黙祷集。(最新話『ドラゴンメイド』更新2024.11.19)   作:神の筍

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第23話

 

 

 

 獣ーラシア動物園を満喫した二人はその後真っすぐ帰路に着いた。

 夜は義経から電話が掛かって来て興奮冷めやらぬ感想を言い合ったが、話が一周して二回目のジャイアントラビットの話をしていると健やかな呼吸音が聞こえてくる。見事なまでの寝落ちで電話を終えた水明はメッセージで「おやすみ」と一言送り、彼も眠りについた。

 

「買い過ぎたかもしれないな」

 

 もうすぐ昼という時間に水明は食材をぎりぎりまで詰めた買い物袋を手に金柳街を歩いていた。

 朝ごはんを食べようと冷蔵庫を開けた水明だったが、軽食程度の食材しかなくこうして数日分を買い溜めしていたのである。

 

「む」

 

 やがてマンションが見えてくる最後の角に差し掛かるとそこから人影が飛び出してきた。その人影は躓いた様子を見せながら水明に迫る。

 受け止めようと、買い物袋を投げ置いて両手を出した。

 水明の視界にふわりと黒髪が舞う。

 

「ぁう――っ! す、すまない! 転んでしまって」

 

 胸に伝わってくるのは同じく胸の感触。

 

「――大丈夫か、豹子頭。転ぶなんて珍しい……あ」

 

 彼が受け止めた人物を追うように角から現れたのは見たことのある赤髪だ。

 

「水明。久しぶりだな」

 

「ああ。久しぶりだが……」

 

 知り合いと言えば知り合いなのだが、水明はあのときの会話を思い出し、知り合いの素振りを見せても良いのかと迷う。

 

「問題ない。彼女は私の仲間だ」

 

「そうなのか」

 

「少し話したいことがある。この後時間を取ってもらうことは出来るだろうか?」

 

「問題ない。ここなら――」

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

 テンポ良くまな板の叩かれる音が響く。普段、簡単な男飯しか作らない水明の部屋では珍しいことであった。すべての食材を切り終えると少女はフライパンに油を引き、火をつける。肉を炒め、刻んだ野菜も混ぜると調味料を振って味を調えた。

 

「手際が良いな」

 

「リン(・)の料理は評判も良いぞ」

 

 林冲は両手に回鍋肉と豚バラを使った中華炒めが盛られた皿を持って水明たちが座る部屋にやって来る。

 

「簡単なものだけど、いきなり押しかけてしまったお詫びだ」

 

 続いて彼女は炊き立てのご飯を三つによそった。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末様でした……と、日本人は言うんだろう?」

 

「私たちまでいただいてしまって悪いな」

 

「気にするな。今日は買い過ぎていたからちょうど良い。あと、よく知っているな――っと、そうだな……」

 

 言い淀んだ水明に武松が首を傾げる。どうしたのかと考え、はっと口を開いた。

 

「あのときは水明だけ名乗って私は名を名乗らなかったな」

 

「事情があるなら別に名乗らなくて良い」

 

「いや、そういうわけにはいかない。私のことは……私は――タケマツと言う。こっちはハヤシだ。私はリンと呼ぶがな」

 

「……は、ハヤシと言う。よろしく」

 

「タケマツにハヤシか。よろしく頼む」

 

 タケマツにハヤシ――武松と林冲の林を異なる読み方にしただけだが、不意に呼ばれても比較的反応しやすい。また、水明が別の場所で出したとしても日本人の名前として何ら違和感無いため武松が考えたついた偽名だ。

 

「勝手に同年代と思っているのだが、別に敬語などはいらないか? 今さら変えるのもあれだが」

 

「ああ。別に年齢差があろうともそもそも気にしない。普段通りの口調で良い」

 

「そうか」

 

 水明は二人のことを紹介された通りタケマツとハヤシと呼ぶことにした。そして武松は今まで通りの呼び方を、林冲も同じく彼を水明と呼ぶこととなった。

 食後の茶で口を濡らし、本題に入っていく。

 

「今日、水明を訪ねたのは前回の話と関りがあって。以前、その、色々あったが憶えているだろうか?」

 

「たしか――」

 

 と、水明は武松との出会いを思い出す。

 あのとき、彼は夏休みの課題図書を探しに本屋に行ったのだ。そこで偶然武松が通りかかり、匂いがどうのこうので騒動になって店主に追い出され喫茶店へ。武松の様子からあまり聞かない方が良いと思ったため後日も含めて気にしないようにしていたのだが……。

 

「シブンキョウが何とか」

 

「そうだ。私たちは史文恭という武人を追っている」

 

「武人?」

 

「私たちの仲間が史文恭とぶつかってな。その折り合いを付けるべく探している。この前、水明に当たりが強くなってしまったのはそういう事情があったからなんだ」

 

 諸事情があるのは理解出来るが水明に話せることは殆ど無い。いや、皆無と断言しても良いだろう。そもそも史文恭という言葉自体聞いたのはあの日の武松の口からが初めてであり、似たような言葉すら知らないからだ。

 それでもこうして会いに来たのだから何かがあるのだろうと察することは出来る。しかし、その何かに一切心当たりが無いのが現状だった。

 水明は今一度それを伝える。

 

「しかし、あの匂いの濃さはそれなりの距離でないと説明が出来ない……」

 

「奴は潜入も得意だ。下手をすれば既に学園に入り込んでいるのかもしれないな」

 

「いや、それは無いと思う。自分は夏休み期間中だから学園に務めている人とはしばらく会っていない」

 

「あっ、そっか」

 

「人に会う機会と言えば花火大会くらいだな」

 

「つい最近あったあれか……その可能性は高いか……」

 

「あの日は屋台も出ていた。人ごみに紛れるにはちょうど良い日だろう」

 

「ただ、特定は難しいな」

 

「ああ」

 

 彼女たちの役に立てれば良かったが、残念なことに大した情報を渡すことは出来なかった。

 三人の間に沈黙が降りてくるように広がる。

 水明は取り敢えず何か話せば、そこから繋がる言葉もあるかもしれないと軽く世間話をすることにした。

 

「自分の周りで最近変わったことと言えば、隣の人だな」

 

「隣の人?」

 

「……隣室に生活の気配はしないが」

 

 武松が首を傾げ、林冲がそう言った。

 

「ここのマンションは色々あって人の入居が少ないんだ。昔物騒なことがあったとかどうとかで。それで、自分が来て一年は誰も来なかったんだが、先日短期契約で入居してきた人がいた」

 

「念のため名前を聞いても良いか?」

 

「香華さんだ」

 

「コウゲ?」

 

「香る華と書いて香華らしい」

 

「香華か……」

 

 水明は続ける。

 

「で、その人も大陸から来ていたと言っていた。ちょうど二人みたいな感じだと思って話したんだが――」

 

「――私たちと同じだと?」

 

 少しだけ武松は身を乗り出した。

 

「二人も大陸から来たんだろう?」

 

 水明のその言葉に二人を顔を見合わせる。林冲は音を出さずに唇だけ動かして何かを伝え、武松はそれに対して首を振った。

 

「水明。どうして私たちが大陸から来たと分かった?」

 

 ちなみに水明は武松と喫茶店で話した際も本当に必要最低限のこと以外は何も聞いていない。武松の名前すら聞かなかったのだ。彼女に「知らない方が良い」と言われ、あのとき手に取った『水滸伝』もすらも忘れている。再び本棚を散見すれば思い出すだろうが、たとえば今本のタイトルを聞いても「変な名前の本だったような……」で終わる。

 気にはなったが、気に留めることはせず、そういうこともあったと本来は過ぎようとしていた記憶の一幕なのだ。

 

「自分も鼻は良い方だ。何となく誰がどこから来たのか分かる。乾いた匂いがすれば欧州方面といった、パッとしない特技だが。香華さんと二人からは大陸特有の匂いがした」

 

「私と同じようなものか」

 

「かもしれないな」

 

「――待ってくれ。水明、その香華という人について少し聞きたい。答えられると思った範疇で良い」

 

「かまわないが、本当にただの隣室の関係だ。あまり期待しないでくれ」

 

「その香華という人物は灰色の髪に日に焼けた肌をしていたか?」

 

 水明の脳裏に香華の全身像が現れる。

 どこか危険で、艶のある大人の女性。その容姿は……。

 

「灰色の髪に褐色肌だったな。ただ、目は少し不思議だった。あれは……まるで――――龍の眼だ」

 

「リン!」

 

「ああ! 間違いない!」

 

 急に二人が立ち上がったことにより机が跳ねた。林冲の呑んでいたコップが落ちそうになったため唯一落ち着いていた水明が捕まえる。

 

「ごっ、ごめん!」

 

「いや、いい。役立てたようでなによりだ」

 

「役立ったどころの話ではない。助かった」

 

 とはいえ、水明も顔にはあまり出ていないが内心驚いていた。

 偶然本屋で出会った武松が、そしてそこから知り合った林冲たちの探していた人物が自分の隣に住んでいたのだ。奇なることもあるものだ、と。

 彼は香華――改め、史文恭のことを思い出す。

 悪人とは正直感じなかった。

 理知的な言動は好感さえ覚えたほどだ。そして、あの人を追っている二人もまた道を外している者とは思えない。ならば、どちらも違う正義を追い、信念に沿って動いているのだろう。こういう者たちを彼は川神で何人も見ている。その感じが強い者は皆往々にして武人と呼ばれる者であり、強者だ。たまに見かける川神院のような心の強かさ持っているのだろうと水明は思った。

 

「話が聞けて良かった。今日は本当にすまないな」

 

「私の電話番号だ。何かあれば遠慮なく掛けて欲しい。あと、出来ればお前の番号も欲しい」

 

「自分のか?」

 

 水明は林冲から電話番号の掛かれた紙を受け取ると手早く登録する。両方ともスマホであれば翳して簡単に出来るのだろうが、林冲の携帯はいわゆるガラパゴスだ。一度電話を掛けると彼女もそれを確認した。

 

「私たちは用事が終わるまでは川神にいる。また会ったらそのときはよろしく頼む。この恩は忘れない」

 

 林冲と武松は丁寧にお礼を述べ、最後に洗い物まで済ませると部屋から去った。

 水明は二人と史文恭の間に何らかの因縁があることは気付いたが、あまり荒事にはなって欲しくないと思いながら見送ったのであった。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 水明の部屋を出た二人はそのまま金柳街に繋がる大通りではなく、さらに路地裏の方へ入って行った。暗く、人気の無いそこは華奢な女性二人だけでは厄介事が起きそうであるがこと二人に至ってその心配は時間の無駄だ。無理に絡もうとする悪漢でもいれば燃やされるか、貫かれるかのどちらかである。

 普段の林冲ならば穏便に宥めるだろうが、得た情報をまとめるために今は少しでも時間が欲しかった。

 

「不思議な男だった」

 

「やはり、豹子頭もそう思ったか」

 

「武松も?」

 

「ああ。初めて会ったときのことを思い返すと、いくら史文恭の匂いがするからといって人目も多いあそこであのような反応をした自分をおかしく感じていた」

 

「……何度も依頼先でぶつかったからこそ分かる。あいつは合理的で、不必要な犠牲が出る場所なら自分が有利でも退くような性格だ。部下にもそれを徹底している。そして、その命令に忠実に動くからこそ曹一族は強い」

 

 個で勝るのは梁山泊だろう。百八の魔星の名は伊達ではない。だが、曹一族の戦略と戦術は彼女たちを複数であっても匹敵、史文恭のような師範代クラスは生半可な実力の持ち主を凌駕する。今回も史文恭が動いていると聞き、魔星の中でも特に強い五人の武将――五虎将筆頭の林冲を中心に武松、史進、楊志、バックアップに公孫勝という手堅い陣形が組まれているのだ。

 

「今日で確信した。私があのとき必要以上に警戒した大きな理由は――」

 

 燃え滾るような瞳を上空の雲へ投げて武松は告げた。

 

「――“異能”だ。水明からは私たちと同じ匂いがした」

 

「私もそう思う。異能持ちは独特の雰囲気を持っている。彼も間違いなくそうだろう」

 

「どうする? 依頼とは関係ないことだが……」

 

「異能持ちの勧誘は依頼以前に宋江から常時行うように言われていることだ。暇を見て今度は私たちのことを伝えようと思う」

 

「もしかしてさっき電話番号を聞き出したのもそのためなのか?」

 

「念のためだけど。武松から話してくれなかったら私から切り出していたぞ」

 

「そうか……豹子頭。私たちが気付いたということは史文恭も気付いている可能性が高い。いや、むしろ気付いているだろう」

 

「あの眼で視られた時点で本人が自覚していなくとも見抜かれる」

 

「このことは史進たちとも共有しよう。作戦自体は初めから水明のことも含んでいたから問題ないが、これは一層気を引き締めなければ今後厄介なことになる」

 

「だな。一先ず、公孫勝に監視を任せている英雄たちの動向を探ろう――」

 

 

 

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