を運んでいる男子生徒――直江大和にそう言われたので水明も返した。

 水明がこうして大和と荷運びをしている理由は数日前まで遡る。

 学園依頼のために職員室前にいた水明は紋白に声を掛けられ、誰もいない一年Sクラスに呼ばれた。特に呼ばれる理由に心当たりのなかった水明は何か紋白の目についてタコ殴りでもされるのではないかと危惧したが、暫くして教室に入って来たのは大和だった。彼は待たせたことに陳謝しつつ、すぐに要件を話し始めた。

 

『義経たちの歓迎会を兼ねた誕生日会をやりたいから、協力して欲しい』

 

 六月十二日。それが義経、弁慶、与一の誕生日だった。

 水明は義経のメールアドレスに“0612”と入っていたためその日が誕生日だと二人に聞いていた。何かしたいと考えていたのだが、水明がよく遊ぶのは義経と弁慶であり、与一とも話したことはあるものの、誕生日を祝う仲とは言えなかった。仮に二人を呼んで軽く誕生日会をしても一人だけ疎外感を与えてしまう。それは義経たちにとっても気持ちの良いことではないと思案に暮れていた。そのため、大和から言われたことは渡りに船だった。ちなみに、紋白がいた理由は原案が紋白であり、それを成功させるために大和が手伝っているからだ。

 

「モロロー、男なんだったらもっと持ってみせろー」

 

「僕はモモ先輩やガクトみたいに力仕事担当じゃないよ」

 

「肉食べて筋肉付けないとな」

 

「モロはこのままの姿でガクトと結婚すれば良い」

 

「うわぁ、どこから出てきたのさ京。いきなり現れて変なこと言わないでよ」

 

 風間ファミリーを中心に大和が集めた生徒たちが集まっている。体育館で会食パーティーの形となるので、飾り付け班、料理班、雑務班とわかれていた。飾り付け班はFクラスの小笠原千花が班長となって井上や榊原も手を貸している。

 

「準の髪の毛を増やしてみたのだ」

 

「余計なことをするな! 俺が気にしてるみたいだろ!」

 

「あー、榊原さん。予備もぎりぎりだから遊び過ぎないようにね」

 

 料理班では黛を中心に家庭料理が得意な甘粕真与、見た目通り料理が出来る熊飼満が腕を振るっている。

 

「美味しそうな唐揚げが出来たよ。ちょっとだけ味見をね――」

 

「ダメですよ熊飼君。先ほどからつまみ食いをしているのはバレてます! お姉さんの目が黒いうちはもう許しません!」

 

『おーい、こっちもさらに出来たぜー。まゆまゆの特性酢豚一丁上がりぃ!』

 

「大変な量ですけどやりがいのある仕事を任されました。皆さんに美味しいと言ってもらえるよう頑張りましょう、松風」

 

『燃えてるなぁーまゆっち。こんな姿を見せれたら友達もすぐに出来るのになぁ』

 

 雑務班……主に荷運びが仕事の彼らは百代やガクトを中心に体育館へ机や椅子などの荷物を運んでいた。日ごろ鍛えているガクトが腕の見せ所だと大きい荷物をいくも持つが、その横で見た目華奢な百代がガクトの倍の量を持っているのは目の錯覚を疑うまであった。

 

「――そろそろか」

 

 時計を見ると昼前を示していた。

 

「じゃあ、義経と弁慶のことは任せたよ。俺は与一を引っ張ってくるから」

 

「わかった。十三時にここへ戻ってくる」

 

 水明の一番の仕事は二人をこの場所に連れて来ることであった。また、それだけではなく今日の誕生日会兼歓迎会を秘匿することも任されている。基本的に水面下で動いているのでバレることは無いだろうが、二人が偶然外に出たときに制服を着た川神生徒が複数いれば、何かあるのかと勘ぐって学園へ来てしまう可能性もある。そういうことを防ぐために水明は今日の予定を聞き出し、十一時に水明宅に来てもらうよう連絡している。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「――義経、弁慶」

 

 水明が金柳街の出入り口で待っていると、九鬼の車から降りた二人が歩いてくる。軽く挨拶を交わし、水明の部屋に向かった。

 

「今日は九鬼の送りなんだな」

 

「うん。その、誕生日だから今日くらいは良いって」

 

「お誕生日特権」

 

「なるほど。誕生日おめでとう」

 

 出会ってから二か月半という月日が短いのか長いのか、水明には判断がつかない。人生という分母で見れば数瞬のような時間かもしれないが、高校生活という分母で見れば長いような気もする。これから源氏の坂を登っていく二人にとって水明との関わりは勾配のない平坦な道を歩いているようなものかもしれないが、こういった日常がきっと彼女たちの力になるときが来るだろう。

 

「自分からの誕生日プレゼントだ。受け取ってくれるとありがたい」

 

 水明が用意していたのは手拭だ。女性に誕生日プレゼントを用意することは初めてだったが、大層なものは九鬼から貰っているだろうということ、お洒落なものをあげたかったがセンスが良いわけではないので避けた。かと言って役に立たない置物をあげるのも酷なので目的がはっきりとしているものにしたのだ。

 

「うわぁ。綺麗な鳥が描かれている」

 

「私には瓢箪か。水明の私に対する印象がはっきり伝わるよ」

 

 本当は花柄など、女性向けのものにするつもりだったがその二種類を見つけてすぐに決めた。義経とは話すきっかけとなった『野鳥の観察』から鳥を。弁慶はもちろん川神水の入った瓢箪を。

 

「本当はもっと小洒落たものをあげたかったんだがな……自分には、それくらいが限界だった……」

 

「別に良いよ。プレゼントは何を貰っても嬉しいし、それが真剣に選んでくれたものならなおさらね」

 

「義経も同じだ。それに十分お洒落だと思う。水明君らしくてすごく嬉しいぞ!」

 

 水明がプレゼントをあげたにも関わらず、どうしてか慰められるような状況になっている。しかし、義経と弁慶の笑顔は本物だった。

 その後、部屋で時間を潰した二人は水明に連れられて川神学園へ行く。道中、何があるのか尋ねる二人だったがどうにか水明は誤魔化した。弁慶は察したようだったが。与一と合流し、遮光カーテンによって暗くなった体育館へ入った三人を迎えたのは『義経、弁慶、与一、誕生日おめでとう。川神へようこそ』という垂れ幕だった。学年問わず源氏組に興味がある生徒、ただパーティーが好きな生徒など様々だったが、終始笑いの絶えない時間だったことは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 翌日の日曜日、水明は着替えとタオルを入れた鞄を持ってある場所に来ていた。

 

「――ごめんください」

 

「はいよー」

 

 川神市内某区、住宅街の中に水明の目的地はあった。外観は一般的な日本家屋と変わらないがその大きさは周囲の自宅数倍ほどある。防犯用の塀に沿って植栽される松は丁寧に切り整えられており、全体的にまとまった印象を受けた。川神市内でここまでの家を建てられたのはこの家屋の持ち主がひと昔前からの地主であるからだった。

 

「大和君から聞いてるよ。山紫水明君だろう? アタシの名前は島津麗子。麗子さんで良いよ」

 

「初めまして、麗子さん。直江から紹介を受けて尋ねさせていただきました」

 

「ああ、遠慮なくゆっくりしていっておくれ」

 

 今回水明がここ――島津寮に来たのは昨日の源氏組誕生日会兼歓迎会が関係していた。

 紋白と大和から協力を求められて手伝ったわけだが、協力を求めた二人は報酬を惜しまなかったのだ。正直、水明は自身も助けられたところがあったので物品報酬などであった場合、強く渡されても断っただろうが、大和が提示したのは『島津寮の温泉』だった。父親から人脈、人を扱うことの大切さを教わっていた大和は水明と話す前も情報収集は怠らず、彼のことを調べた。その結果、報酬依頼が温泉旅行券だったときは舌戦をしてまで依頼を取り、また度々金柳街の書店で『名湯百選』を立ち読みしている姿を見られていたことから温泉が好きという結論に至った。幸い島津寮には一般開放していない天然温泉があるのでそれを報酬にしたのだ。

 水明は麗子に付いて行き、島津寮に入る。

 

「ん? お客さんか?」

 

「クリスちゃん。この子は大和君の紹介で温泉に入りに来てね」

 

 休日を島津寮で過ごしていたクリスが不思議そうに水明を見ていた。

 

「Sクラスの山紫水明だ。君はエーベルバッハがよく言っている、クリスお嬢様? で良いのだろうか」

 

「おぉ、マルさんと同じクラスか! よろしく頼むぞ。それと自分のことはクリスで良い!」

 

「よろしく、クリス。一日だけだがよろしくする」

 

「うむ! 麗子さん。温泉に案内するなら自分がするぞ?」

 

「そうかい? ならお願いしようかね。脱衣所の使い方も教えてやっとくれ」

 

「任された! では山紫。自分に付いて来ると良い」

 

 水明はクリスの後を歩いて行く。

 島津寮は寮というよりも、本当に旅館のような造りになっていた。板張りの廊下が続き、左右に三部屋ほどずつ扉がある。扉の間隔で何となく部屋の広さが想像出来るが、一部屋水明のワンルームと同じくらいだろう。

 

「ここは何名で住んでいるんだ?」

 

「自分に京、まゆっちにキャップ、大和にガクトとゲンさんの七人だな。あ、麗子さん入れると八人か」

 

「見事に風間ファミリーが集っているな」

 

「ふふ、たしかに。自分の場合は後から入寮したが、最初からファミリーしかいなかった。今では自分もファミリーの一員だが!」

 

 クリスが島津寮に来たのは一年の後半だ。ドイツから憧れの日本に留学するにあたって、父親のフランク・フリードリヒが軍の情報処理班を用いて川神でも特に安全な下宿先を探し出した。かつては川神の女傑と呼ばれた麗子と武神・川神百代が出入りしているということでフランクもしっかり下見をしてここに決めたのだ。クリスが旅立った一月後にドイツ最精鋭の部隊――猟犬部隊隊長マルギッテを送り出すことになるのだが、定期的にクリスから来る便箋を読んで島津寮で正解だっとフランクは思っている。

 

「着いたぞ。ここが脱衣所だ。温泉は暖簾の掛かったあそこからだな。服はそのままにしないでしっかりカゴにまとめてくれ。この時間だと長湯になっても大丈夫だが、のぼせないようにだけ注意するんだぞ」

 

「了解した。助かる、クリス」

 

「ここの温泉は本当に気持ち良いからゆっくりしていってくれ」

 

 クリスはそう言うと脱衣所から出て行った。

 

「さっそく入るか…‥」

 

 廊下を歩いているときから気付いていたが、水明の鼻は塩化物泉の匂いを捉えていた。この湯は保湿効果の高い湯特有の香りであり、日本では馴染み深い泉質だ。

 水明はすぐに服を脱ぎ、暖簾を潜って湯煙の中に消えていくのであった。

 

 

 

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