黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第13話

 

 梅雨が終わり、いよいよ本格的な暑さが頭を見せ始める七月の朝の休み時間に水明はクラスメイトと話していた。

 

「もうすぐ川神院の夏祭りがあるのだ。僕、あそこの屋台で出る焼きマシュマロ好きなんだー」

 

「お前はいつもそればかり食べてるな。家に帰ったら毎回腹減ったって言うんだから、今年こそはちゃんと炭水化物を食えよ」

 

「えー、マシュマロでお腹いっぱいに出来るかチャレンジしてるのに」

 

「毎年失敗してるだろ!」

 

「にょほほほ。夏祭りなど庶民の行く祭り。とは言え、花火は中々の見物じゃ。その日の此方は毎年ゆるりと家(うち)でくつろぎながら観ておるわ」

 

「じゃあ心は今年も家にいれば良いよ。僕は冬馬たちと一緒に行くけど」

 

「ぐ、ぐぬぬ……そのつもりじゃっ」

 

 不憫な扱いをされている不死川だが、別に嫌われているわけではない……恐らく。他クラスからは選民思想の強いSクラスらしい生徒と見られているが、実際に彼女と過ごしていると言葉の端々に彼女のいう庶民――つまり一般人に対する羨望の意が窺える。プライドの高さから正直になれないという点はあるが、客観的に見ると友人を作ろうと頑張っている姿が見えるため水明は別段嫌っていなかった。

 

「不死川の家からは花火が見えるのか?」

 

「にょっ!? 気になるのか山紫よ? 仕方ないのぅ。此方の家から見える花火がどれだけ綺麗なのか語ってやるのじゃ」

 

「メイメイは見えるかどうか聞いてるだけだから、答えるのは“はい”か“いいえ”で良いのだ」

 

「そ、そんなことわかっておるわ! 見える、これで良いのじゃろう!」

 

「いや、一応どんな普通に見えるのか聞きたかったんだが……」

 

 そんな水明の呟きは不死川の声にかき消された。

 余談だが、夏祭りの花火は多摩川の河川敷から打ち上げられるものだ。川神院主催ということで関東圏全体を中心に人が集まり、屋台は金柳街や周辺の店が協力して仲見世通りから川神院を繋ぐ道で出される。本格的なレストランのシェフなどが腕を振るっていることもあって安くて美味しい食べ物が多いと人気である。

 

「山紫君は夏祭り、今年は行くんですか?」

 

「どうだろうな。特に予定が無かったら顔を出してみるつもりではあるが……」

 

「おー。じゃあもし会ったら射的対決しよう。メイメイとは遊んだことないからやってみたい」

 

「良いぞ。射的は小さい頃によくやったから、そこそこ自信がある」

 

「負けないよ」

 

「うっ……こ、此方も射的は得意なのじゃ……」

 

「へぇー。でも心は来ないから出来ないねぇ」

 

「――にょわあああああ! もう良いのじゃ! 別に此方は夏祭りなど行きとうないのじゃ! そなたらはそなたらで遊べばよいのじゃ。此方は此方で涼を取りながら花火を楽しむからな! 勝手にせいっ! ふん!」

 

 頬を膨らませながら不死川は自分の席へと戻ってしまった。

 

「あまり意地悪をするものではないですよ、ユキ」

 

「はーい」

 

 話が一区切り付いたところで教室前方の扉が空き、義経たちが入ってくる。

 

「彼女たちは夏祭りのことは知っているのでしょうか。水明君、誘ってあげてはどうでしょう?」

 

「そうだな。それも、ありかもしれない」

 

「ええ。川神に来たのならば、外せないイベントです」

 

 夏の空。どこかで入道雲が生まれていた。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 夏休みの前に生徒が越えなければならない壁がある。それを越えなければ夏休みの二割くらいは強制的に潰されることになり、せっかく計画していた予定も流れていく。ただ、川神学園では夏休みでも特別補修というものがあり、普段受け持ちをしている教師以外の授業を受けられるシステムが存在するのでSクラスの生徒の殆どはそれを加味して計画立てていたりする。

 

「どうして定期試験って毎学期に二回もあるんだろう」

 

「一部では期末試験一発のところもあるみたいだぞ。そのぶん範囲が伸びて大変みたいだが」

 

「二回で確実に点数を取るか、一発で範囲は広いけど終わらせるかのどっちか……私は後者の方が良いかもしれない」

 

「たしかに。弁慶はそっちのほうがあってるかもしれないな」

 

 明日から期末試験に向けてテスト週間が始まる。本格的に推薦試験などで受験が始まる三年はもちろん、二年もその準備に向けて夏期講習や進路の選択など現実的な問題を考える時期になるため前回の中間試験より鋭い空気が漂っていた。

 

「む、主の決闘がもう始まってる」

 

 二人が校舎の出入り口からグラウンドを見ると人だかりが出来ており、その中心に義経と挑戦者が向かい合っているところが見える。早足に弁慶が向かい、水明もそれに付いて行った。

 

「東――源氏組大将、源義経」

 

「お願いします!」

 

「西――エスクリマの使い手、チャリス!」

 

「日本に蘇った侍。強いと聞きました。なら、私は戦わずにはいられない」

 

 立ち合いを行っている九鬼従者部隊の名前は桐山。マープルに気に入られているステイシーたちの同期でもある。カポエラを修めている蹴撃が得意な甘い顔を持つ男だが、自他共に認めるマザコンという性質を持っている。

 

「では、両者準備よろしいでしょうか? ――始め!」

 

 桐山が合図をすると、様子を見ることから始まると思った観衆とは逆に両者は中心でかち合うこととなった。本来エスクリマの棒は硬い木で作られるに過ぎないものだが、チャリスの棒は特殊合金で作られ、義経の刃引きした刀とはいえ打ち合うことが出来る。

 一合二合と攻撃が交わされ、派手に火花が飛ぶ。

 

「あの人、そこらへんの武芸者かと思ったけど強さの壁の上に立ってる」

 

「壁の上?」

 

「うん。武芸者には一応ランクみたいなものがあって、一番大きな目安は強さの壁を越えているかいないか。私と義経と除いてこの学園だと百代先輩とか学園長とかヒューム卿とか……は、上から数えたほうが圧倒的に早いからいまいち想像し辛いか……」

 

「いや、何となくわかる。決闘を見ているとそういう話が聞こえてくるからな」

 

「たぶん、マルギッテで互角、弓を持ってない近接与一だと負けるくらいには強い」

 

「むちゃくちゃ強いじゃないか……」

 

 水明はマルギッテの戦いも与一が決闘で近接戦をしている姿も見たことがある。特にマルギッテは川神学園に来てから百代に決闘を挑んだことで有名だ。実戦上がりの武技は百代に迫るところがあり、最終的には火力で押し切られたのだがこの学園屈指の使い手として名が知れている。しかし、彼女の場合そのときは眼帯を取らなかったので弁慶が言うように実際壁の上に立つ者なのか越える者なのかはわからない。

 

「だが、義経のほうが上手なんだろう?」

 

「上手だけど、そこらへんの実力を持つ者は戦い方とか相性次第で強さの壁を越えた者と戦って勝つ可能性がある」

 

 水明が視線を戻すと、チャリスが義経へ猛攻を仕掛けている。

 

「はぁぁぁーッ!」

 

「っく!」

 

 細長く、短い棒から出されるエスクリマの攻撃は縦横無尽で非常に速い。膝を使ったフットワークは義経が攻撃を仕掛けようと思えば下にしゃがんでおり、虎の爪のような一撃が上がってくる。また、厄介なのが正確に弱点を突いてくることだった。

 

「てや! はいっ! せぁあっ!」

 

「ふっ! くぅ、はぁ!」

 

 眼球、喉、水月、関節など当たれば致命傷となる技を連打してくる。防戦一方となりながら反撃の手を考える義経だが、合わせるよりも速く次の動きに移るため攻めあぐねていた。

 

「速さなら義経も負けない! いや、負けられない!」

 

 右手の棒の一撃を義経が綺麗に受け流し、チャリスの思考に間隙が出来た瞬間――義経は彼女の腹に鋭く蹴りを入れた。

 

「蹴り?」

 

「義経の本懐は奇襲。故にヒット率は一番高い攻撃だったりする」

 

「そ、そういうものなのか……」

 

 義経が持っていた刀を横に持ち、今度は義経が迫る番となった。

 

「は、ぁぁぁあああ!」

 

 低い姿勢から踏み込んだ義経は消えたのかと思うほどの速さでチャリスの懐に入る。その距離ならばチャリスの棒の方が有利な距離なのではないかと思われたが、鞭のようなしなやかさで剣撃を一閃させた。

 

「……っ!?」

 

 風を斬る音ともにチャリスの身体が崩れていく。気を失った彼女は愛用の武器を手放して土を頬に付けることとなった。

 

「――勝負あり。勝者、源義経!」

 

 観衆が湧く。

 納刀をして頭を下げる義経と手に汗握る試合を見せてくれた、九鬼の従者に介抱されるチャリスに対してだ。

 

「正直危ないと思ったが、やっぱり強いな」

 

「伊達に毎朝ヒューム卿と鍛錬してないですから」

 

「弁慶もか?」

 

「弁慶ちゃんは布団でスヤッスヤッ。二十三時に寝てきっかり七時起き」

 

 しっかり八時間睡眠の弁慶と話していると、汗を拭う義経がやってくる。

 

「弁慶、水明君。見ていてくれたんだな」

 

「すごい戦いだったぞ」

 

「ありがとう。相手のチャリスさん、相当な使い手で義経も危なかった」

 

「それでも完勝する主にぞっこーん」

 

「うわぁっ。今は汗を掻いてるからダメだぞ、弁慶」

 

「ほほほ、良いではないか良いではないか」

 

「もう、弁慶は……と、次の相手が来たみたいだ」

 

「いってらっしゃい。見てるからね」

 

「怪我だけはしないようにな――ああ、いや、決闘だからするのは当たり前か……」

 

 咄嗟に言い直した水明に義経はおかしそうに笑った。

 

「では、行ってくる」

 

 小さく手を振って義経は再び挑戦者と向かい合った。

 

「弁慶はしなくても良いのか?」

 

「私と与一は先週から一日の決闘を一試合だけ増やしてもらって、昨日で終わらせた」

 

 水明はそう聞き、計画性のある弁慶はテストも二回に分けられていたほうが良いのではないかと思った。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 九鬼本部――義経の部屋で義経と弁慶は一日の復習をしていた。弁慶は定期的に勉強する習慣はないが、こうしてテストが近付いてくると義経の部屋にお邪魔している。メイドに用意してもらったお菓子とおつまみでたまに休憩しながら喉を潤し、順調に問題集を解いていた。

 

「うぅ、義経は英語が苦手だ」

 

「どれどれ。見せてごらん」

 

 義経の得意科目は文系全般。そして、苦手な教科はらしいというか、英語や数学だった。

 

「なるほど。そこはこっちを使わなければならないのか。相変わらず弁慶の教えはわかりやすいな」

 

「可愛い主がいるからねぇ」

 

 時折わからない問題はお互いに考えながら今日のノルマを終えた。

 

「今日も義経は一回り賢くなった」

 

「このままだと前回の順位を下回ることは無さそうだね」

 

「だと良いが。直前まで油断は出来ない」

 

「真面目な主もよりけりよりけり」

 

「弁慶も、だぞ。弁慶は四位以内を取らなければならないんだ。義経は中間テストのときに張り出された順位を見てどきどきした」

 

「大丈夫だよ。ちゃんと勉強してるしね」

 

「それでも」

 

「心配性だなぁ」

 

 弁慶は真剣な表情で自身を見つめる義経を撫でた。

 もう少しこの状況の義経を楽しみたいと思ったが、あまり揶揄い過ぎると叱られるので弁慶は話を変えた。

 

「そういえば水明が週末一緒に勉強しないかって連絡来てたけど、主はどうする?」

 

「もちろんするぞ!」

 

「うむ。じゃあそう連絡しよう」

 

 返信は早い方が良いと、弁慶は顔文字と短い文章で了承のメールを送った。するとすぐにメールが返ってきて『場所はどうする?』とあった。

 

「水明が場所はどうするか、だってさ。水明のとこは近くで水道管工事があるから避けたいみたい」

 

「うーん。たしかに集中できないな……図書館かどこかのファミレスを考えるか……」

 

「図書館はともかく、ファミレスも駄目でしょ」

 

「だな。では図書館にするか」

 

「図書館より、ここに呼んだら良いんじゃないの?」

 

「そ、そそそれは義経の部屋にか!?」

 

「主の部屋じゃなくとも、私の部屋でも良いし」

 

「そ、そうだな……水明君にはお世話になっている」

 

そう言って義経は自分の部屋を見渡すが、九鬼本部にある部屋とは思えないほど質素なものだった。

 

「日ごろから綺麗にしてるから大丈夫だよ」

 

「よし、じゃあ水明君を誘おう……!」

 

「一応、九鬼にも確認しておかないとね~」

 

 そう言った弁慶はもう一度携帯を開き、九鬼に招くことを水明に連絡したのだった。

 

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