黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
川神市から少し歩いた大扇島。その名の通り扇型になっているそこは九鬼財閥が九鬼本部設置のために作った民間埋立地であり、海底トンネル一本の繋がりを残して本島からは独立している。そのため、外部からの侵入は海底トンネルを通るか海を経由しなければならず、両方の道ともに常時九鬼が警戒しているため困難となっている。
「初めて通るな……」
そして、水明もまた漏れず九鬼本部へ向かって海底トンネルを歩いていた。
コンクリート一辺倒な作りだが、車が通れるほど幅も広く自転車用道路もある。電灯はどれか一つ消えても良い用に眩しくない程度の明るさで細かく配備されている。緊急事態のための横道もあり、九鬼がしっかり安全配慮していることが窺えた。
海底トンネルを十五分ほど歩くと地上に出る。
「間近に見るとこんなに大きいのか」
最先端技術が発信される場所――世間は九鬼本部を見てそう言うこともある。
一番に水明を迎えたのは見上げると首が痛くなるほどの高さを持つビルだった。道路を挟むように建てられた中階と最上階に渡りがある構造で、よく見れば受付と書かれた扉がある。水明は本部ビルなのかと思ったがあくまで門構えであり、改めて財力の莫大さを感じざる得なかった。
「――こんにちワンダフル」
どこからともなく水明も見たことのある従者部隊のメイド――李が現れる。
「うっせぇよ。いきなり意味の分からねえこと言われて反応に困ってんじゃねえか」
その後ろにはステイシーの姿もあった。
「七浜ショッピングモールから送ったとき以来だな。今日は案内するからよろしく」
「よろしくお願いします。義経たちの部屋はそこじゃないんですか?」
「違う違う。義経たちは九鬼家の方々に及ばないとはいえ要人だからな。もう少し奥の建物で暮らしてるよ。一応、このビルはミサイルがぶち込まれたときの盾でもあるし」
「な、なるほど……」
アメリカンジョーク的なものなのか、水明はどこまでが本当か分からず取り敢えず同意しておく。
「さっそく義経たちの部屋にご案内を――と、行きたいのですがその前に軽い健康診断をお願いします。商談等でそこのビルに入るならば大丈夫なのですが、初めて奥の施設に入る人には受けていただく規則となっておりますので」
「そう時間は取らないからさ」
「いえ、それくらいなら。むしろ、九鬼の健康診断を受けられるならありがたいというか」
「服は脱いでもらうけどな」
「こっちだ」と言われて水明はステイシーたちに付いて行く。ガラス張りのビルの出入り口を抜けるとよく見る従者部隊の制服を着た人たちが受付しており、李が先ほど言ったように商談に来たのかスーツ姿の男女が何かを書いている。
「受付してくるから、そこに座って待っててくれ。李、行くぞ」
「はい」
水明は言われた通りソファに座ることにする。自身のベッドより寝心地の良い感触に一つくらい貰えないだろうかと思った。
暇な時間、水明は部屋を眺める。一見役所や銀行の受付と似ているがやはり大きく違うのはメイド服と燕尾服を着ている人たちが受付をしているという点だ。その姿を見るためだけでここに足を運びそうな人がいそうだが、そういう人は随時不審者として強制的に排除されるのだろう。
水明はヒュームや時折見る怖そうな従者部隊もこういう場所で下積みとして働いていたのかと考えるが、むしろ来客が減りそうなので無いだろうと結論付けた。
壁の方を見ると自動販売機のラインナップも充実している。帝の意向もあって特殊な人材の集められる九鬼には偏屈な人間が多々存在する。ステイシーや李も一般人からすれば十分キャラの濃い人物だが、その生活は至って普通だ。しかし、中には毎日同じものを飲まなければ能力が発揮されないなどの研究者もおり、こうして本部内の自動販売機は誰でも飲める物があるよう配置されていた。生産中止になった物も九鬼が会社ごと買い取って独自に販売していたりする。
水明が九鬼版ハッピードリンクショップを眺めていると後ろに座った男女が小声で話していることに気付いた。
「おい、どういうことだ。事前の情報によれば俺たちが奥に入れる手筈は整っているとあったぞ」
「知らないわよっ。どこかで計画が漏れたか、謀られたか……!」
「っち、どのみちこのまま行けば俺たちの存在はバレる。逃げるしかないぞ」
「どうやって? 今逃げ出しても九鬼の従者部隊が怪しんで追いかけて来るに決まってるわよ」
「それをどうにかするためには――」
大企業として日夜脅威に晒されている九鬼財閥は彼らのように企業スパイの存在を特に警戒する。未だ世に出されていない計画も多く、クローン技術もその類であって世界を震撼させるものだった。それ故、義経たちの公表から九鬼に対する外部工作は数十倍に増えている。
そして、偶然水明が訪れた今日も彼らが侵入する日と被っていたのだ。
「ヒューム・ヘルシングは今、九鬼の末娘に付いていると聞く。あいつさえ出て来なければ俺達でも逃げることは出来るはずだ」
「でも、ここから出るのはどうするの? あそこにいる従者たちも……」
「車の中に積んである予備の爆弾を爆発させる。ここの従者も動員して確認に向かうはずだ。その隙を見て――」
水明はその場を離れようと思ったが、今のタイミングで動いてしまえば二人が予期せぬ行動をとってしまう可能性もあって止める。今するべきは水明が直接動くことよりも従者部隊に伝えることであり、受付にいるステイシーたちに呼ばれるのが一番良いだろう――だが、現実はそう上手くいかない。
「ね、ねぇ。あの金髪のメイドこっちに来てない!?」
「ばれたのか? ……まずいなっ」
「やるしかないわ」
「ああ。そうだな」
男が懐を弄り、ライターのようなものを手に取る。ステイシーには見えないよう上部にある赤いスイッチを押した。
――瞬間、割と近くから爆発音が聞こえる。
「動くなァ! 動けば今と同じようここを爆発させる!」
「妙な真似をしたら撃つわ! 従者部隊は伏せて!」
後頭部に触れるは冷たい砲身。水明の肩を掴み、動かないように固定する。痛いくらいに力がこもっているのは緊張から来るものだろう。
「ちょ、ちょっと待てよいきなり!」
ステイシーが両手をあげて降参の意を示すが二人は怒鳴り続ける。
「伏せろって言ってんだろ金髪メイド! 殺されてぇのか!?」
「分かった! 伏せるから……ほら、これで良いんだろ?」
床に伏せたステイシーは上目で二人を見遣る。縛ったりはしていないが咄嗟に動けない状況になったのを見て男のほうが言う。
「車を用意してもらう。一台だ。車種は問わない。五分以内に持って来なければ諸共爆発する」
「車なら私のをやる。九鬼が用意するものより信用できんだろ」
「どこにある?」
「出たとこすぐの駐車場だ。ゲレンデだから丈夫だぞ」
「ゲレンデか……鍵は?」
「内ポケットにある」
「取れ。妙な真似をしたらこいつを殺す」
ステイシーは胸元に手を入れる。その様子を男は今にもスイッチを押しそうな雰囲気で見ており、水明の後頭部に当たる感触も強くなっている。すぐにステイシーが鍵を取り出すと指で摘まんで見せた。
「こっちに投げろ……おい、死にたくなければキャッチしろ」
水明は無言で頷いた。
「ほらよ――」
距離は四メートルほど。放物線を描いて鍵は飛んでくる。取ろうと手を出した水明だったが回転しながら迫る鍵に妙なマークを見た。電球を囲むようないくつかの線、車のヘッドライトのような――。
「――ッ!?」
「フラッシュ……!?」
予め目を覆っていたステイシーを除いて視界が真っ白になった。九鬼家が開発しているポケット防犯グッズの一つ、車の鍵型フラッシュである。
「こうなれば――うっ……」
次の行動を女に言おうとしたとき、男の身体が倒れていく。今のフラッシュで視界が遮られた短時間で二人の背後に回ったのだ。
「バカそっちじゃねぇ! 李!」
パァン! と発砲音が響く。水明の身体が横たわった。
「はぁ!」
女の方も男同様に首に手刀を打ち込んで気絶させる。
「救命措置! 脳を撃たれたぞ!」
すぐに立ち上がったステイシーが止血のためかエプロンを破きながら水明の方へ寄って行く。李は近くにいた従者に犯人の二人を縛り上げるように指示するとAEDを取りに走った。
「くそ。九鬼本部で死人が出たなんてとんでもない失態だぞ……」
ステイシーは水明の頭を抱えて処置に移る。
こめかみを撃って自殺する方法があるが、実は脳を撃っただけで生命維持に問題があると言われればそうでもない。頭を撃つ拳銃自殺の死因の殆どは奥に隠された内頚動脈と呼ばれる血脈からの出血多量であり、脳の損傷によって即死することはないのだ。しかし、運良く生き残ったとしても寝たきり、四肢麻痺など多くの障害を残すため楽なその後ではない。
「頭だと縛るだけでじゃだめだな。すぐに手術が必要だ。出血は…………無い?」
「ステイシー。AEDを持って来ました。すぐに準備を――」
「いや、待て李」
水明の後頭部に手を当てて確認するも、一切血が付いていない。どういうことなのか確認するためにさらにステイシーは水明の身体を抱えて後頭部を見る。
「う、撃たれてねぇ……!」
「と、いうことは?」
「生きてる」
「――苦しい。死にます(ふぐひい、ひにまふ)」
ステイシーの豊満な胸に埋まった水明が慌てて肩を叩く。
「お、お前生きてたのか! 撃たれたよな?」
「いえ。撃ってきそうな気がしたので身体を伏せたら避けれました。あちらに弾が」
水明が示した床にはたしかに銃弾が埋まっている。
「ロックな野郎じゃねえか! ハハッ!」
「ふぅ……安心しました」
その後、追加の従者部隊がやってきて事態の収拾にあたる。最初の爆発音は来客用駐車場で車が爆発した音であり。被害はその車だけで済んだようだ。銃火器があったにも関わらず被害者が出なかったのは従者部隊の対応が適切であったからだろう。
水明に知らされることはないが、先の二人の雇用主は九鬼と同じ世界三大財閥の一つであった。クローン技術を狙ったものと自供したが、あからさまな囮で九鬼は他から内部情報が抜き取られたのか調査に忙しくなっていく。
二、
「いやぁ、すまんね。あんなことになっちまって」
ステイシーと李に連れられ、水明はようやく健康診断の場所へ向かっていた。当初は健康診断だけだったのだが、ああいうことがあったためメンタルケアも追加されると聞かされたのはほんの五分前のことである。
学校の保健室のような部屋に着くと問診票を渡される。どうやらこのまま二人が担当するようだ。
すべての項目を書き終わって李に渡す。
「んじゃ。パンツ以外の服を全部脱いでくれ。義経達との用事もあるだろうし、出来るだけ早めに終わらせるからよ」
水明は女性二人の前で脱ぐことに躊躇いを覚えたものの、手際の良さから女医のように慣れているのだろうと察する。水明もステイシーが言うように早く終わらしたかったためすぐに服を脱いだ。
「ほう、着痩せするタイプですか」
「Oh……アメリカ人好みなロックな身体つきだ……」
じろじろと見てくる二人に山育ちでだらしない身体をしていなくて良かったと思いつつ、水明は手早く健康診断を受けるのであった。