黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第22話

 

 

 

 

 二人が入った『森林コース』はその名に相応しく、針葉樹林としっとりとしたシダ植物が小脇に並んでいた。湿度のせいかどこか街中より息の通りが良く、思わず深呼吸をしてしまう。

 水明は慣れていない乗馬中だが、まるで水に浮かんでいるような感覚で馬を進めていた。

 

「涼しいな」

 

「森の冷たさはどこかずっといたくなる不思議な魅力がある」

 

「完全に惹き込まれているな……神隠しに遭うぞ」

 

「神隠し……?」

 

「む、父島では言わなかったのか? 森を魅力的に感じると神様に魅せられてるから気を付けろ、とか。まぁ、これは田舎に住んでいると自然と接する機会が多いから、足を滑らせないように気を付けろみたいな教訓めいたものだと思うが」

 

「うーん……義経の場合、そういう感じのものは海に纏わるものが多かった。当たり前のことだけど、台風の日には海に近付いてはならない。海神が怒ってるから攫われる。ふふっ、今思えば“危険”と言われるより、たしかに攫われると言われた方が怖かった記憶がある」

 

「だな――ただ」

 

 と、水明は続ける。

 

「一度だけ妙なことがあったな」

 

「妙なこと?」

 

「ああ。小さい頃、自分は山菜採りのために家の裏山に入ったんだ。いつもの道だったから迷うはずが無いにも関わらず、知らないところに出てな。たぶん半日くらい歩いて、全く下りることも出来ずに泣きべそ掻いていたら女の人がいたんだ。髪が長くて顔は見えなかったが、その人は自分に気付くと山の出入り口に案内してくれて……」

 

「こ、怖い話じゃないかと身構えたじゃないか!」

 

「悪い。そういうつもりはなかった。だが、あのときあんな山の中でスーツ姿でいたから余計に不思議に思えたんだ」

 

「あわわ。それって、その……」

 

「いや、無い。その人も山から出ると道の駅に向かったのを見たからな」

 

「良かったぁ」

 

 そんな他愛も無い話をしていると、二人の行く先に掘っ建て小屋が見えてくる。

 壁は背面だけにあるようで、三方向が吹き抜けになったそこは休むには十分な場所だ。ベンチと、ちょうど馬を繋ぐための棒がある。動物園側が用意した馬立小屋なのだろう。

 

「少し休憩しよう。義経も久しぶりで疲れてきたかもしれない」

 

「そうだな」

 

 水明が義経の横顔をさり気なく覗くもそこに疲労はない。おそらく自身を気遣ってくれたのだろうと当たりを付け、その好意に甘えることにした。

 

「ん――?」

 

 と、義経が漏らすと同時に彼女が乗っていた馬(ドラセナ)の様子が騒がしくなる。右に左と顔を動かし、義経も落ち着かせようと手綱を動かすが身を翻してしまった。

 そして、

 

「え、えぇ~~~!?」

 

 元来た道を嘶きと共に走り戻って行った。

 

「……何があったんだ」

 

 水明は落ち着いている。

 たしかに声音では驚いた様子の義経だったが、すぐにバランスを取って走っているときには既に脚を締めて乗っていた。その姿はドラセナが暴れたというよりは、むしろ義経がそう走らせていると思わせるほどの風格で、問題無いだろうと判断したのだ。

 どちらかと言うと問題なのは彼の方で、これから何もなく戻れるか少し心配だった。

 馬(ツワブキ)の首を撫でると一鳴きする。

 彼も賢い馬なのだろう。

 分かっていると言わんばかりの目線を水明に遣ると元来た道を目指す。

 

「……」

 

 先ほどまで東の方角に吹いていた風向きが変わり、西の方角へ吹き始める。馬立小屋に背を向けて二人を追い越すように風が抜けて行った。

 

「――っ」

 

 その一度の風に、どこか水明は違和感を覚えた。いつか嗅いだことのあるような、ツンとした特徴的な匂いが鼻腔を突く。

 彼は無意識に祖父との会話を思い出していた。

 

 

 

『狩猟をするときのコツは風下で待機することだ。風上に立てば匂いですぐ分かる。動物の血は洗っただけで落ちん。自分らが落ちたと思っても、仲間の動物は匂いを嗅いで危険を察知する』

 

 

 

 馬立小屋に人影は見えない。

 

「……勘違いか」

 

 水明はツワブキの腹を足で押すと歩き始める。

 あの速さの義経に追いつくことは無理だろう。それならばと、一人のんびりと帰路を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

「――夕方まで風向きは変わらない予報だったんだが……まったく。お馬さんに気取られるたぁ、そろそろ古くなってきた肌でも捲ろうかねぇ。それに、厄介なところも今回の依頼に関わって来るようだ」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「これで良いかー? 武松ー」

 

「ありがとう、史進。あいつもどこかに行ったようだ」

 

「っち、小虫程度がわっちらの邪魔をしようたぁ良い度胸を持ってんなぁ」

 

 『森林コース』のどこか、いつもならば人気の無い一角で戦闘服を纏った二人の少女がいた。一人は以前、水明が商店街の本屋で出会った武松。もう一人は彼女と同じ梁山泊に所属する九紋龍の史進だ。

 小柄な体形でありながら、その膂力は梁山泊内でも随一を誇り、卓越した棒術を得意とする。性格は他人を侮る素振りを見せるが、獣の勘とでも言う冴えた地頭はよく考え過ぎる指揮役の少女を助けることもあった。

 

「小虫かどうかは分からない。風向きが変わっただけで退却を決めた。相当場数を踏んでいるに違いない」

 

「かぁ~、正面に来てくれたら叩き潰してやるのに」

 

「望んでも正面から来てくれないのが――“殺し屋”というものだ」

 

 物騒な言葉が飛び出すと、樹々の隙間からさらに二人の少女が現れる。

 

「どうだった? 二人とも」

 

「ダメだ。逃げられた」

 

「独自の技術を持ってるねー、アレは」

 

 まるで絹布を黒く染めたような長髪を揺らしながら武松に答えたのは彼女たちのリーダーを務める豹子頭の林冲だ。その後に続くのは青面獣の楊志。他人の技術を模倣することに長けた戦闘巧者である。

 

「宋江からの情報には今回、中国に上層部が関わっていると言っていた。おそらく相当良い殺し屋を雇っているだろうな」

 

「仮にも二人から逃げる実力……わっちらも本腰入れないと持ってかれるなーこれ」

 

「それだけじゃない。私たちの本来の依頼は――」

 

「――ああ。本格的に曹一族が動き始めたようだ」

 

「面倒だなぁ」

 

「武松。あの男から史文恭の匂いはしたか?」

 

「いや、もうしなかった。この前のは本当に偶然だったらしい」

 

「この前……あぁ、武松の早とちり事件な」

 

「……別に、早とちりをしたわけじゃない。早期対応をしようとしただけだ」

 

「パフェ代は経費で降ろせないよ」

 

 武松の頬が彼女の熱さとは違う理由で赤く染まる。ほんの少し和やかな空気が流れたが、林冲が口を開くと切り替える。

 

「みんな、史文恭と殺し屋はどちらも急襲が得意なタイプだ。両方と構えるにはやはり私たちが先にその居場所を見つけるに限る」

 

「そうは言ってもどうすんだ?」

 

「まずは史文恭、曹一族だ。奴らとは何度も依頼先でぶつかって私たちもやり方(・)を知っている。武松が知り合ったあの男――山紫水明と先に接触しているなら義経たちとの仲も当然把握しているだろう。ならば、史文恭が彼を人質に用いようとしている確率はかなり高い。九鬼の護衛を搔い潜るには巣へ入るより、中にいる獲物を誘き出した方が効率が良い。奴ならそういう手を取る」

 

「私もそう思う」

 

「そして殺し屋だ。ようやく今日、影を捉えるには至ったが捕縛はおろか、素顔を確認することも叶わなかった。やり手と考えて良いだろう。今回は森林内だから気配が分かり易かったが、街中になれば私たちでも察知出来るかどうか……」

 

「そうなりゃ、あの英雄たちに常に張り付いておくしかないだろうな」

 

「葉桜清楚にはかなりの実力を持つ九鬼の護衛が常に付いている。おそらく、まだ正体不明だからだろう。いくら史文恭といえどそちらは狙わないはず」

 

「もしかして二組に分けるつもり?」

 

「幸い源義経と武蔵坊弁慶の行動には頻繁に山紫水明が関わって来る。現状利用される可能性のある者も纏めて見られるなら、そちらの方が良い」

 

「一方は対史文恭、一方は対殺し屋及び捜索か」

 

「那須与一はホテルに待機している公孫勝に任せる。彼の行動は基本的に九鬼の施設内だからな」

 

「わっちは後者。じっとしてるのは苦手だ」

 

「私も。それにさっきの逃走術に興味がある」

 

 史進と楊志がそう言った。

 

「なら、私と武松が対史文恭に回ろう。連絡手段は常に確保しておくこと。何かあればすぐに連絡してくれ。いざというときは街中での交戦も許可するが、出来るだけ避けること。市民に被害が出るようであれば――」

 

「わぁーてるって。市街地戦も何度も経験してるだろ」

 

「それでやり過ぎたパッドを諫めるのが私の役目」

 

「うっせぇ! 誰がパッドだ!」

 

「怒るのはそこじゃないだろう……」

 

 一先ず指針が決まり、彼女たちは早速行動を開始する。

 

「んじゃ、行くか青面獣」

 

「ん」

 

 史進と楊志の二人はその場から飛び去った。

 

「私たちも行こう」

 

「そうだな」

 

 林冲と武松も飛び上がり、木の枝を移って移動を始める。

 

「水明が史文恭と接触しているなら、もう少し詳しいことを聞く必要があるな」

 

「ああ。あまり一般人を巻き込むのは避けたいが……」

 

「さり気なく聞き出すのが良いだろう。露骨に私たちとの関係がばれると、今度は私たちに対する人質になるかもしれない」

 

「そうなると偶然武松が知り合ったのは幸運だったな」

 

「そうかもしれない。次に会うときは豹子頭のことも紹介しよう」

 

「分かった」

 

 三度風が吹き荒ぶ。枝葉の隙間に見えた二人の姿は既にどこかに消えていた。

 彼女たちもまごうことなき現代に生きる英傑である。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 森林コースを無事抜けた水明はその先で待っていた義経と合流した。

 

「大丈夫だったか?」

 

「水明君! すまない。いきなり走り出したりして……」

 

「いや、あれはドラセナに理由がありそうだったからな」

 

「うーん……どうしたんだろう。コースを出てからは大人しくなったんだけど」

 

 義経がドラセナを撫でると「ぶるるぅっ」と力強く反応した。

 

「取り敢えず問題無さそうで良かった。案外、繋がれるのが嫌だったのかもしれない」

 

「むむ、そうだったのだろうか」

 

「彼が義経を選んだのは、きっと乗せて走りたかったからだろう。ここなら見通しも良くて速く走っても問題ない。それに、自分も義経の走り姿を見てみたい」

 

 ここまで水明に合わせて歩いてくれていた義経が自由に走ったのは水明が口頭説明を受けていたときくらいだ。本人も久しぶりの乗馬と言っていた。ならば、今日は満足するまで走って欲しい。森林コースを途中で戻ったことにより時間はまだある。

 

「ツワブキ。自分たちは少し端にいよう」

 

 水明とツワブキは道の端に寄った。ツワブキはそこまで走りたいタイプではないようで、休憩と分かると道草に首を伸ばしている。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて――」

 

 二人がいる場所は森林コースの出入り口だがコースに入らなければその先も広場が続いている。運良く周りに他の客はおらず、走れるだけのスペースは十分だった。

 

「よし、行くぞ!」

 

 義経が手綱を引き、脚を締める。

 ドラセナが嘶きを上げて前足を上下させた。

 僅かに水分の含んだ土を蹴り上げると一人と一匹は勢いよくスタートする。

 

「気にしないようにはしているが、あの姿はどうしても重ねてしまうな」

 

 英雄――源義経。

 彼女の走り姿はどこまでも力強く、水明以外にも人がいれば瞬く間に魅了したことだろう。そんな勇姿を自分だけが独占しているという事実に少しの罪悪感を覚えながらも彼は釘付けにされる。

 見たこともないはずの古の光景と重ね、ただ、今はこのときを堪能した。

 

 

 

 

 

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