黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
「――ということがあった」
約束の時間から一時間ほど遅れた水明は義経の部屋で先ほどの出来事を説明していた。水明としては義経の部屋に入った余韻的なものを感じていたのだが、それ以上に外から聞こえてきた爆発音と巻き込まれたのではないかという義経の心配に飲み込まれて話すこととなった。
「良かったぁ……もし水明君に何かあったら義経は、義経は……」
水明は暗い空気を払拭するために「その後のステイシーさんの胸による圧迫の方がよほど死にかけた」と冗談を言うつもりだったが、さすがに義経の涙を見て口を閉じた。弁慶の制裁が入るので正解であった。
「主を泣かすなんてとんでもないクラスメイトだ。よしよし」
「うぅ……弁慶」
慰めている弁慶だが、横にいる水明からはニヤニヤと義経を堪能している顔が見えている。しかし、義経を心配させたことは事実であったため何も出来ず待つしかなった。
暫くして義経が落ち着くと、今度は弁慶が水明に聞く。
「でもよく拳銃なんか突きつけられて慌てなかったね」
「そう言われると……やはり川神で過ごした経験が活きたのか」
「KAWAKAMI。便利な言葉過ぎる」
「それで水明君が無事だったのなら、義経はそれで良い」
そんな義経の状態が十分ほど状態が続いたのであった。
一、
談笑と勉強を交えながら、穏やかな時間は過ぎていく。分からないところは三人で答えを導き出し、山勘に頼れそうな科目は教師の特徴などをあげて注意する問題を解いておく。一通りすべての科目が終わると水明は話を切り出した。
「今月の二十八日に仲見世通りで川神院主催の夏祭りがあるんだが、行かないか?」
「仲見世通り? 川神院の前の通りか」
「ああ。結構な規模で屋台とか出るんだが、どうだろう」
「二十八日……義経たちには特に予定が無かったと思うが……」
こうして週末も集まっている三人だが、源氏組の中で義経は特に忙しかったりする。源氏ブームによって近隣の博物館などで催し物が行われると九鬼を通して義経にセレモニーに出て欲しいといった依頼が来るのだ。弁慶や与一も呼ばれるのだが、二人は往々にして断り、いつも義経だけが律儀にマイクの前に立つ。国立博物館のときは出たのだが三人が揃ったのはそれきりだろう。
「お祭り、良いなぁ。まずあの空気で一杯、屋台の食べ物で二杯――」
「神社で参拝と」
「李さんと話した?」
「健診のときに移ったかもしれない」
「もう一回健康診断行ってきた方が良いよ」
辛辣なことを言う弁慶。
「それなら与一も誘いたいな。水明君、良いだろうか?」
「かまわないぞ……だが」
「首根っこ掴めば来るから大丈夫だよ」
「それは連れて来るというんだ」
水明は考える。自身は与一にとって友人の友人的な立ち位置であることと、そもそも人が多い祭りに来るのかどうか。義経が与一と行くことを望んでいるならばどうにかしたいが水明には良い案が思いつかない。
「誘った手前悪いが、三人で回ってくるべきだろう。せっかくの夏祭りは与一にも楽しんで欲しい」
「い、いやいやいや! それは悪いぞ水明君! 一緒に行こう!」
「私もそれはさすがに悪いよ。与一を誘って断ったなら、あいつは置いてく」
「今年は義経たちが川神に来た年。そういう節目は大事にするべきだ」
弁慶は気遣って断られたらとは言うが、水明がいることを伝えれば与一は確実に一度断るだろう。しかし、三人で行くとなればなんだかんだ与一は付いて行くはずだ。
「うーん……んー……どうしよう……」
「この場で答えを出すのは難しい。一先ず水明のことは隠して与一に聞きに行こう、主」
「ああ。まずは聞いてみないと――」
義経と弁慶は水明に待っているよう伝えて与一の部屋に向かった。
水明はこうなる可能性があったことを事前に考えられなかったことを自省する。与一の部屋は同じ階だがどれくらいで帰って来るだろうと時計を眺めていると廊下の方から衝撃が響いた。
『――源氏式バックブリーカー!』
『そんな理不尽な――!』
喧嘩でもしたんじゃないかと水明が慌てて部屋から出ると廊下の壁に膝をついて何故か煙を出す与一がいた。
「だ、大丈夫か与一?」
「ふ、旧き者の支配者か……良いか、深淵は時に力を貸してくれるが、本来は常に俺たちを食おうとしている。お前も努々忘れるな。深淵に見つめられているということを……くっ……」
脚を引きずりながら与一は自分の部屋に戻ろうとしたが、正面から出てきた弁慶に驚いて敬礼している。その行動に自信ですら慄いて手のひらを見ているが、本当に何があったんだろうか。それは源氏組で生きてきた彼のみぞ知る。
水明は手に付いた埃を払うような動作をした弁慶を迎え、義経も来たので元の位置に戻る。
「何があったんだ?」
「私たちに言わないで既に夏祭りに行く約束をしてたから思わず源氏式バックブリーカーが出てしまった」
「そう言うことか」
「一緒に行けないのは残念だが、あの気難しい与一が友人と約束をしていることを義経は嬉しく思う。主として家臣が成長しているのは喜ぶべきことだ」
義経は噛みしめるように言った。両方とも自身が原因ではあるが、悲しみ、喜び、と義経の真っすぐな性格に水明は改めて好感を覚える。弁慶や与一が慕う一端を感じ取ったのであった。そしてそれが、源義経の持つ英雄としての人たらしの部分――“カリスマ”なのだろう。
「まあ、そうだけどね。どうする主、夏祭り行く?」
「うん! 水明君。当日は義経たちと共に回ってくれるか?」
「もちろん。自分も義経たちと行きたかったからな」
こうして水明は夏祭りを義経たちと回ることが決まった。
少し休憩をして三人はまた勉強を始める。源氏組が来て初めての夏休みが相変わらず騒がしい川神で始まるのだった。
二、
「ここが川神か――」
深夜、人目の付かぬ場所に一人の女が現れた。獣のような上着を肩に掛け、独特な文様の胴着を着ている。手甲と足甲があるのを見ると高名な武芸者にも見えるが、肉体から醸し出す激しい気は手合わせに来たなどという綺麗な用件で川神に来ていないことが容易に分かった。女は漏れていた気を一呼吸で内包すると気配を隠す。
「甲班は滞在場所を探せ。天候を防いで寝る場所があれば特に環境の悪さは気にせん。廃墟でも部屋でもどちらでも良い。すぐに行動しろ」
「御意!」
「乙班は情報収集。九鬼とそのクローンについて調べろ。だが、川神院の連中には悟られるな。今回はあそことやりに来たわけではない」
「まだヒューム・ヘルシングらは日本を発っていません。もう少し手薄になってから我々は動くべきと思いますが……」
「なら、それが確認できるまでは周囲の人間に留めろ。九鬼も我らの動きは概ね把握しているだろうが、誰が来ているのかは気付いていないはずだ」
「御意」
「丁班。お前たちは梁山泊の動きに注意しろ。まだ川神にいると情報はないが、奴らの異能で忍んでいる可能性もある。少しでも気になることがあれば私に報告しろ」
「分かりました」
「では――各班行動に移れ」
並んでいた部下がすべて散開すると女は手に持った己の身長より高い狼牙棒を肩に乗せた。川神の夜景の光にその瞳が反射する。
「久しぶりの相手が梁山泊だとは……思う所もある仕事だが、任務だからな――遂行する」
その瞳の色は黒く、虹彩だけが不言色(いわぬ・いろ)に鈍く輝いている。すべての動きを捉えられるその瞳を“龍眼”と言い、今ではただ一人が持つ異能である。
川神で、何か起きようとしていた。