黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第16話

 

「自信はあったけど、こうして無事であることを確認すると酷く安心感が出てくるね」

 

「おめでとう、弁慶。それにしても前回から一つ順位を上げているじゃないか」

 

「まあしっかり勉強したおかげかな」

 

 Sクラスの前に張り出された順位は一位葵冬馬、二位九鬼英雄、三位武蔵坊弁慶、四位マルギッテ・エーベルバッハ、五位忍足あずみとなっている。忍足が順位を下げ、弁慶とマルギッテが順位を上げた。忍足はいつも通りの点数から少し低く、弁慶は前回より十点ほど高く、マルギッテが五点ほど高いという僅差だった。

 

「やりますね、弁慶。それこそが蘇った英雄です」

 

「マルギッテもそこまで点数が高いとは思わなかったよ。正直前日の見直しが無かったら危なかったかも」

 

「では次に備えなさい。次こそ同じようにいくとは思わないことです」

 

 はっきりとそう言ったマルギッテに弁慶の顔が渋くなっている。自身や主である義経のために頑張ることは良いが、普段から騒がしい輪を一歩引いて眺めているタイプなのでこうして競争相手として迫られるのは苦手なのだろう。

 

「猟犬に狙われたな」

 

「犬属性は主だけで十分なのに」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 いよいよ夏休みとなった。学生たちはそれぞれ羽根を伸ばし始め、最終学年は自身の進路に向けて本腰を入れ始める時期だ。それに合わせて商店街ののぼりもサマーセールなどが目立って集客をしている。金柳街を始めとした川神の観光地もいつもより人が多かった。

 

「今日は何をするか……」

 

 水明はこういうとき、たいてい取り敢えず外に出て気になる場所に訪れたり、最近では義経たちに連絡をして遊びに誘ったり誘われたりなのだが、今日は……というよりも約束の二十八日までは遊べないと言われてしまった。どうやら夏休みが始まるにあたってやらなければならないことがあり、七月中にまとめて終わらせたいようだ。

 

「久しぶりに久寿餅パフェでも食べに行くか」

 

 久寿餅パフェとは仲見世通りの喫茶店で扱っている名物菓子だ。普通の久寿餅と違って星の形をしたウエハースに久寿餅が入れられており、その上にバニラや抹茶バニラといったアイスが乗せられている。餡蜜やイチゴソースの味変も出来るため川神に来たならば一度は食べておくべきものだと川神市民は挙げる。

 水明が仲見世通りに行ったのは三か月ほど前のことなので、夏祭りの下見も兼ねて遊びに行くのも良いかもしれない。

 そんなことを考えていると家の前の通りが騒がしいことに気付いた。

 水明の家は金柳街の大通りから入れる場所にあるが、観光客が行くような箇所とは逆に位置しているため閑静な住宅街となっている。金柳街には食事処が多いため仕入れ業者のトラックが通ることはあるが、こうして昼間に騒がしいことは殆どないのだ。

 

「引っ越しのトラック……?」

 

 水明が窓から下を見ると、ちょうど家の出入り口に青色のトラックが止まっていた。荷台から荷物を降ろして運んでいるようだ。

 

「珍しいな。自分が住んでいる間にこのマンションに引っ越してきた人は初めてじゃないか。お隣さんだろうか?」

 

 このマンションに水明以外の入居者がいないことを彼は不動産契約時に知らされていた。もしこの家に誰か入居してくるのならばいつもより静かに生活しなければならないだろう。

 

「挨拶に行くべきなのか? いや、こういうときは向こうから来るのか。最近は防犯上引っ越しの挨拶も少ないと聞くし、何も無ければ不干渉が妥当か」

 

 水明はそう判断して大人しく仲見世通りに行くことにした。途中、階段で大きめの段ボールを持った女性とすれ違ったが、軽く会釈する程度にし、出来るだけ無害なアピールをしておく。女性の一人暮らしならば警戒されてもおかしくなかったからだ。

 

「それにしても、不思議な眼をしていたな」

 

 金柳街に出る頃、既に水明の頭からそのことは消え、何味の久寿餅パフェを食べるのか考えられていた。

 

 

 

 

 

二、。

 

 

 

 

 

 しっかりと久寿餅パフェを堪能した水明が部屋に帰ったのは夕方過ぎである。久寿餅パフェの他に近くにあった和菓子屋小笠原でどら焼きを食べ、他の店で抹茶スムージーを飲むなど仲見世通りを堪能した。一般店舗であれだけの充実感があるのだから、当日は屋台も追加されてどれだけ凄いことになるのだろうと水明は密かに胸を膨らませている。

 風呂に入り、あとはテレビで時間を潰しながら寝るだけだった部屋のインターホンが鳴らされた。

 

「この時間に誰だ……?」

 

 疑問に思うと同時、今のインターホンが一階のエントランスからのものではなく、玄関先のインターホンであったことに気付く。音色が違うのだ。また、前者の場合モニターで誰がいるのか確認できるのだが、玄関前はカメラ機能が無い。

 覗き穴から外を見る。

 廊下にいる人物にさして不信感も感じなかったため、鍵を開けて応対する。

 

「どちらさまでしょう?」

 

 そこにいたのは女性だった。灰色の髪、若干日焼けのした健康そうな肌、そして――不思議な眼。水明が昼間にすれ違った女性と同一人物だ。

 

「夜分にすまないな。引っ越してきたため、挨拶をしに来た」

 

「昼間の……」

 

「とは言うものの、あまり長くいるわけではない。部屋も空けることのほうが多いだろう。一時的滞在になるが、騒がせたらすまない」

 

「いえ――お茶でも飲んでいきますか?」

 

 故郷の性質上、来客があれば取り敢えず家に上げてお茶を出すという癖が付いていたので扉を開く。断られたらどうもしないが、水明にとって挨拶と同じような感覚だった。

 

「……川神学園の制服」

 

「? ああ、すみません。あまり綺麗な部屋ではありませんが」

 

 水明はワンルームに繋がる引き戸を閉めていなかったため、女性から皺にならないように干している川神学園の白い制服が見えた。

 

「好意に甘えよう。せっかくの隣人だ。川神に来たのは初めてなので話を聞きたい」

 

「そういうことでしたら、どうぞ」

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 いつも義経たちが使っている座布団を用意してお茶の準備をする。急な来客にも対応出来るように長期保存の効く茶葉は買い置きしてあり、祖父が趣味で集めた茶器を持ってきていたのである程度の礼儀は保てるだろう。

 

「口を濡らす程度ですが」

 

「喉が渇いていたのでな、助かる」

 

 そんなやり取りをして互いに一口飲む。女性は猫舌ではなかったようで、本当に喉が渇いていたのか半分ほど無くなっている。

 

「この部屋に住む山紫水明と言います」

 

「ほぅ、良い名前だ。私の名前は史――香華(こうげ)だ。香華という」

 

「香華さん。下の名前ですか?」

 

「いや、姓名だ。見ての通り大陸の人間でな。日本に来ている間は読みやすさも兼ねてそう名乗っている」

 

 女性――香華はそう言うと微笑んだ。しかし、その笑みは花も恥じらうといったものではなく、どこかワイルドな、肉食的な雰囲気を水明は感じた。

 

「香華さんはどうして日本へ?」

 

「仕事だ。海外出張というやつだな。川神には以前から来てみたかったんだが、こうして来れて良かったと思っている」

 

「やはり海外の人にも川神の認知度は高いんですね。香華さんのような方が自分の学園にも何人かいますよ」

 

 クリスはもちろん、カラカル兄弟も海外からやって来た教師だ。英語の授業を担当するゲイルは元全米格闘王で、物理の授業をする弟のゲイツを中心に作戦を練った天才的な戦い方をすることで知られていた。だが、百代と西の武士娘に敗れたことでさらなる強さを身に付けるため川神で生活をするようになったのだ。二人とも授業の評判は良く、ゲイツから飛び出す名言は勉強になると人気が高い。

 

「カラカル兄弟か。一度中国で戦っているところを見たことがある」

 

「自分は野良試合しか見たことがないので、一度そういう公式試合は見てみたいですね」

 

「スポーツの範疇は出ないがな。武芸者のやり取りとはまた違った駆け引きがあって面白い」

 

「香華さんも何か武術を?」

 

「一人で海外に行くことも多い。身を守るくらいの実力は持っている」

 

 理由は不明だが突出して強い武芸者の割合は女性が目立っている。これは気の運用が関わっていると仮説はあるものの、世界最強のヒュームを見れば百代と異なって滅茶苦茶な火力押しをしているわけでもないので、技術で埋められるものは確かにあるのだろう。

 水明は香華を不躾に感じない程度の視線で窺う。

 

「……」

 

 何となく身体を鍛えているのか見るつもりだったが、何故この人はこんなにも肌の露出した服を着ているのだろうかと強く疑問が浮かんでしまった。いや、当人の個性もある。しかし――胸元しか覆われておらず、腹部の露出したシャツは蠱惑的な臍を見せている。元々端麗な顔立ちもあって表を歩けば視線を釘付けにするに違いない。スキニージーンズも彼女の女性らしさとスタイルの良さを際立たせている。

 

「なるほど、当然でしょう」

 

 そんな煩悩を振り払って茶を啜る。

 

「それで、川神について教えてもらいたいんだがかまわないか?」

 

「ええ。自分が話せることなら大丈夫ですよ」

 

「では、武神について尋ねたい。武神が川神百代なのは既知のことだが、そんなに目立つものなのか?」

 

「よく多摩大橋の下で挑んできた相手を吹き飛ばしてるので自然と目に入りますね。目立つというか、川神ではもう日常風景と言いますか……」

 

「音に聞こえる実力は正しいということか」

 

「海外では何と言われているのか知りませんが、今のところ自分が聞いたことのある噂の殆どは本当でした」

 

 ちなみに水明が見たことないのは『ブラックホールでお手玉をしていた』という噂だがそれも事実である。

 

「一度見てみたいものだな」

 

「川神先輩は川神名物みたいなものですから」

 

 武神の姿を見るために遠くから来る観光客は少なくない。

 

「む、そうか。お前は川神学園生だったな」

 

「はい。一つ下の二年ですが」

 

「ほう……二年と言えば、最近九鬼が英雄を蘇らせたと有名だな。その者たちも武神のように目立つのか?」

 

「それはもちろん。特に義経や弁慶は日本の歴史における代表格みたいなところはありますから。彼女たちが来たときの川神の話題も暫く英雄一色でした」

 

「私の国でいう曹操や劉備、孫策が現れるようなものか」

 

「そこまで苛烈な英雄だと凄いことになるでしょう……日本だと信長や政宗だろうか?」

 

 義経も弁慶も与一も野心のあるタイプではない。大将格の義経も兄頼朝の配下であり、含むものを抱えて馳せ参じたわけではなかった。兄弟の義理を果たすべく、僅かな数を従えて黄瀬川で再開したのだ。九鬼もそういった野心有々の英雄を蘇らせると必要以上に世を乱すことになると考え彼女たちを選んだのだろう。最も、葉桜清楚という世に大きく影響を及ぼす爆弾は火の付いたまま残っているのだが。

 

「川神は話題の絶えない場所と聞いていたがどうやら事実のようだ。英雄のクローンも一度は見てみたいな」

 

「川神先輩とまでは言いませんが、彼女たちも目立つのでどこかで目にする機会はあるかもしれません」

 

「だと良いが……やはり過去の英雄、日本は文武両道という言葉があったな。彼女たちは武芸だけではなく勉強面なども優秀なのか?」

 

「努力家であることは間違いないでしょう。川神生も彼女たちの姿に感化されてさらに邁進していますから。名を残した英雄は姿で人を魅了するとはよく言ったもので、その通りだと思います」

 

「ふぅん、なるほど。より、実際に目にしてみたくなった」

 

 二人はその後も川神の著名人や名所などについて会話を交わした。最も、水明が話したことは今や誰でも知っていることのため彼には香華の参考になったのか分からなかった。

 

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