黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19) 作:神の筍
義経が訪れたのはお昼過ぎのことだ。
弁慶も既に起きており、昼食に金柳街で買い溜めしていた肉まんを食べているとやって来た。義経の方は九鬼で食べたようで、少し待ってもらって二人は空腹を満たす。
食後のお茶も三人で楽しみ、落ち着くと水明は早速本題に入った。
「それで、義経は何か自分に用事があるのか?」
一拍置き、義経は言う。
「ううん。別に用事という用事は特に無いんだが、面白そうなところを見つけたから水明君も誘おうと思って」
「別にメールで済ませてくれても良かったぞ」
「うっ! ……義経も最初はそうしようとしたんだけど」
どうにも歯切れの悪そうな義経。
気になった水明は続きを話すように視線で促した。
「その、弁慶も誘ったんだが断られてしまって……一人で行くよりは誰かと行ったほうが絶対に楽しいだろう? だから、水明君には手短で済ませるより直接魅力を伝えようと……」
「室内は良いけどお外は苦手。昨日みたいに夜なら良いけど」
「なるほど……それで、どこに誘ってくれるんだ?」
「えっと、ちょっと待ってね」
義経はスマホを取り出し、慣れたようにパスコードを――……。
「――あぁ!? いきなり画面に義経の顔が!
――うわぁ! 緊急連絡!? す、すみません! 間違ってしまって!
――へ!? し、シリさん? こ、こんにちは!」
「……」
水明はまざまざと義経のマシンの苦手っぷりを見せつけられることとなった。
ロック画面からスライドをするだけで良いにも関わらず、なぜそんなことになるのか。幸い軽犯罪となりうる緊急連絡には電話されていなかったが、「11……」と入力されていたので咄嗟に弁慶がスマホを取り上げた。
その姿は慣れたものだが、苦労の影が垣間見えたことは言うまでもない。
「あ、出たぞ!」
宝を見つけたと言わんばかりにスマホを見せつけてくる義経に、水明はその画面を見る。
「獣(じゅう)ーラシア動物園か」
「知っているのか!? 行ったことは?」
「いや、行ったことはない。ただ、大規模な動物園だということは聞いたことがある」
「そうなんだ! どうやらここは野生動物が住むそのままの環境を作ってるから、すごい自然な動物たちの姿が見れるらしい!」
そんな興奮した様子の義経を見て、水明は彼女たちと話すようになったきっかけも動物が始まりだったなと思い出す。
水明は何度か義経たちが暮らしていた島のことは聞いたことがある。そこは人の住む建物より圧倒的に動植物が多く、海を泳げばいつの間にかイルカもいたという。転校初日の掴みで野鳥観察について個人的に作ってくるほどの動物好き、やはり生態系がリアルなほど興味が出るのだろう。
「弁慶は先ほど言った通り暑いから嫌だって言って、水明君はどうだろう? 義経と共に動物君たちを見に行かないか? 触れ合い広場もあるみたいだぞ!」
義経と動物園……川神に来てから動物園や水族館の文字は良く見るが、実際に行ってみたことはなかったことに水明は気付く。休日が来るたびいつかは行ってみたいと思っていたが、結局行かずじまいだった。
初めから断るつもりなどなく、むしろ行きたかったまである水明はすぐに返事をする。
「構わない。自分も気になっていたからな」
「本当か!? よーし、じゃあ当日までに義経がめいいっぱい楽しめるようにパンフレットを作ってくるぞ!」
いや、それは最善最適な公式のものがあるだろう――と、野暮な突っ込みはしない。徒労に終わらぬよう、早めに気付いてくれれば良いのだが。
「日時はいつにする? 自分は特に予定が無いから義経に合わせよう」
「うーん……八月四日はどうだろう?」
「問題ない」
「では、時間は午前十時に義経が水明君のお家まで迎えに来る。そこから移動して、お昼までは一時間半ほどあるからちょっと見て回って、園内でお昼ご飯だな」
その後、義経達とはいつも通りの時間を過ごす。弁慶が持って来ていた端末をテレビに繋ぎ、面白そうな映画を二本ほど観たのだが、最後の一本がホラー物で常に義経が震えていた。どこか不憫なその姿に水明が可愛らしいと思ったのは内緒だ。
一、
義経に動物園に誘われたその日の夜――。
水明は外が騒がしいことに気付き、ベランダから下を覗いた。
「また引っ越しか……? いや、こんな時間にするわけはないか」
前の道路にはいくつかの人影と、トラックが一台。水明はトラックからマンションに物を運び出されてると勘違いしたが、どうやらその逆、トラックに荷物を積み込んでいるようだ。
下にいた女性一人が水明を差し、マンションの出入り口に向かって何かを話している。ちょうど水明から見て出入り口は足元に当たるため見えないが、その正体はすぐに分かった。
「……香華さん」
彼女は水明の方に目を遣るとマンションへ入った。
こちらに来ると予想した水明は部屋へ戻り、窓を閉める。寝間着だがジャージであったため、そのままで良いだろうと待機する。
勘違いだったらどうしよう――そんな取るに足らないことを考えているとインターホンが鳴ったため扉を開けた。
「む……」
香華と話すよりも先に水明は唸る。
どうやら、共用廊下の電灯が切れかけているようだ。
そのおかげで視界は黒と白で明滅し、中途半端な不快感が二人を襲う。
「管理会社に電話しなければ」
「ああ、そうしてくれ。私はもう出来ないからな」
「と、言うことは?」
「下の様子を見て分かっているだろうが、今夜限りで出て行くことになった。元々ウィーク契約だったからな」
「なるほど」
ウィーク契約とはその名の通り一週間ごとに契約を更新していく形のものであり、水明の住むマンションはそれに加えワンデイ契約というものも行っている。曰く付きの物件ということもあり、どうにか一日でも住人を入れようとする不動産と管理会社の商策だった。
最も、水明が入居してからも短期契約含め香華のみの利用なのだが……。
「偶さかとは言え、この国には一期一会という諺があるそうだな。お前と私の出会いもきっとどこか、意味があったのだろう」
「それは、大げさな気もしますが。自分も香華さんからは大陸の話を聞けましたので。どうかお気をつけて」
「この国自体にはもう少し滞在するが……まぁ、近頃何かと物騒だ。お前も気を付けろ――山紫水明」
香華は最後にそう言うと踵を返して階段を降りて行った。
明滅する電灯だけが誰もいなくなった廊下を不規則に照らし、誘蛾灯のように虫を集める。幾匹かの羽虫が集り――やがて蜘蛛の巣に捕まると、身動きが出来ず捕食の時間を待つのだった。
「情報は?」
「間諜によると、九鬼帝とヒューム・ヘルシングら従者部隊の主要人物は八月三日に日本を発つようです」
「信用出来る筋から得たんだろうな?」
「はい。諜報頭の異能(・)を用いましたので」
「そうか、なら構わん。念のため本家と連携を取り、その者たちが確実に中国へ到着したのか確認しろ。特にヒューム・ヘルシングだ。クラウディオ・ネエロは最悪後回しでも良い。あの男に裏を掛かれた時点で我々の動きは破綻する」
「はっ。それと……どうやら梁山泊も入ったようで」
過ぎ去っていく夜景の光が二人の顔を照らす。
一人はハンドルを握り、トラックを運転する女性の姿。遜ったような口調で助手席へ座る存在へ話しかけている。
「くくくっ、そうか。私たちの動きに勘付いて雇われているのならば、間違いなく豹子頭がいるだろう」
「我々曹一族とって厄介な敵であることは間違いありません」
「分かっている。
八月の末。川神から少し離れた地域で花火大会があるようだ。そのイベントに乗じ――クローン組を攫う。陽動組と実行組に分け、一人でもこちらの手に落ちれば即刻帰国。その後迅速に依頼主に受け渡す。
梁山泊も来ているようだからな、あいつらにも舞台に上がってもらおう」
「しかし、そう上手くいきますか?」
「九鬼に梁山泊、川神という土地柄強者たちが寄ってきている。依頼難易度は過去に無いほど高いだろう。だが、我々は曹一族。たとえマスタークラスが相手であろうと無力化する方法はいくらでもある」
助手席に座る女性が口角を上げると鋭い犬歯が現れる。それはただ肉を食い破るためのものではなく、敵を平らげてしまう捕食者の牙。獣毛のような灰色の髪が揺れ、奇怪な色をした瞳が細められた。
「私たちにとっては運が良かったが、お前にとっては運が悪かったのだろう」
幼少の頃から実践を重ね、磨き上げられた戦闘技術は世界屈指を誇る。戦略・戦術も冷静な判断が多く、引き際も見誤ることのない武芸百般の徒。
香華改め……曹一族、武術師範――史文恭。
彼女は熱い吐息を漏らしながら呟いた。
「精々、良き人質となってくれ――水明。やがて私が迎えに行こう。どうやらお前は見た目以上に面白そうな男だからな」